第1006話 青髪変態貴族

真っ暗になった会場にダミアンの声が響く。


『お前達。今日は俺の妹の親友であり、マブダチの伴侶でもあるアレクサンドリーネの成人祝いによく来てくれた。今から本人が入場するからよ、じっくり見ておいてくれや。』


その時、上方からアレクに向かってスポットライトが照らされた。光源の魔法を応用しているのか。誰の仕業だ?


それにしてもアレクは眩いばかりに輝いているな。会場からの歓声もすごい。そして胸元。先ほどまで青緑に輝いていたアレクサンドライトが、今は真紅の輝きを見せている。

うーん、粋な演出をするではないか。


アレクはゆっくりと歩き出し中央付近で立ち止まり、一礼をした。両手でスカートの端を摘み軽く持ち上げる、いわゆるカーテシーってやつだな。やはりアレクは絵になる。


「よしカース。闇雲解除だ。」


「オッケー。」『解除』


とたんに昼の光が会場を再び明るく染める。映画館から外に出た時並みに眩しいぞ。そしてアレクの首元も青緑へと戻る。うーん、やはりよく似合うぜ。


『よぉーしお前達! 飲み物は持ったか? アレクサンドリーネの成人祝いパーティーを始めるぜ! 用意はいいな!? かんぱーい!』


「かんぱーい!」

「かんぱーい!」

「乾杯っ!」

「乾杯!」

「アレクサンドリーネたんまじ女神!」

「氷の女神に乾杯!」


私もダミアンと乾杯。アレクも私達のところに戻ってきたので改めて乾杯。


「それじゃあアレク。僕らも何か食べようか。」


「ええ。どれも美味しそうよね。」


しかしそうはいかなかった。この会場に来ている一般人は全てアレクのファンだろう。アレクを取り囲み、口々に話しかけている。さすがに無碍にはできないわな。


「あのっ! これっ! プ、プレゼント!」

「僕の気持ちが!」

「このイヤリング似合う!」

「こっちの手袋はクロスキームの!」

「スカート作ってきたんだ!」


『おらぁ! 一列に並べやぁ! 魔王に殺されんぞ!』


そんなことぐらいで殺すわけないだろ……でもみんなきっちり並んだ。効果は抜群だ。


一人ずつアレクにプレゼントを手渡す。それに対してお礼を一言。握手のない握手会のようなものか。一人十秒程度で次々と人が入れ替わっていく。アレクの後ろにはたちまちプレゼントの山が築き上げられた。




そして一時間ぐらい経っただろうか。ようやく行列が途切れてきた。横で見ているだけの私まで疲れてしまったぞ。不埒な真似をする奴がいないか目を光らせていたからな。


「アレク、お疲れ。まあ一杯いこうよ。」


周りから人は消えていないが、きっと喉だって渇いているだろう。


「ありがとう。まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったわ。私にはカースがいるのに。」


「カースの母ちゃんの若い頃はこんなもんじゃなかったらしいぜ? マジの殺し合いが起こるレベルだったとかよ。美しいってのは罪なもんだぜ、なぁ?」


「はは、そりゃ怖いな。」


さすが母上。どうなってんだ?


「失礼。ご挨拶させていただいてもよろしいかな?」


今度は貴族か。ダミアンより歳上かな。ん? 髪が青い……ただの青髪はそこまで珍しくはないがこいつのように晴れた空を彷彿とさせる澄んだ青は珍しいな。


「おお、来たのか。アレックスちゃん、こいつが青髪変態貴族のジリアン・ド・レイボーンナムだ。」


「おいおいダミアン、それはないだろう。レイボーンナム伯爵家の当主ジリアンです。領都の宝玉とも渾名されるアレクサンドリーネ嬢とは常々お近づきになりたいと思っておりました。」


こいつが噂の青髪変態貴族か……フェルナンド先生のような王子様然としているが、先生に比べてもずいぶん細い。肌も青白く病弱そうに見えるな。


「アレクサンドリーネ・ド・アレクサンドルでございます。本日はようこそお越しくださいました。」


「ううむ……近くで見るとますます美しい……宝玉と例えたが、ここまで美しく輝く理由は……魔王殿、あなただな?」


いきなり話がこっちに飛んできたぞ。アレクを褒められて悪い気はしないけどね。


「始めまして。カース・マーティンです。アレクサンドリーネが美しいのは今に始まったことではないですよ。」


「分かっているとも。彼女はあなたという太陽が側にいるからこそ光り輝いているのだ。その平凡な見た目からは想像もつかない強力な魔法、感じることすらできない無尽蔵な魔力。あなたはまさしく大空を席巻する太陽のようだ。」


私が太陽? 言われて悪い気はしないが何が目的だ?


「おいカース。こいつは男もイケるからよぉ。どうやら全力でお前を口説いてるらしいぜ。」


「本気ですか? 私はアレクサンドリーネ一筋ですから男性も女性もお断りですよ。」


「もちろん聞き及んでおりますとも。ただ一人の女性のみを愛されること統一勇王ムラサキ陛下の如しとの評判です。大半の貴族にとってはとても真似できないことでしょう。」


そりゃ貴族や王族は跡継ぎの問題があるもんな。私には全く関係ない。好きなように生きると決めているのだから。


「ところが、そんな魔王殿を疎ましく思っているのはどのような層かご存知ですか?」


「いえ全く。アレクサンドリーネのファンでしょうか?」


さっきから話が飛ぶなぁ。


「それが女性なのです。それも上級以上の貴族女性です。」


「そうなんですか? 接点がないからよく分かりませんが。」


「もちろん直接魔王殿のことを恨んでいるなどというわけではないのです。実のところ、魔王殿がアレクサンドリーネ嬢ただ一人を伴侶と定めていることに影響を受けた貴族男性は多いのです。自分もムラサキ陛下や魔王カース殿のように、心から愛する女性のみを伴侶として生きていきたいという風潮が生まれつつあるのです。」


「跡継ぎのことはいいんですか?」


「良くないですね。しかし彼らにとっては取るに足らないことかも知れません。それに、彼らがそうなってしまった別の理由として性欲の問題もあります。」


「性欲ですか?」


「ええ。ご存知とは思いますが魔力や身分が高い女性ほど性欲も強くあります。そんな女性を三人も四人も側室にしていたらどうなると思います?」


「さ、さあ……」


「地獄ですよ? 夜寝る時間は確実になくなるでしょうね。とまあ、そんなこともありまして貴族男性達にそんな風潮が生まれつつあるということです。その発端となった魔王殿にそういった女性達は不満を抱いているわけですな。」


「は、はぁ……」


妙な事態になってるんだな。浮気をしないと決め、それを実行したら女性の方が困るとは……そりゃあソルダーヌちゃんやリゼットに悪いという気持ちがないわけではないが。それ以上にアレクしか目に入らないんだから仕方ないよな。何年か経って、私の気が変わるならともかく、そうでない限り自分を曲げる気はない。それより気になったのは……


「ところで、なぜそれを私に教えてくれたのですか?」


こいつに何の得があるのやら。


「理由はいくつかありますが、一番は魔王殿を愛欲の世界に引き摺り込みたいからですね。男女の隔てなど超越した淫蕩こそがこの世の真実です。私は魔王殿やアレクサンドリーネ嬢に私の信じる真実の道を共に歩んで欲しいのです。」


こいつ何言ってんだ……?

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