1295話 オーガの変異種

この日は風呂に入るのをやめておこうかとも思ったのだが、カムイを洗うと約束していた以上そうもいかない。

結局安全地帯の真ん中に黒い氷壁を張り二つに区切って使用した。あいつらの前で無防備な姿を晒したくないからね。でも私達が入った後で奴らにも提供してやったけど。うーん、私って親切だなぁ。だが、これでもう私には逆らえまい。風呂の威力は最高だろ?




そして翌朝。朝なのかどうかは分からないが目が覚めたので朝食にしよう。アレクお手製の味噌汁に炊き立てご飯だ。素晴らしい和食っぷり。まあアレクが作ると味噌汁ってよりマイソスープって感じだけど。米もフォンで炊き込んであるので味は洋風、いやローランド風だ。ああ、美味しい。アレクは凄い。




「そろそろ出発するぞ。大丈夫か?」


「ああ、大丈夫だ。昨夜は世話になった……」


ちなみに代表のこいつはカゲキョー赤兜騎士団一番隊第五分隊長マカ・ツボノチだそうだ。正式には赤兜騎士団って言うのね。誰も馬になんか乗ってないのに。


さあて出発だ。こいつらに先頭を歩かせよう。オーガが出てきたら交代すればいい。


「本当に大丈夫なのか? ブラッディオーガはかなり厄介だぞ?」


「ガウガウ」


あらら。


「うちの狼ちゃんがやるって言ってるから任せておけばいいさ。」


「こんなに小さいのに……」


カムイってイグドラシルに登る前は二メイル半はあったんだよな。それが今では一メイルちょいだもんな。大人になって小さくなるとはフェンリル狼って不思議だなあ。ノワール狼のクロちゃんとネロちゃんはだいぶ大きくなってたってのに。


それから、普通のオーガとは何匹も出会った。赤兜どもはさすがに騎士だけあって危なげなく倒していく。連携だって見事なものだ。


そして一時間半ほど経過しただろうか。前方五十メイルあたりに赤い影が見えた。


「いた! あいつだ!」


マカがそう言う前にカムイは駆け出していた。


「グガァギャゴゴゴオオオォォォォーーーー!」


密閉空間だもんな。めちゃくちゃうるさい。だが所詮はオーガ、声に魔力を乗せた『魔声』ではなくただの大声だった。おそらく威嚇しているのだろう。だが……


「グゴォッ!」


終わりだ。ブラッディオーガの首から血が噴き出ている。やっぱカムイの相手じゃないよな。カムイはその血を浴びることなく距離をとりオーガを見つめている。倒れるまで油断しないってわけね。偉い!


その直後だった。噴き出る血が止まったかと思えば、オーガは猛然とカムイに襲いかかった。気のせいなのか、体躯が小さくなってないか? さっきまでは身の丈三メイルはあったはずだ。それが今では二メイル程度だ。


「キャヒャアアアアアァァァァーーーーー!」


声が少々甲高くなってる。だがそれでも……


「キヒャイッ!」


やはりカムイの一閃で首をかき切られた。


あれ? 血が出ない。いや、少し流れてはいるが噴き出ていない。しかも動きが止まらない。それなりに鋭い動きでカムイに肉薄するではないか。


『ガウァァァーーー!』


おっ、カムイの『魔声』だ。こっちにまでビリビリと衝撃が来やがる。やれやれ。


ぴくりと動きを止めたオーガ。その隙に一閃、いや三閃か。ぼとりと落ちる奴の首。だが倒れない。


油断せず構えるカムイ。


「キィヒィィィィィーーーー!」


首だけがカムイに飛びかかる。だが……


「ガウッ」


振り下ろされる前足。地面に踏みつけられ、ぐしゃりと潰れた頭。残された体がゆらりと傾き、軽く音を立てて迷宮の床に倒れ込んだ。そして虚空に溶けるかのように姿を消し、後には赤い小石だけが残った。


「ガウガウ」


カムイは律儀にもそれを咥えて私の所まで運んでくれた。なでなでしてやる。よぉーしよしよし。わしゃわしゃ。


「あら珍しい。火の魔石じゃない。」


「アレク、知ってるの?」


私は知らないぞ。


「ええ。カースはほとんど使わないけど、普通は料理用魔道具なんかの魔力供給源になってるわね。でもそれってどこにでもある魔石を職人や魔法工学士が加工した物で使い捨てなのよね。その点これみたいな本物の火の魔石だと魔力を込めれば半永久的に動いてくれるわ。」


なんと。そんな物があったとは。言われてみれば私の場合は料理も風呂も全て自前の魔法で解決してるもんな。魔道具なんて羅針盤ぐらいしか使ってないような。昔の実家でも見たことないし。

つまり火の魔石とは充電ができる魔石だと思えばいいのかな。ただし使い道は『火』だけってわけだな。


「だからそれを売るならローランドに帰ってからがいいわね。」


「そうだね。それならアレクの魔力庫に入れておいてよ。僕のだと他のとごっちゃになりそうだからね。」


「分かったわ。責任持って預かるわね。」


そんなやり取りを唖然とした表情で眺める赤兜ども。


「どうだ。うちの狼ちゃんは凄いだろ?」


「あ、ああ……驚き過ぎて……声も出ない……」

「俺達では傷も付けられなかったのに……」

「速すぎる……」


「ガウガウ」


カムイはあれぐらい当然だと言っている。でも最後の前足による踏みつけ攻撃。あれが成功した理由の一つはここの床が恐ろしく頑丈だからだろ。外でやってれば頭が地面に埋まるだけだもんな。でも外だとこんな意味不明な魔物はそうそう現れないかな。


よし、ボス戦だ。今度は私が戦おうかな。

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