第164話

エルネスト君の相談はさておき。


あれから私とアレックスちゃんはクタナツ城壁外でデートをすることが増えた。

もちろん護衛はファロスさんだ。

手を繋いで話しながら歩くだけのお子様デートだ。城壁を一周することもあれば、半周で終わることもある。毎週ではないが、中々楽しいものである。

ちなみにアレックスちゃんは初日の挨拶以来ギルドで仕事をしていないようだ。このようなケースでは一年間何もしなかったら自然に登録抹消となる。が、大きい問題ではない。

再登録に金貨一枚かかるぐらいだ。


「ねえカース、私はあなたを呼び捨てにしてるじゃない? あなたもそうしていいんだからね!」


「なるほど、それはそうだね。よし、アレックスと呼ぶのも芸がないから……『アレク』なんてどうかな? 男の子っぽいけど、それだけに僕だけの特別な呼び名だと思うよ。」


「カースだけの特別……い、いいわよ! アレクと呼んでちょうだい! カースだけなんだから!」


最近の彼女からは昔のようなツンデレっぷりが減った気がする。それはそれで寂しいな。定期的に見たいものだ。


「そう言えばアレッ、いやアレク。僕達のことをご両親には何か伝えた?」


「いえ、何も言ってないわよ。だって私、この前カースに、あ、あんなこと……」


可愛いすぎる。

勢いで私の頬に口付けたことを照れているのか。顔をこんなに真っ赤にしちゃって。


「そっか。僕も言ってないよ。二人だけの秘密だね。」


実際にはファロスさんがバッチリ目撃しているが。


「ふ、二人だけの秘密……」


放心状態だ。

少しファロスさんと話しておこう。


「ファロスさーん、ちょっとお聞きしたいんだけど、アレックスちゃんって一人でギルドの仕事をしてないですよね?」


「ああ、してないと思う。もしやるなら俺が同行するしな。」


「それならよかった。僕はこの前コカトリスを狩ったんですが、そんな所に彼女を連れて行く気はないんです。もし何かやりたいって言い出したらどうします?」


「そこは心を鬼にして新人らしい仕事でもしてもらうかな。」


「あーやっぱりそうなりますか。」


新人らしい仕事とは、誰もが嫌がる雑用だ。

例えば汲み取り。

下水道などあるはずもないので公衆トイレは全て汲み取り式だ。しかしこれはマシな方。

農村では川の上にトイレを作ったり、そもそもトイレがない場合もある。貴族宅のトイレだと汲み取る必要すらないってのに。

排泄物が疫病の一因だと知られているため街ではトイレが完備されている。

ただし平民宅には無い、公衆トイレを利用するのが一般的だ。

そんな汲み取り作業が新人の仕事だ。

もちろん私はやらない。金に困ってないからだ。

魔力庫と魔法を活用すればすぐ終わるだろうがやる気はない。

ファロスさんはその仕事をアレクに勧め、投げ出すことを期待しているのだ。

そうすれば必然的に他の危険な仕事から遠ざけることができるからだ。

肥桶を担いで歩くのは大変だしね。


それ以外だとネズミ退治もある。

ネズミが病気を運んでくることも知られているため十等星に限りネズミ一匹銅貨二枚で買い取ってもらえる。

たった三匹捕まえるだけで昼食代になるのだ。

ゴブリンの魔石が一個で銅貨三枚であることを考えるとかなりの優遇と言えよう。


金に困ってないアレクがやる必要はないだろう。むしろ他の冒険者の食い扶持を減らさぬよう、やるべきではないのでは?


「あっ! ちょっと目を離したらすぐファロスと話すんだから!」


ちょっと目を話した隙にナンパする男よりマシだから勘弁して欲しい。


「おかえり。落ち着いたかな?」


「おかえりって何よ。私はずっとここにいたのに。いつも落ち着いてるわ。」


「ふふっ、そうだね。じゃあデートらしくどこかで紅茶でも飲もうか。」


「たまにはいいこと言うのね。どこかいいお店を知ってるの?」


「二番街のタエ・アンティかな。そこしか知らないけど美味しいよ。少し大回りになるけどね。」


こうして私達は南門へと向かった。

開拓の関係だろうか、普段より混雑している。

しかし私達には関係ない。アレクがいるから並ばずに関係者ゲートをフリーパスだ。

これはアレクサンドル家が名門だからではなく、アレクが騎士長の娘だからだ。

貴族の威光は通じなくても、強者のコネは通じる。これがクタナツクオリティ。

もちろん私一人だと普通に並ぶ。


「そこのガキぃ! 割り込みしてんじゃねー! きっちり並べや!」


粗暴な声で誰かが何か言っている。割り込みはよくないな。きちんと並ばないといけないよな。


こうして私達は昼下がりの紅茶を楽しんだ。

あの店は子供には高過ぎだな。二人で銀貨四枚とは。でもやはり美味しかったからまた行こう。さすが母上お気に入りの店だ。

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