1345話 イロハの父親

看板娘はこれ以上頼み事をしていいのかと不安そうな顔を見せながらも声を発した。


「そ、それなら本田の方も耕しておいていただけると……」


ほんだ? ああ、二次苗が育った後はそっちに植え替えるってことか。うひぃ……イグサを育てるのって大変なんだなぁ……


「分かった。じゃあまた明日な。おっと、今のうちにどの田をやればいいか教えておいてくれ。そしたらこっちで勝手にやるから。今日みたいな耕し方でいいよな?」


「は、はい! もちろんです! ご案内します!」


それなりに広い長方形の田がおよそ二十。どれも同じに見えるから私には覚えられないが、アレクが見たから問題ないだろう。


ヒイズルには物見遊山に来たはずなのに私達は何をやってるんだ? でも不思議と楽しいんだよな。これはもしかして私の中に燻る農耕民族の魂が喜んでたりするからなのか? うーん、分からん。まあいいや。


「じゃあ宿に案内してくれるか? ヤチロで一番いい宿に。値段は気にしなくていいから。」


「はいっ! でしたら『勁草けいそうの恩恵亭』がいいです! ご案内します!」


田園地帯から歩くこと一時間。再び街中に戻った私達。

道中、気になったから訊ねてみた。看板娘の父親のことをだ。娘はこんなにしっかり働いているのに何やってんだ?


「父は……母が死んで以来……酒と博打に溺れてしまって……」


ふーん。あるあるだな。こんな時、いつも不思議に思うことがある。酒に博打ってどっからそれだけもの金が出てくるんだ? 蓄えなんて一瞬で失くなるだろうに。そもそも蓄えがあったら母親の治療費に使ってるだろうに。




「おおっと見つけたぜイロハぁ! 妙な奴らと一緒にいるじゃねぇか。店にも家にもいねぇから探したぜぇ?」

「まあ逃げられるわけねぇけどなぁ? さぁて払ってもらうぜ五十七万ナラーほどな!」


先程とは違うチンピラが現れた。また借金かよ……


「何のお金ですか! 身に覚えがありません!」


「あぁ〜ん? おめぇのオヤジの負け分に決まってんだろぉ〜? さっさと払わねぇと大変なことになるぜぇ?」

「おおーっと酒代だって入ってんだぜぇ? お前が払わねえってんなら妹に体で払ってもらってもいいんだぜぇ?」


なるほど。先程の私の疑問の答えはこれか。うーんタイムリー。しかもこいつらって看板娘がいるもんだからオヤジ相手に遠慮なく金を貸し付けてんだろうなぁ。女郎屋にでも叩き売れば軽く元が取れるんだろうなー。えげつないわー。


「そんな! どうか妹にだけは! お願いします!」


「へっへっへぇ。それなら相談に乗ってやるぜぇ?」

「とりあえず一緒に来いやぁ。お前の誠意ってもんを見せてもらうからよぉ?」


「それは駄目ね。」


おや、アレク。庇うのかな?


「あぁん? 文句あるってのかぁ!?」

「ふるい付きたくなるいい女だぜぇ! 一緒に来るかぁ?」


「文句あるわよ? この女は私が買ったの。百二十万でね。私の物に勝手なことをしないでくれるかしら?」


おぉ……すごい理論だ……


「へぇ? そんなら何か? イロハの借金ぁおめぇさんが払うってのかよ?」

「別に体で払ってくれてもいいんだぜぇ?」


「そうね? この子の借金なら払ってもいいわよ? でもそれって父親の借金でしょ? 父親から取りなさい。私の知ったことじゃないわ。」


そりゃそうだ。


「そ、そんな……そしたら妹が……」


「そういうこった。おめぇさんがそんな態度ん出るんなら、妹から取り立てるぜぇ?」

「へっへっへぇイロハほどぁ高く売れねぇだろうけどなぁ?」


「好きにすれば? 私が用があるのはこの子だけ。それはそうと……」


「なんでぇ?」

「あぁん?」


うっ、アレクの魔力が……


「先程からえらくふざけた口を叩いてくれたわね? ふるい付きたくなるとか、体で払えとか。このローランド王国四大貴族のすえたるアレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルに向かって……下郎が! 立場を弁えよ!」


「ひいっ!」

「ちょ、まっ!」


「その無礼……血を以ってあがなえ!」『旋風斬』


(氷壁)


相手をミキサーのように切り刻む危険な魔法……危ない危ない。私がこっそり張った氷壁がズタズタに刻まれちゃってるよ。チンピラ二人は無事だが、あいつらを取り囲むように地面もズタズタだ。




風が収まると、チンピラどもは崩れた氷壁の中で腰を抜かしていた。


「危なかったなお前ら。俺が庇ってやらなかったら肉片になってたぜ? ところでこいつの借金だが証文があるよな? ちょっと見せてみな。」


「あっ……あ、これ……」


ふーん。


「お前らの命を助けた礼にもらっておいてやるよ。よかったな。お前らみたいなタダ同然の命に五十万ナラーもの値段がついてよ。ほら、もう行っていいぞ。あぁそうそう。この女はうちのお嬢様の奴隷みたいなもんだからな。手ぇ出したら次はどうなっても知らんぞ?」


「あ、う……」

「そ、そんな……」


「目障りだから消えろって言ってんのが分からないか? 別にこっちで消してやってもいいんだぞ?」


「ひぃっ!? ひぃぃーーー!」

「お、おたっけぇ!」


おー、全力で走って逃げたね。素直な奴ら。




「さすがカースね。きっとそうすると思ったわ。でも悔しいわ。その上でカースの防御を破れるよう魔力を込めたのに。」


アレクの魔力は二倍になったもんね。いい威力だったとも。


「いやーギリギリだったよ。いきなり旋風斬なんか使うんだから。」


「あの……重ね重ねありがとうございます……私はお二人の奴隷になるんでしょうか……」


「うーん、アレクは要る?」


「いえ、要らないわ。カースは?」


「もちろん要らないよ。畳が手に入ったらそれでいいからね。」


「そ、そうですか……」


看板娘は安心したような残念なような、よく分からない顔をしている。


「とりあえず約束だ。イグサがきっちり手に入ったらお前の借金はチャラにしてやる。その分しっかり働いてもらうぞ?」


「は、はいっぬゅぺっ……い、今のって一体……」


魔力軽めでかけてみた。


「ああ、ただの契約魔法さ。お前が約束を守ってくれたら何の問題も起きない。とりあえず妹を連れて来た方がいいんじゃないか?」


「連れて来るって……どこに……」


「今から行く宿だよ。お前らの部屋もとってやるよ。この際だからイグサが手に入るまでは守ってやるさ。」


そうでないと看板娘もイグサに集中できないだろうからね。私って面倒見がいいなぁ。

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