第92話 ユアンとシアが過ごす夜
悔しい。
最後まで戦えなかった。
嬉しい。
愛しき主が、私の為に怒ってくれた。
悔しい。
その姿を見届ける事が出来なかった。
嬉しい。
主が、私の為に涙を流してくれている。
悔しい。
涙を流させてしまった。
愛おしい。
主と共に過ごすこの時が。
僕は家へと戻ってきました。
本陣に戻り、シアさんを探しましたがどこにも姿が見当たらないので、契約で繋がったシアさんを探ると、家にいるとわかったからです。
まだ、魔物の襲撃により混乱は続き、警戒態勢は続いているのにも関わらず、シアさんは家に戻ってきていたのです。
ちょっと、不用心ですよね。
いつでも僕たちが援護に向かえると考えれば家で休む事は都合がいいですけどね。
「今日は、キアラと一緒に休むからユアンはシアと一緒にいてあげて」
「いいのですか?」
「はい、シアさんの事ですから、ユアンさんと一緒に居る方がいいと思う」
「そうですか?それなら、お言葉に甘えますけど」
シアさんの性格ですから、怪我を負い、一人下がった事を気にしているかもしれないですので、二人の気遣いは有難いです。
僕ですか?
何となくですけど、撲となら大丈夫な気がします。ちょっと、自意識過剰かもしれませんけど。
「では、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
「また明日です」
スノーさんとキアラちゃんが部屋に入るのを見届け、僕はシアさんが居る部屋に入ります。
「シアさん、起きてますか?」
ノックをせずに静かに扉を開け、静かに声をかけます。シアさんが眠っているのに起こしてしまうのは申し訳ないですからね。
「だいじょうぶ」
部屋の中を覗くと、シアさんは起き上がろうとベッドに腰をかけていました。
月明りに照らされた表情は青白くみえ、まだ本調子ではないと一目でわかります。
ですが、僕の姿を見ると、嬉しそうに、安心したように口元を緩ませました。
そして、改めてシアさんが生きている、此処にいる事を実感した僕は、考えるよりも早く行動していました。
「シアさん!」
気付けば、ベッドから立ち上がろうとしたシアさんに抱き着いていました。
シアさんの事を考えれば、ゆっくり休ませてあげるべきだと思っても、抑える事ができませんでした。
シアさんは勢いよく抱き着いた僕を受け止めてくれました。
しかし、やはり本調子ではなかったようで、受け止めきれず、僕を抱え、ベッドに倒れこみます。
「ユアン、お帰り」
「シアさん、シアさん……」
「大丈夫?」
シアさんは僕を心配して頭を撫でてくれました。
これでは、立場が逆です。
「僕の心配じゃなくて、自分の心配してください!」
「うん。だけど、ユアンが泣いてるから放っておけない」
「だって、だってぇ……」
だって、心配するのは当たり前です。
あれだけボロボロだったのですから!
「はい、いい子いい子」
「もぉ……本当に心配したのですからね」
「うん、ありがとう」
シアさんに撫でてもらい、シアさんの声を聞き、シアさんの温もりを感じ、ようやく僕も落ち着きます。
「やっと、落ち着いた」
「最初から落ち着いてましたよ」
「ユアン泣き虫」
「シアさんが悪いのですよ!」
別に泣くのが悪い訳ではないですし。
僕だって、嬉しくて泣くこともありますし、哀しくて、心配すれば涙は出ます。
それなのに、今回はシアさんも悪いですからね、泣き虫と言われると悔しいです。
「ゆあん、いふぁい」
僕はシアさんの両頬を掴み、横に引っ張ります。
「無茶しないって約束しましたよね?」
「ふぁい」
「頑張った事は知っていますが、限度があります」
「ふぁい」
「僕が同じことしたら怒りますよね」
「おこる」
「だから、ちゃんと反省してくださいね!」
「ふぁい」
シアさんが頷いたので、僕は頬を引っ張るのをやめてあげます。
「いたかった」
「お仕置きですから」
「私、怪我人」
「それと、これは別です」
とりあえず、身体には異常はなさそうですし、受け答えもしっかりしています。
「優しくしてくれてもいいのに」
「はい、お仕置きは終わりましたからね、ちゃんと看病しますよ」
悪い事をした時は怒ります。当然です。
ですが、お仕置きはしましたからね、シアさんにはちゃんと休んで貰いたいので看病するつもりです。
「病気じゃない」
「同じようなものですよ」
ベッド横になってください。
と寝かしつけようとすると、シアさんが僕を持ち上げ、ベッドに座らせ立ち上がりました。
「シアさん、寝ていなければダメですよ」
「うん、寝るから平気。その前に……」
そして、部屋から出ていこうとしました。なので、僕はそれを阻止しなければいけません!
シアさんの腕を掴み、引き留めます。
「ダメです!」
「お願い」
「ダメですよ、何処に行くつもりなんですか!」
シアさんは少し困った顔をしました。
この状況で、無暗に出歩く必要がないですからね。
「ちょっと、用事……」
「用事なら明日でもいいですよね?」
「…………漏っちゃう」
「ふぇ?」
「トイレ、行きたい……だめ?」
あ、あぁ……トイレでしたか。てっきり外に出ようとしているのかと思いました。
「何か、すみません」
「平気」
向かう場所もわかったので僕は掴んでいる腕を離します。
「直ぐに戻るから、部屋で待ってるといい」
「いえ、途中で倒れたりしたら大変ですからついていきますよ」
「……わかった」
血を流し、毒で体力が奪われています。急に急に体調が悪くなる可能性は十分にありますからね。その時に、近くに僕がいれば支える事が出来ると思います。
「シアさん」
「……大丈夫」
トイレに入っているシアさんから返事が返ってきます。
扉で遮られていますからね、せめて声で安否確認をさせてもらいます。
「シアさん、大丈夫ですか」
「へ、へいき」
「本当にですか?声がちょっと変です」
「大丈夫」
「身体に異変があったら直ぐに言ってくださいね?」
「う、うん」
「本当にー」
「大丈夫!」
その言葉を証明するように、水を流す音が聞こえ、トイレからシアさんが出てきます。
「大丈夫ですか?」
「問題ない」
「良かったです。では、部屋に戻りますよ」
「うん…………ユアン、変態」
「何か言いました?」
「きのせい」
心なしか、顔が紅い気がしますが大丈夫でしょうか?
青白いよりは生気を感じられるのでいいですけど、心配です。
「はい、シアさん横になってください」
「うん」
「お布団かけますよー」
「うん」
シアさんが僕の言う事を聞いて、素直にベッドに横になります。
「じゃ、寝ますよ」
僕もシアさんのベッドに潜り込みます。
流石に僕も疲れましたので、眠いですからね。
「一緒に寝るの?」
「はい、お邪魔ですか?」
「そんな事ない、嬉しい」
「僕もですよ」
別々に寝た方がシアさんもしっかりと休めると思います。
ですが、心配です……嘘です。
僕が、ちょっと一緒に寝たかっただけです。今日は一緒にいたい気分です。
「シアさん、ぎゅーってしてほしいです」
「うん」
いつもより弱い力ですが、僕をぎゅーってしてくれます。
シアさんから伝わる温もり、安心できる匂いが僕を包んでくれます。
「ユアン、匂い嗅いでる」
「シアさんの匂いがいっぱいですね」
シアさんは着替えはしたものの、そのままベッドに横になったみたいで、汗、血、土の匂いがまだ濃く残っています。
ですが、嫌な匂いではありません。
今日一日シアさんが頑張った証でもありますからね。
「ユアン」
「はい?」
「あの後、どうなった?」
「僕が、肉団子を捕まえて、シアさんの分をお返ししましたよ」
「ありがとう」
「当然ですよ」
その後に、操られた冒険者が現れた事、ローゼさんが精霊を召喚してそれを倒した事も伝えておきます。
「そう」
「良い所もってかれてしまいましたね」
「うん」
「悔しいですね」
「悔しい」
僕たちだけで解決できるとは思いませんが、もっとやれた事はあったかもしれません。
「上には上がいるって事ですね」
「うん」
僕の補助魔法とシアさんが組み合わせれば、それなりに戦えると思っていました。
そこに、スノーさんとキアラちゃんが加わり、弓月の刻は強いと思っていました。
ですが、違いました。
僕たちはまだまだです。
「シアさん、僕は補助魔法をもっと頑張ります」
「うん」
「だから、もっと、強くなりましょう」
「うん、もっと強くなる」
「こんな事が二度と起こらないように頑張ります」
「私も、頑張る」
「だから、今は休みましょう」
「うん、休むのも冒険者」
「はい、朝まで一緒にいてください」
「ううん、ずっと一緒にいる」
慰めあいではありません。
僕たちはより強くなるため、より成長するために今は眠ります。
今回の出来事は、僕たちが進む旅に大きく関係するような気がしました。
きっと、困難はこれから先も……。
先に眠りについたシアさんの寝顔を眺めながら、強くなることを誓った夜の事でした。
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