第1063話 カースとイザベル

昼食を挟んでもやることは変わらない。ひたすら断崖絶壁を切り落とし、平面を広げていくだけだ。退屈にも思えるこの仕事も母上の魔法を間近で見れると思えば悪くない。発動速度がそこまで早いわけでもなく、魔力を大量に込めているわけでもない。なのに鋭く研ぎ澄まされた風の刃が容易く岩を斬り裂いていく。あれは多分フェルナンド先生の剣に通じるものがあるな。基礎の型を大事にしながらも、只ひたすらに剣を振り続けて辿り着いたかのような境地。一日一万回の正拳突きをするように、魔法を使い続けることで行き着いた領域なんだろうな。少し分かってきたぞ。


ちなみに昼からは岩をただ海に捨てるのではなく、少しでも安定するよう海中の岩を組み直したりもしている。なるべく隙間なく積んだ方が防波堤の役目を果たせることだろう。




それから母上へ三回目の魔力補充。まあ吸い取ってもらうだけだが。


「そういえば母上。ここら辺で寝泊りしてるんだよね? もう何日ぐらい滞在してんの?」


「二十日ぐらいかしら。私もアランも一ヶ月過ぎてもこのまま滞在するつもりよ。」


「すごいね。大丈夫? 疲れとか溜まってない?」


「うふふ、大丈夫よ。ここにはオディロンも来てるしね。それよりカース。私達はすでに平民であるけれど、勘違いしてはだめよ?」


「勘違い?」


何のことかな? オディ兄の洗濯魔法がすっきりほっこりすることとは関係なさそうだ。


「ええ。貴族と平民を別つもの、それは覚悟よ。このような時真っ先に駆けつける覚悟が大事なの。身分は平民でも心まで平民に落ちてはだめよ?」


うぐっ、言われてみれば……

確かに私は心の中で『もう平民だからいいや』って気持ちがある。貴族の義務なんか関係ないって。


「う、うん。」


「カースが望めば子爵でも伯爵でもすぐになれるわ。それを平民として生きるのは貴方の自由。でも心の中まで平民になってはだめよ?」


「押忍。分かったよ。」


「ちなみにアランの生まれは平民、いやもっと下だけど心に揺るぎない信念を持っているわ。だから私はどこまでも一緒にいるの。貴族であろうとなかろうとね。」


「う、うん。」


確かに父上はすごい。極端な話だが、もし父上がキアラを殺そうとし、キアラが父上を殺したとしたら、私は冷静に対処できるものだろうか? 無理に決まってる。きっと気も狂わんばかりに……

そのような状況でも父上は冷静に事態を収めたし、騎士も辞めた。アッカーマン先生を殺した私に何の蟠りもないようだ。いくら母上と結婚する目的で騎士になったのだとしても、一年半後に退役する予定だったとしてもだ。


「でもまあ私もアランもカースが自由に生きてくれたらそれでいいんだけどね。」


「うん。」


まったく母上は。難しいことを言うんだから。良いように解釈すれば、心に芯を持ち自由に生きるってとこだろうか。うん、やはり自由に生きよう。




日没まで一時間といった辺りで作業終了となった。するとあちこちから人々が集まってくる。夕食タイムか。担当する仕事によって並ぶ列が違うようで私と母上は大きめの小屋へと入った。そこには立派とは言えないがテーブルと椅子が用意してあり、身分が高めの人もちらほらと居るようだ。


「あそこで受け取るの。おかわりも自由よ。」


「おいしそうだね。」


「ピュイピュイ」


コーちゃんは海底に沈めた岩の間をくぐったりして遊んでいたそうだ。無邪気だぜ。飯時にはちゃんと帰ってくるし。




ちなみにセルジュ君ママのシメーヌおば様とスティード君ママのセリーヌおば様もいたので少しお喋りをした。やはりまともな貴族はきっちり働いてるんだな。自家のメイドや従者を数人連れての参加とは。全然ファンタジーあるあるじゃない。貴族だから平民の手本となるべく率先して働くってとこだな。アレクのパパママはまだ見ていない。きっと担当が違うんだろうな。


「さっ、私達の宿を教えておくわ。こっちよ。」


宿? 遠くにたくさん並んでいた長屋みたいなやつか?



「ここよ。だいたい一家に一軒ずつ使っていいことになっているわ。お風呂はなし。希望者はオディロンが銅貨一枚できれいにしてくれることになってるわ。」


「適材適所だね。ならマリーはどんな担当なの?」


「夜間の警備ね。一晩中暗視が使える魔法使いって結構貴重なのよね。そろそろ起きてくる頃かしら。」


なるほど。建物の数に余裕があるわけではないから一軒を複数の家族が使うこともあるわけか。どうせここは港町になるんだからまだまだ建物は必要になるはずだ。工事と並行して建築も進めてるんだろうな。


改めて思うが進歩のスピードがおかしい。

百年も停滞していた魔境進出がここ五、六年で猛烈に動き出している。クタナツとグリードグラス草原の中間にある小さな街『バランタウン』に始まり、草原の街『ソルサリエ』ができた。これによりかなりグリードグラス草原を縦断しやすくなった。

そしてこの港といつかできるであろう北の街が繋がったら、位置的に言ってクタナツがローランド王国の中心になるかも知れない。北の街とは街道も繋がるしね。実際にはフランティア領都がそのポジションに収まりそうだが……するとダミアンの権力が凄いことになるのか? うーんなんだか不思議だ。


しかし今から盛り上がりを見せるタイミングで旅に出る私。帰ったら浦島太郎状態かもね。それはそれで面白そうだからいいけど。

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