第752話 フェアウェル村からの旅立ち

深夜、結局クォーツギガースに何もできなかった。見てるだけでも面白そうだが、そもそも見えない。だからさっさとマリーの実家に戻った私達は客間にて休む。いつものようにアレクと同衾するが、私の体はピクリとも反応しない。くそう。

思えば、魔力を失った時は一年と半年で取り戻せた。その間、私が魔法を使えないことで様々な方達に助けてもらった。アレクにも助けてもらったが、不愉快な目には遭わせてないと自負している。


しかし、今回の件。アレクを思いっきり不愉快な目に遭わせてしまっている。ならば即刻解呪するべきか? いや、そうはいかない。私にだって意地がある。マリーの恨み、いや挑戦を正面から受け止め、そして超克する。そんな下らない意地が。幸いアレクは自由な私が好きだと言ってくれている。思った通りに、やりたいように意地を通そう。男は辛いぜ。


アレクは私の腕に包まれて幸せそうに眠ってくれている。本当に私には過ぎた女性だ。前世を基準にすれば百年に一人の美少女などと言われてもおかしくないと思う。

美貌、血筋、魔力。三拍子揃ったアレクと将来を誓い合った私は間違いなくローランド王国一の幸せ者だろう。悪いがウリエン兄上のハーレムなんか目じゃないね。


湧き上がる青い衝動がないためか、しみじみとした幸せを感じてしまった。これはこれで年相応の男女の付き合いと言えなくもない。いい夢が見られそうだ。




翌朝。睡眠時間が短い割にはスッキリと目が覚めた。昼まで寝る気ではあったのだが。アレクは寝ているので、そっと腕を抜く。前世ではこれをスマートに出来ず、当時の彼女をよく起こしてしまったものだ。だが、今生では様々な魔法が使えるためアレクの頭部を揺らすことなく腕が抜ける。部屋から出る際も消音の魔法を使うので、アレクを起こしてしまうこともないのだ。ちなみにコーちゃんもまだ寝ている。


「おはようございます。」


居間にはマリーの両親がいた。パパには昨夜寝る前に挨拶をした。


「おはよう。早いな。朝食までまだ時間があるぞ。」

「ガウガウ」


マリーパパの名前はゾルゲンツァファリーアスさん。ゾルさんだな。

そしてカムイはすでに起きていた。普通にマリーパパの横に寝そべっている。


「いやー、目が覚めてしまったもので。それより聞きたかったんですよ。」


「ん? 何をだ?」


「いやー、昨日のことですよ。村長が仕向けたこととは言いましても、僕がエルフの同胞を三人も殺してしまったじゃないですか。それなのに誰も僕を恨んでる感じがなくてですね。どうしたことですか?」


あんなに楽しく宴会をしておいて変な話ではあるが、気になるものは気になる。


「ああ、あれに関しては誰も恨んでいない。出奔したあの三人の行動が悪質すぎるのは明らかだからな。もし奴らの母親達が我が子を恥じる、または断罪する気持ちがあったなら君を襲うこともなかったのだ。しかし彼女達は君を逆恨みして襲ってしまった。村長の魔法の結果とは言えな。」


なるほど。もしあのママ達が我が子の行いを悔いているなら村長が何か魔法を使ったとしても襲ってくることはなかったはずか。でも考えようによっては家出した子供の責任を取らされて死んだってことだよな。その子供だって一人は生きてるのに。厳しいような気もするが、これがエルフの村の掟なのだろうか……


現代日本で例えてみると、我が子が蟻の巣や蜂の巣をいくつも破壊して何万もの虫を戯れに殺した。その子供は蟻や蜂に殺されたけど、その母親は同じ人間の手によって蟻や蜂に殺されるよう仕向けられたってとこか? イメージしにくいな……




「おはようございます。」

「ピュイピュイ」


おっ、アレクとコーちゃんも起きてきた。


「おはよ。」

「おはようございます精霊様。」


そして朝食。野菜中心のヘルシーなメニューだった。これこそ大地の恵みとでも言うべき味かな。おいしかった。


さあ、そろそろ帰るとしようか。山岳地帯を探険するのもいいが、それはまた今度だな。この夏は楽園でアレクとのんびり過ごすのさ。


「どうも。色々とお世話になりました。来月にはまた来ますので、寄らせていただきますね。それからこれはお土産です。」


王都で購入した香辛料を数種類、それからドラゴンゾンビの牙を一本だ。


「ほう、これはすごいな。古龍の牙か。上物だな。ありがたくいただくよ。」

「ありがとう……これはマリーへの手紙。それからこっちはマリーからあなたへの手紙よ……」


「マリーから? ありがとうございます。」


「えでん? に着いてから読んだ方がいいそうよ……」


「分かりました。では村長やアーダルプレヒトさんにもよろしくお伝えください。」

「私までお世話になりました。」

「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


コーちゃんもカムイも頭を縦に振って礼をしている。かわいい子達だ。




ちなみに帰りは真東に向かってみた。いつかは海に出るはずだから、海沿いを南下するつもりなのだ。


それにしてもさすがに山岳地帯は魔物の大きさも桁が違う。昨夜のクォーツギガースも大きかったが、上空から肉眼ですら見える魔物があちこちに存在している。


「怖すぎるね。あんな所を歩いて村まで辿り着いた先生は凄すぎだよね。」


「ええ、本当に。もし私がいちいち戦ってたら魔力がいくらあっても足りそうにないものね。そもそも勝てるとも思えないし。」


「それを思うとカムイはよく走って到着できたよな。偉いぞ。」


「ガウガウ」


え? 私の魔力を感じなくて困ったけど、コーちゃんの位置ならバッチリ分かる? それはすごいな。あんなにも離れているってのに。




のんびり飛んで二時間で東側の海に到着。あとはここから海岸線に沿って南下するだけだ。意外な所に村とかあったりしないかな。あるわけないか。超危険な人外魔境だもんな。あ、途中でノワールフォレストの森に寄ってマギトレントを二、三本ゲットしておこう。マーリン宅に湯船をプレゼントしないとな。それから肉も必要かな。私の魔力庫には魚介類はたくさんあるが肉と野菜が少ないんだよな。


「カース、あっちを見て。」


「どれどれ……」『遠見』


うわ、変な鳥だ。頭が三つに翼も三つ。体長は十メイルもないが太い蛇のようだ。かなり大きいはずなのにここら辺だと小さく感じてしまうな。


「アレクは知ってる?」


「確か『ショウブル』だったかしら。あの肉を食べると何日か眠らなくてよくなるそうよ。」


「おおー、さすがアレク。詳しいね!」


まあ狩るつもりはないけどね。あんまり美味しそうじゃないし。こっちに向かって来てはいるが、とても追いつけまい。私より速い鳥はいるのだろうか。あ、勇者の仲間、イタヤ・バーバレイの召喚獣ならば? 白い隼ファルコはかなり速そうなイメージだよな。


「ピュイピュイ」


え? コーちゃん、あいつを食べたいの? 分かったよ。ではスピードダウン。ゆるりと待とう。


「カースどうしたの?」


「コーちゃんがあいつを食べたいんだって。てっきり蛇仲間かと思ったらそうでもないんだね。」


さーて、近付いて来たな。

まずは『狙撃』


避けるのね……あんな大きい体のくせに。最近けっこう狙撃が効かない魔物に会うよな。なーんか妙に悔しいんだよな。コーちゃんが食べたいって言ってるから榴弾はだめだし……『落雷』


全然効いてない。空飛ぶ魔物に落雷はだめなのか?


ならば仕方ない『吹雪ける氷嵐』

結局ゴリ押しなんだよな。辺りを丸ごと冬にして動きを止める。その上で『狙撃』

よし! 仕留めた!


そして、さっと近付きさっと収納。やはりここらの魔物は手強いな。でもコーちゃんの昼食ゲットだぜ!「ピュイピュイ」

私も少し食べてみようかな。本当に何日も眠らなくてもよくなるのだろうか?


さあ、懐かしい楽園に帰ろう。一日ぶりかな。

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