第四章
第1076話 カース、旅立って……ない
アレクの卒業式が終わってから半月。私達はまだフランティア領都にいた。色々あって出発が延び延びになっていたのだ。だが、それももうすぐ終わる。今月末には出発できる目処が立ったのだ。
ちなみに理由としては。
・キアラ経由で今月末に新しい国王の即位式への出席を頼まれたこと。
これはどうせ新しい身分証などをもらうために王都に行く予定だったから構わない。本当はもっと早く行ってさっさと貰うつもりだったのだが。
・スペチアーレ男爵のところにアレクとコーちゃんを連れて顔を出したら一週間も引き止められたこと。
まあ楽しかったからいいんだけどね。
・ダミアンをトンネル工事の現場に連れて行ってやったら冒険者を集めて宴会が始まったこと。
そしたら酒の匂いに釣られたのか、魔物がたくさん現れて撃退するのに四苦八苦してしまった。弱いくせに数だけは多いネズミの魔物だったから。やれやれだ。
・他にも色々。マイコレイジ商会のリゼットが駄々こねたり……
そして今。我が家に信じられない来客がいる。さすがのマーリンもびっくりだ。
「カースちゃんが元気そうでよかったわ。いいおうちに住んでいるのね。びっくりしちゃったわ。」
王妃、いや元王妃だ。お供はいるがほんの数人だけだ。
「王妃様のご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます。」
「いやだわ、そんな堅苦しい挨拶なんて。私はもう王妃ではなくただのおばあちゃんなのよ? アンナって呼んで欲しいわ。」
無茶言うな。本名はテレジアンナだったか。それを愛称で呼べだと? 国王をグレンちゃんって呼ぶようなもんだ。無理。
「僕にとって王妃様はいつまでも王妃様です。」
同席しているおじいちゃんもおばあちゃんもフォローしてくれないし。
「まあカースちゃんたら。嬉しいことを言ってくれるのね。でね、今日来たのは一緒にクタナツまで行かないかお誘いに来たの。船で二、三日の旅ね。」
「クタナツですか? 特に問題はありませんが。」
「じゃあ決まりね! 出発は明日の朝よ。船はノード川の河口に停泊しているわ。今夜のうちに一緒に行きましょ?」
うーん、まあいいか。二、三日ほど王妃に付き合うのもいいだろう。楽園ではお隣さんになるわけだし。
実を言うと国王や王妃がフランティア領都に立ち寄ることはおじいちゃんから聞いていた。北の街の開拓に出向くのは確定事項だが、せっかく近くを通るのだから辺境伯にも面会しておくかって感じらしい。だからって王妃が我が家に来るなんて想像できるかよ。直接船にこっちから会いに行こうかとは思っていたが。
そして悲しいことに、おじいちゃんもおばあちゃんもその船に乗って一緒に北へと向かうことになっている。人生をかけた忠誠……凄すぎる。
『陛下が危険な地で体を張ろうとしておられるのにどうして儂らが安全な地でぬくぬくとしておれようか』なんて言ってた。ここらもそこまで安全じゃないってのに。
おじいちゃん以外にも領都やクタナツで希望者を乗せるそうだ。もちろん選抜試験はあるけど。好き好んであんな危険なところに行きたがる奴なんかいるのか? あ、おじいちゃん達もか。
それからアレクも交えて王妃とお喋り。一時間ほど話して王妃は帰っていった。今から辺境伯の屋敷に立ち寄るそうだ。国王がそっちに行っているようなので。
「帰られたか?」
「オメー隠れてたのかよ。出てくればよかったのに。」
ダミアンだ。相変わらずこいつは私の家を
「さすがの俺様も平気で王妃殿下に拝謁できるほどタフじゃねーよ。知らん顔してるのが一番だぜ。」
その考えがタフだと思うが。会いたくないから会わないって言ってるのと同じだろ。まあラグナもいることだしな。
「オメーは気楽でいいよな。」
「バッカやろう、俺だって大変なんだぜ? ここにいる時ぐれぇ気ぃなんか使いたくねーんだよ。」
知ってる。
ダミアンは結構頑張ってる。工事現場にしばしば顔出してるし、資材の運搬や調達現場にすらも。おまけに冒険者達の集まりにもちょくちょく顔を出しては酒を置いていく。時には宴会芸も披露し場を盛り上げたりもしている。おまけに貴族同士の集まりやパーティーにまで積極的に参加し次期辺境伯としての地位も固めつつある。やるよなぁ。
でもそれなら王妃にもきっちり挨拶しとけって話なのだが。
さてと、王妃に一緒に行こうと言われたからにはそろそろ出発しよう。辺境伯邸の前で待ち合わせだ。おじいちゃん、おばあちゃん、そして私とアレクとコーちゃん。全員で馬車に乗り辺境伯邸へ。
ちなみに滞在中おじいちゃんとダミアンは結構一緒に酒を飲むことが多かったようだ。ダミアンって誰とでも仲良くなるんだよな。相変わらずコミュ力モンスターだわ。
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