第1034話 シャルロットの召喚獣

それからも伯母さんと話が弾んだ。もうディオン侯爵家のことなんか全然出てこないぐらいだ。


伯母さんによると……


グレゴリウス伯父さんは王宮詰めが多く自分とセグノが交代で着替えを届けたりしているらしい。伯父さんの魔法の腕なら自分で洗濯するなりできそうなものだが、会いに行く口実だろうな。セグノは許されてるのか……?


長男ガスパール兄さんは宮廷魔導士になったそうだ。やはりゼマティス家だけあって試験も一発合格、最も若い宮廷魔導士が誕生したとか。どんな試験かすごく気になるな……


現長女シャルロットお姉ちゃんは魔法学院二年。あれから循環阻止の首輪を付けて頑張った結果、学年首席だとか。私の二つ上なのに魔力が伸びてるのか……?


二男ギュスターヴ君は、なんと騎士学校へ入ってしまった。もちろん体力的には付いて行けるはずもないが、魔力で無理矢理どうにかしているらしい。そして家にも帰って来ず寮生活をしていると……そこまでウリエン兄上に憧れていたのか……

年齢は私の二つ下だが、現在騎士学校の二年生。一年遅れで入学したようだ。すごいな……


「それでカース君? セグノのことだけど、どう思う?」


「は? どうとは……?」


いきなり何を聞いてくるんだよ。


「グレゴリーはね。小さい頃から浮気なんかしたことなかったの。私は浮気もすれば他の男とも遊ぶけどグレゴリーは私一筋だったの。それがあんな闇ギルドの女に手を出すなんて……四十前の年増なんかに……」


伯母さん何言ってんだ? どこから突っ込めばいいんだ……


「セグノは邪魔ですか? 邪魔なら引き取りますよ?」


楽園の番人が欲しいんだよな。執事ゴーレムやメイドゴーレムを仕切れる奴がさ。


「いえ、ただの愚痴よ。セグノは有用なの。ゼマティス家にとってもね。手放す気はないわ。」


男は黙って話を聞いてろってか。どんと来い。むかしサンドラちゃんから言われたよな。女が話したいって言ってるんだから黙って聞いてろってさ。あ、サンドラちゃんにも会いに行こうかな。お土産はないけど私の笑顔で十分だろう。


伯母さんの愚痴を要約すると、自分より若い女と浮気をするのは構わない。しかしどうせなら若い頃の自分に似た女と浮気をして欲しい。あんな自分とは似ても似つかない野暮ったい女を囲うなんて。歳だって自分より五つ下ってだけで大して若くもない。国王の退位に伴い多忙なのは分かる。だからあまり会えないのも仕方ない。そこにセグノがいるせいで自分の割り当てが減っていると……


自分の甥に割り当てとか言うな。私は相槌を打ちながら話を聞き流していた。やっぱり伯母さんも貴族女性あるあるに当てはまっているんだなあ……魔力高いし……




そして軽いティータイムのはずが……


「ただいま帰ったわ。ねぇー母上ぇー明日の……あっ! え? カース!?」


「やあお姉ちゃんお帰り。元気そうだね。」

「ピュイピュイ」


いつの間にやら放課後になっていた。


「いつ王都に来たの? あっ……まさかディオン侯爵家の惨劇ってアンタの仕業ね!」


いきなりかよ……せっかく伯母さんとは当たり障りのない話で盛り上がっていたのに。


「ディオン侯爵家? よく分からないよ。何のこと? ここには昼前に来たよ。」


シャルロットお姉ちゃんは口が軽そうだからな。偏見かな。


「学院でも噂になってたわ! 皆殺しの魔女がまた現れたって! あんなことができるのはイザベル叔母様ぐらいよ! でもアンタならできるんでしょ!」


やはり王都中に噂が広まっているのか。早すぎるぞ……母上はここまで分かっていてあのイヤリングを落とすよう言ったのか?


「来たばかりだからよく分からないよ。それよりお姉ちゃん首席なんだってね。頑張ってるんだね。すごいよ!」


「ふふん、それほどでもないわ! だって私はゼマティス家の長女だもの! 当然よね!」


おっ、ごまかし成功。チョロいぜ。しかしあれだな。このお姉ちゃんの態度はアンリエットお姉さんがいなくなってせいせいしてるって感じか? 実は嫌いだったのか?


「じゃあさ! 庭で稽古つけてよ! 新しい魔法たくさん覚えてるんだよね?」


「そ、そう、そんなに知りたいのなら仕方ないわね! 見せてあげるわよ!」


やっぱりチョロい! これで私も魔法の幅が増えるってもんだ。




「行くわよ!」


『ゴクジューア クニンユー イショーブツ ガーヤクザー イヒーセッチ ボンノーウ ショーゲーン スイフケーン 天と地の遍く存在よ 我は求め訴えるなり シャルロット・ド・ゼマティスの名において願い奉る 出でよ召喚されし魔の物よ……』


おお! 召喚魔法か! 何が出てくるんだ……



んん? えらく小さいぞ? 十センチもない……蜘蛛か! 黒いフサフサとした毛に覆われている蜘蛛だ!


「ヤツメファンネルスパイダーのアトレクスよ。猛毒注意よ? さあ行くわよ!」


『幻惑』


おおっ! 十数人のお姉ちゃんが私を取り囲んでいる! これはすごい! そして蜘蛛がめっちゃたくさんいる! これはキモい! 丸焼きにしてやりたいが、ここはゼマティス家の庭だからな……


毒焔どくほむら


その上目隠しまで! 闇雲でなく毒焔を使うところにお姉ちゃんの毒への拘りが窺える。


『氷斬』


氷の円月輪か。あらゆる方向から襲ってくるが、私の自動防御は無敵だ。

おお、なるほど……当たった手応えがあったのは後ろからのみ。つまり無数に見えても他は幻影なのか。


『なかなかやるわね! でもまだまだいくわよ!』


声まであちこちから反響して聴こえるじゃないか。近所迷惑じゃないよな?


うおっ! 上空から氷塊が落ちてきた! 自分ちの庭に何やってんだよ! あれも幻影なのか……? よし、無視しよう。代わりに『風弾』

全方位にめった撃ちしてやった。お姉ちゃんは……無傷か。やるな。それなら……


ん? 今度は大岩が落ちてきた……さっきの氷塊よりは小さいが……このお姉ちゃん正気か?


ならばちょっとキツめに行こうか……『水球乱舞』

それもホーミングと衝撃貫通付きだ。最近あんまり衝撃貫通は使ってなかったんだよな。威力が危なすぎるから。組合長にこっそり使ったぐらいだな。


すると、幻影が全て消えさり上から大岩が直撃した。本物だったのかよ!

大岩は私の自動防御に弾かれて、横に滑り落ちた。やっぱり質量攻撃は魔力の消費が酷いな。素直に避けたり浮かせたりする方が楽でいいな。


「もう……なんで効かないのよ……」


「いやーお姉ちゃんこそ。まさか自分ちの庭にこんな大岩を落とすなんて思ってもなかったよ。それにしてもあれだけ派手な魔法が全て陽動とは思いもしなかったよ。」


「そこまでバレてるのね……帰ってらっしゃい……」

「ビービー」


私の首の後から蜘蛛が降りる。こいつは生意気にも私の自動防御をかい潜り足元から首まで登ってきたのだ。足元、つまりこいつは地面に穴を掘って下から自動防御を抜けたのだ。地中には自動防御を張ってないからな。

本来ならばズボンの裾から入り込み、足を噛むのだろうが、魔境を歩くこともある私だ。虫が入らないようブーツの入口は閉めてある。しかも私のズボン、いやトラウザーズはドラゴン製だ。蜘蛛ごときの牙で貫けるはずもない。だから首まで登ってきたのだ。私に気付かれないようゆっくりと。


お姉ちゃんの誤算は私が自分の体表面にも自動防御を張っていることだ。最近は大抵これをやってるんだよな。魔力効率が悪いにも程があるがこれも修行ってことで。

よって、いくら首元に取り付いても牙を突き立てることはできない。まあ首元に来られるまで気付かなかったのは内緒だ。最初からお見通しって顔をしておく。


「さすがカースね。上手くいくと思ったのに。」


「たまたま気付いたからだよ。それよりお姉ちゃん、その蜘蛛で何人か殺しちゃあいないよね?」


「そんなことしないわよ。召喚の儀式でこの子が出てきた時には笑われたものだけど、今は一人もいないわ。」


召喚の儀式? 気になるキーワードが出てきたぞ?

それより、一人もいないってのは……全員殺したって意味か? 違うよな?


「実力で黙らせたってことだよね? 猛毒があるって……」


「その通りよ。アトレクスの毒は凄いわよ? 父上やセグノが欲しがるぐらいだもの。」


その例えは分からん! マスタードドラゴンの毒とどっちが凄いんだろう。毒の効かないはずの私の指を溶かしたあの毒と……

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