第37話 補助魔法使い、魔鼠を退治する
「スノーそこの床、危険」
「うん、ありがとう。リンシア、ワイヤーに気を付けて」
シアさんとスノーさんを先頭に僕たちは地下通路らしき場所を進んでいます。
一体どこに向かっているのでしょう?
それに、この罠は一体誰が、何のために仕掛けたのでしょうか?
「ユアンお姉ちゃんどうしたの?」
「罠が多くて少し驚いていただけですよ」
僕とルリルナさんも罠に気を付けながら二人の後を歩いています。
僕は危険察知で場所を把握できますので余裕がありますが、ルリルナさんもひょいひょいと余裕そうに罠を踏むことなく歩いています。
「楽しいでしょ?」
むしろ、楽しんでいそうなくらいですね。
「いや、楽しくはないですけど……一体誰が仕掛けたのでしょうね」
「うんとね、罠は私が仕掛けたんだよ。私は情報屋でもあるけど、冒険者では
「罠師?」
僕が聞いたことのない職業ですね。ですが、ルリルナさんが罠を仕掛けたのなら、余裕そうな理由に繋がりますね。
「えっとね、罠を仕掛けて敵を倒す職業で、防衛するときや休む時に活躍できるんだよ!」
魔物や盗賊の襲撃を予見できた時に罠を仕掛け足止めしたり、時には致死性のある罠を仕掛けたりする職業みたいですね。
直接的な戦闘には結び付きにくいですが、罠があると知恵のある者はそちらにも気を配らなければいけないので大変ですよね。
場合によっては味方にも被害が及びますが。
「けど、どうしてこんな場所に仕掛けたのですか?」
「それは此処が私の
「領域?」
「そうそう。ここの通路は元々貴族が使っていた隠し通路みたいなんだー。今では使われなくなって、忘れ去られた場所だったみたいだから私が使わせて貰ってるんだよ」
流石は大きな街なだけありますね。
「けど、よく忘れ去られた場所を見つける事ができましたね」
「情報屋だからね!」
「ルリルナさんは」
「ユアンお姉ちゃん、ルリでいいよ?」
「わかりました。それで、ルリさんは」
「る・り」
ルリさんもダメなようです。
名前で呼んで欲しいようですね。
「ずるい。なら、私もシアでいい」
「なら、私も……と、友達だしスノーでいいよ」
何か、増えましたけど。
「呼び方は変えませんよ!それよりもしっかり前を見て歩いてください!」
「むぅ」
「残念」
不服そうですが、二人とも年上ですからね。親しき中にもってやつですよ。
「私はいいでしょー?」
「ダメですよ。ルリさんの方が僕よりも大きい……じゃないですか。お姉ちゃんはやめてくださいよ」
聞いた話ではルリさんは僕と同い年のようです。ですので僕はお姉ちゃんではありませんからね。
「年は関係ないよ! お姉ちゃんはお姉ちゃんだから!」
「どちらにしても僕の方が小さいのでお姉ちゃんは変ですよ」
「そうかなー? ま、いっか。それじゃ、私の事はルリちゃんって呼んでね?ユアンお姉ちゃん!」
「もう、それでいいです」
これ以上この話をしても振り回されそうなので諦めました。他に聞きたいこともありますからね。
「それで、ルリちゃんは何でこんな場所を知っているのですか?」
「たまたまだよ?」
「本当に?」
「うん。というか、この街で起きていることを調べていけばここに辿り着いたって感じかなー」
「ここがですか?」
「うん。この先に進めばわかるよー」
どうやらこの先に何かがあるようです。
どちらにしても進むしか出来ないので、慎重に慎重にー……。
「スノー、そこの床危ない」
「ほんとだ、ありがー……」
スノーさんが変色した床を踏まないように大きく足を踏み出した時でした。
プツンっ
「きゃっ!」
「危ない」
壁から弓矢が飛び出してきました。
シアさんが反応し、剣を振るい弾き落とします。
バシャー!!!
その瞬間、天井から水が大量に降ってきました。
「あはははは! 二人ともずぶ濡れー!」
それを見たルリちゃんが嬉しそうに大笑いをしています。
「不覚……」
「うぅ……悔しい」
「でも、普通の水で良かったですね」
トラップは複数仕掛けてあったようですね。
変色した床はダミーで、避けて大きく足を踏み出せば床と同色のワイヤー踏み、弓矢が飛び出し、飛び出した弓矢にもワイヤーが繋がっていて、そのワイヤーが引かれると天井から水が落ちてくる仕組みになっていたようです。
もし水がただの水ではなかったと考えると恐ろしいトラップですね。
「閉じ込めるだけじゃ、この光景が見られないからついてきて正解だったよ!」
あの時に閉じ込めたら意味がないと言ったのはこれが理由だったみたいですね。
「それじゃ、先に進むよ!」
「……うん」
「……はい」
ずぶ濡れになった二人を先頭に再び先に進みます。かなりテンションが下がっているみたいですが、大丈夫でしょうか?
ちなみに、魔法で乾かすのも禁止されました。ルリさんはこの状況を心底楽しんでいるようですからね。危険察知の魔法があってよかったです。
その後もトラップに沢山引っ掛かりました。
急に床が抜け、スノーさんがそこに落ちれば助けようとしたシアさんに泥だんごが飛んきて直撃したり、穴から抜け出そうとしたスノーさんが穴の中に仕込まれた別のトラップを作動し再びずぶ濡れにされたり……。
なんか、二人とも悲惨な目にあってますね。
トラップに引っ掛かる度に二人を見てルリさんが笑うので余計に可哀そうです。
幸いなのは今の所、致死性のトラップが一つもない所ですね。最初の弓矢も矢じりが潰してありましたし。当たり所が悪くない限りは死ぬことはなさそうでしたしね。
「…………」
「…………」
二人は無言になってしまいました。肉体的にというよりは精神的な疲労が溜まっていそうですね。
「ルリちゃんまだですか?」
「もうすぐだよー。ほら!」
通路を進むと、一つの扉が見えてきました。
「スノー……慎重にあける」
「わかってる。扉にもトラップがあるかもしれないからね」
かなり警戒していますね。
まぁ、一番怪しいですからね。
「わたしが開けるから、リンシアは何かあったらお願い」
「わかった」
スノーさんが慎重に扉を開け、シアさんが身構えます。
「ヂュゥゥ!」
扉が少し開くと、隙間から何かが飛び出してきました。
「きゃっ!」
「問題ない」
それは猫ほどの大きさの鼠でした。
「魔物!?」
あれは、
単体ではゴブリン以下のGランクモンスターの分類です。
「どうして、こんなところに?」
「スノー警戒。魔鼠の特徴は……」
シアさんが警戒を高めました。
そうなんですよね。魔鼠単体ではGランク何ですが、あくまで単体ではなんですよね。
魔鼠の危険なところは。
「扉から出てくるよ」
「隙間は狭い。ここで迎え討つ」
隙間から次々と魔鼠が飛び出してきました。
魔鼠は群れで行動する事が有名ですね。その数に応じて討伐ランクが決まるほどです。
噂では魔鼠が万にも及ぶ数にも繁殖した例があり、数日で街が壊滅した事例もあるようです。
個々の能力は低くても数の暴力で押し切られる典型的な例ですね。
「ユアンお姉ちゃんは手を出しちゃダメだからね!」
「大丈夫なのですか?」
「うん。数はそれほど多くないからね」
そう言いますが、既に30匹以上は討伐しています。その波は途切れることなく続き二人の手によって次々と倒されていきます。
「私が前で抑えるから、リンシアは打ち漏らしをお願い!」
「わかった。きつくなったら言う」
スノーさんは綺麗な型で飛び掛かる魔鼠を一刀で切り伏せていきます。
スノーさんの剣筋に迷いはなく、その流れから生み出される剣は常に次への動きへと繋がり、止まることなく襲い来る魔鼠を切り伏せていきます。
一方シアさんは常にサポートに回っているようです。
狭い通路とはいえ、体の小さな僕とルリちゃんを狙う個体もいるようで、壁を走り、スノーさんを避けて抜けようとしてくる魔鼠や天井からスノーさん目掛け落下してくる個体を縦横無尽に動き討伐していきます。
盾と剣、二人の役割はそんな風にも見えます。
「スノー、意外とやる」
「リンシアもね。話には聞いていたけど安心して前だけみれるよ」
会話をする余裕があるみたいで安心ですね。
まぁ、魔鼠の怖い所は数の暴力ですからね。開けた場所で囲まれると危ないですが、一方方向から来るのであれば、動きもそこまで早くないので対処は容易ですしね。
だって、耐久も僕の苦手な魔法でどうにか倒せるくらいですから。二人の剣では実際の所オーバーキルですらあります。
「ルリちゃん、僕も手伝っていいですか?」
「だめだよ、二人の試験だもん!」
「わかってますよ。ですけど、今後スノーさんとも共闘する可能性もありますからね。僕の魔法を知ってい置いて損は無いと思いますよ?」
「補助魔法かぁ……ま、終わりも近いしいいよ!」
「ありがとうございます……シアさん、スノーさん、僕も手伝いますね」
「ユアンの補助、嬉しい」
「お手並み拝見ね」
「補助魔法なので頑張るのはスノーさんですよ」
僕は攻撃には参加しませんからね。
さて、ここで必要なのは何でしょう。
少しだけ考え、二人にかける魔法を決めます。
「バリアーをかけましたので、防御は捨てて、扉から出てくる魔鼠だけに集中してください。シアさんは引き続きスノーさんに群がる魔鼠をお願いします」
「わかった」
「任せて!」
シアさんには
「軽い」
残像が残るほどのスピードでシアさんが動きます。壁、天井すらも足場として狭い通路を飛び回ります。
「スノーさん、扉の隙間を狙って剣を振ってください。
「わかった!」
僕の言葉を信じ、扉の隙間に向かって剣を振るうと、石畳を削りながら斬撃が扉の向こうへと消えていきます。
「「「ヂューーーーー」」」
大合唱となった魔鼠の断末魔が響きます。火力は十分ですね。しかし、このエンチャウントの欠点をあげるとすれば。
「こ、コントロールがむずかしーーあっ!」
剣に風魔法を付与し、それを飛ばしていますからね。感覚がいつもと違い、扱いを誤る可能性がある事ですね。
スノーさんが飛ばした斬撃は扉を破壊しました。
「シアさん、スノーさんと共に迎え撃ってください」
「わかった」
その瞬間、扉が壊れた事により魔鼠が溢れるように飛び出してきました。
「すまない」
「構わない」
二人は並び、迫りくる魔鼠を迎え討ちます。僕はその二人のサポートですね。
魔鼠は暗い場所を好んで生息するので光を嫌う傾向があるようですのでここは。
「シアさん、スノーさん少し眩しいから気を付けてください……
光の槍を魔鼠の群れの中に落とします。
数匹の魔鼠がホーリーランスにより、動かなくなりました。
えへへ、例え攻撃魔法が苦手でも魔鼠くらいなら倒す事は出来ますからね!ゴブリンはちょっと無理ですけど。
しかし、目的は攻撃ではありません。光の槍は地面に刺さっても暫く消えず、光源として辺りを照らす。
「二人とも、魔鼠が光を嫌がっている間に、数を減らしてください」
僕が言うより早く、二人は既に動いていました。
この辺りは流石というべきですよね。戦闘において状況判断は生死を左右しますからね。
シアさんは心配してませんでしたが、ほぼ同時にスノーさんも動き出したのでシアさんと同じくらいの腕があってもおかしくありませんね。
聞いていませんでしたが、Cランクくらいあるのでしょうか?
そこからは一方的でした。元々一方的でしたが加速してです。
扉が壊れる前に結構な数を倒していたので残りも少なかったのか、この後すぐにシアさんが最後の1匹を切り伏せ戦闘は終了しました。
「みんな、お疲れ様!」
「ルリ、流石に冗談で済む域を超えてる」
「あぁ、あの数の魔鼠……討伐依頼ランクCはあってもおかしくない」
通路を埋め尽くす勢いで足元には魔鼠の死骸が転がっています。軽く100は超えていそうですね。
「魔鼠って素材として使える場所がないのが困りますよね」
「うん。だから誰も受けようとしない」
生息する場所も暗く、不衛生な場所で素材としても引き取って貰えず、無駄に数が多い。
依頼として割と頻繁に出ているのですが、いつも余っている印象ですね。
「よし、終わった事だし移動するよ!」
「ルリ」
「わかってるよ少し悪い事はしたと思ってる。だけど、言ってしまえばこの程度の事、だよ!」
Cランク程の依頼をさせてこの程度ですか、人によっては怒りそうですけどね。
ルリちゃんは気にした素振りもみせず、扉があった場所……ではなく、壁をペタペタと触り。
ゴゴゴゴゴっ。
壁がスライドし、隠し通路が現れました。
どうやら扉もダミーだったようです。
「この先はもう安全だから安心してね!」
自らそれを証明するようにルリちゃんが先に通路の中に入っていきます。
「ルリちゃん、先に魔鼠を処理しないと」
「大丈夫! 数日も経てば綺麗に片付くよ!まだまだ魔鼠はいっぱいいるからね!」
魔鼠は生きている間は共食いはしませんが、死骸となれば別で魔鼠の食料になるようですね。
この数にまた群がる魔鼠……この街は大丈夫でしょうか?
そんな心配をしながら僕たちはルリちゃんの後に続き、更に奥へと進んでいくことになりました。
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