第712話 王子ブランチウッド

事態は再び急変する。


甲羅鍋を堪能し、兄上の所にもおすそ分けに行こうとしていた時、不意に正門を閉ざしていた氷壁が溶かされた。母上の氷壁を溶かすとは……侮れない敵か……

全員が身構える中、先に声がかかる。


「御免! 夜分にすまぬ! 我が名はブランチウッド・マゼント・ローランド。ゼマティス卿、並びにカース殿の助力を求めて参った!」


王太子の長男か。お供は近衛騎士だな。全員が一斉に膝をつく。ワンテンポ遅れて私も。キアラですら私より早いとは。


「ブランチウッド王子、かような場所で尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます。しかしながら申し訳ございません。主人グレゴリウスと長男ガスパールはムリーマ山脈に出向いております。」


伯母さんが一息に答えた。


「うむ、聞いておる。もしや帰っておらぬかと期待をして来たが……先代も旅に出ているのだったな。ではカース殿はおられるな?」


あらら、私かよ。


「こちらに。お初にお目にかかります。カース・ド・マーティンにございます。」


「……そなたの助けが欲しい。返答はいかに?」


「何なりとお命じください。」


まあ、たまには王族の役に立ってやってもいいかな。どうせ王妃が心配だったし。


「よく言った! もう二名、腕に覚えのある者はおらぬか?」


「では私が。腕に覚えはありませんが、大事な弟が心配なもので。オディロン・ド・マーティンと申します。カースのダメな方の兄です。」


何言ってんだよ! オディ兄もウリエン兄上も甲乙つけがたいよ! かっこよさなら兄上だけど。


「ふむ。聞かぬ名だがいいだろう。最後は誰だ? 此度は王族特務ゆえ、報酬も期待してくれてよい。」


「王子様よ、俺のような冒険者でもいいんですかい?」


まさか、アステロイドさんが動いた。母上の護衛はいいのか?


「ふむ、その身のこなし……一流の武人と見た。歓迎する。名を聞こう。」


「アステロイド・アスタロート。魔女様の親衛隊長です。」


「魔女? まさか……ゼマティス夫人、そなたの隣の女性は……」


「ブランチウッド王子、お初にお目にかかります。イザベル・ド・マーティンにございます。」


母上には行って欲しくないぞ。ゼマティス家の警護をしておいて欲しいが……


「まさかあなたまで王都にいるとは……改めてご助力いただきに伺うやも知れん。その時は良しなに頼む。」


「はい。何なりと。」


ほっ、ひとまず母上の出動は無しだな。さあ、何をするんだ? と言うかこいつらどこからどうやって来たんだ?

それにしても意外なのはキアラだ。絶対行きたいって言うと思ったのに。あ、寝てる……片膝ついた姿勢で……器用なやつめ。




「カース、気を付けてね。無理しないでよ。」


「うん。任せておいて。早く終わらせて楽園エデンに行こうね!」


「ピュイピュイ」


うん、コーちゃんはアレクを頼むね。


そしてアレクは私に抱き着いてきた。おいおい王子が見てるぞ。いつもいい香りだなぁ。張り切ってこよう!


あっ、オディ兄とマリーもイチャイチャしてる。

アステロイドさんは母上から何かを受け取っているぞ。母上は両手で握り込むように渡している。うーん、実は母上って悪女なのか?




それから王子達と私達三人で歩きながら軽く打ち合わせを行った。


ある程度は予想していた通り、王城が真っ二つに割れて内紛状態らしい。

片方は国王率いる近衛騎士団と宮廷魔導士達。もう片方は王国騎士団副長率いる王国騎士団、そしてメイドや料理人などとして入り込んでた教団のやつら。マジで白いゴキブリかよ。どこにでも現れやがって。

人数的には二十倍以上の開きがあるそうだが、そこは近衛騎士に宮廷魔導士。一歩も引かずに今朝までは互角に戦ってきた。


均衡が崩れたのは今日の昼前。突如宮廷魔導士達の前に現れた白い鎧。中身はおそらく王国騎士。頼みの魔法が弾かれて、宮廷魔導士達はたちまち半数にまで減ってしまった。その上、紫の鎧まで現れて近衛騎士でさえ一対一でギリギリ互角という有様。


国王としては今日まで事態を王城内だけで収めるつもりだったのが、ここに至っては最早是非もなし。臣下に助けを求めたというわけか。あんな厄介な奴らを王城内に引きつけておいたと考えると国王の判断も悪くないのかな。


そこに私と伯父さんが呼ばれたってことは、この二人がいれば形勢逆転が可能だと判断されたってことだな。やってやるさ。


ちなみに結界魔法陣が張られているのに外に出て来れた理由は……抜け穴だった。

王の城あるあるだな。


人数を限定した理由は秘密保持。事が終わった暁には報酬の割増と引き換えに契約魔法を受けることになっている。それなら何人でもいいじゃん、とも思ったが何か魂胆があるのだろう。




「ここだ。ここを通って王城に戻る。」


到着したのは第二城壁内の公衆トイレ。マジかよ……下水を通るなんていやだぞ……まあローランド王国に下水道なんかないけど。


王子はテキパキと奥の用具入れを開けて魔法を詠唱している。すると、用具入れの奥に直径一メイルにも満たない横穴が開いたではないか。


「さあ、付いて来てくれ。」


王子の後に続いて匍匐前進をすると、やや下りの横穴は二十メイル程度で終わった。横穴から出たそこは普通の地下通路だった。人が一人立って歩くのがギリギリぐらいの狭さではあるが、まともな通路で安心した。こんな所まで、あるあるに準拠されては堪らんからな。


「ここからはしばらく歩く。その間に動きの確認をしておこう。」


実際は確認というほどのことはない。私達三人の役目は遊撃。白や紫の鎧が現れたら、そいつらを潰すことが役目だ。オディ兄の圧縮魔法も白い鎧に通用することは確認済みだし、アステロイドさんの流星錐も関節部分や目を貫くのに問題ない。紫の鎧が問題だが、それは私が対応すればいいだろう。衝撃貫通を習っておいてよかった。


そして最も厄介な点は、白い鎧も紫の鎧の奴らも武器にロングソードとは別に短剣を所持している。その短剣に例の猛毒が塗られているそうだ。その毒に殺された王族もいるらしい。


近寄られる前に皆殺しにしないとな。




「到着だ。ここを登る。もう少しだ。」


さて、ここは王城内なのだろうが……当然見覚えなどない。


「着いて早々で悪いが陛下に謁見だ。気楽にしてくれとのことだ。」


「分かりました。王妃様のご体調はいかがでしょうか?」


「ああ、問題ない。普段と変わらないよう過ごされている。」


ほほう、さすが王妃。どっしりと構えてるってことだな。周りを信頼してるから何も心配なんかしてませんよーと。無事で何よりだ。


そして歩くこと十五分。ここは……国王の自室か?


「ただ今帰りました! ブランチウッドにございます! カース殿をお連れしました!」


扉がゆっくりと開く。中にいた国王は憔悴しきっていた……顔色もかなり悪い。


「カース、よく来てくれた……全て任せる……奴らを、全滅させてくれ……」


この国王も必殺丸投げの使い手かよ。


「お任せ下さい。すでに黒幕は仕留めました。残りは幹部どもと白、紫の鎧どもです。」


それにしても辛そうだ、毒でもくらったのか? 魔力特盛で『解毒』


「お、おお……何と……毒が消えた……」


「やはり毒でしたか。最近『死汚危神』以外なら解毒できるようになりまして。ツイてましたね。」


私達の助けを求めた理由はこれもあるのか。まさか治せるとは思ってなかったのだろうが、国王が戦えないために戦力が足りなかったわけか。また王太子にもしものことがあったら大変だもんな。だからエルフの飲み薬も使わず耐えてたのか?


「ドラゴンゾンビの骨もそうだが、カースよ。最早おぬしに一体どうやって報いてよいか分からぬ。何でも言ってくれ。王座でもな。」


「ご冗談を。それから黒幕はこいつです。」


そう言ってボニ何とかの死体を出して見せる。


「見ての通りエルフです。エルフの飲み薬でお世話になったフェアウェル村からの出奔者で、名はボニ……ボニファティウスデトレス。動機は……」


そこから他の二匹のことも合わせて説明した。黒幕を仕留めても、全然解決じゃないんだもんなー。幹部だって勝手に殺すしさー。あーあ、やんなっちゃうよ。


「くっ、そのような、子供の火遊びで我が王都を……」


この話を聞いてるほぼ全員が怒りの余り卒倒しそうだ。当然だよな。




「信じられませんな。」


誰だこのジジイは。

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