第860話 八等星昇格試験 後

試験は進み、合格率はおよそ半分といったところか。「一撃でトロルの首をとる」「自分が犠牲になり仲間を逃す」「協力してトロルを倒す」などと具体性に欠ける解答を書いた奴らが不合格になりがちだった。


「さぁて次は、『足の遅いトロルは無理に相手をする必要はない。気をそらして徐々に距離を取り、全員で無事に逃げ帰ることを第一に行動する』かい。ベレンガリア! アンタ一人でこれができるのかい?」


へえ。ベレンガリアさんにしては堅実な解答だな。


「できません。リトルウィングのメンバーがいることを前提に解答しました。もし私一人の時にトロルに出会ったら一目散に逃げるだけです。」


合格を宣告された奴らから失笑が漏れる。逃げて何が悪いってんだ。


「そうかい。なら逃げてみせな。ゴモリ!」


ゴモリエールさんが悠然と襲いかかる。対するベレンガリアさんは……


『闇雲』


周囲を暗闇で覆ってから……


忽然と姿を消した。やるな。


「よーし、合格ー。戻ってきなー。」


エロイーズさんが遠くに向けて話している。ベレンガリアさんは身体強化を使い、全力で走って逃げたんだよな。お見事。




「よーし。最後はカースだねぇ。アンタの解答は……『とりあえずトロルを仕留めてから擦りつけを行ったパーティーを尋問する。契約魔法で洗いざらい吐かせて、偶然だったり、悪意でも真摯に謝罪すれば条件次第で許す。そうでなければ死んでもらう』か……ほうほう。面白いねぇ。」


合格組は爆笑している。


「困ったねぇ。尋問やら契約魔法やらは置いといて……どうするゴモリ?」


「知れたこと。カース、お主が魔法を使えば確かにそうなるであろう。そこらのトロルでは相手になるまい。しかしのう? せっかくこのような機会があるのじゃ。魔法なしで試合ってみぬか? あぁ、もちろんそなたはすでに合格じゃ。」


ううーん、それは構わないがあまりにも勝ち目がない……


「妾は拳しか使わぬし、『とうし』も使わぬ。」


透しって何だ? 要はハンデをくれるのか。やってみるか。負けて元々だしな。


「では、お願いします。」


額に鉢金、帽子も被り、右手に短剣で左は素手。サウザンドミヅチの手袋も忘れない。これなら顔さえ防御していれば何とかなるか……


「カース君がんばってー!」


ベレンガリアさんめ、自分は合格したからって気楽そうだな。


「妾はここを動かぬゆえな。好きに攻撃して参れ。」


「押忍! 行きます!」


まずは全力でぶつかってみる。腰元に短剣を構える鉄砲玉スタイルだ。おどりゃ往生せいやー。


「思い切りは良い。しかし顔の防御が甘すぎる。やり直しじゃ。」


体ごとぶつかってんのに短剣を指で挟まれ、止められた……


「押忍!」


ならば体を低く構えて……足の甲狙いだ。


「ばかもの。妾のような長躯の者の前で下を向くとは。後頭部が隙だらけじゃ。次。」


帽子に覆われてない所、後頭部の下部、延髄あたりを小突かれた。ならば下さえ向かずに……膝狙いだ! 本当なら膝蹴りを警戒するところだが、構わんだろう。体を小刻みに揺らしながらゴモリエールさんの間合いへと入り込む。防ぐ様子がない、好きに攻撃しろってことだな? ならくらえ!


「なっ!」


「良い狙いじゃ。妾の膝頭は岩をも砕く。それ故に膝裏を狙ったのは良いぞ。」


それなのに……ゴモリエールさんは素早くしゃがみこみ、膝裏で私の短剣を挟んでしまった……膝裏真剣白刃取り?

確かに一歩も動いてないが……早すぎる……


「さて、そろそろ最後じゃ。この右拳にて反撃するぞえ? 心して掛かって参れ。」


「押忍!」


そうは言っても迂闊に近寄れない。私はゴモリエールさんの周囲をぐるぐると回る。回りながらも距離は縮める。そしてある地点で、短剣を、投げる! と同時に距離を詰め、渾身の力を込めてローキック! 左膝を横から狙う! 組合長には効かなかったが、今日の私は古龍のブーツだ。少しは効くか?


「ふむ。良い攻めであった。短剣を投げた位置、妾が避けたならエロイーズに当たるか。そのようなもの弾くなり受け止めるなりすれば良いのじゃが、天晴れである。」


私の蹴りは膝を曲げ、少し向きをこちらに変えることできっちり受けられてしまった。それでも……


「ここから動かぬ約束が少し崩れてしもうたの。爪先をそちらに向けてしもうたわ。見事である。どうじゃ? 今夜妾の宿に来ぬか? エロイーズと二人がかりで可愛がってやろうぞ?」


とてもありがたいお誘いなのだが……


「いやぁごめんなさい。先約がありまして。」


「ふむ、そうか。いたしかたあるまい。それにしても恐ろしい靴を履いておるの。とっさに受けなんだら膝が折れたやも知れぬ。やはり文句なしの合格じゃ。」


「押忍! ありがとうございます!」


合格は当然としても、ゴモリエールさんに褒められたのは嬉しいな。


「待てや! そんなのありかよ!」

「贔屓してんじゃねーか!」

「明らかに解答と行動が合ってねーじゃねーか!」

「それで合格ってナメてんのか!?」


おやおや、不合格者どもが騒ぎ出した。


「ふぅん? アタシらの判断に文句付けるたぁいい度胸だねぇ? 本来なら全員ぶちのめすところだが……お前らのようなボンクラに理解しろってのも酷な話かねぇ。そこでだ。」


エロイーズさんは何か思いついたのか?


「カースの解答に『擦りつけを行ったパーティーを尋問する。契約魔法で洗いざらい吐かせて、偶然だったり、悪意でも真摯に謝罪すれば条件次第で許す。そうでなければ死んでもらう』ってあったねぇ? 実行してもらおうじゃないかぁ。お前達全員が擦りつけを行なったパーティーだとしてさ?」


なるほど。それなら公平だな。あのバカどもも納得するだろう。

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