第1273話 カゲキョーの街

まずは宿をとるのが先だろうな。

近づいてみると丈夫そうな城壁に囲まれている。唯一の入口であろう城門で騎士に尋ねたところ『葉山の迷宮亭』が最高級だと聞いた。

行ってみればオワダの『海の天国館』に比べたら安いもんだ。料理の味はまあまあ、肉が多いかな。少し野菜が足りない気もするがまあいいだろう。


ところが、いざ部屋に移動する段になって宿側から物言いがついてしまった。内容はペット禁止……ペットは例外なく馬屋に寝かせろということだった。


「分かった。なら宿を引き払う。夕食代ほど引いて残金を返してくれ。」


「できません! 引き払うのはそちらの勝手。手前どもの規則を遵守していただけない以上、返金には応じることはできません!」


ヒステリーを起こしそうなオバさん女将だ。どことなくこのタイプって前世のモンスター達を思い出すんだよな。


「分かった。それならいい。邪魔したな。」


知らなかったは通じないのがこの世のルール。大人しく引き下がるさ。私はモンスターではないからな。


「アレク、ごめんね。今夜もシェルターで寝よう。」


「全然問題ないわよ。だって下手な宿よりあの中の方がよっぽと豪勢じゃない。」


豪勢なのは本当だ。領都の自宅と同じ高級ベッドはあるし、グリフォンの羽から作った羽毛布団まであるのだから。そんなピラミッドシェルターの弱点は?


時間の感覚が分からなくなること、ではない。


トイレなのだ。


このシェルター内にトイレはない。つまり、私もアレクも用を足す時は外に出るしかないのだ。いずれ何とかしたいのだが、スライム式浄化槽やそれにあたるものを魔力庫に収納できるようになるまではお預けだ。でも、魔力庫に生き物を収納するってのは結構ハイリスクだもんなぁ……どうしたものか。




やって来たのは城門前。


「よう、さっきぶりだな。せっかく教えてもらったんだが生憎とペット禁止って言われてしまったよ。ここら辺で野宿していいか?」


街に入る際に金を掴ませた騎士に話しかける。


「あれ? 変だな。そんな話初耳だぞ? どうする? 俺が口利いてやろうか?」


「いや、いいいい。もうあそこに泊まる気は失せてるからな。すまんがあそこの隅っこを借りるぜ?」


ここなら騎士団詰所のトイレを借りられるからな。


「おお、ローランド王国のお偉いさんなのに悪いな。何なら俺んちでもいいんだが、多分野宿の方がマシだしな。」


「はは……偉くねーって。じゃあ悪いが借りるな。」


読めたぞ。あの女将、私から追加料金をとろうとしたのか。最初から四人分払ってるってのに。馬屋と客室を同じ料金に設定した上に、ペットを部屋に入れたいなら追加料金ってか。舐めてんな。

まあ、そんな商売してるようじゃ長くないだろう。私が何か手を下すまでもなく潰れると見た。


ピラミッドシェルターをどーん。

ある程度の広さがないと置けないもんな。


「なっ……こ、これは!?」


「ただのテントさ。もし朝になって邪魔だったら起こしてくれていい。それまでは放っておいてくれ。中であんなことこんなことするんだからさ。」


「おっ、おお……ごくり……」


ちなみに昨夜は『消音』を使っていない。アレクにはどうにか声を我慢してもらった。あんな場所なんだから周囲を警戒しないわけにはいかないもんな。カムイだって外に出てたし。


しかし今夜は違う。きっちり消音を使うから耳を張り付けて聴こうとしても無駄だぜ?


「カースのバカ……//」


でも先に風呂だよね。カムイが手洗いしろってうるさいから。


『闇雲』の中に湯船を出す。


「覗くなよ?」


「あ、ああ……」




翌朝、遠慮がちなノックの音で目を覚ました。トントン、トントンと。たぶん朝なのだろう。


『換装』

『水球』

『乾燥』


わずか五秒で身支度終了。寝癖もない。


「おはよう。邪魔になったか?」


「おはようございます。いえ、そうではございません。私はこの地の代官アカルージャ・オオバの副官ミスミタと申します。代官が貴殿に面会を求めております。昼前に代官府までお越し願えませんでしょうか?」


領主ではなく代官がいるってことは、ここは天王の直轄地か。確か天領って言うんだったな。


「昼前か……今からじゃだめか? せっかく起きたもんでな。」


「申し訳ありませぬ。代官は朝から予定が詰まっております故、昼前に改めてお迎えに参ります。何卒それでご容赦願えませんか?」


そう言われたら仕方ないな。朝から忙しい代官か。クタナツのレオポルドン代官を思い出すな。ソルダーヌちゃんのお姉さんとの間に子供ができないことが悩みだそうだが、単に仕事しすぎなせいって気がする。


「分かった。昼前にはここに居るようにしよう。」


「かたじけない。ではまた後ほど。これにて御免!」


副官ね……妙齢の女騎士にしては堅苦しい言葉遣いだったな。ヒイズルでは普通なのか? そうは思えないが。

まあいいや、二度寝二度寝。

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