第21話:春の夜の悪夢②

 そんな事情を心得ている紅小路家のふたりは、何くれとなく美羽の力になってくれる。特に、わざわざ西洋まで行って家政の腕を磨いたという伊織は、年頃の女の子がどういうことに興味があるか、もしくは嫌なのかということをよく分かっていて、さり気なく手を貸して助けてくれていた。今みたいに授業から帰って来ると、杏珠の分といっしょにお茶を用意してくれたりもする。上のきょうだいがいない美羽にとっては、身近なお姉さんのような存在なのだった。

 「そうだ。伊織さん、きのうブーツ磨いてくれてましたよね。ありがとう」

 「美羽様の、でございますか? いえ、ここ数日は触っておりませんけれど」

 「えっ?」

 「自分で磨いたのを忘れておるのではないか? ここのところいろいろあったじゃろう。ほれ、いろっいろと」

 「う」

 「……杏珠様。お戯れもほどほどになさいませんと、せっかくお出来になったご友人に嫌われてしまいますよ?」

 「ぐっ、わ、わかっておるわ! ちとからかっただけじゃっ」

 またぞろからかう態勢に入ったお嬢様に、とても深い笑みをたたえた侍女さんが太~い釘を刺す。日々山のようにお世話されているため、実は頭が上がらない杏珠が素直に白旗をあげると、すっかり保護者のひとりとなった伊織はふと思い出した風情で続けた。

 「そういえば……ほかのお嬢様方をお世話されている皆さんと、お話する機会があったのですが。そのとき、似たようなことを聞き及びました」

 ブーツ以外にも、例えば繕おうと思っていたものがいつのまにか綺麗に直されていたりとか。洗った覚えのないものがこざっぱりと清潔になっていたりとか。うっかりなくしてしまったものが、ある日突然控室のテーブルに載っていたりとか――そんなちょっとした不思議現象が、わりあいたくさん報告されていたという。

 話を聞いて、思わず友人と顔を見合わせる。もしかしたらヨサク、もとい小人さんの仕業か? そういえばちょうど足元でごそごそやっていたし。

 「とても助かるのだけど、誰がしてくれているかわからないからお礼のしようもないのが少しだけ困る、と。皆さん恐縮しておいででした」

 「案外、働き者の小人さんでも棲みついておるのではないか? イングローズのおとぎ話にもあったぞ」

 「あ、小人の靴屋さん? 私もあのお話好きだなあ」

 「ふふふ、それは素敵ですね。お礼は何がいいのかしら」

 冗談めかした杏珠のことばに、楽しそうに笑ってくれる伊織だ。

 ――こんなふうに、自分の目に見えないものを『そういうこともあるかもなあ』と受け入れられる人ばかりだったら。

 (桜華みたいに遠い国まで、流れてこなくても良かったのかもしれないな……)

 温かいお茶をいただきながら、ほんの少しだけ切なくなった美羽だった。

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