第1206話 至高の夕食

ちなみに私が持っている国王直属の身分証には本物であると証明するための仕掛けがある。それは、私かローランドの王族以外が触れると電撃が流れるというものだ。当然アレクとて例外ではない。

ただ、その電撃がよくできており……痺れて気絶しかねないが命には別状ないといったものなのだ。まったく上手くできてるものだ。

このオッさんが知ってたってことは、やはりそれなりの身分の奴なんだろうな。私だってよその国に来ておいて横車を押す気はないからな。理不尽なことでなければ郷に入って郷に従うさ。


「まさか……その若さでローランド国王直属の身分証を所持しているとは……改めて名前を聞かせていただけるか? 儂はカシオ・ヨシノ。今となっては名ばかりの没落貴族だ。」


「カース・マーティン。平民だ。元は下級貴族だったが父の退役に伴い平民となった。」


「そなたが平民だと? 理解できぬな。それにどう見てもこちらのお嬢さんは高位貴族であろう?」


へえ? 意外と目は確かなのか。


「正解だ。ローランド国王建国以来の名門、アレクサンドル家は知ってるな? そこの娘だ。」


「アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルよ。所詮は分家だから気にしなくていいわよ。」


「それほどの者が一体ヒイズルに何用なのだ?」


「さっき言ったろ? 物見遊山だってな。だから面倒なことに関わらせないでくれよ?」


「あ……ああ……」



よし、これでオッさんも宿もハッピーだ。さぁてメインディッシュは何かな? 他にも色々と料理はあるが。


「マーティン様。ご助力いただきありがとうございました。お客様にお手を煩わせてしまいまして申し開きもございません。女将もお礼をさせていただきたいと申しております。」


担当さんだ。


「いや、気にしなくていいよ。旨い料理を食べさせてくれたらそれで充分さ。女将によろしく。」


「ありがとうございます。女将にはそのように伝えておきます。ではこの後もお楽しみくださいませ。」


ここほどの高級宿ですらあんな客が出るんだもんなー。接客ってのは大変だわ。いや、むしろここほどの高級宿だから困った客がいるのか? 普通の宿だったら「知るか! 文句があるなら出ていけ!」で終わりそうだし。うーん、大変だねえ。

そういやあいつ没落貴族って言ってたくせにこの宿で食事ができるのかよ……贅沢な奴め。


「お待たせいたしました。迷宮ダンジョン黒毛牛人くろげぎゅうじんの鉄板焼きでございます。」


ん?


「どこ産って言った?」


迷宮ダンジョンでございます。我が国に三つほどある迷宮の一つ『シューホー』ダンジョンより取れた獲物にございます。」


「ダンジョンって何……?」


「神の試練とも言われる洞窟でございます。どこまで深いのかは分かっておりませんが、そこに現れる魔物を倒すと様々な素材を手にすることができるそうです。」


なんとまあ……つまり神域みたいなものか?


「アレクは知ってた?」


「いや、初耳よ。他国のことだし学校で習ってないことは知らないわ。」


「熱いうちにお召し上がりくださいませ。」


「あ、ああ。ありがとう。」


神域だと考えると……どんだけ厳しいのか分かったもんじゃないな……

イグドラシルに登るのに魔物が出たら……と考えたら最悪だ。まあ行くかどうかは別にして、行く先々で適当に情報ぐらい集めておくかね。


「うまっ!」


つい声を出してしまった。これは旨い! さっきの鯛もそうだったけど、ここの飯ってなんだか味が濃いんだよな。濃厚な牛の味って感じかな。楽園でフェルナンド先生と食べたブラックブラッドブルを思い出すな。

一口サイズよりやや大きいヒレ肉かな。がぶっとかぶりついても簡単に切れる。旨いわー。黒毛牛人って言ったな……ローランド王国で言うところのミノタウロスかな? 私はまだ遭遇したことがないんだよな。イメージでは大きな斧を振り回してそうだけど。

地球ではミノタウロスがいるのはクレタ島のラビュリントスだが、それがヒイズルのダンジョンにも住んでるとは妙な話ではあるな。ちょっと興味が湧いてきたかな。


「ガウガウ」


何だと? 相変わらず贅沢なやつめ。


「これのお代わりは頼める?」


担当さんはすぐ側に待機してくれている。


「申し訳ございません。希少なためコース料理の分しかご用意できておりません。狼ちゃんには代わりに何かお肉の塊をお持ちしましょうか?」


「ガウガウ」


「それで頼むよ。よく焼いて欲しいそうだよ。」


「かしこまりました。」


はぁー美味しい。そろそろ腹も膨れてきたな。デザートが出る頃かな。




「お先にこちら失礼いたします。」


なっ!? マジか! これは!


「山菜ときのこの炊き込みご飯でございます。」


最高だ……めっちゃ旨そう……そしてお新香も! これは堪らん! まさに垂涎ものだ……来て良かったっ! ヒイズルっ!


「よろしければこちらお使いください。」


おおっ! 箸! 使うとも! アレクは器用にフォークで食べてるけど。


「これね? いつだったかカースが食べたいって言ってたヒイズルの穀物は。」


「そうなんだよ! 食べてみたかったんだ! 最高に美味しいよ!」


興奮が止まらん! この分なら明日の朝食は白飯に味噌汁が出そうだよな! 最高だ! 帰る時には米も大量に買っておこう! 旨すぎて泣きそうだよ……

さすがに前世の味と全く同じとはいかないが、懐かしさもあって旨くてたまらん! ジャポニカ米より少し細長いぐらいかな。でもしっとり感や甘さはほぼそっくりだ。あ、お新香も美味しい。ここは本当にいい宿だなぁ。ここにしてよかったよ……ねー? コーちゃん。「ピュイピュイ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る