第943話 アレクサンドリーネとアイリーンの苦戦

『さあ、場内がすっかり冷め切ってしまったのは季節のせいだけではありません! そんな悪い魔王の尻拭いをしてくれるか! アレクサンドリーネ選手の入場です!』


おお、さすがアレク。歓声がすごいぞ。そんな歓声に浮かれることもなく堂々と入場する姿勢、かっこいいぜ!


『対するは! ジーン・エリー組! 双子の姉妹だそうでコンビネーションは抜群! どこかで見たような気がするのは気のせいでしょうか!?』


『アタシは知らないねぇ。大した魔力は感じないけど、ボスの例があるから油断はできないねぇ。』


「お久しぶりね。女装なんかしてどうしたの?」


「何のことだい? 僕は自分を男だと言った覚えはないよ?」


アレクが何か話しかけているが、知り合いか?


「へぇ、女だったのね? じゃあ何? カースが欲しくなりでもしたの?」


「くっ……」


「図星みたいね。カースはモテるもの、仕方ないわよね。」


前世よりはモテてる方だな。


「カース君が欲しければ君に勝てと言うんだな?」


「いえ、別に? そんなのカースが決めることだもの。私は口出ししないわ。ゴミのような女には近寄って欲しくないけれど。」


「僕がゴミのような女だと言うのか!」


「知らないわよ。自分の価値は自分で決めなさい。私の価値はカースが決めてくれるけれど。」


なにやら盛り上がってきたな。会場も二人の舌戦を楽しそうに聞いているようだ。


『さぁー! 何やら女の戦いが始まっているようですが! 第三試合を始めますよ!』


『まあ待ちなぃ。せっかく盛り上がってきたんだからさぁ。何か賭けちゃあどうだいぃ? お二人さんよぉ?』


ラグナが運営に気を使うとは珍しい。ある意味私の尻拭いか?


「私は構わないわ。アイリーンは?」


「構わない。だが問題は賭けるものだが……」


「アイリーンさん、あなたいい槍を持っていますのね? アタクシ、それが欲しゅうございますわ。」


「えーっと、君はエリーの方だったか。ならば何を賭ける?」


「の方、って言わないでくださいまし。では、先ほどの魔王さんに倣いまして……このミスリルの鉄甲を賭けますわ。」


「いい品だ。私の一文字槍『マタザ』とも釣り合うようだな。」


握り込むナックルのようなタイプではなく、腕に装着する籠手に近いタイプか。あれならアイリーンちゃんが身につけても動きを阻害することはなさそうだな。それにしてもあんな細身の女の子が鉄甲かよ。いや正確にはミスリル甲?


「それで、あなたは何を望むの? この場ではとりあえずジーンと呼ばせてもらうけど。」


「カース君と、その、一日でいいから、そ、外を、デートを……」


「あなたも貴族ならはっきりしなさい! カースが欲しいんでしょう!」


「そうだ! 欲しいんだ! 君に勝ってカース君を貰う!」


「まあいいわ。あなたが勝ったらカースに口を利いてあげる。私が勝ったら……そうね、事情を話してもらいましょうか。じっくりと詳しくね。」


「受けた!」


誰だよ。そんなに私が好きなのか? 顔に見覚えはあるんだが……


『さあ! 賭けの内容はまとまりましたね? それでは二回戦第三試合を始めます!』


『賭け率は五対二、やっぱお嬢は人気だねぇ。』


『双方構え!』




『始め!』


『氷散弾』

『飛斬』


アレクもアイリーンちゃんも発動速度が素晴らしい。だが、ジーンとエリーの二人の身のこなしはそれ以上だった。あの動きってもしかして……


『なっ! なんとぉ! ジーン選手もエリー選手も驚くべき素早さだぁぁーーー! 大量に襲い来るアレクサンドリーネ選手の氷の弾も! アイリーン選手の飛斬も見事に避けてしまったぁぁーー!』


『へぇ、縮地テラトレシアかいぃ。やるもんだねぇ。てことは何かい? あいつらは用心棒貴族、バックミロウ家なのかいぃ?』


『いえ、登録用紙にはジーン・エリーとしか書かれていませんね。』


そうか。ジーンはシフナート君にそっくりなんだ。あの線の細い美少年に。その上縮地まで使えるのか……ん? だからアレクは女装と言ったのか?


「くっ……」


「そんな手つきで僕は斬れないよ。」


アレクに接近戦は難しいよな……せっかくのサウザンドミヅチの短剣が擦りもしてない。アイリーンちゃんですらもう片方と互角のようだし。あんな動きスティード君でもないと捉えきれないよな……


金操きんくり


おお! アレクうまい! ジーンから武器をぶっ飛ばした。


「ぐぶっ」


ぬああぁぁー! 魔法を使った隙にアレクがお腹を蹴られた! あれはキツい!


「僕は剣なんかなくたって!」


「くっ」『氷弾』


「そんなの当たらないさ!」


ジーンの動きが速すぎる……アレクの氷弾がまるで当たらない……


「武器が! なくても! 君ぐらい勝てる!」


ぬがががぁぁぁーー! アレクの顔が! 三回も殴られたーー! それでも倒れない! 打撃には慣れてないだろうに!

ああ……で、でもアレクが根性を見せてる! あんな状態なのに! ジーンの袖口を……


「つか、まえたわよ……」


『氷塊弾』


「くっ……」


おおっ! 起死回生のゼロ距離射撃! なのに避けられるのかよ……惜しかったのに……


「きゃあんっ!」

「がはっ!」


マジかよアレク! ジーンだけでなく片割れまで狙ったのか……うまいこと位置取りしたもんだ……しかも容赦なくアイリーンちゃんごと……

二人とも跳ね飛ばされて場外へ……


「き、君は仲間を犠牲にしてまで勝ちたいのか……」


「バカ言ってん、じゃ、ないわよ……何を犠牲にしようと、も、最終的に勝つ、のが、貴族なのよ……それに……」


「それに?」


「後ろを、見たら?」


「なっ!?」


慌てて振り返るジーン。しかし何もない。


『氷弾乱舞』


「うぐあああぁぁぁーーー!」


いくら縮地でもあれはさすがに避けられない。至近距離から隙をつく数百発もの氷の弾丸!


『勝負あ、いや、まだだぁー! ジーン選手倒れない! まだ立っているぅー!』


『どうにか急所は防いだようだねぇ。でもあれじゃあねぇ。」


『烈風弾』


『決まったぁーー! 場外! 勝負あり! 情け容赦ない追い討ちぃーー! アレクサンドリーネ・アイリーン組の勝利です!』


『純粋な一対一や二対二の勝負なら勝てなかっただろうねぇ。うまく一対一同士の対戦に持ち込んだお嬢の作戦勝ちだねぇ。上級貴族ってのは怖いねぇ。まあ敢えて乗った相手も相手だけどねぇ。』


『おおーっと! 武舞台上ではカース選手がうずくまっているアレクサンドリーネ選手を抱え上げているぅーー! 力なく身を任せているアレクサンドリーネ選手の表情ときたら! 安心しきっているぅーー!』


『お嬢もあの状態でよくあれだけデカい魔法を使えたもんさ。それにアイリーン選手さぁ。エリー選手の背中越しに迫る氷塊弾を避けようともしなかったねぇ。だからこそ格上の相手でも道連れにできたのさぁ。女を上げたねぇ。』


『ただ勝ち上がったと言ってもダメージは明白ですね。今回もポーションの類は禁止されております。もし、この後の第四試合での勝者が無傷であればかなり苦しい戦いになることでしょう。』


『スティード組とボスは無傷だしねぇ。面白くなってきたねぇ。』


『さあ! それでは二回戦最後の試合を始めます!』


とりあえず医務室だ……

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