第1074話 アレクサンドリーネの卒業

翌朝。今日だけは寝坊するわけにはいかない。自動防御も張らずに寝て、リリスに起こすよう頼んでおいた。


「旦那様、よろしければ髪を切りましょうか? 軽く整える程度ですが。」


「伸びてるか。じゃあ頼むわ。シルエットがあまり変わらないように頼む。」


普段は髪が伸びたと思えば風斬でざくざく切ってるんだよな。拘りは額を見せること。心眼の習熟の甘い私の目に髪がかかると死活問題だからな。



ちなみにローランド王国に鋏はある。髪用と紙用、そして魔物解体用と様々な種類の鋏がある。私は持ってないけど。


「終わりました。お疲れ様でした。」


「うん、ありがとう。じゃあ行ってくる。」


今日の服装は礼服。ガスパール兄さんのお下がりだから貴族らしさ丸出しだ。かなり窮屈なんだよな……サイズも合ってないし。


マーリンが呼んでくれた辻馬車にて魔法学校へと向かう。




魔法学校の校門前はやはり混雑していた。だから私だけ先に校門より随分前で降りて歩いた。うーん緊張してきたな。


講堂前、ババア校長がいた。


「ひっひっひ。待っておったぞ。卒業生に気合が入る挨拶を期待しておるぞ?」


「まあ、適当にやりますよ。」


私の挨拶なんかどうでもいいんだよ。問題はアレクだ。アレクの晴れ姿をしっかり目に焼き付けたいんだよ。


さて、私の席は……あそこか。うわ、かなり前の方だな。広い講堂のステージから見て右端に机が一列並べられている。隣は誰が来るんだろうか。


場内にはすでに在校生が集まっている。誰一人お喋りをしていない。えらい。


「あなたがカースね? 会うのは初めてかしら。クリスティアーヌ・ド・フランティアよ。あなたのことはいつもドナシファンから聞いてるわ。」


こ、この人は……


「初めまして。カース・マーティンでございます。辺境伯閣下にはお世話になっております。」


辺境伯の正室、第一夫人か。長男やソルダーヌちゃんの母親なんだよな。


「ダミアンの親友だそうね。あなたがドストエフに味方してくれていたら、と思わないでもないわ。」


「なぜあんなバカな奴と親友になったのか分かりませんがダミアンの手腕なしにはトンネル工事は進まないでしょうね。」


結局ダミアンは工事の遅れを気にして冒険者を動かした。長男に塩を送った形だ。まったく……何が非情な決断をすることもあるだよ。思いっきり甘いことしやがって。ダミアンらしいぜ。

その甲斐あってトンネル入口周辺の魔物はたちまち駆逐され、現在は周辺の地面を均す作業の最中だ。一ヶ月もすればいよいよ掘削が始まる見込みだそうだ。


それにしても辺境伯夫人の隣かよ。二番目に高貴な席……私に気を使いすぎだろ。アレクのパパママは普通に保護者席に座ってるってのに。ちなみにおじいちゃんとおばあちゃんもちゃっかり保護者席に座っている。


あ、始まった。


『卒業生入場!』


来た! アレクが先頭だ! 上級貴族モードな顔で歩いている。まっすぐ前を見て、すっと背筋を伸ばし堂々と歩いている。


全員が入場し、着席する。


『開会に先立ちまして来賓のご紹介をいたします』


『フランティア辺境伯、ドナシファン・ド・フランティア閣下の名代としてご出席いただきましたクリスティアーヌ・ド・フランティア辺境伯夫人!』


夫人は立ち上がりたおやかに腰を折った。


『勲一等紫金剛褒章を受賞されたクタナツ名誉領民、一等金融士とも認定されておられます、魔王カース・マーティン様!』


こんな場でも魔王って呼ばれるのか。軽く一礼しておく。


こうして来賓紹介が続くこと八人。伯爵とかお偉いさんが続いた。なぜか青髪変態貴族まで出席しているようだった。


『これよりフランティア魔法学校 卒業証書授与式を始めます! 領歌斉唱!』


フランティアの領歌。私はこれを知らないんだよな。黙って聴いていよう。


『朝日が登る 緑の野山

厳海げんかいのノルドを見据え

風雪よ 吹かば吹けよ

魔境の掟ぞ 超克すべし

誇りある フランティア

偉大なる ドリフタス

ああ 我れらが大魔境』


ドリフタス、初代辺境伯だったか。二百年前なんだよな。


『卒業証書授与! 卒業生代表 アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドル!』


「はい!」


アレクはすっと立ち上がり、ステージへと歩いていく。


「アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドル。あなたはフランティア魔法学校を首席で卒業するに足る成績を修めたことをここに証明する。フランティア魔法学校校長、バーバラ・ド・アベカシス」


アレクは卒業証書を受け取った後、会場に向かい一礼しステージを降りた。


その後、卒業生全員の名前が呼ばれ、会場には各々卒業生の声が響いた。




『学校長式辞』


「ひっひっひ、お前達。今日までよく生き残ったねぇ。フランティアに一校しかない魔法学校に入学し、足切りに耐え試練に耐え、競争に勝ち生存競争に勝ち。首席を取った者もいれば卒業目前で死んだ者、辞めた者もいる。だが、ここに自分の足で立っているお前達。お前達は一人の例外もなく勝者だ。この先の人生で何が起ころうとも、フランティア魔法学校を生きて卒業したことを誇っていいのさ! わかったね!? お前達は勝者だ! 誇りを持って生きていけ! 私が言いたいのはそれだけさ。ひっひっひ……」




『来賓祝辞。クリスティアーヌ・ド・フランティア辺境伯夫人』


夫人はゆっくりと、しかし堂々とステージまで歩き祝辞を始めた。いかんな、緊張してきた。そもそもなぜ私が同じ歳の学生の卒業式で祝辞なんか述べるんだよ。ババア校長も変わってるよな。




『来賓祝辞。魔王カース・マーティン様』


ついに私の番が来た……

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