第60話 エルフの少女

 「ドウシタノ?」

 「ラディ、ごめんね、こんな遅くに」

 「イイヨ」


 昼間の宴会は楽しかった。

 悩んでいる事を一時的に忘れるくらい楽しかった。

 だけど、みんなが寝静まり、静かになると思い出す記憶。

 捕まった事、逃げた事、諦めかけた事、そして助かった事。

 たった数日の事なのに、私の中にある記憶で一番印象に残った出来事になった。

 それで、私は今、自分が置かれている立場で悩んでいる。


 「私、どうしたらいいのかな?」


 椅子に座り、ラディを抱えながら私は尋ねた。


 「何ガ?」

 「このまま、ユアンさんたちと一緒に行くべきなのかって」

 「ドウシテ悩ムノ?」

 「それは……」


 一緒に行っても迷惑にしかならないから。


 「ユアンさんは魔法使いで凄いし、リンシアさんもスノーさんも強いから。私、ただの足手纏いになっちゃう」

 「ソレガ?」

 「ラディはわからないかもしれないけど、冒険者って実力が大事なの」

 「ワカルヨ。僕モ配下ヲマトメテルカラ」

 「そうだったね」


 ラディはこの街の魔鼠を支配している。それはとても大変な事だと思う。魔物こそ本当の実力社会みたいだから。


 「配下ニモ色ンナ子ガイル。強イ子弱イ子、ダケド皆、一生ケンメイ頑張ッテル」

 「そうなんだね」


 魔物にも個体差があるみたい。


 「ヒトハチガウノ?」

 「頑張っている、と思う……」

 

 冒険者は常に死と隣合わせ。身をもってそれを知ってきた。

だけど、頑張った所で実力は簡単には身に付かない。簡単には追い付けない。

 だから、私が居てもきっと邪魔になる。そうやって何回もパーティーを断られてきた。


 「ジャア、ユアンタチモ?」

 「わかんないよ……」


 もし、断られたら。そう考えるとすぐに仲間になりたいなんて言えなかった。

 けど、ユアンさん達は私に時間をくれた。選択肢を与えてくれた。

 頼めば仲間に入れてくれると思う。

 だからこそ、本当にそれでいいのかわからなくなる。


 「ジャア、聞イテミレバイイヨ、後ロノ人ニ」

 「え?」


 振り向くと、リンシアさんが立っていました。


 「あ、あの……」

 「何?」


 今更ですが、リンシアさんは無口でほとんど喋ったことがない事に気付いてしまった。

 緊張して口籠ってしまう私にリンシアさんが先に口を開いた。 


 「言いたい事あるなら言えばいい」

 「そうです、ね。リンシアさん達は私がついていったら迷惑ですか?」


 私が一番聞きたい事。もし迷惑でないのなら……。

 リンシアさんの答えに少し期待をしてしまう自分がいる。

 

 「迷惑」

 「そ、そうですよね」


 リンシアさんは考える様子もなくもなく答えました。これが本音って事ですね。

 その答えに思わず項垂れてしまう私にリンシアさんは更に続けて答えます。


 「このままなら」

 「このまま?」

 「当り前、最初からついて行くなんて考えが間違い。私は子守はしない」

 「どういう意味……ですか?」


 リンシアさんが言いたい事が私にはわからない。ついて行くのは一緒に行くって事じゃないのでしょうか?


 「ただ後ろについてくるのは邪魔、けど、一緒に肩を並べるつもりなら私は構わない」

 「あっ……」


 自分が役に立てない。だから、出来る事はない。そう思っている事が伝わってしまっていたみたい。

 そんな事を最初から思っている人が誰かの役に立てる訳がない。

 冷たい言葉に聞こえて、リンシアさんは私の事を考えてくれている、そんな気がする。


 「自信がないのは経験がないから。ただ、それだけの理由で立ち止まるのなら邪魔」

 「経験を積めば、私も強くなれますか?皆の役に立てますか?」

 「そんな事、知らない」

 「だけど、強くならないと皆さんと一緒にいられないのです」

 「なんで?」

 「だって、足手纏いになるから」

 「つまらない考え」


 リンシアさんはめんどくさそうに私を見ているのがわかります。


 「だって……」

 「ユアンは攻撃が苦手、だけど私は認めてる」

 「それは、ユアンさんが魔法が得意だから……」

 「うん。それでも一人じゃ無理な事がある。私もそう、スノーもそう。キアラは?」

 「私も、そうです」

 「キアラから見て、攻撃が苦手なユアンは足手纏い? 突っ込む私は足手纏い?」


 リンシアさんの戦いを見て、突っ込む所があるなとは思いましたが、本人に自覚があるのは意外でした。だけど、リンシアさんがそれで足手纏いだとは思えません。


 「そんな事ないです」

 「そういう事。仲間だから補える、一緒に戦える。それなのに、キアラはただ後ろにいようとしてる。だから、それは邪魔」

 

 領主の館で一緒に居たのにも関わらず、私が出来た事はなかった。

 いや、実際はあった。ユアンさんに指示される前に弓で援護できたはず。もっとラディに指示を出して、情報を詳しく集めたり、援護させたりもできた筈だった。

 ただ、やろうとしなかっただけ。気づかなかっただけ。

 そんな私に……。


 「私にやれる事があるでしょうか?」

 「ある。役割なんて誰でもある。ただ、それを見いだせるか」

 

 リンシアさんは迷わずにあると言ってくれました。

 私に出来る事、それは何だろう。

 弓? 召喚? 出来そうなことは沢山ある。きっとその中から選べば……。

 

 「私に出来る事はー……」

 「それがダメ、まずは仲間と共に死線にたて。同じ目線で違う景色を見ろ。じゃなきゃ、いくら考えても無駄。役割なんて探すものじゃない、選ぶものじゃない、自然と見出すもの」

 「自然と?」

 「信頼と一緒、ユアンに任せれば自分の防御は考えなくていい。スノーが居るからユアンを守る事は考えなくてもいい。考えなくても実行できる、それが自然、信頼」

 「その為に、同じ視線で死線にたてって事ですか」

 「くっ…………そ、いうこと」


 リンシアさんが肩を震わせ横を向きました。突然の事なので私は驚き、不安になる。


 「リンシアさん?」

 「なんでも、ない。しゃべり疲れた。私は寝る」


 どうやら、喋り疲れただけみたい。出会って数日だけど、リンシアさんがこんなに喋っているのは初めてみたし、ちょっと納得し、安心してしまう。

 だけど、私の答えはまだ伝えていない。


 「でも、私の答えはまだ……」

 「期限はある。それまでに考えればいい」


 リンシアさんは窓に近づき、夜空を見上げた。


 「いい月。だけど、もうちょっと」


 夜空を見上げたリンシアさんは少し笑い、何かを呟いたような気がしたけど、気のせいかもしれない。


 「それじゃ、おやすみ」


 そう言って、リンシアさんはユアンさんのベッドに潜り込んでいく。


 「私の答え……」

 「ジックリ考エルトイイヨ。僕ハ最後マデミトドケテアゲル」


 私の腕の中でラディはそう答えてくれた。


 「ありがとう」

 「イイヨ」


 ラディを抱え、私は立ち上がり窓から夜空を見上げる。

 

 「頑張らなきゃだね」


 夜空に微笑みを浮かべる月に向かい、私は、私の決意を表明するのだった。

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