第32話 補助魔法使い、お風呂に入るⅡ

 「シアさんシアさん!」

 「なに?」

 「普通に街を歩けるっていいですね!」

 「うん。堂々としていればいい」


 イルミナさんに頂いた服のお陰で僕は耳も尻尾も隠さずに街を歩いています。尻尾を出せるだけで解放感があって楽ですね。

 当然、髪の色は変えていますよ。狐族に多い金色の髪です。


 「でも、私は黒髪のユアンが好き」

 「それだと外歩けないですけどね」

 「うん。宿屋で二人きりの時は黒に戻してほしい」

 「わかりました。黒髪を褒めてくれるのはシアさんくらいですから構わないですよ」

 「うん。私しか知らない特別なユアン。嬉しい」


 恥ずかしがる素振りもなく言われると、逆にこっちが恥ずかしくなりますね。

 

 「それで、明日からどうしますか?」

 「街を歩いてみる。珍しい物を見て回るついでに情報も欲しい」


 確かに情報は欲しいですね。

 タンザの街について聞く話は明るい話ばかりではなく、不穏な話も多いですね。

 昨日まで元気だった冒険者や商人が行方不明になったり、街の人も居なくなっている人が少なからずいるみたいですね。

 その話に共通しているのが女性で、数日前の盗賊の話が嫌でも思い出されますね。


 「ユアンなら問題ないと思うけど、一応気を付ける」

 「シアさんもですよ。僕は魔法で身を守れますけど、シアさんはそれが出来ないですからね」


 オークの集団を討伐した時のように、不意打ちを食らえばシアさんでも不覚をとります。

 攻撃面ではシアさんの方が圧倒的に上ですが、防御面では僕の方が上だという自信があります。


 「うん、気を付ける」

 「出来るだけ一緒に行動しましょうね」

 「うん」


 宿屋に戻る頃には日は完全に暮れ、夕食を頂くことになりました。

 正直、味は覚えていません。

 だって、部屋にメイドの格好をした人が料理を順番に運んでくるんですよ。

 最初は料理の見た目は綺麗だけど、量が少ないと思っていたら、お皿を下げられ、お肉料理が出てきて、食べ終わるとパンが、サラダがデザートがと一品ずつ交換されていくのです。

 しかも、一言も話さないメイドさんが部屋の隅で立っているのです。

 緊張して味どころではなかったです。


 「なんか、疲れました」

 「美味しかった」


 食事をするだけで疲れた僕と違って、シアさんはいつも以上に静かに、食事を堪能できたようです。

 シアさんだけでも楽しめたなら良かったですけどね。


 「この後は、どうしますか?」

 「大浴場いく?」

 「そうしたいところですが、大浴場には貸し切りにしてまでは入りたいと思わないですね。部屋のお風呂で十分ですよ」

 

 服の効果で髪の色を変えられますが、当然お風呂では服を脱がなければなりません。

 他のお客さんがいる可能性もあるので、黒髪の獣人である僕が入る訳にはいきませんからね。


 「イル姉からこれも貰ってある」

 「髪留めですか?」


 縛るタイプではなく留めるタイプの髪留めのようです。


 「これにも髪の色を変える効果がある。イル姉はこの宿に大浴場があるの知っていたから用意してくれた」

 

 ここまで気を使って貰うと申し訳なくなりますね。

 ですが、これで大浴場に入れますね!

 お風呂の魅力を知ってから、すっかり虜になってしまいました。入れるなら入りたい程度ですけどね。

 という訳で、僕たちは大浴場に向かいましたが……。


 「ふわぁ……」


 広いです。とっても広いです!

 一つ一つのお風呂はそこまで大きくないですが、その分種類が豊富にありました。

 ぶくぶくとお風呂の中で泡が噴出しているお風呂や、色のついたいい匂いのするお風呂もありました!


 「ユアン、体洗う」

 「し、知ってますよ! マナーですからね!」

 

 忘れていたわけじゃありませんからね?

 

 「あと、大きな声はだめ。他の人もいる」

 「わかりました……」


 そこまでは気が回っていませんでした。少し大きな声を出してしまったので注目を浴びてしまい色んな意味で恥ずかしく、僕たちはその視線から逃れるように体を洗いに行きます。


 「2度目なので、一人でできますよ」

 「大丈夫。やってあげる」


 僕の頭と背中、そして尻尾を当たり前のようにシアさんが洗ってくれます。

 

 「痛くない?」

 「きもちーですよー」


 これだけでもお風呂に入る価値がある気がします。

 尻尾を洗われるのは慣れませんけどね。


 「終わり」

 「ありがとうございます。後は自分で洗いますね」

 「……わかった」


 だから、そこは残念そうにする所ではありませんからね!ですので、代わりではありませんが……。


 「前回約束しましたし、今度は僕が洗うのを手伝いましょうか?」

 「いいの?」

 「はい、上手くは出来ませんけどそれでもよければ」

 「お願い」


 シアさんの後ろにたち、シアさんにしてもらったように髪を洗います。


 「髪を濡らして、石鹸を泡立てればいいのですよね」

 「うん」


 髪用の石鹸を掬い、手に泡を作り、シアさんの頭を洗います。


 「むむ、意外と難しいですね」

 

 ただ洗えばいいと思いましたが、人の頭を洗うのは思ってた以上に難しいですね。

 まず、どこから手を付けていいのか迷います。

 天辺から下がる感じで洗うも、シアさんの背中辺りまで伸びて長いので簡単には洗えません。


 「ユアン、水入りそう」

 「あぁ!すみません」


 髪に気をとられると耳への注意が疎かになってしまいました。

 横も洗わないといけないですし、段々と何処を洗えばいいかわからなくなってきます。

 手際が悪いと怒らないシアさんに感謝しつつ順番に頭を洗っていきます。

 そして、難関に差し掛かります。


 「シアさん耳もですよ」

 「うん」

 「ちょっと、逃げないでください!」


 耳の扱いは繊細にしなければいけません。だけど、ピコピコと耳が動くのでこれがまた難しいです。


 「シアさん」

 「勝手に動く。ユアンも一緒」


 僕を洗う時も同じように動いていたみたいですね。簡単に洗ってくれていたのでこんなに大変だとは思いませんでした。

 洗う、避ける、洗う避けるとシアさんの耳と格闘しながらも、どうにか髪は終わったと思います。多分洗い残しはあると思いますが、さりげなく洗浄魔法で誤魔化したのできっと大丈夫です。


 「次は体ですね」


 体は髪に比べれば楽なので助かりました。


 「こんな感じですか?」

 「うん。気持ちいい」


 良かったです、ちゃんと洗えているようですね。タオルで背中や腰などを擦る度にくすぐったそうに身をよじったりしていましたが、許容範囲だと思います。

 そして、尻尾のお時間がやってまいりましたよ?


 「シアさんじっとしていてくださいね」

 「……努力する」


 獣人に共通するのですが、尻尾を触られるのは苦手です。くすぐったいです。触られる人によっては不快です。

 尻尾はタオルで洗う事ができないので、髪と同様に手で洗います。


 「くすぐったい」

 「逃げちゃだめですよ」


 僕も自覚はありましたが、尻尾って逃げるんですよね。意識すれば制御できますけど、潜在意識なのか触られそうになると避けてしまいます。

 かといって、握られると痛いので捕まえる事はできません。

 その結果、根元から撫でるように尻尾の先に向かって洗う事になります。


 「ん」

 「大丈夫ですか?」

 「……平気」


 くすぐったくて体まで反応する気持ちはわかります。申し訳ない気持ちになりつつも頑張って洗いました。

 シアさんは体を震わせながらも前かがみになって必死に耐えていましたが、無事に終わって何よりです。


 「終わりました。後は自分でお願いしますね」

 「ん…………ありが、とう」


 少し辛そうに息を乱していますが大丈夫でしょうか?

 ですが、僕も全て洗い終えた訳ではないので、洗っていない箇所を自分で洗っていると、シアさんも体を洗い始めたので大丈夫そうですね。

 二人とも体を洗い終わり、ようやくお風呂に浸かる準備は整いました。


 「どこから入りますか?」

 「どこでもいい」

 「それじゃ、人の居ないぶくぶくからいきませんか?」

 「うん」


 時間のお陰か、女性のお客さんが少ないのかわかりませんが、誰もいない場所から浸かる事になりました。


 「うわぁ……体が浮きますよ!」

 「ちょっと、くすぐったい」


 お風呂の底から細かい気泡が体を撫でます。

 座って足を伸ばして泡にあてると、ひっくり返りそうになりましたが、慣れると足をマッサージされているようで、疲れが取れる気がしますね。


 「贅沢ですねぇ」

 「うん」


 年に一度……は贅沢すぎですので、数年に一度くらいなら高額なお金を支払ってでも味わってもいいかもしれません……はっ!

 ダメです。僕まで金銭感覚がずれてしまったら一向にお金は貯まりません!

 今日だけ、今日だけ堪能するに留めないと!

 

 「次、あっち入りたい」

 「わかりました」


 次にやってきたのはお風呂のお湯が赤い色しているお風呂でした。


 「いい匂いですねー」

 「ブドウ酒って書いてあった」


 なんと!

 お風呂にお酒が使われているようですよ。お酒を飲んだことはありませんが、酔わないか心配です。


 「大丈夫。実際に使われている訳ではない。匂いと色のイメージ」

 「安心しました。シアさんはお酒飲んだことあるのですか?」

 「少しある。イル姉が飲んでいるの貰った事ある」

 「大人ですねー」

 「ユアンも興味あるなら飲んでみるといい。私は苦手」

 「僕にもまだ早そうなので遠慮しておきます」


 機会があれば試してみるのもいいかもしれませんが、興味はあまり湧きません。よく酔っぱらって暴走して暴れている冒険者をみますが、あんな風に周りに迷惑をかけたくありませんからね。

 色のついたお風呂からあがり、最後に来たのはシンプルな普通のお風呂でした。

 楽しむという点では他のお風呂もいいですが、ゆっくりと浸かるなら普通のお風呂が落ち着きますからね。

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