第1132話 総代教主ジャン・ジャックモンドの成れの果て

翌日、全員で魔法研究所を訪ねる。所長夫人がいるんだから第一の扉は通れた。だがそこで待たされる事態となった。伯父さんが来るまで待つ必要があるらしい。昨日も泊まり込みで仕事をしていたとか。家に居ない人だよなぁ。


「奥様、ようこそお越しくださいました。そしてボス、お久しぶりです」


「おはよう。主人は?」


「こちらです」


セグノか。そういや伯父さんの妾になったんだったか。妾をこんな所で働かせるとは……寵愛してるのか酷使してるのか分からんな。


案内されたのは地下だった。少し長めの廊下を進むと厳重そうなドアが見えてきた。セグノの魔力で解錠されて開く。


「おおマルグリット。ここに顔を出すとは珍し、イ、イザベルか……」


「久しぶりね兄上。たまには家に帰った方がいいわよ。」


伯父さんは母上を見たとたん、手に持っていたカップを落とした。どんだけビビってんだよ。


「ま、まあ座れ……」


ソファーに座った私達にセグノがお茶を配る。そして母上から事情が説明される。




「なるほど……本物の禁術の毒、死汚危神だいおきしんか。もちろん協力するのはやぶさかではない。好きに使ってくれ。細心の注意を、と言いたいところだがイザベルにカース君だ。無用だろう。」


「ありがとうございます伯父さん! では早速、総代教主の所に行ってみたいんですが。」


「いいとも。セグノ、案内してやれ。」


「はい。ボス、こちらです」


「私も行くわよ?」


母上にしては積極的だな。


「私は待ってるわね。」


アレクは慎重でありがたい。


「ピュイピュイ」


コーちゃんは来るのね。私の首に巻き付いた。ありがとう。ちなみにクロミは大人しい。


「じゃあ私は帰るわね。あなたもたまには帰ってきてね?」


「あ、ああ。君の顔が見れてよかったよ。またな。」


伯父さん達の夫婦関係はどうなってんだ?




ひたすら階段を降りる。灯りなどなく真っ暗なのでセグノが光源を使っている。

通過した扉は二つ。そして三つ目の扉の前に来た。


「私はここまでです。これより先は通路にまで毒が充満しております。くれぐれも注意してお進みください」


「オッケー。母上はどうする?」


「もちろん行くわよ。」


「ピュイピュイ」


コーちゃんも行くのね。


「ではお気をつけて。この扉は閉めますのでお戻りになりましたら強めにノックしてください」


セグノが扉を開いたので、とりあえず目の前を解毒しておいた。


『光源』


別に『暗視』を使ってもいいのだが無駄な魔力を消費することもあるまい。


うわぁ……空気が黄土色に濁ってる。キモいなぁ……


「 母上は大丈夫?」


「ええ。普通に風壁を張ってるから問題ないわ。」


それがいいな。私も風壁にしよう。自動防御じゃ無駄が過ぎるもんな。


狭い階段を降りていくと、段々と気持ち悪い呻き声が聴こえてきた。


やがてボロい扉が見えた。この中か。


『金操』


汚い扉なんか触りたくもないからな。ギギギィと不快な音を立てて奥に開く。音までキモいな。


おっ、いたいた。うわぁ……見てるだけで吐き気がするな……

新鮮なゾンビとでも言えばいいのだろうか、皮膚は枯れ木のようにボロボロ、どうにか顔と手足があることは分かる。それなのに目はギロリと剥き出しだ。あ、すでに目蓋がないからか。口はあるけど歯と舌はないのか、唇もないし。だから呻き声がよく分からないキモさを感じさせるのかな。背中を丸めた老人のような姿勢で三畳程度の湯船に立っている。なるほど、腰までなみなみと溜まった紫ピンクの液体が死汚危神もどきってわけか。


とりあえず『風斬』


ジャンの首を刎ねてみた。


ボチャンと毒の池に落ちた首。バシャンと倒れる身体。


「これからどうなるんだろうね?」


「死ねないって話だったものね。」


「ピュイピュイ」


およそ三十秒後。ジャンは元通りのキモい身体のまま立ち上がった。もちろん頭部は元通りだ。違うのは呻き声が大きくなったことぐらいだろうか。より苦しそうに。


『豪炎』


うわ、母上無茶するなぁ。密室で火の魔法を使うなんて。たちまち焼失するジャン。部屋の温度も一気に上がったし毒も多少は気化したかな?


それでもやはり三十秒後。奴は元通りの姿で毒の沼から立ち上がってきた。


「あれ以上高温の火を使うと壁まで溶けそうだね。」


「そうね。やはりエルフの禁術は副作用まで半端じゃないわね。」


こんな密室で人一人が一瞬で燃え尽きる火を起こしたのだ。現在の気温は二、三百度ぐらいはありそうだ。扉を開けたらバックドラフトなんて起こらないよな?


さて、今日のところはこんなものでいいだろう。問題はこの毒をどうやって持って帰るかだが……


『水操』


うん、どうにか水や酒と同じように操れる。魔力消費は桁違いだが。


『氷壁』


氷で器を作ってそこに入れるが……ダメか。触れた途端に溶けてしまった。ポーションの空き瓶ならどうだ? うっわ、全然ダメ。教団の奴らは一体どうやって毒をゲットしてたんだ?


ちょっともったいないけどミスリルで器を作ってみると……おっ、大丈夫だ。でも長く保ちそうにないなぁ……


「母上、何かいい方法ない?」


「別に物に入れなくてもいいのよ? 例えば……」


『風壁』


あっ、なるほど。空気の塊で包んでしまえば溶けることも漏れることもないのか。ただの風壁にしては相当の魔力が込められてるけど。


「もしくは適度に薄めるかね。原液のままでは強すぎるようね。教団は武器に塗っていたようだけどそのままでは武器が朽ちてしまうわ。ムラサキメタリックなら別なようだけど。」


「なるほどね。」


試しに百倍希釈だと……

うん、氷の器にも収容できるな。


結局、風壁で包んだ毒をミスリルの器に収納することにした。危険な毒だからな。母上は風壁で囲ったものを氷壁で包み鉄っぽい箱に入れた。


「その箱は何?」


「魔道具よ。ボクシーに特注で作ってもらったの。中に入れた物を決して外部に漏らさない箱。『不漏禁庫ふろうきんこ』だそうよ。」


さすが母上。やっぱ思考が柔軟だよな。別に物に入れなくてもいいって言ったくせに……

そりゃあ魔法だけで解決する必要ないもんな。でもなぁ……魔道具って全部ワンオフだもんな。こっちでアイデアを考えて注文しないといけないからついつい足が遠のくんだよな。それにしてもボクシーさんか。懐かしいな。魔力庫職人はこんな魔道具まで作れるってのか。


さて、これにて出るとしようか。元から魔力が満タンじゃなかったからな。あんまり長居するとヤバいんだよな。

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