第1080話 乗船者選抜試験

翌朝。私とアレクは簡易シェルターで目を覚ました。コーちゃんは一晩中飲んでたんだろうなぁ。もうここから離れてもいいのだが、せっかくなので国王達の出発を見送ろうとも思っている。なんせおじいちゃん達も行ってしまうんだから。


外に出てみると、国王を中心に代官や組合長、校長に騎士長までもが酔い潰れていた。しかし護衛の騎士はしっかりと起きていた。大変すぎるだろ……


今日は昼ぐらいから乗船希望者の選抜を行うそうだが……できるのか?


私達が朝食をとっていると父上がやって来た。昨日はいなかったな。警備に出てたんだよな。今はもう民間人なのに。


「おうカース来てたのか。おお、これはお義母様、お久しぶりです。相変わらずお淑やかな貴婦人でいらっしゃいますね。」


「父上おかえり。いつも大変だね。」


「いやだわアランったら。こんなおばあちゃんをつかまえて。あなたも相変わらずいい男ねぇ。いえ、ますます渋くなってるわ。イザベルが羨ましいわね。」


おお、父上とおばあちゃんって仲良いのか。


「ワシには挨拶なしか? この色ボケ男が!」


「おうジジイいたのか? 小さいから見えなかったぜ!」


「なんじゃと! 頭だけでなく目まで悪いとは! ならばそんな目はいらんのぉ! 腐らせてくれるわぁ!」


うわぁ! おじいちゃんが何か詠唱を始めたぞ!? 腐らせるって、そんな……


「おお、やれるもんならやってみやがれ! その口にゴブリンの糞を突っ込んでやるからよぉ!」


「「はいそこまで!」」


母上とおばあちゃんが同時に発言し、二人の頭を叩く。息ぴったりじゃないか……

ぶつぶつと文句を言う父上とおじいちゃん。似た者同士ってやつか? 同族嫌悪なのか?


なのに並んで食事をする二人。おじいちゃんの皿から肉を奪う父上。父上のカップのお茶を飲み干すおじいちゃん。やっぱ似た者同士だな。




それから私とアレクは沖に出て釣りをした。コーちゃんはそこらを泳いでいる。自由だなぁ。ちなみに釣り糸は使わず水の魔法を細く伸ばしている。先端にある釣り針は自前だが。


餌は適当な肉、浮きは無し。感覚だけが勝負なのだ。


釣りをして、イチャイチャして、風呂に入って、また釣りをして。私達は沖で何をやってんだか。


そして昼。釣果は……

私は小さいのが十数匹。イワシャかな?

アレクは……ランスマグロを一匹だった。完敗だぜ……まあ引き上げるのは私も手伝ったが。


「よし、お昼はみんなでランスマグロ三昧といこうか。がんばって解体するよ。」


「ええ、楽しみね。」


あー醤油が欲しいよなぁ……ワサビはあるんだけど。




ちなみにみんなは焼いて食べていたが、刺身で食べたのは私とマトレシアさんだけだった。料理人は探究心が旺盛だね。


そして昼から選抜が始まった。わざわざあんな所に行く奴の気が知れないね。あ、私が言うなだな。




『お前たち! よくぞ集まった! ではこれより選抜を始める! なお、今回の選に漏れた者にも次の機会はあるし、職人として連れて行くこともできる! 存分に実力を示すがよいぞ!』


国王の大きな声が周囲に響く。ここにいるほとんどの者が国王を見るのは初めてだろう。ざわざわしている。


『選抜は簡単だ! ここにいるのは元近衛騎士だ! こやつらの誰でもよい! かすり傷一つでもつければ合格だ!』


ずいぶんヌルいな。でも魔法なしなら私には不可能か。近衛騎士は五人、冒険者は五十人はいるな。そんなに北の開拓に行きたいのか。


『始め!』


一斉に襲いかかる冒険者達。円陣を組み目の前の相手に対処する近衛騎士。やはり腕が桁違いだ。あの五人の一人一人が父上や兄上並みの腕と考えればそれも納得だ。さすがにフェルナンド先生並みではないよな?


次々に打ち倒される冒険者達。時折り『合格』の声も聴こえてはくる。




そして冒険者の数が減った頃、見覚えのある男が二人、近衛騎士の前に立った。


「近衛騎士かぁ。相手に不足ぁねぇのぉ! やるぜぇクワナぁ!」

「大勢に紛れて狙えばよかったのに……」


ヒイズルの二人組、セキヤ・ゴコウとクワナ・フクナガじゃないか。いつこんな所まで来たんだよ。特にクワナ、こいつってダミアンの妹といい感じなんじゃなかったのか?

そう思ったらこいつら二人の体をブラインドにして後ろから魔法が放たれた。妹ちゃんもいたのね。三人で北を目指すのか……


結果は三人とも合格。クワナの刀で近衛騎士の剣を斬り落とした隙にセキヤが一撃を喰らわせる、と同時に妹ちゃんの風弾も命中した。完全に一人をターゲットとした戦略勝ちだな。


うーん、ダミアンの妹もいることだし……餞別でもくれてやるか……


「よう。久しぶりだな。」


「てっ! てめぇ魔王ぉ!」

「どうもお久しぶりです。」


忘れられてなくてよかった。


「セキヤ、こいつを返してやろうか?」


「なんじゃとお! 俺のムラマサじゃねぇか! おんどれなんかの施しぁ受けんでぇ!」

「お願いします! こいつ刀がないとダメなんです!」


クワナは正直でよろしい。


「いいぜ。何か対価をよこしな。ヒイズルの食い物か調味料、何か持ってないか?」


「あぁん!? あってもおんどれなんかにくれてやるかぁ!」

「こんなのどうですか? 見た目は悪いですけど、お湯に溶かすと美味しいんですよ。」


クワナが魔力庫から取り出したのは小さな樽。容量は四リットル程度だろうか。蓋を開けてみると……味噌だった……


「おいクワナ……こいつはヒイズルに行けば買えるか?」


「え、ええ……上下の値段差はすごいですけど買えますよ。」


「ほれ、返してやるよ。これに懲りたら刀を賭けた勝負なんかするなよ。お前は弱いんだからさ。」


「うるせぇんじゃあ! おめぇクワナ! なに魔王の言いなりになっちょんじゃあ!」

「刀、いらないの?」


クワナの一言に黙り込むセキヤ。当たり前だよな。ちなみに味噌は『まいそ』と呼ばれているらしい。これでついに味噌汁が飲める! いや味噌汁まいそしるか。しかも少量ではあるが醤油も手に入れた! こっちはそのまま『しょうゆ』だ。これはもう決まったな。フェアウェル村でイグドラシルに登った後は東の国ヒイズルに行くしかない。いつになるかは分からないけど。

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