第20話:春の夜の悪夢①
「――は~、終わった終わった」
妙に疲れたのう、と若干年寄りくさい台詞をこぼして、杏珠がベッドに倒れ込む。その向かい側で自分の寝台に腰かけた美羽が苦笑して口を開いた。
「いろいろあったもんね。特に二時間目」
「おうとも! タマコのやつはとうとう帰ってこなんだし、ヨサクの方も行方不明じゃ。全く余計なことをしおって」
「しょうがないよ。知らなくて横から見てたら、ああいうふうに思っても仕方ないし」
波乱だらけのカルタ大会は、結局終了の鐘が鳴るのとアルベルトが戻るのが同時だったこともあって次回に持ち越し。用意してあった賞品はお手製の焼き菓子だったため、ご厚意によりみんなで頂いたのだが、これがまた素晴らしく美味しくて。授業初日にして、桜組の心と胃袋をがっちり掴んでしまった新任教諭なのだった。
「
「んー、確かにな。焼き菓子の作り方を覚えたいと燃えておったし、あれならもう大丈夫じゃろ」
特に、生まれてはじめて食べたスコーンがよっぽど気に入ったらしい。感動のあまり嫌なことが頭から吹き飛んだようで、放課後に軽やかな足取りで図書室へ向かっていた。良いことだ。
が、杏珠はどうも不満らしい。ベッドに腹這いの体勢でこちらを見上げると、膨れっ面になって言ってくる。
「……美羽よ、お主は何でそんなに落ち着いておるのじゃ」
「はい? なんのこと?」
「だーかーら、先生のことじゃ。今日の授業中に自分で言っておったろう、みんなぼーっとしておると! タマコなんぞ目が覚めるなり『あれぞ理想の王子様ですわ』とかのたまったらしいぞ!?
まあ恋に好敵手は付き物というか、場合によってはいっそう燃え上がったりするかもしれんから一概にピンチとは言えんが」
「その話まだ続いてたのっ!?」
「もちあたぼーじゃ! 逐一観察して応援させてくれ、後学のために!!」
「だから違うんだってばー!!」
実にいい笑顔で親指なんか立てている友人に悲鳴を上げる。まだ解けてなかったのか、あの誤解!
楽しくてしょうがないという笑みを浮かべた杏珠の背後で、ふいにドアの開く音がした。続いて、やや低めの柔らかい声が降ってくる。
「杏珠様、お行儀が悪うございますよ。せっかくお茶をお持ちしましたのに」
「おお、すまんすまん。ご苦労じゃの」
「ちゃんと起き上がってからお飲みになってくださいませね。さ、美羽様もどうぞ」
「ありがとう、
妹を叱るような調子で注意したのは、若草色の小袖に袴という姿の女性だ。歳は二十歳を幾つか過ぎたぐらいで、きちんとお団子に結った髪型が清楚な印象のこの人こそ、杏珠の実家から同行してきたくだんの女中さんである。
寶利学園の寮では、身の回りの世話をする使用人を随行させることが出来る。本来ならば美羽も連れてくる予定だったのだが、長いこと実家で務めてくれているばあやがぎっくり腰になってしまい。ただでさえ人手の少ない実家で、この時期に連れ出すと家の中が回らなくなるだろうからと、自分から断ってひとりで入寮することにしたのだ。
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