第510話

パイロの日。

朝からキアラがどこかに連れて行ってーと盛り上がっている。


「よーし、どこに行きたい?」


「うみー!」


よっぽど昨日の海が楽しかったんだな。でもさすがに同じ所には行きたくないな。でも海には行こう。


「よーし、行こう行こう! ベレンガリアさんも来る?」


「ええ、行きたいわ!」


ついでだからオディ兄達も誘ってみよう。





「行く行く! あ、カースいつもお土産ありがとう。愛用してるよ。」


オディ兄には王都で流行りのウエストコートをプレゼントした。昔ウリエン兄上に貰ったやつはもう小さくなってしまっただろうからな。


「あらオディロン、久しぶりね。元気そうで何よりだわ。」


「ベレンちゃんも元気そうだね。お互い奇妙な人生だよね。」


二人とも自分の好きなものに拘る人生だもんな。私もか。




さて、今日の目的地は北、ノルド海の南東部だ。草原の街ソルサリエからほど近く、大きな入江になっているらしい。沖に行けば危険な魔物も多いとか。


「相変わらずカースの魔力はすごいね。いや、ますます凄くなってるよね。」


「この人数を乗せて空を飛ぶだなんて、考えられませんね。」


オディ兄もマリーも嬉しいことを言ってくれるな。


「いやー照れるよ。もうすぐ着くかな。」


クタナツから北西に向かうとすぐにノルド海がある。なのにこの辺りに漁村はない。理由は……


「着いたけど、どこで泳ぐの?」


ベレンガリアさんが言うのももっともだ。この辺りの海は切り立った崖に面しており、ビーチでのんびりしながら時々泳ぐなんてことができないのだ。

しかしこのメンバーなら全く問題ない。崖の上からでもボードの上からでもいきなり飛び込んでしまえばいいだけだ。海から戻る時に少し苦労するかも知れないが、誤差の範囲だろう。浮身でも風操でも使って好きに飛べばいいだけなのだ。


おっ、一番乗りはやはりキアラだ。階段を降りるような気軽さで崖から飛び降りていった。波が高いから気をつけるんだぞ。やはりどこの世界でも北の海は波が荒いのだろうか。まるで冬の日本海のように荒れ狂っている。でも泳ぐけどね。


そんなことより重要なのは……

マリーがスクール水着を着ている。それも旧式……一体どこで入手したのだ? 見た目からは判断できないがマリーの歳はたぶん四十前後のはず。それが……それが旧式スクール水着を着ているだなんて……すごくいい。


「マリー、その水着はどうしたの? 最高なんだけど。」


「実は私達夫婦は水泳が趣味になってしまいまして、泳ぐために最適な服は何かを追求していったら……こうなりました。」


「メガシルクスパイダーの糸から作ってあるんだよ。水を弾くし防御力も高い。泳ぐには最適な服装なんだよ。」


なるほど、それはすごい。露天風呂を嫌がっていたオディ兄が水泳に目覚めたのは良しとしよう。しかし問題は……


オディ兄までマリーと同じスクール水着を着用していることだ!

そりゃ魔物対策の意味があるから胴体まで覆っておく必要があるのは分かるよ? 分かるけどさぁ! その上、水泳帽子まできちんと被っているし……まあ頭の防御も大事だもんな。


「マリー、今度アレクの分もお願い。素材や費用は用意するから。」


裸で泳ぐのもいいが、水着もいいものだ。色んなバリエーションを増やすことも視野に入れねば。


「もちろん構いませんよ。費用は要りませんが、素材の用意はお願いしますね。」


「メガシルクスパイダーってどこにいるの?」


「ムリーマ山脈の東側に結構おりますよ。倒すのは簡単ですが糸を取るのが難しいので、頑張ってくださいね。」


難しいのか……まあいいや。行く前に改めて詳しく聞いておこう。今日は泳ぐぞー!




意外と崖から飛び降りるのって楽しいな。病み付きになるかも。キアラはどこで泳いでいるんだ?


波に飲まれてなければいいんだが。


「カー兄見て見てー!」


ぬおっ! キアラが何かに追われている! あの背びれは……サメか!? かなり大きい!


その割にキアラは楽しそうだが……逃げてるんじゃないのか?


サメの方は必死にキアラを食べようとしているようだが、キアラは余裕で逃げている。狼ごっこのノリなのかな?


せっかくだ。私も混ざろう。待て待てー。しかしサメが潜ったら追跡できないのはどうしたものか……


ふと見るとマリーやオディ兄もすいすいと潜っているではないか。水中が見えるのか?


「ねえマリー。水中の景色を見る方法でもあるの?」


「もちろんありますよ。『水中視』を使えばいいんですよ。」


そんな魔法があったのか。


「キアラにも教えてあるの?」


「ええ、以前お風呂の中で目を開けると見にくいと言われたので教えておきました。」


風呂での出来事なら私にも教えて欲しかった……




習った。こいつは便利だ! サカエニナもホウアワビも獲りまくってやるぜ!


早速キアラの後を追って潜ってみると、やはり先ほどのサメはかなり大きいことが分かった。


『あれはスピアヘッドシャークですね。サメの魔物の中では遅い方ですが、噛み付いたら離さない恐ろしい魔物です』


マリーの声だが、ここは水中だぞ? どうやったんだ?


伝言つてごとの魔法です。密談に便利ですよ』


心を読まれているのか? いや、私がキョロキョロしてるからバレバレか。


『夫に内緒で睦言を伝えたりもできます。たまにはサービスしましょうか? 坊ちゃんのお望みのままに。』


何てこった。考えてみればマリーだって魔力は高いんだ。だから貴族じゃなくてもあるあるに当てはまるってことか。いきなり誘惑が増えてしまったな。巨大なサメを目の前にしてるってのに私達って余裕だよな。




おかしい……

キアラもマリーも全然息継ぎをしていない。さてはまた何か魔法を使ってるな?


『水中気の魔法です。以前お嬢様がお風呂で私に潜りっこで負けたのが悔しかったそうで、教えました』


マリーは心が読めるのか? いくら何でもタイミングが良すぎるぞ? なら私とアレクの爛れた営みまでバレているのか?


『坊ちゃんは顔に考えが出すぎるだけです。私は心など読めません』


本当か? 読めてないんなら……今度オディ兄に内緒にせずにサービスしてくれよ。


『卑猥なことを考えておられますね? さすがに正確には分かりませんよ?』


なるほど。自分ではポーカーフェイスのつもりだったけど、そうでもないのか。気をつけよう。




そろそろ昼かな。何か獲物を見つけてから上がろう。


ホウアワビとそれに似た貝類がいくつか。食べられるやつだろうか?


「坊ちゃんなら食べても大丈夫でしょうけど私は遠慮しておきます。」


まったく……マリーは頼りになるな……


みんながそれぞれ獲物を持ち寄って楽しいランチとなった。その間に『伝言』と『水中気』の魔法を教えてもらった。

『伝言』はかなり近づかないと使えないようだ。また相手の魔力も高くないと伝わらない、微妙な魔法だ。

『水中気』は魔力次第。空気の代わりに自分の魔力を吸うことができる。ただし水中限定だし、かなり効率が悪いためあまり使う人間はいない。マリーだと二、三十分も使い続けると魔力が切れるらしい。


キアラは先ほどのスピアヘッドシャークを友達だと考えてるようで、昼からも続きをするらしい。やはり恐ろしい子だ。




昼からだが、サメの魔物だけではなく、かなりたくさんの魔物が集まってしまった。魔力の高い連中が垂れ流しで魔法を使ってるんだから当然か。


『マリー、美味しい魔物っている?』


『あの、一際大きい八本足の赤い魔物がおススメです。毒に注意してくださいね』


タコじゃないか。大きすぎるだろ……

頭の直径だけで二十メイルぐらいありそうだ。でも美味しいなら狙ってみよう。


『水操』


まずは海中から出さないとな。やはり水中では魔法が使いにくい。しかし、ごり押しこそ私の真骨頂。水の魔法でタコの魔物を雁字搦めにしてくれる。


突如、水中が真っ黒になってしまった。墨を吐いたのか。まあいい、拘束は緩めないぞ、このまま海上に持ち上げてやる。かなり重いな……


どうにか海上に持ち上げることはできたが、暴れ方がすごいな。私を攻撃しようと八本足を伸ばすが、そんな攻撃が当たる距離にいるものか。絶対近寄ってなんかやらん! さらに墨を吐いて攻撃してきたが、全て水壁で防ぐ。周囲は水だらけだからいくらでも防げる。


『落雷』


海の魔物には落雷。やはりこれが定番だな。さて、収納しておこう。醤油とワサビで一杯いきたいとこだな。たこわさで熱燗も悪くないものだが。


「さすが坊ちゃん。デビルアークオクトパスを苦もなく倒してしまわれるとは。」


「これはどうやって食べるのが美味しい?」


「下処理が難しいので、解体後に私が預かりましょう。色んな食べ方ができますよ。」


それは楽しみだ。明るいうちに解体だけやってしまおう。




さて、みんなは楽しんでいるのだろうか。


思い思いの楽しみ方をしているようだ。

キアラはスピアヘッドシャークとの狼ごっこだけでは飽き足らず、空の魔物も含めて三次元狼ごっこに興じている。危なすぎる……

しかも、空の魔物の背に乗ったりもしている。

ベレンガリアさんはそんなキアラを心配そうに見つめてはいるが、自分は崖の上から動いてない。昼から食べ続けているのではないか?

マリーとオディ兄は姿が見えない。きっと水中でイチャイチャしてるんだ。くそぅ。


「ベレンガリアさん、そろそろ食べるのをやめて遊ぼうよ。面白い魔法を見せるからさ。」


「えー? 何々?」


『水鞭』


中をくぐれるウォータースライダー、パイプラインの魔法だ。これで崖から海までぐるぐると滑り落ちるのだ。


「こうやって遊ぶんだよ。少し遅れて来てね。」


まずは見本を見せないとな。

そう思ったらもう来た。遅れて来てって言ったのに! パイプラインの中で組んず解れつ、悪い感触ではないのが悔しい。いい体しやがって!


そして海に投げ出される私達。高低差五十メイル、距離にして四百メイルぐらいだろうか。やはり楽しい。


「どう? なかなか新鮮な遊びじゃない?」


「そうね。カース君の体も味わえたしね。いい体してるじゃない。」


まったく、欲望に正直な人だ。父上に言いつけてやるぞ?


それからはみんな興味津々で集まってきたので、パイプラインを広くしたり細くしたり高々と空に上げたり海中も通したり。我ながらいい魔法を作ったものだ。

問題と言えば、出口で大型の海の魔物が口を開けて待っていることぐらいだろうか。魔物のくせに知恵が回るものだ。


ちなみにその不幸な魔物はオディ兄によって干物にされた。周りが水だらけなのに、オディの乾燥魔法はいささかも衰えない。いや、ますます冴え渡っている。さすがだ。


「あなた、それはタイクーンだわ。干物にぴったりね。」


マリーはオディ兄を、あなたと呼んでいるのか。いい夫婦だな。

タイクーンは鯛のような魚だが、人間を丸飲みできるほどの大きさにもなる。腹も開かず、味付けもせずいきなり干物か。どんな味になるんだろう?




さて、しっかり楽しんだことだし帰ろうか。




夕食は我が家で食べることになった。マリーとベレンガリアさんが腕を振るってくれるようだ。新旧メイド対決!


美味い!


今日も充実した一日だった。キアラはすっかり海が大好きになってしまったようだな。オディ兄夫妻は普段は川で泳いでいるようだが、海も見直したようだ。ベレンガリアさんは海の幸がますます好きになったらしい。


アレクは今頃何をしてるのかな?

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