第513話

九月十三日、ヴァルの日。

アレクを学校に送り出してから、私はクタナツに戻った。両親がちゃんと楽園エデンから戻っているのか心配だったりするのだ。




よかった。戻っていた。父上はすでに出仕したらしい。


「カースおかえり。楽しませてもらったわよ。いい所ね。ありがとう。」


「それならよかった。どうやって帰ってきたの?」


「それはね……ロボちゃんに頑張ってもらったの。」


そう言って母上は木で出来た板を見せてくれた。ロープまで付いている。


「私がこの板を浮かせてね、それをロボちゃんに引っ張ってもらったの。カースのように大空を高速で飛ぶのもドキドキしたけど、地上スレスレを猛然と駆け抜けるのも楽しかったわ。」


「なるほど。さすが母上! 面白そうなことをしてるんだね!」


犬ぞりならぬ狼ぞりで帰ってきたってわけか。心なしか血色もいいみたいだし、健康なことはいいことだな。


そしてコーちゃんも警護してくれてありがとう。暇だったとは思うけど面倒をかけたね。いつもありがとう。「ピュイピュイ」


さて、道場に行こう。今週も頑張ろう。









一方、寝不足のまま学校に行ったアレクサンドリーネは、眠気よりも性欲と戦っていた。

明け方までカースと過ごしていたにもかかわらず、もう彼が欲しくなっていた。

アレクサンドリーネにとって初恋の相手であり、操を捧げた唯一の相手であるカース。以前よりカースが自分に手を出そうとしないことをもどかしく思っていた。それが先日とうとう結ばれたことは忘れられない思い出となっている。


しかし、それからというもの……自分がこんなに好色……多情だったなんて思いもしなかった。その上、あそこまで多淫だったなんて。これが女になるということなのだろうか。貴族として母親からそれなりに教育は受けていた。しかし、聞くと体験するとでは大違い……こんなに強烈で逃れ得ぬものだったなんて……

同級生や先輩から漏れ聞こえる話によると、男はみんなガサツで、強く激しく刺激すれば女は喜ぶと勘違いをしているらしい。デートもそこそこにすぐ寝室に連れ込みたがり、そのくせ自分だけ満足すればすぐに寝てしまうとか。

アレクサンドリーネはそれでもよかった。カースが喜んでくれるならどんなことでもするつもりだったのだ。実際ノワールフォレストの森で服を脱げと言われた時も恥ずかしくはあったが喜んで従った。並みの度胸と覚悟ではないことが伺える。


ところが実際カースに抱かれてみれば、同級生達の言葉が全て嘘、もしくは取るに足らないものだと分かってしまった。所詮彼女たちの男なんてカースに比べたらオークかゴブリンのような存在であることの証明なのかも知れない。


アレクサンドリーネは自分の目、直感が間違っていなかったことを改めて実感している。カースに惹かれて、恋心を抱き、想いが通じ合い……そして結ばれた。それがこんなにも幸せを味わえるとは……


誰かが『女になるということは、愚者になることと同じだ』と言ったことをふと思い出した。授業中なのにカースとの逢瀬ばかり考えてしまうのだから、確かにその通りなのだろう。


「アレクサンドルさん、この状況における正しい対処法を説明してください」


不意に教師から質問が飛ぶ。


「は、はい! 魔力制御棒が破裂寸前であるため、それ以上刺激してしまいますと漏洩する危険があります。従いまして被膜を構築するなり対策を講じる必要があると思います。」


「その通りです。集中してないのかと思いましたが、気のせいだったようですね。では次」


アレクサンドリーネは確かに集中していなかった。たまたま解答を知っていただけだったのだ。それでも淀みなく答えたのはさすがと言えよう。


昼休み、アレクサンドリーネは昼食もそこそこにトイレに駆け込んだ。トイレでなくても一人になれる空間ならどこでもよかった。カースを思い出しながら一人で……




そして実技の授業にて。アイリーンと魔法対戦を行うアレクサンドリーネ。


「夏休みだからと研鑽を怠らなかったらしいなアレックス。魔力が増大している。」『氷雪』


「あなたこそ動きが見違えるようね。」『烈風』


二人がお構いなしに魔法を連発するものだから他の生徒達にとってもいい稽古になっていた。


勝負はアレクサンドリーネの猛攻の前にアイリーンが屈した。まるでカースのような魔力のごり押しだった。


「いい勝負だった。ああも上級魔法を連発されるとはな。魔力が夏休み前の何倍にも増えているようだが、相当な修練を積んだのだろう。」


「ええ、得難い経験のおかげかしら。アイリーンこそ動きに柔軟性が出てきたわね。それに身嗜みにも気を使っているようね。」


そう、いつもボサボサ頭で汚い服装のアイリーンが髪には櫛を通し、清潔な格好をしているのだ。その上、肉弾戦でも緩急をつけた小気味よい動きを見せてくれた。彼女もいい稽古をしたのだろう。


「うむ。思うところがあってな。私も女だったと言うことだ。」


少し顔を赤らめて答えるアイリーン。彼女も案外アレクサンドリーネと似たような経験をしたのかも知れない。


この後二人は珍しく夕食を共にし、アレクサンドリーネの部屋にて話の続きをするほどだった。アイリーンは一体誰と、どのような体験をしたのだろうか?

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