第381話

翌朝、パイロの日。

同じタイミングで私達は目を覚ました。今朝は雨。何をしようかと思案する私に、

「カスカジーニ山に行かない? こんな雨の日は普段は見られない魔物が出るそうよ。」


さすがアレク。実力アップに余念がない。頭が下がる。


「いいよ。合羽かローブか持ってる?」


「ええ、あるわよ。雨だからって室内に閉じこもってばかりじゃいられないもの。」


耳が痛いぜ。基本的に最近の私は雨の日は一切外出しないもんな。だから合羽もなければ、雨を防げるローブもない。魔法で防ぐのみだ。


城門外までは例によって馬車だ。最近少しは酔わなくなってきたのだが、それでも長距離は乗りたくないものだ。

城門を出てしばらく北に進み、馬車を降りてミスリルボードに乗り換える。どうせ飛ぶ時は周りを風壁で覆ってるし問題ない。さすがに視界の悪さはどうにもならないが。


「レインローブいらないじゃない……」


「着いたらいるかもよ? でも僕の隣にいれば必要ないかな。いや、それはアレクの練習にならないか、やっぱり離れておこうね。」


「そうね……」


そんな寂しそうな顔をしてもダメだぞ。アレクはできる子なんだから。


そして山頂に到着。


「何かリクエストはある? 何系の魔法を使って呼ぼうか?」


「水系でお願い。普段現れなさそうな魔物を狙いたいわ。」


「分かった! 『水壁』『水鞭』!」


水壁を空中に浮かべ屋根代わりにし、地面から生やした無数の水鞭をお好み焼きの上の鰹節の如く躍らせる。かなり魔力を込めているためワイヤー並みの強度はある。でも触るとグミのように柔らかくニギニギしたくなる。我ながら不思議な魔法だ。


「カ、カース……何それ?」


「ふふふ、名付けて『水鞭みなむち』だよ。まあただの鞭なんだけどね。」


ついでにもう一つ『水滴みなしずく

山の一方に水を流してみる。土砂崩れが起こらないようゆっくり放水するイメージだ。


さあどんな魔物がやってくるのかな?



わずか五分後、どこからともなく水球らしき魔法が飛んできた。中々の魔力が込められている。どこのどいつだ。


姿が見えない……しかし水球は続々と飛んでくる。私の周囲は水鞭だらけなので当たることはないが相手が見えないのはストレスだな。まあアレクに任せてのんびり待とう。


アレクは走り出した。相手は水球を発射しているのだから見えなくても位置がバレバレだよな。


『氷弾』


早くも位置を特定したらしい。氷弾を撃ちまくっている。

かなり撃ってるぞ。効いてないのか? それとも当たってないのか?


『火球』


雨の中で火の魔法を使うとは、斬新なことを。


『氷球』


火と氷の乱れ撃ちだ。先ほどから全然攻撃が来ない。魔物は防戦一方らしい。


『氷弾』


最後の一発を撃ち、アレクの攻撃が止んだ。やったか!?


「カースー、収納しておいてくれるー?」


近寄ってみると、そこに横たわっていたのは水馬ケルピーだった。普通の馬と大きさは変わらないが、足先がヒレのようになっており歩きにくそうだ。見えない理由は水のバリアによる光学迷彩的なものかな? だからアレクは乱れ撃ちでバリアを突破したわけだ。素晴らしい!


「さあ、次々来るわよ!」


それからは、例によって様々な魔物が襲ってきた。特に多かったのがケルピー。次いで蟹の魔物マッドクラブ、こいつの鋏は丸太すら容易くちょん切るらしい。山頂になぜ蟹が?

他には泥のゴーレム、マッドゴーレム。こいつは一匹だけ私が倒した。魔石が欲しくなってしまったもので……


一時間ほど経ち、魔物の襲来も落ち着いてきたので場所を移動することにした。

ちなみにコーちゃんは私が屋根代わりにしている水壁の中を泳ぎ回ったり、うねうねする水鞭と戯れたりでご機嫌のようだ。猫じゃらしと遊ぶ猫ちゃんのようにピュイピュイ言いながら水鞭を追いかけたりもしていた。



移動したのはカスカジーニ山の中腹、湖沼地帯だ。巨大な木々に覆われており晴れでも日当たりが悪く、泥沼といった風情だ。沼にしては広いため湖沼地帯と呼ばれている。


「これだけ大きな木があるんならトレントもいるのかな?」


「それがこの山には植物系の魔物はいないらしいわ。こんな近場でトレント材が取れたら便利なのにね。」


そうだよな。私の知る限り高級トレント材ならノワールフォレストの森しかないもんな。


「じゃあ行くよ。」


『水壁』

『水鞭』

『水滴』


さーて、どこから現れるかな?


『氷壁』


アレクが魔法を使うと同時に氷壁に穴が空いた! 間一髪で間に合ったのか! なんて危ない! 水中からレーザーのように水が襲ってきたのだ。私も同じ攻撃はされているが、やはり水鞭に阻まれて当たらない。一体何匹いるんだ?


『氷弾』


さすがに水中にいる相手に火の魔法は無意味だろう。ひたすら氷の弾丸で攻めているが、魔物の攻撃は衰えない。つまりアレクの弾丸は当たってないのだ。ならばヒントを出そう。


「水中にいる相手には真上から攻撃するといいよ。」


水面で光が屈折するため狙った所に的はない。だから屈折など無視して真上から広範囲を狙えばよい。なのにここの魔物は水中からこちらを正確に狙ってきやがる。本能で屈折率を計算しているのだろう。生意気な奴らめ。


「分かったわ! やってみる!」


『氷弾』


ボツボツ当たりだしたようで水面には何匹か魔物が浮いている。顔はゴブリンで胴体は魚、ダグマーマンだ。気持ち悪っ! サイズもゴブリン程度か。


新手が来た! いや、落ちてきた! 体長三十センチほどの蛭の魔物ブラドリーチか!


私は頭上に水壁を浮かべているので関係ないが、アレクは……ギリギリで躱したようだ。頭上への警戒が甘いな。


『氷壁』


蛭どもを一匹ずつ、または何匹かまとめて氷壁に閉じ込めている。目の前にいれば対処は楽勝だろう。その時コーちゃんが「ギャワワッ!」


「アレク! 後ろ!」


水中から猪らしき魔物が突進してきて、防御するアレクを氷壁ごと弾き飛ばした……


「アレク!」『狙撃』


鰐のような猪のような魔物、レイクボアを仕留めつつアレクに近寄る!

事故の瞬間はスローモーションに見えるってのは本当だな。自分の事故のことは全然覚えてないくせに……

アレクが跳ね飛ばされる様はやけにゆっくり見えてしまった……


「アレク! しっかりして!」


すぐにポーションを取り出し無理矢理飲ませる。どこを怪我しているかなんて後回し、まずはポーションだ!


「ごめんね……甘かったみたい……」


「いいんだ! 僕がいるんだ! 失敗しても死にはしない! じゃあ片付けるから少し待っててね。もう帰ろうよ。」


逆恨みだけど皆殺しだ。


『榴弾』


私達を中心に全方位にパチンコ玉よりふた回りは大きい球をぶち込む! 水中の魔物には『火球』

茹で殺してやる!


静かになった。聞こえるのは雨音だけだ。回収する間も惜しいので放って帰ろう。


「お待たせ。帰ろう! 帰って暖かいお風呂に入って休もうよ。」


「ごめんなさい……実力不足ね……」


「半分はその通りだね。もう半分は僕が魔物を集め過ぎたからだよ。アレクが凄いからさ、ついたくさん集めてしまったよ。」


「そんなことないわ。現にカースはあっさり片付けたじゃない。それよりまだ帰れないわ。焼くか埋めるか、それとも回収しないと……」


「あっ、そうだね……僕も動揺してたみたい。もう少し待ってて、収納してくる。」


いかんいかん。基本的なマナーを忘れていた。こんなことではスパラッシュさんに顔向けできない。


多かった……いちいち収納するだけで二十分もかかってしまった。今度こそ帰ろう。


「やっぱりお風呂の前にまず治療院に行こう。ポーションだけでは不安だからさ、しっかり診てもらおう。」


「もうカースったら心配し過ぎよ。さっきのって高級ポーションでしょう? 骨折ですら治るんだから。」


「だめ! 骨が変なふうに繋がってるかも知れない。絶対行くからね!」


「うん……ありがとう……//」





急いで領都に帰った私達は城門で馬車を拾い治療院へ向かう。


精密検査のようなことをやってもらう。僅かな傷すら残らないようじっくり検査、そして治療をしてもらう。いくらかかろうが構うものか!


「肋骨を折ってましたね。骨の位置を直さずポーションを飲ませたでしょ? 少しずれて治ってたわよ。でも修正しておいたわ。次からは気をつけてね。」


「ありがとうございます! 次からは怪我をしないよう腕を上げさせます!」

「ありがとうございます。精進します。」


料金は金貨十枚。安いものだ。ギルドへの納品は明日でいいや。クタナツに帰る前に寄っておこう。


「本当にありがとう。金貨十枚も……」


「もちろんいいよ。でも罰として今日の獲物は全部僕が貰っておくよ。」


「ええ、ぜひ貰っておいて。さあ帰ってお風呂よ!」




自分が死ぬのは嫌だが最愛の女性を目の前で死なせかけるのはもっと嫌だ。肝を冷やすという言葉の意味を実感してしまった……

何かアレクのためにできることは……次回来る時までに考えておこう……


その日の夜。少し長めに風呂に入り、いつもより多めの食事をし、いつもより早く寝た。アレクはいつもより甘えてきたような気がする。

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