第797話 毒針とスパラッシュ

ふう。実家の風呂もいいものだ。痛みがじんわりと抜けていくかのようだ。そういえば昼も夜も食べてないな。食欲なんかないけど。コーちゃんはベレンガリアさんと酒を飲んでいるってのに。

組合長に殴られた腹を見てみるとドス黒い痣になっていた……明らかに手抜きで殴られたのに……何なんだよあのオッさん……

果たしてあれは自動防御で防げるものなのだろうか。




そろそろ上がるか……


「カース君、具合はどう?」


げ、ベレンガリアさん。裸かよ。メリハリと色気のある体してやがるな。


「もう出るところだよ。ベレンガリアさんは今から?」


「違うわよ。背中を流しに来たに決まってるでしょ? パスカルのお礼よ。もちろんそれ以上でもいいわよ?」


「いや、背中だけでいいよ。」


なんせ痛くてロクに洗えないんだよな。普通に浄化をかけるだけにしようと諦めていたところだ。


「げっ!? カース君? これ何よ?」


「何って?」


「背中よ! 何をしたらこんなに酷い痣ができるのよ!?」


まさか……組合長の打撃は背中にまで抜けるのかよ……


「たぶん組合長だよ……殴られたのは腹なんだけどね……」


「一体何をやらかしたってのよ!?」


「お土産を渡したら思いのほか喜んでもらったみたいでね。稽古をつけてくれただけ。痛いけど収穫だったよ……」


「うへぇ……痛そう……」


そう言ってベレンガリアさんは背中を丁寧に洗ってくれた。悪い気分ではない。


そしてお約束とばかりに手が腹に回る。しかし私は心も体も穏やかだ。青い衝動が湧き上がることなどない。


「ちょっと! カース君何よこれ! 私がこんなにサービスしてるのに! 酷いじゃない!」


「昨日の今頃、契約魔法を自分にかけたんだよ。全魔力を費やしてね。だから僕はもうアレク以外に反応することはないよ。」


「はぁ……バカにも程があるわ……少しは旦那様を見習いなさいよ……」


父上は父上。あれはあれで男らしい生き方だと思う。確かに誇らしいがああなりたいとは思わないな。私は私。好きに生きるだけだ。


「ありがと、上がるね。少しは痛みがマシになったよ。」


「逞しい背中してるのね……」


まったくベレンガリアさんは……

おおかた父上はしばらくソルサリエにいるものだから寂しくなってきたってとこだろ? 相手が私なら浮気じゃないとでも言うのか? 変な人だ。




領都の寝室、楽園の寝室も落ち着くが……やはり実家の自室はいい。落ち着き具合が違う。いつ帰ってもきれいなのはベレンガリアさんに感謝だな。もう意識が……





翌朝、いや起きたらもう昼だった。体が軽い。よく寝たからかな? 痛みもない。さすがにあれだけの痣が一晩で治るとは思え……治ってた。起きたら母上に頼もうと思っていたのに。


ん? まさか……


「おはよー。」


「おはよう。あなたもあっちこっち忙しいわね。体は治しておいたわよ。」


「やっぱり母上だったんだね。ベレンガリアさんから聞いたの? ありがとね。」


「ピュイピュイ」


おっ? コーちゃんも協力してくれたの? ありがとね。


「ひどい怪我だったわ。あんな時はすぐ私を起こしなさい。親子なんだから。」


「うん、ありがと。王都から帰ったばかりで疲れてるかと思ってさ。今度から遠慮なくお願いするね。」


それから昼食を食べながらクタナツに戻ってきた理由を話した。


「そう……スパラッシュさん……」


母上は何か知ってそうな顔をしている。


「スパラッシュさんが殺し屋としてアランを狙ったのは知っているわね。そこでアランに返り討ちにされて私が取り調べをしたの。でも実は全ての情報を引き出せたわけでもないの。契約魔法がかかっていてね、話せないこともあったわ。解呪できなくはなさそうだったけどやめておいたわ……」


「それって……」


「あの時スパラッシュさんは自分を『毒針』だと言っていたわ。一流の殺し屋が自分のことを二つ名で呼ぶなんて有り得ないわ。引き出せなかった情報は毒針関連ね。スパラッシュさんと毒針との関わり、技術を身に付けた方法など。」


「それってもう毒針と関係ありますって言ってるようなもんだよね……」


「そうね。私とアランが知ってるのはここまで。今思えば解呪を使わなくて正解だったわ。スパラッシュさんの死因、何だと思う?」


死因だと? そんなの……まさか?


「契約魔法!?」


「そう。いくつか掛けられていたけど……」


・毒針に関して話せない。

・契約魔法について話せない。

・殺し屋を続ける。

・違反したら死ぬ。


「ぐらいかしら。」


ん? おかしいぞ?


「殺し屋をやめたら死ぬっておかしくない?」


「おかしくないわ。この契約魔法は表向きの職業を問うわけではないの。スパラッシュさんの覚悟、生き様を問うものだったみたいなの。だからあの時、ここで冒険者引退の話をしてくれた時、スパラッシュさんは自分の生き様に満足してしまったんだわ……」


「そうなんだ……」


だからか。あの時のスパラッシュさんの足元に散らばった小銭……スパラッシュさんほどの人にしては荷物が少なすぎたんだ。死んだ時に魔力庫の中身をぶちまける設定にしていたはずなのに、たったあれだけ……

あれは自分の死を確信していたんだ……だから魔力庫の中身を整理していたんだ。

その後、スパラッシュさんの遺品は定宿から見つかったし。たぶん魔力庫に入れたままぶちまけたら、ウチに迷惑がかかるとでも思ったのだろうか……


「母上ありがとう。分かった気がするよ。毒針がスパラッシュさんの恩人ってのは本当だと思う。同時に仇でもあるね……」


「そうね。毒針本人が契約魔法をかけたのかはともかく、毒針の意思で行われたことに間違いないわ。スパラッシュさんも同意したんでしょうけど……」


問題はなぜ毒針はスパラッシュさんに、平凡な村人に殺しの技を仕込んだのか……まさか殺し屋のクセに後継者が欲しくなったとでも言うのか? 毒針の名まで使わせたのはそれか……

まあいい……どうせ殺すつもりだったんだ。スパラッシュさんの仇と分かったからには絶対逃がさん……


一応母上にも事情を説明したことだし、毒針包囲網は着々と築かれている。

最後は……道場に行こう。

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