第796話 クタナツの実家

訓練場には誰もいない。みんな宴会に参加しているのだろう。


「カースよぉ、お前のその装備だがよぉ半端ねぇな。どこの王族かってなもんだぜ。そこでレッスンだ。魔法なし、武器ありで掛かってこいや。」


「押忍!」


今日の得物は折れた鍛錬棒だ。滅多にないチャンスだからな。ガンガンいくぜ!

まずは型通りに攻める。正眼、唐竹、袈裟……


「おいおーい、オメーみてぇな素人が道場剣法使っても意味ねーだろ? 本気で来いやぁ。」


素人じゃねーし……

確かに組合長にはカスリもしなかった……ならば……武器チェンジ。フェルナンド先生に貰った安物の剣だ。

上背のある組合長を相手にするには下半身狙いだ。爪先に剣を突き立ててやるよぉ!


「そうじゃあ、それでいい。もっとガンガン来いやぁ!」


くそ、やはりカスリもしない。何だこのおっさんの足捌きは……フェルナンド先生のように素早いわけでもないのにスルスルと避けられてしまう。ならば……頭狙い!


と見せかけた私の唐竹を右に避ける組合長、オラぁ! その膝貰ったぁ!


「狙いはいいんだがのぉ、いかんせん威力がねぇな。もっと気合い入れて蹴ってこいやぁ。」


くそ、膝関節を狙って蹴ったのだが……


「よーし、そろそろ攻めるぜぇ。そのウエストコートの上だけを殴るからよぉ、せいぜい防御しとけや。」


「押忍!」


この装備は体が吹っ飛ばされるほどの蹴りを食らっても無傷なんだけどな。組合長のお手並み拝け「ウゲェアボオォォ」


「どうしたぁ? まだ軽く殴っただけじゃあ。」


一発で腹の中身が空になってしまったかのような……息が止まる、苦し……何だ今……のは……


「オラオラ早く起きねーと頭を踏み潰されるぜぇ?」


ゴロゴロと地面を転がり辛うじて逃げ回る。


「やっと起きやがったかぁ。おら、しっかり胴体を防御しとけよぉ?」


くっ、装備チェンジだ。スパラッシュさんの短剣とミスリルナイフの二刀流だ。防ぐよりも組合長の腕でも狙ってやる。


「おっ? いい武器持ってるじゃねぇか。そんなもんで斬られたら堪んねぇなぁ。」


私は二本の刃物を構えて組合長に突撃する。

組合長を目前にして頭から滑り込む。高校球児のように……あくまで組合長の足の甲に短剣を突き立てる狙いだ。


「狙いはいいがのぉ、おせぇよ。」


私の右手は組合長の左足に踏まれており、左手からはナイフが蹴り飛ばされてしまった。


まだだ!

踏まれた右手を支点に体を回転させ、組合長の左足、膝裏に蹴りを入れ、そのまま蟹挟みに移行する……が……


「狙いはいいがのぉ、やはりパワー不足だのぉ。」


私は組合長を前方に倒すことも出来ずに襟首を掴まれ、引き起こされた。


「おら、最後じゃあ。腹に力ぁ入れとけやぁ。」


組合長の一撃……


「グァボオオォォロロロ」


クソ、腹に力を入れても意味ねーじゃん! 私の装備がまるで紙だ……苦しい……息が……


「よーし、ここまでにしとくかぁ。装備や魔力なしでも強くなれやぁ? 世の中にぁ魔法が効かねぇ奴らもおるからのぉ。」


「押忍……ご指導ありがとうございます……」


苦しい……腹がよじれる……

組合長はそんな私を無視して行ってしまった。魔法なしだとこんなものだと分かってはいるが、悔しいものは悔しい。組合長め、私の装備など関係なしにダメージを与える技術を持っているのか……

それって衝撃貫通と似てるよな。それを魔力なしでやったってことか。何てオッサンだ……校長もすごいんだろうな……気になる……だめだ、意識が……






「…………おい、起きろ……カース、起きろや…………」


くっ、腹が痛い。もっと寝かせておいてくれよ……ん?


「うわっ!」


「やっと起きたか。もう夜中だぜ? 何やってんだ?」


「アステロイドさん……ちょっと組合長に稽古をつけてもらったんですよ……」


「そうかよ、バーンズから聞いたぜ。あの放蕩三男がヤベーんだって?」


「そうなんです。それで組合長に情報を貰いに……」


「で、参考にはなったのか?」


「まあまあですね。むしろ組合長の強さを知れてよかったですよ。校長も気になってきましたけど。」


「そうかよ。歩けるか? 家まで連れてってやるか?」


「ご心配ありがとうございます。大丈夫です。このまま帰るとしますよ。あ、これお土産です。ギルドの皆さんで飲んでください。」


王都で買った酒『ラウート・フェスタイバル』を一樽出しておく。


「おお、剛毅だな。ありがとよ。魔王からだって言っておくからよ。」


そして私は痛む腹を抱えて実家に飛んで帰ることにする。ごめんねコーちゃん、かなり待たせてしまったね。「ピュイピュイ」


みんな寝てるよなぁ。門はスルーして庭に着地。玄関の鍵は閉まってるだろうから『金操』でこっそり開ける。あ、居間から明かりが見える。誰か起きてるかな?


「ただいま……」


「カース君!? どうしてここに?」


「やあ、ベレンガリアさん。父上と母上は?」


「旦那様はしばらくソルサリエよ。奥様はもうお休みになられたわ。私は少し飲んでから寝ようと思ってね。」


「そっか。キアラは? 帰って来てる?」


「ええ。夕方ごろ帰って来たわよ。明日から学校だしね。」


それはよかった。一安心だ。


「じゃあ僕も寝るね。明日は起こさないでくれる?」


「ええ、分かったわ。ところでカース君?」


ん? ベレンガリアさんが何やら神妙だぞ?


「今回の動乱、パスカルを助けてくれてありがとう。聞いたわよ? カース君のおかげで命拾いしたって。」


「ああ、同級生だしね。困った時はお互い様だよ。」


「それでもありがとう。おかげでダキテーヌ家の命脈も永らえたみたいだし。」


「それはよかったね。じゃあお休み。」


いや、寝る前に風呂だな。腹の痛みが少しでも軽減しそうだし。

あー、痛い……

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