第770話 朝のカース邸

うーん、今日もいい天気かな。みんなはあれからどうしたんだろう? アレクは起きそうにないな。とりあえず一人で寝室を出よう。


「おはようございます。」


「おはよ。早いな。」


リリスはもう起きていた。当然か。


「お食事にされますか?」


「もう少し後で。ダミアンとコーちゃんは?」


「私がここに来た際にはいらっしゃいませんでした。」


さては二人で飲みに出たな? 昼までには帰って来てくれよ。コーちゃんだけ。


サンドラちゃんはカムイに顔を埋めて寝ている。息が詰まらないか? 大丈夫なのか?

セルジュ君はずっと同じ態勢で寝ているが大丈夫なのか?

そしてスティード君が面白い。壁に剣を突き刺したまま寝ている。夢の中で強敵と戦って、トドメの突きで倒してそのまま寝たとか? カメラがあればいいのに。


さーて、誰が先に起きるかな?


「リリス、冷たいお茶を頼む。」


「畏まりました。」




ふぅ。熱いお茶もいいけど、夏はやっぱり冷たいお茶だよな。これは何茶だろう? 味からするとウーロン茶に近いな。


「うぅん……あ、カース君おはよう。カムイ、ごめんね。」


「おはよう。よく寝てたみたいだね。カムイの毛並みは気持ちいいもんね。」


「ガウガウ」


一番乗りはサンドラちゃんか。おっ、サンドラちゃんにもお茶が運ばれてきた。


「あっ、ありがとうございます。お酒って美味しいのね。それにあんなに楽しい気分になるとは思わなかったわ。酒場で酔っ払ってるおじさん達の気持ちが分かった気がするわ。」


「だよね。やたらハイになってしまうよね。ふふっ、あれ見てよ。」


「やだ、スティードったら。カース君ごめんなさい。壁にあんなに傷をつけて……」


おお、保護者モードか?


「いやいや、あの剣を渡したのは僕だし。あれを渡さなければフォークを振ってるだけだったんだよ。」


「きっと初めてお酒を飲んで楽しくて訳が分からなくなったのね……」


酔うと歌いたくなる奴がいるように、酔うと剣を振りたくなる奴もいるのだろう。あ、フェルナンド先生もきっとそうだ。


「ううーん……」


おっ、スティード君が起きたぞ。


「おはよ。気分はどうだい?」


「も、もしかしてこれ……僕がやったの……?」


「バカ! カース君に謝りなさい!」


「ご、ごめん! 夢の中でウリエンお兄さんに稽古をつけてもらってたと思ったら……」


ほう。それはきっと有意義な夢に違いない。


「いいよいいよ。この傷はそのまま残しておくから。」


「え? 直さないの? 僕、弁償するよ?」


「いいのいいの。その代わり罰ゲームね。」


「罰ゲーム?」


ふっふっふ。


「その傷の右下辺りにサインしてよ。『王国一の騎士 スティード・ド・メイヨール』ってね。」


「カ、カース君、それはきついなぁ……」


「いいじゃないの。あなたが将来本当にそうなったらいいだけの話よ。」


「そうそう。いつかさ、あの大騎士スティードは夢の中でさえも稽古してたんだぞって来客に自慢するからさ。」


「分かったよぉ……」


「あ、大きく書いてね。あの席に座っても読めるぐらいの字で。」


「分かったよぉ……」


やはりスティード君はイジられキャラだな。


ちなみにアレクはこの後ほどなくして起きてきたが、セルジュ君が起きたのは、そこからさらに数時間後だった。


セルジュ君以外、朝食を済ませた私達は思い思いに過ごしていた。


私はスティード君と稽古、いや、スティード君に稽古をつけてもらっている。


「カース君、型がヤバいね。一人稽古ばかりしてたのかな? 筋肉がついたせいもありそうだね。」


「助かるよ。アッカーマン先生にも見てもらったけど、スティード君から見ると特にどこがマズそう?」


「うーん、足腰……かな? カース君てどこに行くにも飛ぶじゃない? そのせいで足腰が弱いのかも知れないね。」


あ……言われてみれば……

特に楽園では部屋の中を移動するにも飛んでた気がする。


「ただ稽古自体はきっちりやってるみたいだよね。そのせいか上半身と下半身のバランスが悪いのかな?」


「ぎくっ、言われてみれば。今後は走り込みやプールでの型稽古もやることにするよ。しかし悔しいな、スティード君とますます差が開いてしまったね。」


「それは僕のセリフだよ。魔法だともう訳が分からないぐらい違うんだから。」


「はっはっは。お互い様だね。じゃあさ、これ使ってみる? 『循環阻害の首輪』これはまあまあキツいよぉ?」


「うっ、僕は魔力は、あんまり、いやぁ……」


「まあまあ、せっかくだから。セルジュ君と交代で使ってもいいし、アルベリック君に貸してもいいから。」


アレクの弟、アルベリック君はかなり順位を上げてるらしいな。さすがは最上級貴族。きっと魔力もグングン上がってるんだろう。


ちなみにアレクとサンドラちゃんはカムイを挟んでティータイム。ガールズトークに花を咲かせているようだ。


セルジュ君はお風呂。たぶん後でカムイも行きそうだ。私も出発前に入ろうかな。




「ぐはぁ! やっぱりダメだよ! カース君はよくこんな首輪を小さい頃から着けてたよね。」


「逆だよ。小さい頃から着けてたからこうなったんだよ。」


「やっぱりカース君はすごいよ。剣だってセンスないのにあんなに強いしさ。僕も魔法はセンスがないから頑張らないと……」


待て待て。スティード君から見た私は剣のセンスもないのか? 褒めてくれたつもりのようだが……


「はは……僕も最近母上にセンスがないって言われたよ。魔法の話ね……」


「ええ!? カース君が!? どこが!? イザベルおば様から見たらそうなの!?」


「母上にできることが僕にできないからじゃないかな?」


さすがに回復や治癒の魔法は諦めたけど、魔力感誘は諦めたくないな。あっ! もしかして!


「アレク! ちょっとちょっと!」


「どうしたの?」


「スティード君に魔力感誘を教えてあげてくれない? 魔力が低い者にはすごく武器になるし、スティード君は心眼も結構イケるし!」


「魔力かんゆう? 何だいそれ?」


「私が説明するわ。庭に出ましょう。」


私達はゾロゾロと庭に出る。スティード君は魔力が低い。これを覚えればかなりの武器になるはずだ。


「まずはやって見せるわね。カース、撃って。」


「いくよ。」『氷弾』


アレクの額を狙った氷弾は、きれいなカーブを描いてアレクを避けた。


「ええっ!? 今の何!? どうなってるの!?」


「相手の魔法にこちらの魔力を少しだけ込めてコントロールするの。極めればほとんど魔力を使わずに攻撃を逸らすことができるそうよ。」


「アレックスちゃん、すごいわ! カース君はできないの?」


くっ、サンドラちゃんは鋭いな。


「できないよ……だからアレクに頼んだの……」


「もちろん私だってまだまだよ。お義母様の魔力感誘はこんなものじゃなかったわ。」


「ふーん、お義母様ねぇ? イザベルおば様をお義母様って呼んでるの? その話くわしく聞きたいわぁ。」


あら、サンドラちゃんが変なモードに入ってしまったぞ。


「サ、サンドラちゃん、その話は王都への道中でするわよ……もう……」


「うふふ、アレックスちゃんかわいいわね。」


同感、いや当然だ。


「それで、アレックスちゃん、どうやったらその魔力感誘は使えるようになるの?」


「それがね。私もお義母様から正確な習得方法を教わってないの。『センスがない者には一生できないわ。その体で覚えなさい』って……」


「とりあえず目隠しをして魔法を受けてみたらどう? 僕が撃とうか?」


「うーん、やってみようかな。お願いだから手加減してよね。」


スティード君なら私の本気でも避けられそうな気がするがどうか。


「いいー? 小さい水球行くよー。」


「うん!」


『水球』


うーん、さすがスティード君。避けきれないまでも見えない水球にきっちり反応している。


「速くするねー。」


「う、うん!」


『水球』


さすがに難しいか。反応はしているが、さっぱり避けきれなくなってる。


「ちょっと待った!」


スティード君はそう言って剣を取り出し、構えた。


「いいよ! お願い!」


「いくよ!」『水球』


嘘!


スティード君、水球を斬ったぞ!?

あれって近衛騎士なら誰でもできるとは聞いたけど、スティード君は目隠しですでに出来るのか!


「スティード君! 氷球で行くよ!」


「いいよ!」


『氷球』


マジだ……


スティード君の心眼は私の遥か上……


「ガンガン行くよ!」


「いいよ!」


『氷球』





さすがに数多くの魔法を全て迎え撃てるほどではなかったか。それでもびっくりだ。これが若手ナンバーワンの実力……


「結局、魔力感誘の練習にならなかったわね。そろそろ出発かしら?」


あ、そうだよ。心眼の稽古じゃないよ、魔力感誘の練習をしてたんだった。


「ありがとうアレックスちゃん。僕なりになんとか頑張ってみるよ!」


「ええ、頑張ってみて。どうせ私も領都にいるんだから放課後とか魔法学校に来てもいいのよ。」


「それはありがたいね。時々お邪魔するね。そっちにはアイリーンさんもいることだし、バラデュール君を連れて行こうかな。」


これでスティード君がますます強くなってしまうか。まあいいや。私も魔力感誘に型稽古のやり直し、やることが増えたなぁ。

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