第22話 ささやかに

 空き時間の散策の相手に、僕は団長から直接お誘いを受けた。

 進んでそうしているとはいえ、厩舎がある区画の端っにあり、あまり人と交わらない小屋に住む僕には、全くもって想定外の事。

 なにか顔が熱くなるのを感じながら、僕はファルセットに飛び乗り、先に上がっているはずの団長との会合場所に急いだ。

「あっ、いたいた」

 城の周りをゆったり旋回していた団長と合流すると、速度を上げて隣町に向けて飛んだ。

 軽く十分ほどで隣町まで飛び、役場の脇に設けられているスペースにドラゴンを下ろした。

 これは、どこの街にもあるもので、この国がいかにドラゴンを使っている事が分かるものだった。

「ここの役所に用事があったのだ。つまらぬ用事だから、ここで待機していて欲しい」

「分かりました。待っています」

 ファルセットの背から下り、僕は敬礼をした。

 団長が笑って、僕の手を持って下ろした。

「今は半分は休暇みたいなものだ。堅苦しいものは抜きにしよう。では、いってくる」

「は、はい!!」

 団長が役所に向かっていくと、僕はなんとなく団長のドラゴンをチェックした。

「あれ、翼の付け根に傷がある。これは危ないよ。見た目は大した事ないけどね」

 これで高速飛行などすると一気に傷が広がって、最悪翼がもげて墜落という事態になりかねない。

 僕は回復魔法で団長のドラゴンを治療した。

「色々覚えておくと便利だね。さてと、待つか」

 僕はファルセットに寄りかかり、団長が戻るのを待った。

 しばらくして、団長が戻ってくると、そのまま帰るのかと思いきや、いきなり僕の手をそっと握った。

「のえぇ!?」

 心臓が止まるかと思うほど、僕はビックリした。

 「案ずるな、とって食ったりしない。せっかくなので、街を歩こうかというだけの事だ。嫌ならやめておくが……」

「い、いえ、そんな事はありません。同行します!!

「そうか、助かる。たまには息抜きが必要だからな。いこうか」

 僕の手を握ったまま、団長の少し後をついていった。

 いきなりの事に、僕の頭は真っ白になっていた。

「そんなに驚くか。私にも休暇はあるのだ。もっとも、今はサボりだがな」

  団長が笑い声を上げた。

「さ、サボり。確かに今は勤務時間中ですね。団長がサボり……」

「ついでの事だ。休みらしい休みが滅多にないアーデルハイト殿も、このような時間は必要だからな。さて、どこかに落ち着いて、茶でも飲もう」

 僕はどうしていいか分からないまま、団長が歩くに任せて落ち着いた雰囲気の店に入った。


「急に無口になってしまったな。こういうことは、初めてか?」

 注文を取りにきた店員さんに、団長は適当な感じで注文し、団長が笑った。

「は、初めて……かもしれないです。小さな頃を除けば」

 僕は思わず俯いてそう返した。

「なるほど、緊張されてしまうと困ってしまうが、それではやむを得ないな。まあ、適当に話そう」

 そんなわけで、僕と団長とで適当な雑談をしていると、変な力が抜けてきた。

「あ、あの、変な話ですが、僕は団長の事を……いえ、なんでもないです!」

 僕は慌てて言葉を引っ込めた。

「私の事をどうしたのだ。邪魔だと思っているなど、色々当てはまってしまうぞ」

 小さく笑って、団長が頷いた。

「まあ、意地悪だったな。仕事に差し支えるので、竜騎士団の中ではそういう関係は作らぬようにしているのだ。気持ちだけ頂く事にしている。ありがとう」

「そ、それもそうか。僕と団長の間でケンカでもしたら、場合によっては大変な事になる。それに、ドラゴンテイマーの掟も破っちゃうところだった。危うく城から実家に戻されるところだった!」

 団長がふと不思議そうな顔をした。

「そういえば、ずっと気になっていたのだが、その掟に意味はあるのか?」

「はい、ドラゴンはああみえて臆病なので、接近するときは必ず一人なんです。時代錯誤な感じなのですが、そこから発展して独り立ちしたら、最低二年間は一人きりで生活するという掟があります。一人の方が感覚が磨けると。むしろ喜ぶ人もいます」

 僕は笑って、すっかり冷めてしまったお茶のカップを手に取った。

 「なるほど、他に聞きたい事があるが、それは引っ込めておこう。そろそろ帰らねばならないな。その前に、私の気持ちを伝えておこう」

 団長は椅子から立ち上がり、僕の唇に自分の唇を当てた。

「ぬえぇ!?」

 思わず変な声を出してしまうと、団長は笑った。

「両思いだったようだからな。私とてそういう時があるのだよ。しかし、先ほどいった通りなので、お互いの気持ちを確認する程度だな」

「両思い!?」

 僕の声が裏返った。

「先ほどいった通り、私にもそういう事があるというわけだ。みていないようで、みているのだよ」

 団長が笑った。

「よし、戻ろうか」

「は、はい」

 というわけで、僕たちは城に戻ったのだった。

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