第1022話 組合長とイアレーヌ

「お待たせしました。」


組合長の待つ、併設の酒場へと足を踏み入れた。ここにはあんまり来た覚えがないんだよな。


「まあ座れや。コルプスとは何か話したか?」


「従兄弟だと聞きましたよ。」


「ほう? あいつそこまで話したんかぁ。まあええ。ワシが言いたいことはのぉ、強制依頼についてじゃあ。今のお前は領都で七等星になった。てことはのぉ、領都のギルドから発令される強制依頼の方がクタナツのより優先順位が高ぇってことじゃあ。」


「ええ、分かってますよ。」


「ワシぁそれが気に入らんのじゃあ。クタナツのモンがよぉ領都のギルドに良いように使われるんがのぉ! だからのぉ、六等星試験を受ける時ぁぜってぇクタナツで受けぇのぉ?」


「受ける時は、そうしましょう。もっとも、三月になれば僕は国外に出ますよ? 冒険者稼業は当分お休みです。」


普通は一年間何もしないと登録抹消だが、事前に届けを出しておけばある程度は問題なくなる。


「ふん、まあええ。好きにしろやぁ。ワシもあちこち行ったがのぉ、西の大国にぁ縁がねぇ。お前はそこにも行くつもりなんかぁ?」


「どうですかね? 山岳地帯、東の国ヒイズル、南の大陸には行くつもりですが。西の大国には今のところ興味が湧いてないですね。」


西の大国フェンダー帝国。ローランド王国と国交はないし、そもそも遠すぎる。どんな国か誰も知らない。大昔の統一王朝時代に何回か貿易船が行き来した記録がある程度らしい。行く所がなくなったら行ってもいいかも知れないが。

ヒイズルにはムラサキメタリックや刀がある。

南の大陸にはコーヒーやコットン、各種香辛料がある。

西の大国には何があるんだろうね。


「それより、せっかくですからイアレーヌさんの話を聞かせてくださいよ。奢りますから。」


「ガキがそんな気ぃ使うんじゃねぇ。聞きてぇんなら話してやらぁ。イアレーヌはのぉ、いい女だったぜ?」


「具体的な話をしてくださいよ。」


「魔力ぁ高ぇし種類も多彩だぁ。当然顔もスタイルもよかったぜぇ。魔女の姉って考えりゃあお前にも想像がつくだろぉが?」


「ああ、なるほど。それなのに母上には歯が立たなかったんですか?」


「おお。相手が悪過ぎじゃあ。イアレーヌはのぉ恥を忍んで幾度となく魔女に挑んだんだぜぇ。ワシらと冒険をしながら経験を積んだり、一人で修練を重ねたりしてのぉ。だがのぉ……魔女との力の差は広がる一方じゃあ……」


ああ……母上って最近まで魔力が上がり続けてたって言うもんな。私はもうほぼ止まったってのに……どうなってんだよ……


「何度も? つまりイアレーヌさんは数回負けても命を失うことはなかったってことですか?」


さすがの母上も実の姉には甘いってことかな? いや、普通に優しいだけに違いない。母上なんだから。


「おぉ。毎回魔女のヤツぁイアレーヌの魔力が切れるまで防戦一方よぉ。魔法だろうが剣だろうが魔女にかすりもせんかったぜぇ……」


組合長は毎回見てたのか。


「じゃあ限界を超えたせいで死んだってのは……?」


「ワシもジャックも諦めぇって何度も言ったんじゃがのぉ……コルプスだって歩けるぐらいに大きくなってたしのぉ……でものぉあいつぁ、薬やらポーションやら使いまくったんじゃあ……」


ポーションは分かるとしても薬?


「どの薬ですか? まさか神酒ソーマの欠片とか……?」


「当然使ったのぉ。それから不帰かえらずの龍血もじゃあ。そんなもん飲んでみぃ、例え勝っても命ぁねぇわ。あのバカが……」


どんな大怪我もたちどころに修復する『神酒の欠片』

一定時間魔力を数十倍にまで引き上げる禁断の薬物『不帰の龍血』

どちらかだけでも飲んでしまえば生存率は一割もないってのに……そこまでして母上に勝ちたかったのか。そこまでやってもかすり傷すら負わせることができなかったのか……


私はそんな母上を魔力が枯渇するまで追い詰めたはずだが、どうも怪しくなってきたな。母上って秘密が多すぎるんだよな。まだまだ私に隠してることがたくさんあるはずだ。魔力が枯渇してそれで終わりとはとても思えない。だいたいあの時だって母上が手加減しなかったら私の首が絞まって終わりだったんだから。


「そうですか……色々あったんですね。ならば副組合長の父親の時はどうだったんですか? やはり組合長が立ち会ったんですか?」


「おぉ、仕方なくのぉ。マーシナルの命だきゃあ助けてやりたくてのぉ……」


「でもあっさりだったとか……」


「おぉ。魔女の奴、少しも躊躇わずにトドメぇ刺しやがったぜぇ。止める前に終わっちまったんじゃあ。」


「ちなみにどんな魔法だったんですか?」


「たぶん禁術『心身傀儡しんしんかいらい』じゃあ。マーシナルの奴、自分の剣でてめぇの首ぃ斬り落としやがったからよぉ。」


心身傀儡……いつか私の首を絞めたあれか。わざわざ禁術を使ってまで殺した理由が気になるな。組合長だって見ているのに。母上には聞きにくいな……

まあいいや、飲もう。




「ううっぐすっ、イアレーヌぅ! なんで死んだんじゃあ! うおおーん!」


飲み始めてから二時間。組合長はすっかり酔ってしまった。それにしても、まさか泣き上戸だったとは。ごっつい体してるくせに。


「ワシやジャックの気持ちを知ってるくせにさっさとマーシナルと結婚しやがってよぉー! うおおおーーーん! 一回も浮気してくれんかったんじゃあ!」


ほう? 校長も伯母さんのことが好きだったのか。人生色々だな。あ、そういえばふと気になったことがあるぞ。


「組合長ってお子さんはいるんですか?」


「あぁ? おるわけなかろうが! ワシもジャックも独身じゃあ! まあワシの場合ぁどこにガキがおってもおかしくぁないがのぉ! ゲハハハハぁ!」


いきなり笑い出しやがった。酔いすぎだろ。もういい頃だろう。放っておいて帰ろう。


「待てやぁカースぅ! ワシを女羽媧楼まで連れてけやぁ! 奢ってやるからよぉ!」


「はいはい。行きますよ。」


適当に店の中に放り込んでおけばいいだろう。私は娼館などに入る気はないのだから。

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