第1193話 暗夜海道

えっ!?

何あれ!?

どう見ても貝だよな?

全長二メイルほどもある帆立貝の群れが水切りショットのような動きで船に迫っているではないか。うーんキモい。


海斬扇貝うなぎりおうぎだぁー! 防御を固めろ! 帆を全部降ろせぇー!」


船長の声が響く。いかにも切れそうな名前だもんな。船員はマストに登り作業を始めている。冒険者達は右舷に隙間を開けて並んだ。防御体制だ。

よし、ならばここは私が……


『水壁』


船を覆い隠すほどのサイズで全て受け止めてやるよ。


「うおぃ!?」

「誰か魔法使いやがったな!?」

「水壁なんかで防げんのかよ!?」

「油断すんな! 突き抜けて来んぞぉ!」

「あれ? 来ねぇな?」


当たり前だ。私の分厚い水壁なんだから。海面を跳ねる帆立ごときに破れるものか。


そして……全ての帆立を水壁に取り込んだら……


『落雷』


トドメを刺して水を切って魔力庫に収納だ。旨そうだからね。これで一難は去ったが……


「船長、あいつらの動きはいつもあんな感じなのか? 何かから逃げてるってこともありそうだが。」


魔物の集団移動と言えば何かから逃げてるってのが定番だからな。


「助かったぜ……おめぇとんでもねぇな……海斬扇貝おうぎがいだが、動きは大抵あんなもんだ。だが、普段より三倍は多い……逃げてるって可能性大だ……」


なるほど。やはりそうか。ならば『魔力探査』

あいつらは南から来たよな……そっち方面を重点的にチェックだ。残り魔力はだいたい六割ってとこか。やっぱ昨日の無駄遣いが響いてるね。あんまり寝てないし。


おっと、大物の反応ありだ。でもそんなに早くないな。


「船長、南から大物が来てる。だがこの船なら十分逃げ切れると思うよ。もちろん逃げるか迎え撃つかの判断は任せるけど。」


「ほお……おいワッチ! 南を見ろや! 何か来てるかあ!?」


船長は上を向いて叫んだ。するとマストの上に乗ってる船員が返事をする。


「えーと……来てます! 距離およそ三キロル! あれは巨大雷電海月でからいくらげです! やべえ!」


くらげ? そんなに大きいのか。どれどれ『遠見』


うーん、大きいことは大きいがアスピドケロンほどではないかな。それにクラゲじゃあ食べる所もないだろうな。魔石が欲しいと言えば欲しいが、無理してまで欲しくはないかな。一応護衛任務中なんだし。逃げて終わりだろうな。


「アレクは知ってる?」


稲妻海月イクレイルメデュウスのことかしら。近寄ると危ないらしいわ。強烈な電撃で心臓まで止まってしまうそうよ。でもカースには関係ないわね。私は一応『避雷』をかけておくわ。」


あー、国が違えば魔物の呼び方も変わるのか。言葉はほぼ同じなのに不思議なもんだ。いや、言葉が同じなのも不思議だよな。


「帆を張れぇー! 魔法使いは風を吹かせろぉー! 急いで逃げるぞ! ワッチはそのまま監視しとけぇ!」


「取り舵ぃー!」


「戻せぇー!」


船長の命令が続き、船の進路がやや北向きになった。それにしてもこの大きな船でよく命令が届くもんだな。伝言つてごとを使ってる気配はない上に操舵手の姿もどこにも見えないってのに。まあこの分ならどうやら逃げ切れそうだな。この船けっこう早いし。




「船長、そろそろ暗夜海道あんやかいどうですぜ」


「おうよ。おぉいワッチ! まだ巨大雷電海月くらげぁ見えるかぁ!?」


「見えません! 五分ほど前に視界から消えました!」


「分かったぁ! そのまま見てろぉ! 今度ぁ南西方向を特に注意だ!」


「了解でさぁ!」


あんやかいどう? 何だ何だ? 海の難所かな?


「おう冒険者ども! 全員船室に引っ込んどけぇ! ここからぁ激しく揺れるからよぉ! せいぜい海に落ちんようにしとけや!」


やはり難所なのか。


「アレク、コーちゃん達と一緒にいてね。僕はここにいるから。」


「ええ、それなら先に寝てるわね。早く来てよ?」


頬にチュッとしてから船室へと帰っていった。本当にアレクは可愛いなぁ。


「船長、及ばすながら協力するわ。例えば船員が海に落ちたりした場合に拾うことぐらいできるしな。後はそうだな……船より高い波なんかが来た時は打ち消してもいい。」


「無茶苦茶だなおめぇ……なんで冒険者なんかやってんだよ……国の魔法使い……えぇとローランド王国だと宮廷魔導士っつったか? 楽勝でなれるんじゃねえのか?」


「なれるな。先王様に誘われたし。でもそんなダルいことなんかやってられないさ。俺は自由に生きるって決めてるもんでな。まあそれはどうでもいいだろ。適当に指示をくれよな。」


「おお……次からの航海が思いやられるぜ……やれやれだ……」




せっかくなので、先ほどワッチと呼ばれた船員の所まで登ってみた。結構高いな。


「よう。いい眺めだな。ところで何でこの辺りのことを『あんやかいどう』って言うんだい?」


「おわっ! びっくりしたぁ……飛んできたのか……上からだと分かりやすいかな。あそこから先の海を見てごらん?」


「黒い……よな?」


「南から北に向かって夜のように暗い海が走ってるよね。だから暗夜海道ってわけさ」


「なんであんな風に暗いんだい?」


「さあ? 世の中には不思議なことがたくさんあるもんだよね」


海の色ってプランクトンの量とか水深に関係してるんだよな? それがあそこまで境目はっきりと黒くなってるってことは、あそこからいきなり深くなってるってことだろうか? まるで亀裂のような海溝が南北にずーっと延びてるって感じなのかな。他にも理由がありそうだが分からんものは分からんよな。

ちょっと潜ってみたくなったけど、魔力を節約しておかないとな。深海の危険な魔物なんかに出遭ってしまったら大変だし。でもいつか最深トライアルとかやってみたいなぁ。どこまで深く潜れるのだろうか。どうも宇宙に出るより魔力を消費しそうな気もするな。


さて、ますます波が高く激しくなってきたな……

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