第146話 決意

 「スノーさん、あの集団だよね?」

 「うん。あの甲冑……間違いない」


 ユアン達と別行動を開始し、真っすぐエメリア様の元へと馬を走らせると、私と同じ色の甲冑の集団が見えてきた。


 「大丈夫かな?」

 「うん、大丈夫だと、思うよ」


 そこばかりは、わからない。

 エメリア様が私の事をなんて説明したか……それ次第で私の立場は変わる。

 まぁ、どちらにしても構わないのだけど。

 何せ、こんな状況でありながら、エメリア様の元に向かいたいと言ったのには理由がある。

 今だからこそ、伝えておかなければならない事があるのだから。

 

 「止まれ!……えっ、スノー副隊長!?」

 「久しぶりだな、元気だったか?」

 「あっ、はい……では、なく! 何の御用ですか!」


 私が近づくと、私達を止める為に騎士達が行く手を阻むように私に剣を構えた。

 私の姿を見て、一度は剣を下ろしかけたが、直ぐに構えなおした事を考えると、十分に説明されてないように思える。


 「エメリア様に会いに来た。通してくれ」

 「それは出来ません。我々を……エメリア様の名を落とすような真似をした、裏切り者ですから……」


 そういう話になっているのか……。

 ちょっと悲しくなるね。


 「それは、誤解だ」

 「誤解とかそういう話ではありません。事実かどうかが問題です」


 事実かどうか、か。


 「だが、真実は違う。そこは間違えるな。よく考えよ、私がとある問題を起こした。そして、国外追放処分を受けた……それで、全てが収まると思うか? なぜ、処分が私だけなのか、エメリア様が何故処分を受けないのか、変に思わないのか?」


 当たり前の話、部下が不祥事を起こせば、監督責任が発生する。

 それなのに、エメリア様に何らかの処分が下ったという話は聞いていない。

 もし、何らかの処分が下っているとするならば、和平派の重鎮であられるローゼ様から情報が届く筈だし。


 「それは……」

 「まぁ、いい。隊長はいるか?」

 「…………お答えできません」

 「そうか」


 まだ、迷っている感じがするね。

 私の事を信じたい、だけど、立場としては受け入れる事は出来ない。

 それにしても、困ったかな。

 ユアン達に早く合流したいし、ここで足止めをされるのは時間の無駄だし。

 いっその事、無理にでもエメリア様の所まで向かうか、早々に諦めるか……。

 だけど、そんな心配はいらなかったね。


 「何の騒ぎだ」

 「隊長!」


 そう、部下に何かあれば直ぐに駆け付けてくれるのが私が尊敬をした隊長。


 「御無沙汰しております。スノー・クオーネ、ただ今お戻りしました」

 「久しぶりだな。よく、無事に戻った」


 動きやすさを重視した、短くカットされた金髪、騎士でありながら漂う品格、身近でありながら遠い存在。

 実は私は隊長の相手が少し苦手だったりする。仲が悪い、という訳ではないのだけど、色々謎が多い人でもあるからね。


 「はっ! 隊長もお変わりないようで」

 「色々あったけどな、スノーに比べれば大した事はないだろうが……まぁ、ここで話も何だ、エメリア様の所に案内をしよう、ついてきてくれ」


 ふぅ……隊長の登場でどうにかなりそう。


 「スノーさん……私もいいのかな?」

 「うん、ダメなら隊長が止めていると思うし、キアラもエメリア様と会った事あるし、問題ないと思うよ」


 それに、私だけでなく、キアラからも説明があった方が状況を明確にできる筈。

 私達は、エレン隊長に引き連れられ、エメリア様の天幕へと向かう。

 その途中、やはりというか、当たり前というか……私達は注目を浴びる事になった。

 

 「スノーさん……」

 「大丈夫、何もされないよ」


 もし、何かされる事になっても、私がキアラを守るし。

 

 「入れ」

 「はっ! 失礼致します」

 

 先にエレン隊長が天幕の中へと入り、その後に私達も続く。

 天幕を護衛する、顔なじみの仲間に軽く挨拶をすると、ぎこちないながらも挨拶を返してくれた。

 喜んでいいのか、そうでないのかわからないね。その態度にかつて共に高めあい、語り合った関係に距離が空いてしまった気がする。


 「スノー、ご苦労でした。それに、弓月の刻、キアラルカも良くやってくれました。活躍は私の耳にも届いています」

 「はっ! 勿体ないお言葉、感謝致します」

 「あ、ありがとうございます」


 相変わらず美しい姿の私の主が天幕の中で座っていた。

 しかし、少し痩せた気がする。そして、何処か迷っているようでもある。

 私とキアラは、エメリア様の前に跪き、次の言葉を待った。


 「顔をあげてください」

 

 エメリア様の言葉に私とキアラは顔をあげる。アリア様の時とは違い、形式に沿った謁見とは違うからね。


 「エメリア様、少し、お痩せになられましたか?」

 「えぇ、少しだけ。ですが、問題はないので気にしなくて平気ですよ」

 「それは、何よりです」

 「逆にスノーは少し太ったな?」

 「エレン隊長、そんな事はありませんよ」

 「そうであるか? 以前に比べ、甲冑が少し窮屈そうであるぞ」


 失礼な……私だって気を遣っているつもりなんだけど。

 ユアン達もそうだけど、まさかエレン隊長にまで言われるとは思わなかった。


 「私の事はさておき、エメリア様はこれからどうなさるつもりですか? それと、ルード軍の状況……どうなっているのでしょうか?」


 時間が惜しいので失礼とわかりながら、単刀直入に聞く。

 

 「スノー、エメリア様へのその態度、不敬であるぞ」」

 「申し訳ございません」


 不敬だとはわかっている。

 しかし、ユアンとシアがこの間も前線で戦っている。正直な所、早く合流をしたい。


 「エレン、結構です。それにしても、スノー、少し変わりましたね?」

 「そんな事は……」


 体型は変わってないのに……エメリア様までそんな事を……。


 「ふふっ、違いますよ。以前に比べ、表情が柔らかくなったという意味です」

 

 良かった、そっちの意味だったか。

 けど、そうかな? 自分ではわからない事なのかもしれないね。


 「確かに以前は常に余裕がないように見えたが、今は常に心に余裕があるように見える。そして、剣の腕……だけではないな、色々と成長したみたいだな」

 「ありがとうございます」


 エレン隊長は相手の力量を見極める力はずば抜けている。

 そんな隊長に褒められると、素直に嬉しいよね。けど、そんな事よりも、話を先に進めないと……。


 「わかっていますよ、状況ですね」

 「はい、急かすようで申し訳ありません」

 「構いません。ですが、正直な所あまりお話出来る事がないのが現状です」

 「そうなのですか?」


 エメリア様の綺麗なお顔が困った顔をしている。


 「はい、スノーに手紙を預けましたが、内容の方が聞きましたか?」

 「はい、狐王、アリア様より伺っております」

 

 エメリア様が戦争になった時、オルスティア皇子に反旗を翻し、アルティカ共和国に協力するという内容。

 最初に聞いた時はまさかと思ったけど、エメリア様達の様子からすると、本当にその内容だったみたい。


 「その為に、私達はその準備をしてきました。ですが、蓋を開けてみればこの状況……兄上は魔物の大軍を相手をしています」

 「流石にこれは想定外という訳だ」


 直前まで私達もルード軍と争う事を想定していたし、混乱するのは無理はないよね。


 「そして、悩んでしまっているのです。本当に戦うべきは兄上ではなく、他の相手なのかと」

 

 今の状況だけを見れば、オルスティア皇子がやっている事は国を……ルードとアルティカ共和国を守る行動ではあるね。


 「だが、これが偶然だとしたら、オルスティア殿下を止める為に私達は抑止力にならなくてはならない」


 何かのきっかけでオルスティア皇子が魔物の存在に気付き、そっちの迎撃を優先しただけって可能性もあるもんね。


 「という事は……」

 「私達は暫く、様子を見る事しか出来ないのです」

 「私達が動き、魔物たちと共に排除、または捨て駒に扱われる可能性もあるからな。最前線の者達のようにな」


 大盾部隊の前の人達はオルスティア皇子にとって不要な人達だったって事みたいだね。


 「わかりました。では、エメリア様達は暫くはこの場から動かない、という事ですね?」

 「そうなります」


 となると、エメリア様達は暫くは安全という事になるかな。


 「スノーはどうするのだ? 私達と共にこの場に残り、戦況を見守るか?」


 そんな事は決まっている。


 「いえ、私とキアラは前線に向かいます。ユアンとリンシアが二人で前線で戦っていますので」

 「そうですか……私達が止める事はできません、よね」

 「そうだな……今回の件、すまなかった」


 今回の件? あぁ、国外追放の事かな。


 「いえ、お陰で私も成長する事ができました。そして、大事な人も出来ましたから」


 私まで国外追放となったのは最初は驚き、落ち込んだ。

 だけど、それが全て悪い事だったとは思わない。むしろ、私の人生が変わった事でもあった。


 「そうか……キアラルカ殿」

 「は、はい!」

 「スノーを頼む」

 「お、お任せください!」


 ふふっ、突然話を振られたキアラが困っている。

 驚きのあまり、エルフ特有の尖った耳がぴくぴくとして、可愛い奴め。


 「そうですか……スノーもそっちの道へと走るとは思いませんでしたが……何となくスノーが変わった事に納得がいきました」

 「本来ならばエメリア様を第一にお守りする事が私の使命ですが、申し訳ございません」


 今、エメリア様とキアラに危機が迫った時、どちらかしか助けられないとなった時、以前ならば迷わずにエメリア様と答えた自信がある。

 だけど、今は……。


 「いいのですよ。スノーの決意も聞けました……スノーよろしいのですか?」

 「……迷いはあります。本当にこれでいいのかが、家族の事もありますし」

 「その心配はありません。これで最後という訳ではありませんし、スノーの家族、クオーネ家への便宜は必ず図りますから」


 そう言って頂けると、すごく嬉しいかな。

 一番の心残りがそこだったから。


 「え、最後? どういう事ですか?」


 キアラが私とエメリア様の顔を交互に見て、困惑している。

 騎士の事を知らないし無理もないか。

 だけど、ごめんね。今は説明している暇、というか流石に最後の最後でエメリア様に失礼な態度は取れない。


 「エメリア様、お世話になりました」

 「よく、私に尽くしてくれました。感謝致します」

 「気が変わったらいつでも戻って来い。席は置いておこう」

 「はい、その時はお願いします」

 「え? え?」


 状況が呑みこめず、キアラが可愛い声を出している。

 そんな中で、私はエメリア様の前に再び跪く。


 「今日を持ちまして、わたくし、スノー・クオーネはエメリア様の騎士団を退任し、冒険者、スノーとして活躍を誓います」

 「その言葉、確かに受け取りました。冒険者、スノーとしての活躍、私の耳に届く日を楽しみにしています」

 「よく、頑張ったな。ご苦労であった」


 返納の義。

 エメリア様に頂いた剣をエメリア様にお返しする。

 本来ならば、引退で騎士団を退任する騎士が行う儀式。

 今日、この時をもって、私の騎士という立場は終わる。冒険者として生きる事を実は前から決めていた。

 理由は簡単。

 騎士とは使える主を一番に考えなければならない。しかし、その一番が私の中で変わってしまった。

 私の隣で混乱する、年上の少女。

 私はこの子を守りたい。そう願ってしまった。

 そして、私が騎士として初めて頂いた剣、長年愛用した一本の剣をエメリア様が受け取る。

 これにて、儀式は終わり。

 騎士の引退とあらば、本来ならば形式に沿い、華やかに執り行われるものだけど、この状況ではありえない。


 「ふふっ、少し妬けますね」

 「そうだな。スノー、幸せになれよ」

 「はい、必ず。お二人もお元気で、何か助けが必要とあれば、我ら弓月の刻をお便りください。必ずや手助けとなることを誓います」


 その後、私達は少しだけ言葉を交わした。

 他愛もない、だけど、今まで騎士として過ごした時間を懐かしみ、暖かみのある話を。


 「キアラ、いくよ」

 「うん……ですが、説明して欲しいです。さっきのはどういう事なの?」

 「うん? ただ、私が騎士を正式に辞め、弓月の刻の一員として生きる、決意表明だよ」

 「えぇ!? 何で、そんな大事な事、先にいってくれないの!」

 「大事な事、だからだよ」


 正直な所、私のキアラの関係はまだ曖昧だからね。

 だからこそ、しっかりと伝える為の地盤を作っておきたかった。


 「後で、しっかりと説明してね?」

 「うん。必ずするよ、少しだけ待ってね」

 「うん、わかった」


 キアラが頷いてくれる。

 ふふっ、しっかりと伝えた時、キアラがどんな反応するのかが楽しみだ。

 でも、まずは生き残らないと意味がない。

 みんなで今後も楽しむために。

 その為には、まずは合流をしないと……。

 

 「シアから連絡は、まだか」

 「私が確認してきます……キティ!」

 「直ぐに配下を飛ばします」


 キティが小型の鳥を飛ばす。

 あれも一応、魔物なんだよね。

 とりあえず、これでシアも気付くかな。


 「スノーさん」

 「どうしたの?」

 「ううん、これからもよろしくお願いしますね?」

 「うん、こちらこそ」


 キアラの頭をそっと撫でる。

 触り心地の良い、さらりとした髪が指の間を通り抜ける。

 暫くすると、シアから連絡が届いた。

 そして、直ぐに案内がくるとの事らしい。

 さて、今後の為に私も頑張ろう。

 まずは、ユアンとシアに今の事を伝えて、正式に弓月の刻のメンバーとして、初めての依頼……になるのかな? 一応、アリア様の依頼としてね。

 それを果たす為に、私とキアラは遠くで起こる激しい戦いへの時を、二人で静かに待ったのだった。

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