第1266話 ホホノリ・タツハラヤの実力

少し汗ばんだアレクの隣へとにじり寄る。無意識だろうに抱きついてくるアレク。髪の毛に私の鼻はさわさわと撫でられてくすぐったい。でもいい香りだなあ。深呼吸しよう。すーはー。

うーん、よく眠れそうだ。






うぅ……ん……なんだか腹が冷えるな……

私の魔法で部屋の温度を調整しておいたはずだが……

Tシャツは着てるし薄い毛布だってかけていたと思ったが。ああ、アレクの仕業か。朝から、いや昼前から悪い子だ。


「おはよ。」


「あむっ、おはよう……ねぇカース……お願い……」


「だめー。お仕置きの続きだよ。続きは今夜ね。」


「そ、そんな……私もうこんなになってるのに……」


アレクがあんまり可愛いからつい意地悪したくなるんだよな。夜が楽しみだなぁ。


「さ、ご飯にしようか。コーちゃんがお腹を空かせてるよ。」


「カースのバカ……」


濡れた瞳で拗ねるアレク。可愛さがとどまるところを知らないな。






食事を済ませるといよいよ出発だ。


「村長、世話になった。これはほんの気持ちだ。取っておいてくれ。」


オークを一匹丸ごとプレゼント。解体はしてないけど構わんだろう。


「こっ、これは……豚鬼……ですか!? ありがとうございます! 魔王様の行く先に幸運のあらんことをお祈りしております!」


村長まで私のことを魔王と呼ぶようになったのか。


「おぉーい、待ってくれよ! 俺も一緒に行くんだからな!」


ああタツか。本名なんか全然覚えてないがタツって名前は呼びやすくていいな。女衒のタツだったよな。あれ? その子は……


「その子は? 連れて行くってのか?」


「おおよ。当分オワダでは商売できそうにないからな。今から行くテンモカで売る女を集めておかねーとな。早速ここでいい仕入れができたってわけさ。」


「ふーん。」


何となく気に入らないな。奴隷だから簡単に売り買いできるってのか……

ローランド王国の場合は奴隷の所有者変更をするには役所での手続きが必要だった。だがここではそんな必要すらないってことか……


「おっと、もちろんこの子の母親も一緒だぜ。いくら俺でも親子を引き裂くような商売はしてねぇからな?」


「ふーん。」


買う方も買う方なら売る方も売る方だな。村長の奴隷って話だったよな。子供まで産ませておいて……いい値段を提示されたから売っ払ったってことか?

他人の生き様に口を挟む気はないが……気に入らんな……


タツはこの親子以外にも三人、合わせて五人も買い取ったようだ。エチゴヤのオワダにおける影響力が低下した今、他の街に商機があるとかって言ってたが……なんだかなぁ……


村長からはお土産としてリモンをカゴいっぱいもらった。これで酒ライフが充実しそうだな。炭酸を見つければハイボールだって飲めそうだ。むしろ『圧縮』の魔法やアレクの『抽出』を使って自前で炭酸水を作れないものだろうか。あ、スペチアーレ男爵なら作れそうな気がする。よし、帰ったら相談してみよう。




こうして私達はカツラハ村から南下を開始した。村を出たのが昼ぐらい。果たして夕方までに次の村に着けるのだろうか。ふと気になったこととしては……


「タツさあ、女を五人も連れてて大丈夫なのか? 盗賊とか魔物とか出てこないのか?」


「もちろん出るぜ? だが魔王さんよぉ、俺を見て何か気付かねぇかなー?」


タツを見て? 無茶言うな。強いて言うなら結構いい装備を着用してるってことぐらいか?


「俺ぁこれでも元六等星冒険者なんだぜ? たった一人で女衒なんてぇヤベェ商売やってんだ。腕っぷしに自信がなきゃあやってらんねぇってなもんよ!」


「へー。だから結構いい装備してんだな。ダンジョンに潜れなくなったんだっけ。」


それだけで元冒険者だと気付けってのは無理だぞ。それなりに強そうではあるが。


「おっ、知ってたか。俺ぁ仲間とシューホー大魔洞の攻略を狙ってたんだがなぁ……泣く子とお上には勝てねぇってな。まっ、これからは商売の時代さ。俺ぁそう思うぜ?」


へー。柔軟な考え方してんだな。そりゃあ生き残るわ。


「ガウガウ」


分かってるよカムイ。どうせ魔物だろ?


「タツ、話のついでだ。腕を見せてくれよ。魔物が出るぜ。」


「マジか! すげぇな魔王さん。何匹だ? 距離は?」


「三匹、ここから五百メイル先ってとこだ。」


「はぁ!? そんな先まで分かるんかよぉ!? ハンパねぇな! まあいいや三匹ぐれぇなら任せてくれや。」


ふふふ、私の魔力探査は広いんだぞ。




そのままてくてく歩く。そろそろ見える頃かな。


『遠見』


「カース、あれ盗賊ね。」


「あら、そうだったの。あはは、まあいいや。がんばれよタツ。」


人間だったのか。村からそんなに遠くないし魔力もしょぼいからてっきり雑魚魔物かと思ったじゃないか。魔力探査は魔力の大きさで判別する魔法だからなぁ……


「盗賊かぁ。つまらん魔物よりぁ美味しい相手なんだよな。俺がいただくぜ、いいよな?」


「任せる。」


「へへっ、よっしゃあ。お前らも見とけよ? 束の間だがご主人様の腕前をよ?」


仕入れた女達に向かって勇ましく宣言する。負けたら笑ってやろう。




それからも道を歩いていると、藪の中から三人の男が現れた。私達が来るのが見えたもんで慌てて隠れていたんだろう。


「おーしお前ら金出っぎゃおおおーー!」


盗賊の一人は最後まで喋ることなくタツに斬られた。


「兄貴ぃ! てっ、てめっ痛ってぐはぁがぁ!」

「うぐあぁっ!」


残り二人は峰打ちか。鮮やかなもんだ。


「さて、お前ら。有り金全部出せや。それともこいつみてぇに死ぬか? お?」


どっちが盗賊なんだか。




五分後、生かしておいた二人に縄をかけて再出発だ。どうやら次の村で売るらしい。こんなクソみたいな男でも売れるのか?


「いやー儲かった儲かった。こいつらもそこそこの値段で売れるだろぉしよ。いい小遣い稼ぎになったぜ。おっと、魔王さん。こいつぁほんの気持ちだ。」


一万ナラーか。死んだ奴は私が燃やしてやったからな。盗賊の末路なんてだいたいこんなもんだよな。人間真っ当に生きないとだめだよなぁ。

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