第1096話 桃狩り

さて、今日だ。

いよいよ今日……私は、私達は旅立つのだ。私とアレク、そしてコーちゃん。おまけにリリスと十五人の女達。目立つ行列だなー。


しかし何事もなく領都北の城門から出ることができた。さて、問題はミスリルボードなんだよな。結構大きいんだけど、さすがに十五人、いや十八人はキツいな。


『金操』


仕方ないからミスリルボードを少し薄くして面積を広げた。これなら全員座れるな。


「リリスは楽園に行くのは初めてだったよな。」


「はい、前々から興味はございましたが機会がありませんでしたので。」


「驚くわよ? カースったらすごいんだから。」


「恐ろしい魔境に城壁やお屋敷を構えるなどと正気の沙汰ではありません。さすが旦那様だと思います。」


リリスはえらく楽園に興味を持ってるな。そんなに領都を離れたかったのかな? ちなみに他の女達は無言だ。騒がれるよりはいいかな。




ゆっくり飛んだので楽園への到着は二時間後だった。


「さあ、ここが楽園エデンだ。みんなが住むのはあの屋敷。一人一部屋あるから好きな部屋を使うといい。が、まあそれは後だ。先に冒険者の奴らに紹介しとこうか。」


「かしこまりました。」




当然のようだが冒険者達はここに娼館ができると聞いて大喜びだ。ちなみに我が家への素泊まりは銀貨五枚に設定した。破格の安さだよな。娼館としての料金はリリスに任せた。契約魔法もかけてないからリリスがその気になればいくらでも金を抜くことはできる。


それからリリスには一通り、我が家の設備と霞の外套の使い方を説明した。もっとも、領都の屋敷と同じなんだがね。これでもう思い残すことはない。


「じゃあな。大変だとは思うけど死ぬなよ。」


「旦那様もお嬢様もどうかお元気で。コーちゃんもまた会いましょう。」


「元気でね。」


「ピュイピュイ」


私の手持ちの食糧はほぼ全て屋敷の魔蔵庫に入れたりリリスの魔力庫へと譲った。これなら一ヶ月は持つだろう。それ以降が大変だが、リリスならどうにかするさ。


さあ、行こう。イグドラシルが私達を待っている。




寄り道などせずにフェアウェル村に到着。ひどく懐かしい気がする。半年ぶりだったかな。いつも通り門の前に着陸しよう。


ん? あれは……


「ガウガウ」


「カムイ!」


「ピュイピュイ!」


なんと、カムイがお出迎えをしてくれるとは。まさかこの村にいたなんて。嬉しい誤算だな。


「ガウガウ」


私が来る頃だと思って一週間前から来て待ってたって? 待たせてしまったな。よぉーしよしよし。わしゃわしゃしてやる。少し臭いか。あとでしっかり洗ってやるからな。


「ガウガウ」


カムイが一声かけると門が自動で開く。つまりカムイは村人として登録されてる的な扱いを受けてるってことか。やるなあ。

さあ、開いたからには入ろう。まずは村長むらおさに挨拶しないとな。と、思ったら向こうから来たではないか。


「久しいな、坊ちゃんよ。ついにイグドラシルに登るか。物好きな人間もいたものよ。」


「どうも村長。お久しぶりです。さっそく明日から登りたいと思ってます。」

「お世話になります。お邪魔いたします。」

「ピュイピュイ」


「精霊様、よくぞいらしてくださいました。お嬢ちゃんもな。」


「ところで、フェルナンド先生はまだ降りてきてませんか?」


「ああ、あの人間か。姿は見てないのお。まあ途中で出会えるとよいな。」


先生が降りる時に遭遇できる計算ではあるが、先生だってまだ登頂してないかも知れないもんな。


「ガウガウ」


何? ペイチの実より旨い実があるって? いきなり話が飛ぶなぁ。今から取りに行きたいのか? 仕方のないやつだなあカムイめ。


「村長、ペイチの実より旨い実があるんですか? カムイが食べたいって言うもんで行ってもいいですか?」


「ほっほっ、行くのは構わんが帰ってこれずとも知らんぞ? その実の名は『蟠桃ばんとう』と言ってな。恐るべき魔猿の園に実っておるわい。」


「へぇ、旨そうな名前ですね。じゃあちょっと行ってきますね。」


「ならば忠告だ。捥ぐのは十までにしておくがよかろうよ。」


「分かりました。」


そうと決まるとカムイがもう駆け出した。よほど食べたいんだな。あっちは東かな。それにしても蟠桃とは。たいそうな名前してやがる。ならばその魔猿は管理人ってか。まさか不老不死じゃあるまいな。


カムイー、方向は分かったからそろそろこっちに乗れよな。いくらカムイが飛ぶように走っても空を飛ぶ私の方が早いぞ。


「ガウー」


拗ねるなって。カムイの走るスピードは私の何十倍も速いんだからさ。




さて、二十分ぐらいだろうか。眼下のなだらかな丘陵といった場所に大木が四本生えている。あれが蟠桃か。さすがに実は近寄らないと見えないな。


「ガウガウ」


猿が厄介だって? カムイに任せるよ。戦いたいんだろ?


「ガウ!」


「アレク、カムイがここの猿と戦いたいんだって。僕らはその間にゆっくり実を捥ぐとしようよ。でも、僕から離れないでね。」


「ええ、何と言ってもここは山岳地帯だものね。いくら警戒してもしすぎるってことはないわ。」


「ピュイピュイ」


あ、コーちゃんはカムイに巻きついて行ってしまった。少し過保護か?




「キキッ」


マジかよあの猿……カムイと互角に戦ってやがる。

すごいな……予定変更、私は目が離せないから実はアレクに任せよう。


スピードのカムイ、頑丈さの猿。ルフロックやマスタードドラゴンですら切り裂いたカムイの牙が通用していない。しかし、猿の方もカムイを捉えることができていない。あいつらすごいな……




「カース、十個集まったわよ。」


「え、もう!? アレクすごいね!」


「そうでもないわ。もう三十分は経ってるんだから。どうも傷みやすい実らしかったから慎重に捥いでたのよ。周囲も心配だったし。」


なんと。さすがはアレク。実を捥ぐだけなのにソツがないね。よし、後はカムイの決着を待つだけだ。あんまり長くなりそうだったら容赦なく介入するけどね。

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