第82話 弓月の刻、トレントの森から帰還する

 トレントの森を街の方へと戻る。

 途中、ゴブリンの変異種には出会いましたが、それ以外は特に問題はありません。

 あの、オーガが特別なだけだったらいいのですが。


 「戻ってきましたね」

 「流石、ユアン」


 褒めても説教はしますけどね。

 森を抜けると、大きな湖が僕たちを出迎えてくれます。そして、武装した集団も出迎えてくれました。というよりも、待ち構えてましたね。


 「弓月の刻か?」

 「はい、そうです」


 身長2メートルほどの男性が先頭に立ち、戦斧バトルアックスを肩に担ぎながら僕たちに話しかけてきます。

 

 「俺はトレンティアのギルドマスター、コウだ」


 何と、この男の人はギルドマスターでした!

 見るからに強者のオーラを纏っていたので、ただものではないとは思いましたが、まさかです。


 「話は聞いた、オーガの変異種が出たんだってな」

 「はい」

 「証拠はあるか?」

 「角と持っていた武器があります」


 収納から角と魔剣をとりだすと、コウさんの後ろに控えていた冒険者達がざわめきます。

 もちろん、コウさんに渡しません。耐性がない人が持つとどう影響出るかわかりませんからね。


 「本体は?」

 「倒したら溶けましたので、回収できたのはこれだけですよ」

 「これも報告通りだな」

 

 話を聞いて行くと、色々な事がわかりました。

 僕たち以外に調査に出た人の半数が死亡、または大けがを負い、行方不明が数名いるそうですね。

 むしろ、無事に帰ってきたのは僕たちと僕たちが助けた冒険者達だけのようです。その人たちも僕らが助けに入らなかったら恐らく命はなかったと思いますけど。

 そして、生き残った冒険者の報告では、森のあちらこちらにゴブリンの変異種が現れたようです。そして、ゴブリンの数が多く、一方的にやられたとか。

 それと……。


 「トレントもですか」

 「あぁ、やられた冒険者達の大半がトレントが原因だ」


 オーガの目撃は僕たちだけのようで幸いですが、トレントはトレントで厄介ですね。

 普通の冒険者では見極めが大変です。

 ゴブリンから逃げた先でトレントの襲撃にあったみたいです。

 

 「トレントも変異種なのですか?」

 「報告で聞く限りでは普通のトレントではないようだ」


 となると変異種の可能性が高いですね。


 「う……あ……あー」

 

 報告をしていると、森の中から人が歩いてきました。

 手に持った剣は折れ、鉄製のアーマーは砕け、血を流し呻きながら、ゆっくりと森の中から歩いてきます。


 「あれ、行方不明になってた奴じゃないか?」

 「そうだな、今朝出ていく所を見た気がする」

 「生きていたのか!」


 僕は知らない人ですが、冒険者の中に知り合いがいたようですね。

 ですが、何か様子がおかしいです。


 「待ってください!その人に近づいては……」


 気づくのが遅かったです!

 僕が止める前に、冒険者の一人が手を貸しに近づいてしまいました。


 「大丈夫か!?」

 「う……うがぁ!!!」


 俯きながら歩いてきた血まみれの冒険者が顔をあげると同時に、助けに行った冒険者の首元へと噛みつきました。


 「防御魔法バリアー!」


 間一髪、僕の魔法が冒険者を包み、ガリっと歯が砕ける音が周囲に響きます。


 「ひ、ひぃ……」

 「離れろ、アンデットだ!」


 コウさんが、血まみれの冒険者を蹴り飛ばしました。

 蹴り飛ばされた男は受け身もとらず、ゴロゴロと転がり、うつ伏せに倒れました。


 「ちっ、ゾンビとは趣味のわりぃ……」


 アンデットにも種類がいます。

 生きた屍とも呼ばれるゾンビ、骨だけとなっても動くスケルトン、肉体を持たないゴーストなどです。

 ですが、僕はどれも当てはまらないような気がします。

 

 「いえ、あれはゾンビではありませんよ」

 「なんだと?」

 「見てください、背中に刺さっているアレを」

 「角、か?」


 倒れた冒険者の背中には角が刺さっています。

 変異種のゴブリンを倒した時に残ったのと同じような角です。


 「ゾンビやスケルトンは死霊術を使わないと操れません。ですが、その魔力はあの人からは感じられないのです」


 魔力を探れば、何の魔法を使っているのか何となくわかります。

 僕は知識があるので、死霊術を使った時の魔力の流れはわかります。ですが、その魔力を感じる事ができないのです。


 「あの角が原因だって事か?」

 「恐らくは……」

 「なら今すぐ引っこ抜いてー……」


 今にも駆けだしそうなコウさんの前にシアさんとスノーさんが立ちはだかります。


 「止まる」

 「ユアンの話を最後まで聞くといいよ」

 「ちっ!」


 その間にも角の刺さった冒険者はゆっくりと立ち上がり、ゆっくりとこっちに歩いてきます。


 「どうすればいい!」

 「慌てないでください。キアラちゃん!」

 「任せてください、足止めすればいいんだよね?」


 キアラちゃんが2射、弓を放ちます。

 矢は両足に刺さり、冒険者は膝から崩れ落ちました。

 それと同時に僕は駆け出します。

 

 「よいしょーっと!」


 冒険者の背後に回り、角を引き抜きます。

 その瞬間、どす黒い血がドバっと溢れ出しました。人間の血とは思えない真っ黒に近い血です。


 「スノーさんは男の人を抑え、シアさんは矢を抜いてください!」

 「わかった」

 「任せて」


 僕の指示通り、二人が動きます。


 「いいよ」

 「うん」


 シアさんが矢を無理やり引き抜くと同時に真っ赤な血が飛び出ました。


 「リカバー! トリートメント!」


 すかさず僕は二つの魔法を冒険者に使用します。

 リカバーは傷の回復の為に、トリートメントは角から分泌された毒の解除の為にです。


 「間にあえばいいのですが……」


 森の中から出てきた時から冒険者は血を流していました。

 それに加え、今の出来事で更に血を失っています。生き残れるだけの血が残っているかは冒険者次第です。


 「息は……ありますね」

 「うん」

 「だけど、目を覚ますかは冒険者次第かな」


 後は祈るだけです。僕たちはやれる事はやったはずです。

 他の冒険者に頼み、意識のない冒険者を休ませる場所に連れていってもらいます。


 「なぁ、今ので大丈夫なのか?」

 「恐らくは。念のために、見張りはつけた方がいいとは思いますけど」

 「わかった、手配をしよう……そこのお前達でいい、やりとりは聞いていたな?」

 

 青ざめた表情でこくこくと頷く男達がいます。


 「任せた」

 「は、はい!」


 有無を言わせませんでしたね。

 指名された冒険者が慌てて離れていきます。


 「それで、今のはどういう事だ?」

 「この角が冒険者を操っていたのです」


 手に握った角をコウさんに見せます。


 「これが、か。しかし、もっと穏便なやり方はなかったのか?」

 「咄嗟でしたので、ああするのが確実だと思いました」


 僕たちも森をただ歩いて戻って来た訳ではありません。

 遭遇するゴブリンでいろいろ試しながら戻ってきました。

 そして、同時に角の効果も解析を進めました。

 そしてわかった事は。


 「角が刺さった場所から特別な魔力回路がうまれる事がわかりました。その回路を使い、魔物や今みたく人間を操る事が出来るようです」


 人間を操れるのは今知りましたけどね。

 

 「そうか、どの程度操れる?」

 「確証はありませんが、低クラス魔物ならほぼ完璧に……、人間はあの程度……かもしれません」


 動きが鈍かった理由が傷を負いすぎたからなのか、あの冒険者が抵抗レジストしていたからなのかわかりませんからね。

 それと、抵抗レジストできる者には効きが悪いという事もわかりました。

 要は個体次第だと思います。


 「他に、わかる事はあるか?」

 「角を抜けば、元に戻るという事くらいです」


 元に戻るといっても、見た目はそのままで自我が戻るといった感じですけどね。

 人間の場合はどう変化するのかわかりませんが、角の効果が回りきる前でしたら特に変化はなさそうです。さっきの人みたいに。

 

 「対策はあるって事だな」

 「はい、ですが魔物なら倒した方が早いと思います。この角を抜ける人が沢山いれば別かもしれませんが」


 僕でなくても抵抗レジストできる人なら触る事が出来ます。ですが、それが出来る人物や魔法道具がどれだけあるかが問題なのですが……。


 「多くはないな」

 「なら、倒すのが一番かと」

 「くそめんどくせぇな……」


 その通りですね。

 人間にも効果が表れるとわかりましたからね。恐らく、既に行方不明になっている人が同じ状態でいる可能性が高いです。


 「角に触るとどうなる?」

 「持つだけなら少しの間なら大丈夫ですが、ずっと触れ続けると危険ですし、無理に引き抜こうとすると角が抵抗レジストし、効果が加速します。その先は両者とも廃人と化す可能性があります」


 精神が蝕まれると表現すればいいのでしょうか。

 不安、不満、哀しみ、苦しみが波のように押し寄せ、精神をすり減らし、何も考えられない廃人へと変えていく感じです。

 刺した方が体内に直接魔力を流しこめるので効果は高いですが、手に持つだけでも効果は表れるので危険です。

 

 「どうして一気に廃人化しないんだ?」

 「その辺りは何かしらの理由があるのかもしれませんね。僕にはわからないです」


 何かしら理由はありそうですね。すぐに廃人にしてしまうデメリットが。

 それは創った人の思惑なので何とも言えません。


 「わかった。ご苦労だった」

 「はい、とりあえず依頼の報告はこれで終わりでいいのですか?」

 「あぁ、報酬は後で渡すが構わないか?俺はすぐにこの場を離れる訳にはいかんからな」

 「構いません」

 「では、今はゆっくりと休むがいい。お前らにはまだやって貰う事が出てくるだろう」

 「わかりました」


 すっかり頼りにされてしまったようですね。

 ですが、コウさんの言う通り、まだ終わりではありません、むしろ始まったばかりだと思います。

 トレントの森を警戒するコウさんを残し、僕たちは家へと戻りました。

 トレントの森から近く、危険な場所ではありますが、事情を知らない貴族も近くに居ますし、直ぐに動ける方がいいですからね。


 「キアラちゃん、キティさんにもお願いできますか?」

 「うん、……キティ」


 頷いたキアラちゃんは直ぐにキティさんを召喚しました。


 「お呼びでしょうか、キアラルカ様」

 「湖の周辺の警戒と、トレントの森入口に冒険者さん達が集まっているから、何か起きたら知らせて」

 「仰せのままに、ただ、私どもは鳥目で夜は苦手ですので、夜はラディ殿に頼むのが良いかと」


 呼び方がラディ様から殿に変わってますね。二人の、じゃなくて二匹の間で何かやりとりがあったのかもしれませんね。


 「わかった、ラディ聞いてた」

 「うん、夜ハ撲ニ任せて」


 ちょっと流暢に話せるようになってます!

 ラディくんの成長に感激していると、キティさんが空高く飛び立ちました。配下と思われる鳥たちを連れてです。

 どうやらここら辺の鳥を配下につけたようですね。キティさんも順調に軍団を作っているようです。


 「私達はどうする?」

 「そうですね、休める時に休みましょう」

 「うん、休憩する」


 シアさんが僕を抱えソファーに座ります。


 「ずるいです!」

 

 その横にキアラちゃんが座り。


 「やっぱり私は見る方がいい……」


 スノーさんは僕たちを観察するように対面に座りました。

 トレントの森で異変が起きているのにも関わらず、緊張感がありませんね。

 なので、僕は。


 「そういえば、お説教がまだでしたね?」


 完全に気が抜けてしまわないように、みんなに釘をさすのでした。

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