第935話 カースの算数授業

いきなり誰だと言われてもな。ここは公共の図書室だぞ?


「あー気にするな。俺はもう帰るから。さあさ、続き続き。」


「むっ! 貴様誰の許しを得てここにいる!? 部外者め! 叩き出してくれるぞ!」


そりゃあ制服を着てないから部外者だろうけどさ。


「だから帰るって。俺のことはほっとけ。」


「魔王さん……」


あれ? 私のことを知ってるのか?


「君は?」


「お忘れですか? シャロン・ド・バズガシカですわ。セルジュ先輩のお部屋でお会いしましたね?」


あー思い出した。セルジュ君の後輩か。


「セルジュの部屋だと!? シャロン! 君はセルジュと僕を天秤にかけているのか!?」


「もちろん違いますよ……私がこうしてここにいるのが何よりの証拠ですわ?」


今のうちに帰ろう。バカらしい。


「待て! 貴様もシャロンを狙っているのか! 誰にも渡すものか!」


「ザゴス先輩、その人……魔王さんですよ?」


どーも魔王でーす。などと言う気はない。


「なっ!? 魔王がなぜこのような場所に!? いるはずがない……」


さすがに私の存在ぐらいは知ってるのか。


「あんまり気にするな。ちょっと本が読みたくなっただけだ。お前もしっかり勉強しろよ。そんなんだからセルジュ君に勝てないんだろ。」


セルジュ君は首席をキープしているらしい。さすがだ。


「う、うるさいうるさい! 僕はパウロ子爵家のザゴスだ! 所詮魔王などと言っても魔法しか能がない低脳だろう! 頭で僕に勝てると思っているのか!」


まさかこいつ……女の前だからいいカッコしたいタイプなのか? まあ確かに国語や社会のテストなら勝てないわな。ずっーと勉強してないんだから。今の私の学歴は小卒みたいなものだ。


「算数なら勝てるが?」


むしろ算数でしか勝てない。どんな授業をしているのか知らないが、初等学校からするとそこまで難しいとは思えないな。


「ほぉう? ならばこの問題が解けるか!」


こいつが見せてきたのは図形の角度を求める問題だった。五芒星の突き出た頂点を全て足すといくらになるかというものだ。


「百八十度だな。解説は必要か?」


これは簡単。普通は中二で習うし、中学受験対策で勉強している小六もいるぐらいだ。

ちなみにローランド王国でも角度は三百六十度刻みだったりする。


「なっ、なっ、でたらめだ! 偶然に決まっている! 計算もせずに見ただけで解けるものか!」


「私は知りたいですわ。解説をお願いしてもよろしいですか?」


「まあいいよ。内角と外角の関係は知ってるな? この内角とこの内角を足すとここの外角と等しくなるよな? 同じようにこことここも等しい。すると、あら不思議。五つの角が一つの三角形内に集まるわけよ。だから百八十度ね。」


意外とこれが理解できない中学生は多いだろうな。簡単なのに。


「ぬ、ぬうぅっ! な、なら! これも解いてみろ!」


「百二十度。」


「すごいですわ魔王さん! 一体なぜそうなるのですか!」


「待った。お前、もしかして宿題を俺にやらせようとしてないか? もう帰るんだから自分でやりな。」


ちなみに問題は『三角形アイウの頂角は六十度。底角イウをそれぞれ二等分する直線を引き、その交点をエとする。角イエウの大きさを求めよ』だった。これって角イも角ウも分からないんだよな。分からなくても関係ないのに。


「というわけで百二十度になる。分かったな? 分からない時は素直に先生にでも聞いた方がいいぞ?」


帰ると言っているのに説明してやった私。やはりお人好しだな。


「魔王さんすごいです!」


「ぐっ……」


おっ、やっと黙った。ではさらばだ。いやー貴族学校の算数のレベルが知れたのは収穫なのか。そうでもないな。今の気分は勇者ムラサキやその仲間の死を改めて知り、少しブルーなんだよな。それにしても王家には勇者の血だけでなく、イタヤ・バーバレイの血も入っているんだな。他の仲間達の血脈も続いてそうだよな。ここは図書室だし、調べたら普通に載ってそうだ。今日は帰るからまた今度だな。次はいつ来るのかなんて分からないけど。


「じゃあな。セルジュ君によろしく。」


「はいっ!」


さてと、帰って夕食かな。今夜は早く寝るとしよう。

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