第91話 弓月の刻、精霊魔法を目にする
「後は儂に任せるがよい」
スノーさんとキアラちゃんとで、向かってくる操られた冒険者をどうにかしようと思っていると、ローゼさん達が現れました。
そして、ローゼさんが魔力の籠った杖をとりだしたのです。
「いつ振りかの、こうやって戦うのは…………我が血に応えよ!」
ローゼさんが、掲げた杖を地面に突き刺しました。
刺さった場所から、魔法陣が展開されるのがわかります。
とても、濃く、力強い魔力が周囲を包み、魔法陣から人影が浮かび上がりました。
「久しいのぉ」
「そうね。で、どうしたの。私を呼んで」
ローゼさんと召喚?された人が会話を始めました。
それを驚いた表情で、キアラちゃんが見ています。そして、驚きの一言を零します。
「精霊……魔法……」
「あれが、ですか?」
驚きです!
精霊魔法の知識は僕にはありません。
物心がついた頃には既に魔法の知識はありましたが、精霊魔法の知識はなかったのです。
「なんで、精霊魔法はエルフ固有の筈じゃ……」
固有魔法とは、種族限定で使う事が出来ると言われている魔法をさします。
キアラちゃんが言うように、精霊魔法はエルフ固有の魔法と言われ、精霊の力を借り、魔法を操るのです。僕が持っている知識は魔素を使った魔法など一般的な魔法の知識ばかりです。聖魔法など、少し特殊な魔法を知っていたりはしますけどね。
「すまぬが手を貸してくれ、ちっとばかりピンチじゃ」
「いやよ」
「相変わらず、ケチじゃのぉ」
操っている……のでしょうか?
ローゼさんは速攻で精霊に断られてしまいました。
「ケチじゃないわよ。私がどれだけ待ったかわかってる?」
「そうじゃったか?」
「そうよ、最後に呼び出したのは……はぁ、数えるだけ虚しくなるからいい」
どうやら古い付き合いではあるみたいですね。
精霊さんは深緑の長髪を垂らし、宙に浮かびながら腕を組み、膨れた表情でローゼさんを睨みつけます。
「まぁ、儂が悪かったわい」
「本当に反省してる?」
「しとるしとる。だから、手を貸してくれ」
「わかった。だけど、条件がある」
「……聞こうかの?」
どうやら条件付きで助けてくれるようですね。精霊さんから条件の提示、僕は固唾を見守ります。
「今日の夜は私に付き合って」
「よかろう」
あれ、意外と軽い条件ですね。
いえ、もしかしたら軽く聞こえて、内容は重いかもしれませんけど。
「それだけじゃないわ」
「まだあるのかの?」
「えぇ、二つ目はその口調やめてよ」
「わかったわ。これでいい?」
「うん!」
精霊さんが嬉しそうに頷きました。
二つ目の内容も軽いですね。いえ、これにも裏があるのかもしれませんね。
「それと……」
「相変わらず欲張りね」
「仕方ないでしょ!」
「まぁね。それで?」
「あ、うん。元の姿に戻ってくれたら、いいよ?」
「そんな事か。仕方ないわね」
なっ!
精霊さんとローゼさんのやりとりを見守っていると、ローゼさんの体にヒビが走り、パラパラと身体の表面が崩れていきます。
「この姿も久しぶりね」
「あぁ、ローゼ、久しぶり」
精霊さんがローゼさんの胸に飛び込みます。
「ほんとごめんね。私も忙しくて」
「知ってる、見てたから知ってるよ」
ローゼさんが精霊さんの頭を撫でます。
それよりも……ローゼさんが一気に若返りました!
娘のロールさんと姉妹と言ってもわからない程です!
「それじゃ、頼める?」
「うん、久しぶりに一緒に戦おう」
「といっても、この程度の相手だ」
「私達にかかれば」
「「敵じゃない」」
二人が手を繋ぎ、魔力が溢れだします。零れるようにトレンティアに魔力が広がっていく感じです。
「ローラ、よく見ておきなさい」
「はい、お母さま!」
「これが我が一族の力。ローラの人生は貴女が決める事になる。この力を継ぐも継がないもローラが決めるのよ」
「わかりました!」
ローラちゃんが真剣にローゼさん達の事を見ています。
森が震え、湖が波立ち、地響きが起きます。
「調子は?」
「ローゼと一緒だし、最高よ」
「そうか、では一瞬で終わらせようか」
「うん、早くローゼと過ごしたいからね」
「本当にお前は仕方ないわね」
「仕方ないじゃない」
「仕方ないな」
二人が見つめあい、笑みが零れます。
「いくぞ」
「いくよ」
「「
月明りの夜空が闇に染まりました。
いえ、何かが森から伸びた何かが夜空を覆ったのです。
「あれは、蔓?」
「みたい、ですね」
何百、何千、最早数え切れぬ数の蔦が夜空を覆い隠したのです。
そして、それが操られた冒険者へ……降り注ぎます。
蔓が槍となり槍の雨が降り注ぎます。
一瞬で終わらせる。
ローゼさん達の言葉通りになりました。
「終わりだね」
「終わりだね」
気づけば月明りが辺りを照らしていました。
さっきまでいたはずの操られた冒険者の姿はそこにはありません。
「ユアンさん、あの攻撃、防げますか?」
「無理だと、思います」
単発の火力なら防げたと思いますが、あの量は無理です。
補助魔法には自信がありましたが、上には上がいると思い知りました。
「それじゃ、私はローゼの家で待ってるから!」
「お手柔らかに。私も直ぐに迎えるように努力する」
「待ってるからね!」
精霊さんの姿が消え、静寂が訪れます。
一瞬の夢のような出来事に皆、言葉を失ったようです。
ですが、何処にでも空気の読めない人はいるものです……人と言っていいかわかりませんけど。
「馬鹿な……ばかな……」
未だ、僕の闇魔法で拘束されたままの肉団子が事実を受け入れる事ができず、言葉に詰まっています。
「さて、残るはお主一人だけじゃのぉ、タンザの領主よ?いや、元じゃったな」
タンザの領主と言いましたか!?
という事は、あの肉団子はあのオーク似の?
あ、でも。どちらにしても魔物みたいな見てくれですのでそこまで驚くことでもないような気がしてきました。
というよりも、ローゼさんの方が気になって肉団子の事はすっかり忘れていましたし。
「お前は、何者だ……」
「お主に教える義理はないのぉ。それより、これからの事、わかっておるか?」
「何を、するつもりだ……」
「可愛い孫もおるし、ここでは言えんのぉ」
ローゼさんが杖を肉団子に向けると、肉団子を拘束するように蔓が伸びます。
「ユアンの魔法と儂の魔法から逃げれる自信があるのなら試してみるがよい。ただし、私の魔法はユアンほど優しくないからの、精々気を付けい」
「ぐ、げげ」
首元に巻き付いた蔓が締まったようで、苦しそうな声を肉団子があげます。
「ほら、自分の足で歩け!」
「むぐぐ!」
完全に捕縛された肉団子が冒険者に連れられて行きます。もちろん、口から何か出せない様に、口の中にローゼさんが蔓を丸めたものを詰め込み、安全も図られています。
「えっと、ローゼさん……」
「ふぉっふぉっふぉ、ユアンご苦労じゃったの」
「いえ、それよりも……」
聞きたいことが山ほどあります。ですが、どれから聞いていいか、聞いても良いのかわかりませんでした。
「わかっておる。じゃが、先にこの戦いを終わらせねばならぬ」
「まだ、何かあるのですか?」
終わらせる。つまりはまだ先があるという事ですからね。
「違うわい。勝ち
「あ、ではお願いします」
「儂がやっても良いが、今回の立役者は弓月の刻じゃ、お主らがあげよ」
「そ、そうですか。わかりました」
若返ったローゼさんに押され、僕たちが勝ち鬨をあげる事になりました。
「では、スノーさんお願いしますね」
「え、私!?」
「はい、役割分担です。今回、スノーさんはあまり戦っていませんでしたからね」
「えっと、指揮官みたいな役割で頑張ったんだけど」
「なら、最後まで指揮官としての役割をお願いしますね」
ふふん、自ら墓穴を掘りましたね!
スノーさんはしまったという顔をしましたが、時すでに遅しです!
「仕方ないわね……聞け、冒険者達よ!」
いきなり大きな声を出し、驚いた冒険者達がスノーさんを注目します。
「見ての通り、魔物の軍勢を我らは打倒した!ここに宣言する、この戦い、我々の勝利だ!!!」
スノーさんが拳を天に掲げます。
「「「おぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
流石、騎士団の副隊長です。慣れてますね!
スノーさんに釣られ、冒険者が騒ぎ出しました。怪我人も怪我した事を忘れたように、騒いでいます。
僕はそれに便乗し、さりげなくですが。
「
を怪我した冒険者にかけておきます。これで、この後に後遺症が残る冒険者はいないと思います。
「うむ、本当によくやってくれたの」
騒ぐ冒険者を眺め、ローゼさんが呟きます。
「それで、ローゼさん」
「うむ、わかっておる。必ず説明はする、じゃが今は休む事が先決じゃ、違うかの?」
「そうですね」
傷は癒せても戦いで疲弊しているのは間違いありません。
僕も、いつも以上に補助魔法を使い、しかも闇魔法まで使ってしまいましたし、何よりもスタッフを振り続けたので凄く疲れました。
「後は儂に任せ、ユアン達は先に休むがよい」
「騎士たちの方は?」
「問題ない。あちらも無事に終わったようじゃ」
対岸をみると騎士たちが下がり始めているのがわかります。
撤退している様子ではないですね。
「そうですか」
「うむ、ちゃんと確認はしとるから安心せい。街に残った騎士も既に呼んだ、警戒も気にする必要はないからすぐに休め」
「ありがとうございます」
仕事が早いですね。
けど、一体誰が街の騎士に伝えたんでしょうか?それに、対岸で戦っていた騎士の様子をどうやって……。
考えようとしますが、疲れて考えがまとまりません。
それだけ疲れているのかもしれません。
後日、ローゼさんが僕たちに使いの人を出してくれるという事で、僕たちは先に休ませてもらう事になりました。
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