第84話 弓月の刻、作戦会議に向かう

 「ユアン、起きる」


 体を揺さぶられます。

 

 「ユアンさん、起きてください」

 「もうちょっと……」


 折角のお昼寝です、もうちょっとだけ……。


 「ユアン、フィオナとカリーナが来ているよ」

 「ふぇ!?」


 あれ、もしかして完全に寝ていました?

 身を起こし、辺りを見渡すとフィオナさんとカリーナさんが困った様子でありながら、笑って僕が起きるのを待っていました。


 「す、すみません」


 これから作戦会議があり、僕たちを呼びに来てくれたのに醜態を晒してしまいました。

 申し訳なくなり、頭を下げるも。


 「大丈夫です。お陰でちょっと気が楽になりましたから」


 と、フィオナさんがフォローをしてくれます。


 「ですね。これからどうなるのかと心配していましたが、迎えに来れば二人は釣りをしているし、一人はお菓子を食べてるし、一人は寝ているしで、心配しているのが馬鹿らしくなりましたよ」


 ばっちり弓月の刻、全員が醜態を晒してしまったようですね。

 カリーナさんの言葉に僕は恥ずかしい気持ちでいっぱいです!


 「気負う必要ない。所詮は魔物が100体現れた程度」 

 「そうですね。皆さんと一緒に戦えると思うと安心できます」

 「リンシアさんとスノーさんには完膚なきまでやられましたからね。二人の実力も、キアラさんの弓の精度もユアンさんの補助魔法があれば何も心配いりませんね」


 ちょっと大げさですけどね。

 無理な事はあります。ですが、わざわざ不安にさせる必要もないので笑って誤魔化します。


 「そういえば今日は前よりも防具がしっかりしていますね」


 旅の最中の防具は、心臓や籠手など、必要最低限守るだけの防具しか身に着けていませんでしたが、今日はフルプレートに近い甲冑を身に纏っています。


 「これが正装だからね」

 「旅と違って、長い間、馬に乗る訳でもないからね」


 甲冑を着こめば重量が増え、馬にも負担が大きくなりますので、旅の最中は軽装だったようです。


 「これぞ騎士って感じでかっこいいですね!」

 「ふふっ、ありがとうございます」

 「暑くてちょっと大変ですけどね」

 「わかる。フルプレートっと暑いんだよね」


 スノーさんも本職は騎士なのでその大変さがわかるようで頷いています。


 「っと、作戦会議に呼びに来たのでした、申し訳ありませんが、準備が出来ていれば直ぐに向かいたいのですが……」


 雑談している場合ではありませんでしたね。

 僕は仲間の顔を順番に見ます。


 「いつでもいい」

 「準備は出来てるよ」

 「大丈夫です」


 問題ないようですね。


 「僕もいけます」

 「わかりました、ではご案内します」


 家を出て、集合場所に向かいます。

 といってもほぼ目の前でした。

 集合場所は湖の入り口ですからね。





 「お待たせ致しました」

 「ご苦労だった」


 フィオナさんが僕たちが到着したことをコウさんに伝え、騎士団の方へ戻っていくのを見送りました。

 ちなみに、到着したのは僕たちが最後のようで、既に冒険者も騎士団も揃い、二手に分かれて集まっていました。

 綺麗な隊列を組んだ騎士と適当に集まった冒険者達、統率の違いが良くわかりますね。

 そこから少し離れた位置、全体を見渡せる場所に、今回の総指揮を担当するギルドマスターのコウさんとその隣にグローさんが立っています。

 僕はコウさんに声をかけ、到着した事を報告します。


 「遅くなりまして申し訳ありません」

 「構わない……が、着いたばかりで悪いが時間が惜しい、作戦内容を伝えるがいいか?」

 「はい、お願いします」

 

 コウさんが頷き、大声を張り上げます。


 「作戦を伝える、聞いてくれ!」


 雑談をしていた冒険者達の動きがピタリと止まり、コウさんに注目が集まります。


 「現在、魔物の集団が街へと進行すべく、トレントの森入口に集まっている。今回集まって貰ったのはその迎撃の為だ」


 冒険者の顔が引き締まるのがみてとれます。

 

 「魔物の集団は二手に分かれる事が予想されている。一つはゴブリンの集団、こちらは冒険者組が担当する予定だ」

 

 冒険者は騎士と比べ、身軽な恰好な人が多く、武器も多種多様です。

 なので、トレントに比べ動きの速いゴブリンと戦わせるのはいい判断ですね。流石、ギルドマスターです。


 「そして、もう一つはトレントの集団だが、こちらは騎士団の方々にお願いをすることになった」


 一方、騎士団の人達はフィオナさんとカリーナさんのように甲冑を着こんでいる人が多いです。

 速さを犠牲にし、防御を意識した戦いを重視したようですね。

 トレントは動き鈍い代わりに、防御力が高い魔物ですので、倒すというよりは抑える事を重点に置いた戦いになりそうですね。

 防御対防御、どちらが相手を上回れるかがカギになりそうです。


 「そして、総指揮は俺が執るが、冒険者の指揮はグローが、騎士団の指揮は弓月の刻が執る事となった」


 コウさんに集まっていた注目が、グローさんと僕たちに分かれ、視線を集まるのがわかります。


 「混戦となった場合、俺からの指示が届かない可能性が高い。その時は、現場判断として二人に判断を仰いでくれ! 何か質問はあるか?」

 「迎撃の場所はどこでやるんすか?」


 一人の冒険者が手を挙げて質問をしました。

 こんな大勢の中で発言するのには勇気がいるので後に大物になりそうな気がしますね。

 

 「迎撃の場所は此処から左右に分かれた場所で戦う予定だ」


 湖の入り口と、森の入り口の中間地点、北と南に分かれた位置をコウさんが指を指します。あの位置だとお互いがちょうど対岸となる感じですね。

 

 「実際は相手の動きを見てから行動をするからもう少し後ろになる事が予想されるが、大体の目安とし、グローと弓月の刻の判断に委ねてくれ」


 戦う場所は多少前後しても問題ないみたいですね。

 まぁ、どちらに魔物が進軍するか見てから動かなければならないので、どちらにしても後手に回りますね。

 僕らの担当のトレントはゴブリンよりも動きが鈍い分、冒険者組よりは進軍が遅いので余裕はありそうですけどね。


 「ま、魔法は火魔法を使ってもいいのでしょうか?」

 

 気弱そうな冒険者が手をあげ質問しました。

 これは良い質問ですね、いざ本番となった時に、使用を禁止されたら慌てますからね。


 「構わないが、緊急事までは控えて貰えると助かる。万が一、火が森に移ったら大変だからな」


 湖が近くにあるとはいえ、魔物を倒しながら消火活動は厳しいですからそうなりますよね。

 その言葉に手を挙げた魔法使いは首を垂れました。

 恐らく、火魔法が得意な魔法使いだったみたいですね。

 別の対策を考えなければいけなさそうです。


 「他には? なければこの場は解散とし、二手に分かれ、その時まで備えてくれ!」

 「一つ、いいかのぉ?」


 解散となりかけた時、街の方から歩いてきた人物がいました。


 「「「ローゼ様!」」」


 騎士団の人達が一斉に膝をつけます。


 「よいよい、畏まるな」


 その後ろには、ローラちゃんとその母……ロールさんが歩いています。

 そして、そのまま3人は僕たちの居る所までくると、騎士団と冒険者へと声をかけます。


 「長きこの街を治めてきたが、この様な事態は初めてじゃ。正直な所、儂も驚き、戸惑っておる。しかし、幸いな事にトレンティアにはお主らがおった。これは、天のもたらした助けだと儂は思うておる。

 厳しい戦いになるやもしれぬが、街を、民を、森を、トレンティア全てを守るために力を貸しとくれ、儂らはお主らを近くで見ておる。共には戦えぬが共におろう。お主らが敗れるのなら共に散ろう。勝った時には共に喜びを分かち合おう。

 そして、再び共に生きよう。

 その為にも、お主らの全てを儂らに貸してくれるか、トレンティアの英雄たちよ!」


 突然始まった演説は、僕らへの激でした。

 領主自ら前線へと赴き、冒険者や騎士に声をかけるのは珍しい事だと思います。

 しかも、親子3代揃い、戦場となる場所へと来ています。

 そこにあるのは、覚悟の現れ。

 まだ幼いローラちゃんでさえ、震えず真っすぐに冒険者と騎士団を見つめています。


 「トレンティア、万歳!」


 一人の騎士が大声で叫びました。


 「トレンティア」

 「「「万歳!!!」」」


 それに続き、騎士団が合唱を始めました。


 「「「トレンティア」」」

 「「「「「万歳!!!」」」」」


 そして、それは冒険者たちにも伝染し、分かれていた二つの集団が一つへとなります。

 陣形がではなく、心が、です。

 

 「乗せられてる」

 「そういう事言っちゃダメですよ」

 

 シアさんが状況を冷静に分析しますので、僕が窘めます。


 「わかってる。だから、凄い事」

 「そうだね」

 「やってやるぞーって気分になりますね」

 

 本当なら逃げたい気持ちがあると思います。

 だけど、トレンティアを守りたい気持ち、ローゼ様達の覚悟が合わさり、乗せられてると気づきながらも、声をあげているのです。

 

 「トレンティアをお願いします!」

 「「「ロール様、万歳!」」」


 一種のお祭り騒ぎのような、自分を鼓舞し、恐怖に打ち克つ儀式のような状態になっています。


 「お兄ちゃん、お姉ちゃん、頑張ってください!」

 「「「ローラ様、万歳!」」」

  「幼女万歳」


 な、何か違う言葉が聞こえたのを僕の耳が捉えましたが、すぐに万歳にかき消されました。

 暫く、万歳祭りが繰り広げられ後、僕たちは二手に分かれました。

 気分を良くした冒険者達が景気づけと酒を取り出し、グローさんに拳骨を食らい、笑いが起こったりとそんな一幕もありましたが、いい雰囲気で戦闘に挑めそうな感じですね。

 僕たちは僕たちで騎士団と最後の作戦会議と顔合わせがあるので、騎士団の元へと向かいました。

 そこには、意外な、ある意味当たり前かもしれない人物が隊長として僕たちを待っていました。

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