第208話 ギルド職員
はぁ……憂鬱。
私の仕事は順風満帆とまではいかないにしろ、安定していたし、それなりにやりがいを感じていた。
だけど、それがこんな事になるなんてね。
国境を越え、それから馬車で進む事、約二週間程。
ようやく目的の街が見えた。
遠目から見てもわかる。明らかに私が過ごしてきた街と比べると田舎だ。
後戻りは……できないよね。
あれだけ、揉めてしまったのだから。私が悪くないにしても。
私はタンザの街でギルドの職員として働いていた。
私があの場所に配属されたときから、黒い噂は聞いていたけど、私には直接関係ないことだったし、気にもならなかった。
だけど、ある日の事。
ギルドマスターが捕まるという事が起きた。
どうやら、タンザの領主と結託をし、攫った少女達を奴隷に落とし、不正なお金を受け取っていたらしい。
裏で何かをやっているとは思っていたけど、そこまでえげつない事をしているとは正直思わなかった。
そして、その事実は瞬く間にタンザだけでなく、他の街へも広がった。
それと同時に、タンザのギルド職員も白い目で見られるようになった。
捜索依頼を出しているのにも関わらず、依頼ボードに貼られるどころか、門前払いの如く、あの職員達は話すら聞いてくれないと。
ギルドマスターだけでなく、タンザのギルドに務める職員全てが悪いのだと。
けど、違うんだよね。
私たち受付嬢は、冒険者と依頼者の繋ぎの役割や冒険者のランクアップ時などの手続きを進める事しか出来ない。
だから、依頼者用の窓口は別にあったんだけどね。どうやらそれがわかっていないみたい。
まぁ、仕方ないけどね。
てな感じで、タンザのギルドの信頼度は地にまで落ちる勢いだった。
そして、更に私達の障害になるようなことが起きた。
新しいギルドマスターが配属されたの。
しかし、その新しいギルドマスターがまた酷かった。
街の人からの信頼を取り戻すべく、街の人にはいい顔をしたがるくせに、私達には酷く当たる。
男性職員は殴る蹴るは当たり前だったし、女性職員には権力を使ってセクハラを行う。
市民からは敵視され、本来なら守ってくれる筈の上司からは圧力。
正直、耐えられなかった。
だから、私は転属をさせて欲しいと本部へと嘆願をした。
だけど、これが新しいギルドマスターが気に食わなかったらしい。
どこから話が伝わったのかはわからないけど、ある日、私は人払いをされた執務室へと呼び出された。
そして、その場で言われた事が……。
「俺の女になれば、地位をあげてやる。だから、これからもここで働け」
だってさ。
だから、当然断ったよ。
当たり前だよね、この人が嫌だから転属を希望したのにさ。
俺の女になれ?
冗談じゃない。
しかし、それを伝えると、今後は無理やり私を犯そうとしてきた。
その為の人払いだったんだろうね。
だから、私は思いっきり蹴り上げてあげたよ。
男の急所をね。
そして、その結果がこれ。
私が手を出した事はギルドでは規律違反にあたる。だけど、ギルドマスターの話が外に漏れるのもマズい。
だから、お互い矛をおさめる事で話は落ち着いた。
勿論、私は本部へと報告したけどね。
それで、本部からの計らいで、ギルドマスターの手の及ばない場所へと転属になった訳だけど……。
「新しいギルドの設立かぁ……」
要は何もない所からギルドを作れって事。
建物はあるみたいだけど、それ以外は何もない。
それでどうしろって言うのだろう?
申請すれば、それに掛かる費用は送ってくれるとは言うけど、何が必要なのかなんて私達が現時点でわかる筈がないし、その手続きも時間が掛かる。
その間、どうしろって言うのだろう。
「はぁ……」
こんな事なら大人しく、我慢してタンザのギルドに務めるべきだったかな。
少し我慢すれば、あのギルドマスターが交替になったかもしれないし……。
何が正解で、何が不正解なのかはわからない。
ただ、一つ目の前の街がどうしようもなく田舎だって事。
「それじゃ、護衛依頼はこれで完了でいいな?」
「はい、ついでとはいえありがとうございました」
気づけば街の中。
護衛した人が去っていく。
そして、取り残されたのは私を含む、数人のギルド職員だけ。
知らぬ土地に取り残された私達。
見渡しても、私達以外に人族は見当たらない。
「私達、大丈夫かな」
「どうだろうね」
道中はなるようになるよとか言っていたのに、ようやく状況を呑み込んだように、不安そうにしている。
もう、遅いってば。
なるようになる。それしかないよ。
「お待たせしました。ギルド職員の方々でお間違いありませんね?」
「はい、間違いありません」
街の入り口でも提示したギルド職員である証を獣人の兵士に見せる。
「すみません。私は冒険者ではありませんのでわかりません」
「それは失礼しました」
そして、ギルド職員の証も通用しない。
いや、別に偉い訳ではないけど、私達の身分証だからね。これで通じないとなると身分を証明するのは面倒になる。
「では、領主様がお待ちです。こちらに」
幸いな事に、この街の領主は人族らしい。
それもまたおかしな話だけどね。
獣人の国で人族の領主なんて聞いた事がない。
それなのに街の中はとても穏やかだ。
ここに住む獣人は気にしていないのだろうか?
兵士に続き、領主の館を目指す。
すると、その途中で人だかりが出来ている事に気付いた。
「あの列は何ですか?」
よく見ると、列の最後尾には私達を護衛してくれた冒険者の姿も見える。
何か出し物でもしているのかな?
「あれは、診療所兼薬屋ですよ」
「診療所と薬屋?」
それだけ何処かが悪い人が多いのかな。
けど、その割には明るく賑わっているようにもみえる。
「それが目的ですからね」
「目的ですか?」
「はい、みんなお話したいのですよ、黒天狐様と」
「黒天狐……」
ようは黒髪の狐。
忌み子と呼ばれた存在。
そんな人が人気?
どういう事だろう。
「すみません。少し寄ってもよろしいですか?」
「はい。あまり遅くならないのであれば」
私だけでなく、他の職員も気になったようで、一緒になって列の最後尾に並んだ。
「なんだ、あんた達も会いに来たのか?」
先ほど分かれたばかりの冒険者の後ろに並ぶと、冒険者たちは私達に気付いたみたい。
「会いに? どういう事ですか?」
「なんだ、知らないで並んでるのかよ」
どうやら、この冒険者たちと黒天狐と呼ばれた人は知り合いみたい。
まぁ、Aランクもの冒険者ともなれば、あらゆる所に繋がりがあるだろうし、不思議ではない。
「てっきり、ギルド職員だから知っているのかと思ったわ」
「仕方ない。普段は隠してたから」
「だな! 俺たちは運が良かっただけだからな」
「確かにな。ま、タンザから来たんだろ? もしかしたら知ってるかもしれないな」
私達が働いていた街と繋がりがあった?
だけど、あの街に来る冒険者なんて星の数ほどいる。
その全てを覚えている自信は正直ない。
それこそ、目立った特徴や、強く残った印象がない限りは……。
「あ、あれ!? なんで、ユージンさん達がいるのですか?」
気づけば列は進み、冒険者達の番へとなっていた。
「久しぶりだな嬢ちゃん」
黒天狐と冒険者が親し気に話している。
だけど、その声には少し覚えがあった。
一体、どんな顔をしているんだろう。
私もまだまだ若いみたい。
好奇心が抑えられず、冒険者の間から忌み子と呼ばれる存在を覗き見る。
そして、その存在とばっちり目が合ってしまった。
「あ、……確かー……ミノリさんでしたよね? えっと、もしかしてこの街のギルド職員になる人ってミノリさん達ですか?」
どうやら、この小さな子は私を知っているらしい。
かくいう私は……。
「えっと、誰?」
覚えがなかった。
けど、知っているような気もする……。
一体、タンザの何処で出会ったんだろう。
私の名前を知っているくらいだし、もしかしたら喋った事があるのかもしれない。
私は目の前の子が誰なのか、記憶を辿り、思い当たりそうな節を照らし合わせるのだった。
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