第497話

八月十五日、ヴァルの日。

朝、私とアレクとコーちゃんは楽園に旅立つ。周りには誰もいない魔境でアレクとの二週間を過ごすんだ。


「野菜はたくさん用意してあるけど、肉が足りないんだよね。道中で調達しながら行こうか。」


「ええ、任せるわね。楽しみだわ。」


「ピュイピュイ!」


え? コーちゃんは魚が食べたい? よーし、じゃあタティーシャ村にも寄ろうか。まずはカスカジーニ山で肉を狙おう。


一時間後、普通のオークだけでなく猪系の魔物ワイルドボアやレッドボタン、鹿系の魔物ギャングエルクの群れやクラッシュエルクの大物までゲットした。牛系が欲しいけどこの辺りにはあんまりいないんだよなぁ。




さて、次はタティーシャ村だ。




着いた。カスカジーニ山から一時間と少し、なかなか早く到着してしまった。


いつも通り、ツウォーさんに潜ってもらう。二時間で網五袋分! ウハウハだ!

それから魚を釣って解体せずに収納、さらに村長からも買えるだけ買っておく。




「準備完了! さあ楽園までご招待だよ!」


「ええ! ワクワクしているわ!」


「ピュイピュイ!」


コーちゃんもカムイとの再会が楽しみなんだな。着いたらお昼ご飯にしようねー。





そしてタティーシャ村から一時間余り、久々の楽園を上空から見下ろすと……


城壁外が、黒い絨毯に、覆われていた……




な、何なんだ……




城壁内に異変はないようだが……




『遠見』


「げっ……グリーディアントだ……」

「本当ね……何だってこんな所に……」


しかも私が知っている奴等より二倍ぐらい大きい……まさかカムイを狙っているのか?


ひとまず楽園内に着陸しよう。カムイは……いた! 自宅の玄関前だ! 冒険者らしきグループとにらみ合っている。何だこいつら?


「カムイただいま。そちらの皆さんはうちに何か用ですか?」


「ふざけんな! テメーのペットかよ! 仲間が殺されてんだよ!」

「どうしてくれんのよ! 責任とりなさいよ!」

「取り敢えず飯だ! 中に入らせろや!」

「ほら! 早くしなさいよ!」

「金も出せよ! こっちぁ仲間を殺されてんだからよ!」


「ガウガウ」


「なるほど……こいつらがここに来たのは昨日の夜。夜の間は特にゴミを捨てることもなく大人しくしていたからカムイも放置していたと。それが朝になってこの館の存在に気付き、押し入ろうとした。カムイは吠えて警告したにもかかわらず、無遠慮に玄関のドアに手をかけた男の喉笛を噛み切った。そこからにらみ合いってわけだね。」


「て、てきとーコイてんじゃねーぞ!」

「証拠でもあるって言うの!?」


こいつら脳なしか? 一人やられてんのにカムイの実力も分からないってのか? ははーん、さては……


「お前らドコのもんだ? クタナツ者じゃないな?」


「俺達ぁドラグノフ伯爵領はサーベイヤの六等星よぉ! クタナツみてーな田舎と一緒にするんじゃねぇ!」

「あたしら『ディアブリックジェム』を知らないなんてどこの田舎者よ!」

「ガタガタ言ってねーで飯の用意でもしろや!」

「ほらほら早くしなさいよ!」

「ったくどこの田舎者だぁ?」


「アレク……」

「ええ。」


『『氷弾』』


アレクは女二人、私は男三人の両膝を狙った。それぞれ一人ずつに躱されてしまった。意外とやるもんだ。


「いきなり何するのよ!」『ひのた


火球を撃とうとした女は、それより早くカムイによって右肘を噛み砕かれていた。

もう一人の男はせっかく避けたのに後ろから両膝に命中。私のはホーミング氷弾だからね。


ではいつものルーチンワークと行こう。全員を水壁に閉じ込めて……今日は逆、熱湯ではなく冷水にしてみた。現在ゼロ度前後、まだまだ下げることもできるが……


「アレクは女二人を見張っててね。怪しいと思っただけで殺していいからね。」

「ええ、分かったわ。」


「カムイはそいつ、コーちゃんはあいつね。」


「ガウガウ」

「ピュイピュイ」


私はリーダーっぽい男の尋問を開始する。


「お前らグリーディアントに狙われる覚えはあんのか?」


「あぁ!? ああるわけねーだろ! そそれよりここからだ出せや!」


嘘くさいな……


「じゃあちょっと見てこい。」


リーダーを水壁ごと飛ばして城壁外を見せてやろう。


「分かっただろ? このままだと逃げ場はないぞ? 大人しく奴等から奪った獲物を返しな。」


「……っ……」


絶句してやがる。当然だよな。あれだけの数のグリーディアントに囲まれてるんだ。二キロル四方あるこの楽園がびっしりと……黒山の蟻集りってか。はは……

堀は越えられてしまったが、城壁は越えられてない。しかしそれも時間の問題と見た。自分達が足場となって他の蟻を城壁上に登らせることぐらいやりそうだもんな。返しを付けてないのが悔やまれる。


「どうだ? あれでも心当たりはないか?」


「おおそらく……あある……」


「それは?」


「オーガ、そそれも大物がいた。そそいつは手負いだったから簡単に倒せたんだが……い今思えばグリーディアントと戦って怪我をしていたのかも知れん……」


はー、そんなこともあるのか。


「ならそのオーガを奴等にくれてやれば解決だな。出せ、俺が返してきてやるわ。」


円満に解決するなら、それがベストだよな。


「むむ無理だ……しし死んだグレアートの魔力庫に入っていた。ああいつ散々魔力庫の設定を変えとけって言ったのに、しし死後の中身が消滅する設定のままにしてやがった……お俺達には変えたなんて言っておきながらら……」


あーあ、冒険者のくせに貴族みたいな設定するから。


「どうすんだ? 打つ手がないぞ? せいぜい飛んで逃げてみるか? その場合お前らの故郷が全滅するだけだが。」


くそ、厄介ごとを持ち込みやがって……


「た、助けてくれよ! あああんたクタナツ者なんだろ! つつ強いんだろ!?」


「お子様相手に恥ずかしくねーのかよ。まあいいや。助けてやるから約束だ。お前ら全員俺に絶対服従な。」


「あ、あぁっのまひぃ」




よし、少し手間だったが全員に掛かった。水壁解除。


「じゃあお前ら傷を治したら西側の城壁に登ってろ。そこから蟻が越えて来ないように食い止めてな。」


「あ、ああ分かった……」


「アレクは東側ね。コーちゃんとカムイも一緒に頼むね。危なくなったら、ここまで飛んで戻ってね。」


「分かったわ!」

「ピュイピュイ」

「ガウガウ」


私は南側から片付けよう。丸焼きにするだけだが、問題は……





南の城壁に降り立った。蟻達は積み重なり城壁の高さまで後三メイルぐらいまで到達している。何て奴等だ……


悪いな。お前らに恨みはないが……


『燎原の火』


何万ものグリーディアントを丸ごと焼き尽くす。通常、燎原の火の温度ではグリーディアントは倒せないが、そんなの魔力でカバーすればいいだけだ。しかし今回はかなり積み重なっているため、下の奴等が焼けない可能性がある。酸欠で死んでくれないかな? 後回しにしよう。次は北だ。途中で東側を見てみたが、アレクも燎原の火で焼き払っている。しばらくは問題なさそうだ。


北側も同様に燎原の火で焼き払う。

西側は知らん。少しは苦労してもらわないとな。


さて、南側の蟻の死骸を回収しておこう。そこそこの値段で売れるからな。まあ、これだけの数なので本当にそこそこの値段にしかなりそうにないが……




ある程度回収したら再び『燎原の火』


こうやって上層から少しずつ焼いていこう。本当は津波で全部まとめて押し流してしまいたいが、それをやると回収しきれなくなってしまうからな。よほど追い込まれないと使わないだろう。マナーは大事なのだ。


そうやって北と南を行き来しながら焼きと回収を繰り返したところ、どちらにも生きた蟻はいなくなった。もっとも回収は半分も終わっていないが。では東側に行ってみよう。


「頑張ってるね。北と南は終わったよ。この分だとこっちは問題なさそうだね。」


「ええ、今のところ安全地帯から魔法を撃つだけで済んでるわ。」


丈夫な城壁を作っておいて良かったー!


「じゃあ西側に行ってみるね。カムイとコーちゃん、アレクを頼んだよ。」


「ガウガウ」

「ピュイピュイ」




さて、西側の状況はと……

城壁の上に五人が横に広がり魔法と武器で近寄る蟻どもを叩き落としている。叩き落とすだけなので、数は減ってないようだ。まあこのまま頑張ってもらおう。私は別の用事があるのだ。



さて、西側に群がるグリーディアントの最後尾にやって来た。実験してみたいことがあるのだ。


まずオークの死骸を奴等の前に置く。

蟻どもが群がるのを待つ。

群がったら蟻を殺さないようにオークを引っぺがして移動する。

オークを浮かべてゆっくり南西へ。

ヘルデザ砂漠まで到着したら『火球』『火球』『火球』


砂漠に魔力をたっぷり込めた魔法を撃ち込み魔物を呼び寄せる。


早速やって来たのは、ヴェノムスコルピオン、かなり大きいやつだ。

そこでオークをプレゼント。ヴェノムスコルピオンは迷わずオークに食らい付いた。


準備完了。後は高みの見物だ。

果たしてグリーディアントはどう動くのだろうか。




二十分もするとヴェノムスコルピオンはオークを食べ尽くし砂の中へ帰っていった。骨は残すのね。


来たルートで楽園へ戻る。地上に蟻の姿は見えない。追って来ていないのだろうか……


楽園まで後十キロルぐらいか、地上には蟻の姿が少し見えてきている。明らかに全軍ではない。数匹ずつで偵察でもしているかのようだ。


そのまま楽園まで戻ったが、出る前と比べて減ったようには見えない。つまりグリーディアントは新たな獲物があったとしても先に狙いを付けた獲物を決して諦めないということが分かった。偵察が行ってるということは、ここでの獲物を奪還してから次の便で行くつもりなのだろうか。どいつが指示してんだ?


それにしても妙な生態だよな。鼻がいいのだとしたら、ここにもう獲物がいないことぐらい分かりそうなものだが。フェロモンってどの器官で感知するんだ?

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