第668話 領都の魔法学校生

私が到着してから十分も経たないうちにアレクは出てきた。取り巻きをたくさん引き連れて……

ちょっと私の睨みが効かないとこうなるのか。去年は私の事情でアレク杯、領都一子供武闘会が開催できなかったもんな。


「カース!」


「アレク!」


アレクは取り巻きを振り切って駆け出してきた。そして私の胸へと飛びついてくる。かわいい。やはりいい匂い。


今日の取り巻きは男だけでなく女の子も多いな。何事だろうか? 私を見てヒソヒソ何やら話している。その上…….


「君はなぜここにいる?」

「無能の君はアレクサンドリーネ様に相応しくないとは思わないか?」

「まだ未練がましく会いに来てるのかい?」

「しつこい男って嫌ねぇ?」

「ホントよねぇ? アレクサンドリーネ様ったらお優しいから……」

「きっとご自分からは言い出せないのよ?」

「じゃあ僕らが言ってあげないとな!」

「そうだそうだ。おい君! 聞いただろう? 早急にその手を離して帰りたまえ!」


ちなみにアレクはと言うと、私の胸に顔を埋めてグリグリしている。あいつらの言うことなど何も聞こえてないようだ。もー。


「久々にやってみる? 毎度お馴染み金貨一枚。早い者勝ちだよ。あ、僕に勝ったら金貨五十枚にして返すよ?」


おっ、目の色が変わったぞ? 学生に金貨五十枚は大金だもんな。いや、学生じゃなくても大金か。


「僕からだ!」

「私よ!」

「いやいや先に声をかけたのは僕だ!」


いかんいかん。少し煽りすぎたか。


「早い者勝ちってのは撤回するよ。掛け金自由で勝った人全員に五十倍にして払い戻すよ。それなら大丈夫だよね。じゃあ行こうか?」


そして私達は魔法学校内の校庭に移動した。

大盛り上がりだな。いつの間にか人数がだいぶ増えてるし。


「参加する人は掛け金をアレクに渡してね。」


「全員が払い終わったら開始するわよ。」


さすがアレク。途中で逃げられないように先に全員の掛け金を回収しておくのか。やるな。


「ルールはいつもの魔法対戦でいいよね? それとも何でもアリがいい?」


「君は無能だろう? 何でもアリでいいよ。その円から出てもいい。せいぜい頑張りたまえ」

「気絶でもしたらそれ以降は君の全敗だからな。これだけの人間が証人だ。もう後戻りはできないよ?」

「カース君、久しぶりだな。挑戦させてもらうよ。」


ちゃっかりアイリーンちゃんが紛れ込んでる。


「始めるわよ! 一人目用意!」


アレクの声がかかる。


「どうせ僕で終わりだけどね」


「双方構え! 始め!」


『風球』


「勝負あり! 次!」


さすがに学生相手に狙撃や氷弾を使う気はない。風球で穏便に負けてもらおう。どんなにバカにされても私は心が広いのだから。全然腹が立たない。


周りはザワザワしているが、知ったことではない。アレクは淡々と勝負を進めている。


「双方構え! 始め!」


『風球』


「それまで! 次!」


「双方構え! それまで! 次! 双方構え!」


「それまで! 次!」


「双方、それまで! 次!」


「そう、まで! 次!」


「そう次!」


「次!」…………




「ねぇカース……話すのに疲れたんだけど……残り全員まとめてやってくれる?」


「いいよ。」


「全員構え! 始め!」


『風球』


全方位に撃ってみた。もちろんアレクはしっかり防御している。


まだ立っているのはアレクを含めて四人か。


『水球』


残り三人。


『水球』


残り二人。アレクとアイリーンちゃんだ。


「いくわよアイリーン!」

「おお! 全力で行くぞ!」


本気になったな。ぬっ、アレクの手にある物は……サウザンドミヅチの短剣か。物騒な……没収だな。

『金操』地面に刺しておこう。

アイリーンちゃんも高そうな薙刀を構えて突っ込んで来る。やはり没収。

『金操』

それでも二人とも間合いを詰めてくる。何だかいい感じのコンビネーションだな。連携の練習とかもしているのか? 二人は杖を構えて走りながら魔法を使ってくる。


『水球』


しかし私は全てを水球で叩き落とす。連発だ。縦横無尽に水球乱れ撃ちだ。もちろんホーミング、二人とも防御で精一杯。そこに『氷球』終わりだ。


審判が参加してしまったから終わりの判定をする者がいないんだよな。二人とも気絶したことだし、終わりでいいな。

さーて、アレクを起こそう。特に怪我はしてないはずだが……


「アレク。いい連携だったよ。もう終わりだよ。だからそのスカートの下のナイフは収納しておいてね。」


「……もう、カースのバカ……大好き……」


そう言ってアレクは抱きついてきた。やはりいい匂いだ。かわいいやつめ。




「イタタ……やっぱりカース君だな。アレックスと二人がかりでも相手にならないな。やはり君が無能だなんて何かの間違いだったんだな。」


「まあね。アイリーンちゃんも強くなってるね。また会えてよかったよ。」


「なっ! 私にはバラドという男がいるんだからな! だめだだめだ! だめだぞ!」


面白いことを言うな。勘違いが甚だしいぞ。かわいいところもあるもんだ。


「何を勘違いしてるのよ。カースにそんな気あるわけないでしょ。あなたが元気そうで良かったって言ってるのよ。」


「いやっ、それはっ、分かっている! 分かっているとも! 私は別にカース君のことなんか……嫌いではないが……」


「まあまあ、僕の言い方が悪かったよ。元気が一番だよね。さて、帰ってお茶でもしない?」


「ええ、カースとあの家で過ごすのも久しぶりね。アイリーンも来ない?」


「いや、やめておこう。いくら私でも邪魔だということぐらい分かる。」


「そう? 別にいいのに。じゃあアイリーンちゃんまたね。バラデュール君によろしく。」


「あ、ああ。また、な。」




「誰だよ……あいつが無能だなんて言ったのは……」

「二年前より強くなってないか……」

「それなのにほとんど魔力を感じなかったぞ……」

「あれが魔王……」

「僕たちは何てことを……」

「どうするのよ……夏休みのお小遣い全部賭けちゃったわ……」

「私も……どうしよう……」

「アレクサンドリーネ様とアイリーンが子供扱いだったね……」

「なぜ今日まで領都に姿を現さなかったんだ……」




まあまあ儲かったかな。金貨にして百と三枚か。夏の小遣いにちょうどいいや。


「相変わらずたくさんの取り巻きがいて大変そうだったね。」


「もう……カースのせいよ。カースが領都に来なかったから……毎週末のパーティーとかの誘いが多くて多くて。」


「それは悪かったよ。これでしばらくは大丈夫かな。」


「嘘よ……カースが悪いわけないじゃない。あんな状況だったのに。来てくれてありがとう……」


アレクったらそんな状況なのに私には泣き言一つ言わずに月に一回クタナツまで来てくれていたのか。泣けるじゃないか。


「アレクには苦労させたみたいだね。ありがと。もう大丈夫だからね。」


「うん……大好き……」


さあ、懐かしき我が家へ帰ろう。

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