第597話 エリザベスの冒険 6

エリザベスがクタナツを旅立ってから三日。海岸沿いをひたすら北西に向かって進んでいた。すでにヘルデザ砂漠を越えて、ノワールフォレストの森の西部にまで差し掛かっている。一日一本の魔力ポーションを上限として出せるだけ速度を出して距離を稼いでいるのだ。なお、隠形は使っていない。ノワールフォレストの森を越えるまでは何より速度を重視して進んでいる。幸い沿岸部を進んでいるうちは陸の魔物と海の魔物、それらの生息域の間なのか強力な魔物に襲われることはなかった。


さらに四日が経過した。

エリザベスはついにノワールフォレストの森も通過した。それまでとは打って変わって過酷な四日間だった。

腐肉すら漁る海鳥の魔物、スイープシーガルの群れに遭遇したり、好んで目玉を狙う危険な鳥、ラセツドリの番いに襲われたりと散々だった。冬を目前にして魔物達も餌の確保に励んでいるのだろうか。


それからさらに一日。とうとうエリザベスはある地点に到着した。

それは、フェアウェル村からまっすぐ南西に進んで到達した海岸だった。


「ここね……」


理論上はここから北東に進めば村まで到着できる。峻嶮な山々の上空を飛び越えて進めばイグドラシルだって見えてくるだろう。


現在時刻は午後三時ぐらいだろうか。


本日はここで野営をして明日の早朝から村を目指すことにした。村からクタナツを目指した時には無かったが、今のエリザベスには野営用の小屋がある。中で寝ることしかできないが、丈夫さを重視した正四角錐、頼れる野営の友だ。おかげで多少は快適な旅となっている。


少し早めの夕食を済ませて早々と横になる。眠りに落ちて数時間、突如小屋が転がった。安定性抜群の正四角錐小屋が転がるとは……

エリザベスはようやく動きが止まった小屋から、這々の体で脱出する。


時刻はまだ真夜中になってもいないようだがここは魔境のど真ん中、どのような魔物がいてもおかしくない。何が現れたのだろうか。


『光源』


エリザベスが周囲を明るく照らす。見えたのは続々と海へ向かう子犬より大きなネズミの大群だった。


「ダートレミング……」


群れで動くネズミのような魔物である。海だろうが陸だろうが関係なく移動し、どちらでも獲物を狙う貪欲な魔物だ。しかしそれがエリザベスに見向きもせず、一心に海へと飛び込んでいる。


「こいつらが逃げてるってことは……」


エリザベスはテキパキと小屋を収納し、逃げる準備を終えた。木の板を取り出し上空へと浮かび上がる。眼下では、と言っても光源が切れたので何も見えないが、ダートレミングが何物かに襲われているようで、血の匂いが漂ってくる。


何千ものダートレミングが逃げるぐらいだからきっと危険な魔物が現れたのだろう。相手の数や強さが読めない以上、エリザベスの行動は正しい。しかし問題はこの後だ。星を頼りに北東に向かうことはできるが、夜の魔境は危ない。そんなの常識である。ましてや今から向かうのは山岳地帯の真っ只中。グリードグラス草原やヘルデザ砂漠とはわけが違う。


エリザベスは止むを得ずその場で闇夜の宙にとどまることにした。気温が低いため虫がいないことが救いかも知れない。


知らぬ間にダートレミングを襲った魔物はどこかへ姿を消したようだが、今しばらく地上へは降りられない。

食い散らかされた臓物と血の匂いが充満しており、とても寝られるものではない。そもそも先ほどの危険な魔物がいつ襲ってくるかも分かったものではない。

エリザベスは場所を移動し再び小屋に入りはしたが眠れるものではない。そのまま朝方までまんじりともせず神経を張り詰めて過ごすのだった。

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