第899話 魔王のポーション

いきなり倒れてしまったカースを目の前にしてスペチアーレ男爵は動きが取れなかった。


それと言うのも、介抱しようと近づけば白い狼が立ち塞がり威嚇してくるのだ。フォーチュンスネイクも同様に近寄ることを許してくれなかった。


しかし、スペチアーレ男爵は何より酒の出来が気になっていた。あの瞬間、カースから放出された魔力は理解を超えていた。数万倍どころではない、完全に理解を超えたレベルだったのだから。一体酒がどのように変質しているのか。カースの話によると、かなり臭いらしいが、一向に匂ってこない。

未だ栓がしてあるため当然かも知れないが、男爵は気になって仕方がない。カースの容体などよりもずっと。


「彼には触らない。だからそこの樽に近寄ることを許してくれないか?」


「ガウ」

「ピュイ」


どうやら通じたらしい。二匹とも首を縦に振った。

男爵はゆっくりと樽に近寄り、魔法を使い浮かせてカースから離れていった。




「よし、セリグロウ。開けてみてくれ。」


「かしこまりました!」


樽の栓を抜く執事。そこから漂う香りは……




「何も匂わないな……」


「ええ……何の匂いもしません……まるで水です……」


「よし、飲んでみるか。」


「お待ちください旦那様! まずは私が!」


毒見を買って出る執事。


執事はショットグラスよりも小さな容器に酒をくみ、ゆっくりと口に含んだ。




「だ、旦那様……こ、これは……」


「これは?」


「ウオボオロロロロオォオゲォーーーー」


口から激しく嘔吐する執事。


「セ、セリグロウ!? 大丈夫なのか! しっかりしろ!」


「グボオオーーーーオゲェ…………」


胃液すらも吐き出す勢いでえずく執事。




十数分後、ようやく呼吸が落ち着いた執事。どうにか意識は保っている。


「セ、セリグロウ、大丈夫なのか?」


「はぁ、はぁ……旦那様……こ、この酒……確かにドルベンの五年でした……はずです……」


「そ、それはそうだろう。お前にそう指示をしたのだから。」


「ところが、私が飲んだのは、全くの別物です……例えるならば劇薬……もしも、半端な魔力を持つ者が飲んだら……危険なほどの……」


「別物? お前はこれを何だと判断したのだ?」


「全く分かりません……ただ、分かることは現在、私の魔力はこの上なく充実しておりますし、腰痛だって少しも感じません……」


「ん? それなら何か? お前は元気なのか?」


「わ、分かりません……吐き気は未だにおさまりません……でも体のどこにも痛みがないんです……」


「意味が分からんな……まあいい、お前は寝ておけ。」


「申し訳ありません……旦那……さま……」


その場に横たわる執事。長年苦しんできた腰痛がもう痛くないとは、どうしたことだろうか?


男爵は自分も飲んでみたくなったが、執事とカースが起きてからでも遅くないと考え、ひとまずは執事を屋敷内に運び込むことにした。




男爵が屋敷に入った五分後、カースは目を覚ました。目は覚ましたものの身動きは取れないようだ。





「カムイ、ありがとな。コーちゃんも。」


「ガウガウ」

「ピュイピュイ」


さすがにやりすぎたかな。実験がてら限界まで振り絞ってみたが。あー頭が痛い。カムイを召喚した時みたいだ。ただあの時と違うのは、汚れ銀のバングルから魔力の回復ができるってことだ。そして少しでも回復できたなら、魔力庫から魔力ポーションを取り出すことができる。


ふう。落ち着いた。市販の魔力ポーションでは一本丸々飲んでも一割も回復しない。でも一割未満でもあれば十分だ。さて、男爵はどこに行った? 空の感じからすると、そこまで長いこと気を失ってたわけではなさそうだが。


よし、ならば酒がどう変質したかチェックといくかね。栓を抜いて……


『水操』


およそ半口分ぐらいの酒を球状にしてみる。匂いはしないが……まあ、飲んでみるか……




味もしない……水じゃんこれ……


でも、魔力は二割近く回復した。これであのクソ不味いポーションを飲まなくていいな。カムイも飲んでみるか? 酒は嫌いでもこれなら飲めるだろ?


「ガウガウ」


では『水操』


カムイの口に合わせて酒球を作る。はい、あーん。


「ガウガウ!」


おお、私の魔力が濃厚に感じられて旨いのか。


「ピュイピュイ」


コーちゃんも飲みたいのね。いいとも。


『水操』


「ビュピュピュイー!」


おいしくてドラゴンになる? どこかで聞いたような言葉だね。


それにしても、私からすれば水なのにコーちゃん達にとっては美味しいのか。意味が分からんが、これで当分の間ポーションに困ることはないな。やはり来てよかった。ところで男爵はどこに行ったんだ?

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