第十三話: 『こちらの指示に従ってください』
※非常にグロテスク&暴力的なシーン有り、注意要
黒球体に案内された別の通路も、最初の通路とそう景色は変わらなかった。細部の色合いや、造形といった多少の違いはあるものの、ほとんど同じだと思える程度には同じであった。
その通路の中を、黒球体とマリーたちは進む。ちなみに、先ほどドレスを脱ぎ捨てたマリーだったが、それを回収する事を黒球体は特に咎めなかった。
そうして、右に、左に、上に、下に。通路の途中を曲がり、階段の上り下りを繰り返しながら、黒球体に案内される事、幾しばらく。
バッサンに半ば引きずられるようにして歩いていたミシェルも、ある程度顔色も良くなって自力で歩けるようになる。
ズボンから漂う尿水の臭いを気にして、少しばかり離れて歩くようになった菊次郎が、恥ずかしいと思える程度にまでは平静を取り戻せた頃。
『――ここです』
何の前触れも無く、黒球体はある扉の前で足を(足など無いが)止めた。遅れてマリーたちが足を止めると同時に、扉が開かれる。
中に入っていく黒球体の後を追ってマリーたちも中に入り……眼前に広がった奇妙な光景に、目を瞬かせた。
まず目についたのは、通路とは違う材質で作られた室内の状態。そして、室内を三つに分割しているガラスの壁。そして、右と中央、左では微妙に作りが違っているようであった。
不思議なことに、右と中央は突き当りまで行けば互いの通路へ行き来出来る作りとなっているが、一番左は奥までガラス壁で覆われている。これでは、左だけ戻る為にはその場でUターンしなければならないだろう。
他にも、いくつか違うところが見受けられる。視線を下げれば、右と中央通路の途中までは一段低い段差が設けられている。
見上げれば、天井には何かの装置が設置されているが、左には設置されていない。床や壁の材質も、左だけ違っているようであった。
「ここはいったい……」
『あなた達の言葉を借りるのであれば、シャワー室と言ったところでしょうか』
「シャワー室?」
『あなた達は少しばかり汚れすぎておりますから。ここで少しでも汚れを……特に、土埃や泥を落とす必要があります』
呆気にとられたマリーたちに、黒球体が説明をする。
キュイン、と異音を立てた黒球体は、そのままゴロゴロと部屋の隅へ転がりそこで『さて、みなさん』静止した。
『それでは、まず全員が左の通路に入ってください』
言われるがまま、マリーたちはその奥へと入る。
視線を横に向ければ、室内全体の様子を確認することが出来る。「左はこういうふうに使う場所なのか」、ジェンリャの感想が、ポツリと零れた。
『名前を呼びましたら、順次私の前に来てください……バッサン』
「――お、おう……!」
急に名前を呼ばれたバッサンは、思わず肩をビクつかせながらも黒球体の前に立つ。
瞬間、キュイン、と響いた異音にバッサンは思わず一歩退いたが……何とか踏み止まれた。
『まずはあなたから洗浄を行いますので、裸になってください……衣服等は、この中に入れてください』
その言葉と共に、黒球体の隣。壁の一部がせり出したと思ったら、見慣れぬ機械というか装置が、バッサンたちの前に姿を現した。
『水を使用しない洗浄機にて衣服を清潔にします。洗浄から乾燥まで15分で終わります。さあ、早くしてください』
「……わ、分かった、分かったからソレは仕舞ってくれ」
恐らく言われるだろうと薄々は予想していた黒球体からの指示に、一瞬だけバッサンは躊躇いを見せる。
しかし、直後に黒球体から向けられたマシンガンを前には、羞恥心など無力であった。
会って間もない人の……特に、異性たちの視線を感じながらも、バッサンは見に纏っていた衣服全てを無造作に『洗浄機』の中に放り込む。
途端、ぱしゅ、と蓋を閉じた洗浄機が、しゅるしゅるしゅる……と独特の稼働音と共に動き出す。
……不安を覚えながらもバッサンは言われるがまま、鎧等を指示された場所に置くと、『それでは、一番右の通路入口に立ってください』次の指示が行われた。
「こ、ここでいいのか?」
『はい、そうです。ああ、後、陰部等を手で隠してはなりません』
言われた場所に立ったバッサンに、さらに厳しい指示が送られる。さすがにバッサンも多少は嫌そうに顔を歪めたが……諦めて、両手を外して自然体となった。
『筋肉量は平均よりかなり上ですが、性器は平均並みですね』
「――っ」
『褒めているのです。子を成し得る上で、不必要に大きいのは邪魔にしか成り得ませんから……おや、心拍数が上がっていますよ、気を落ち着かせてください』
「無茶を、言うな……!」
それ以上、バッサンは、何も言えなかった。『あなた達も次に同じことをしてもらいますので、しっかりと見ておきなさい』黒球体の声も、バッサンは聞こえないフリをした。
キュイン、キュイン、キュイン……黒球体が異音を立てる。一体何をしているのかとバッサンが振り返ろうとしたが、『そのまま前方を向いていてください』許可は下りなかった。
『……スキャン完了』
その言葉と共に、天井の装置から水が噴き出した。それは鳥肌が立つほどに冷たく、思わずバッサンは一歩引いて水飛沫を避ける。
けれども、すぐに水飛沫から湯気が立ち籠るようになり……冷水は瞬く間に温水へと変わった。
遅れて、ふわん、と右と中央通路の中を、黄緑色の光が照らした。初めて拝見する光にバッサンはもちろん、様子を見ていたイアリスたちからも驚きの声があがったが。
『光学式洗浄装置の光ですので、心配には及びません。そのまま、光の中へ進みなさい』
黒球体は意に介さなかった。けれども、未知のそこへ突き進めと言われて、いきなり行けるわけがない。「だ、大丈夫なのか?」泣きそうな顔で、大きな体を縮かめるバッサンを黒球体は『大丈夫です』と一蹴した。
『人工臓器が光に反応して200℃にまで発熱する報告はありますが、それ以外の報告は今の所確認されておりません。理解出来ましたら、そのまま光の中を進んでください』
再び、マシンガンを向けられれば、バッサンとしてもそれ以上はどうしようもなかった。
震える足をどうにか鼓舞し、大きく深呼吸をしてから……えいや、と光と温水の雨の中へ飛び込んだ。
『私が合図するまで、その場所にて髪を洗って待機していてください……では、ロベルダ・イアリス』
瞬間、マリーたちの視線が一斉にイアリスへと向けられた。
緊張に強張っていたイアリスの顔が一気に紅潮し、その足は張り付いたように動かなかった。
けれども、再度名前を呼ばれたイアリスは、消え入りそうな声で返事をする。傍目からでも分かるぐらいに身体を震わせながら黒球体の前にて立ち止まった。
『バッサンと同じように、衣服等を全て脱いでください。装備一式は、そこの隣に置いてください』
「……た、頼む。裸は我慢する。だから、剣だけでも……」
『駄目です』
「頼む、剣だけでも私の傍に……」
『駄目です』
……あの剣に、何か思い入れがあるのだろうか。
この状況で異様なまでに食い下がるイアリスの姿に、マリーは内心首を傾げる。同じように見ていたジェンリャたちも、同様に互いの顔を見合わせていた。
黒球体から一言で切り捨てられてもなお、イアリスは食い下がる。けれども、「イアリス、今は大人しくした方が良い」マリーからも諭され、黒球体からマシンガンを向けられて、ようやく諦めたようであった。
『早く、脱いでください』
「……わ、わか、分かった……ぬ、脱ぐぞ……」
震える指で鎧を外していき、ゆっくりと……衣服を脱いでいく。
かたん、と鎧一式が床に置かれた頃には、街中でも滅多に見掛けない素晴らしい柔肌が露わになっていた。
『では、バッサンと同じように右通路の前へ……性器等を手で隠してはなりません』
「……くうぅ、み、見ないでくれ……」
泣きそうな声は、それだけの羞恥心に苛まれているのだろう。
今にも倒れそうな程に体全部を紅潮させながらも、イアリスはゆっくりと胸と股を隠していた手を外し……豊かな膨らみの頂点と、金色の絨毯が大気に晒された。
ごくりと……誰かの喉が鳴ったのを、マリーは聞いたような気がした。
こんな状況で……と思いもしたが、無理もない。というか、むしろこの異常な状況が、そう思わせてしまうのだろう……とも思い、マリーはもちろん、女性陣も見て見ぬふりをした。
『……おや、あなた、見た目とは裏腹にかなり内臓にダメージがあるようですね。その身体では、子を成すのは難しいでしょうし、成しても出産の際に命を落とす可能性がありますよ』
「…………っ」
『ですが、ご安心ください。スキャンの結果、子を成すことは難しくとも、性行為は通常通りに行えるようです。良かったですね』
「…………ぁぁぁ」
羞恥の極みに達したイアリスの呼吸は乱れに乱れ、本当に失神しそうであった。
けれども、やはり黒球体は意にも介さず、『心拍数が上昇していますよ、落ち着いてください』キュイン、と異音を立てただけであった。
『では、バッサン。そのまま通路を進み、中央の通路の途中で待機しなさい。イアリス、あなたはバッサンの場所で待機。私の指示があるまで、髪を洗いなさい』
言われるがままバッサンは奥まで進んで中央の通路にUターンをし、イアリスはバッサンが居た所で立ち止まる。
パシャパシャと響く飛沫の中で、ぐすぐすと鼻を啜るイアリスの姿は、あまりに痛々しかった。
『バッサン、あなたのその場所は、浮き上がった汚れを落とす専用通路です。手で、身体の各所を擦ってください……性器周辺も、お忘れなく』
「……っ」
命令のままに、バッサンは身体を擦り始める。
……男であっても、自らの身体を他者に見られるのは恥ずかしい。ましてや、性器を洗うところを見られるなど、堪えがたい屈辱でしかなかった。
『五分経過致しましたら、バッサンは再び右の通路へ、イアリスは中央の通路にて身体を洗浄。これで1セット、計3セット行います。それが終わりましたら、私の隣で待機です』
そして、その屈辱は二人だけで終わるわけもない。だが、その中で一人別な事を考えていたマリーは、ミシェルたちの後ろに隠れるようにして自然に移動する。
ドレス内側に用意されて(今さっき、気付いた)いた、小さなポケット。そこにねじ込む様にして入れてある写真をドレスの上から触って確認しながら……ジッと、洗浄機を見つめる。
(水は使っていないんだし……大丈夫、だよな?)
写真が無事でありますように、そう、マリーは思った。
「……さっきの抜き取った俺たちの血液……あれ、何の意味があるんだ?」
「俺が分かるわけないだろ……どこかに持って行ったから、多分何かに使うんじゃねえのか」
ジェンリャと美奈子、ミシェルと菊次郎のペアが終わる頃には、室内にはそれなりの熱気と湿気が籠っていた。
この頃になると、多少なりともこの状況に慣れたのか、イアリスも羞恥に前後不覚になるようなことな無くなっていた。
人間とは不思議なもので、それまであった悲壮感というか、屈辱的な何かはすっかり薄れていた。さすがに笑顔こそ見せないものの、最初の頃よりは少しばかりだが、穏やかな空気が流れていた。
……強制的にとはいえ肌を晒したことで奇妙な連帯感が生まれたのかもしれない。あるいは、身体を温めたことで多少なりとも気が緩んでしまったのかもしれない。
何にせよ、声を潜めながらではあるが、バッサンたちも会話が出来るまでには心を落ち着かせることが出来ていた。
途中で痛みが無い採血をされたが、それ自体はそれだけで終わったのも、ある種のきっかけになったのかもしれない。指示さえ従っていれば黒球体の言うとおり、マシンガンを向けられるようなことがなかったからだ。
……そんな中では、恐怖と緊張で縮こまっていた身体も多少は解れてくる。
この中では最も若い菊次郎が、マリーたちから不自然なまでに背を向けているのは……まあ、そういうことであった。
もちろん、マリーたちが、菊次郎がどういう状態に陥っているのかに気づかないわけがない。両手を股間に宛がい、背後から見える耳が真っ赤になっているのを見れば、おのずと理解は出来る。
まあ、あいつは16歳だから……多少は、な。
仕方がないとは思いつつ、そうやって己の言い訳をして目にまぶしい、異性の裸体に視線を忍ばせる男たち。女性陣は軽く睨むことをしながらも、あえてそれを責めようとは思わなかった。
『さて、残すところあなた一人になりましたね、マリー・アレクサンドリア』
「まあ、そうなるな」
『その手の傷……自然治癒されたようですね。称賛すべき回復能力です』
「褒めたところで、何も出ねえぞ」
そして今、そんな彼ら彼女らの視線は、この場で唯一未だに服を着ているマリーへと向けられていた。黒球体を前にして、平静を保っている姿はさすがとしか言いようが無かった。
『あなたに関しては、逐一指示を行います』
黒球体も、マリーに対しては特別に警戒をしているのだろう。
イアリスたちを相手にした時と違って、飛び出したマシンガンの砲身が常に大きく実った乳房へと照準を定めていた。
『ではまず、両手を上げたまま、下げないでください。そして、私に背中を向けなさい。不審な動きを取った直後、発砲します』
「おいおい、これでどうやってこれを脱ぐんだよ」
しゅるしゅるしゅるしゅる……他の者たちの衣服と同じようにドレスが綺麗になっていく様を横目で見やりながら、指示の通りに両手を上げる。軽口を叩くことが出来るのも、この場ではマリーだけであった。
そして、ここまでドロワーズ一枚で平気な顔をしていられるのも、マリーだけであった。
『簡単です。あなた以外に服を脱がせればいいのです』
けれども、その言葉にさすがのマリーも軽く眉をひそめた。
『菊次郎、来なさい』
「――っ!?」
名前を呼ばれた瞬間、ビクン、と菊次郎の肩がはねる。恐る恐る振り返った菊次郎の顔には、お湯とは別の液体を噴き出していた。
『マリーの前に、跪きなさい』
「……は、はい」
――見ていられない。
男たちから同情の眼差しを一身に受けながら、マリーの前に跪く。上下に視線を向けないようにしているのが、傍目にも分かった。
『下着を、おろしなさい。マリー、指示をするまで動くことを禁じます』
――ああ、やっぱり。
その言葉を最初に浮かべたのは、果たして誰だったか。思い出した耐え難い羞恥に、菊次郎は顔を赤らめる。
しかし、黙っていたところで意味が無いことは、もう分かっていた。「ご、ごめん」一言謝りを入れると、菊次郎は股から外した両手でドロワーズを抓み……下ろした。
「……ぁぁ」
瞬間、菊次郎は息を呑んだ。文字通りの眼前で、初めて拝む異性の……それも、美女と呼んで差し支えない者の生殖器。
髪と同じ色合いの、産毛が如き恥毛に隠された亀裂を前にして、菊次郎の股間が催促するように痙攣した。
『右足から、下着を外しなさい』
軽く足を上げるだけ。そんな動きでも、わずかに盛り上がっては捻じれる亀裂の変化が見て取れる。
こんな状況とはいえ……いや、むしろこんな異常な状況だからこそ、菊次郎の体は意に反して反応してしまったようだ。
『それでは、右通路に入って、マリーは両手を上げたまま跪きなさい……菊次郎は、マリーの頭を洗いなさい』
「は、はい……」
今にも鼻血を垂らしそうな程に興奮している菊次郎が、よたよたと右通路に入っていく。続けて中へ入ろうとしたマリーは……ふと、足を止めて振り返った。
「あのさ、ふと思ったんだけど、俺もこいつらと同じように身体を洗うんだよな?」
『洗う、のではなく、洗われる、というのが正しいでしょう』
「いや、それはどうでもいいんだが……えっと、つまりさあ、俺のココもコイツに洗って貰うわけ?」
手を下ろすことを許可されていないので、ココ、と言いながら腰を突き出す。何とも明け透けな仕草に目を背けるバッサンたちを他所に、『はい、そうです』黒球体はあっさりとYesと返答した。
『何か問題でも?』
「いや、問題ってわけじゃねえんだけど……まあ、いいか」
――え、いいの?
その言葉を、内心で叫んだのは誰が最初だったのか。
一様に大口を開けるバッサンたちの視線を他所に、マリーは颯爽と右通路の中へ入った……直後。
『それでは、バッサンと美奈子の両名は先に『イブ』の元へ向かってください』
「――えっ!?」
突然のことに、マリーはもちろん、興奮に我を忘れかけていた菊次郎も、ギョッと目を見開く。それに何より驚いたのは、他でも無い。呼ばれた二人であった。
「な、何故俺たち二人だけなんだ?」
『先ほどの血液検査の結果、あなた達両名は基準をクリア致しました。よって、先に『イヴ』の元へ案内せよと指示が下りました』
「で、でも、私たちだけなんて……」
『すぐに終わりますので、そのまま来ていただいて結構です。着替えるだけ無駄ですので』
顔を青ざめて、心から不安気に嫌がる二人……当然だ。
この状況でマリーの傍を離れるのは、言うなれば黒球体たちへ命そのものを差し出す行為に等しい。
しかも、そのままでも大丈夫ということは、つまり、そのままの格好で来い、と言っているも同じ。
着替えようと手を伸ばした美奈子に、『その必要はありません、無駄です』マシンガンを向けたのが、その証拠であった。
「――そ、それだったら、俺も一緒に行こう!」
当然、美奈子と同じチームであるジェンリャは手をあげる。
恐怖と不安に涙を流す美奈子を見て、マシンガンを向けられても一歩も引くことなく黒球体を睨みつける……が。
『駄目です。あなたの許可は出ておりません』
黒球体は相手にすらしなかった。
そこで、ジェンリャは怒髪天を突いた。「――てめぇ!」カッとなって飛び掛かろうとするジェンリャを、「止めろ! ジェンリャ!」マリーの怒声が抑えた。
「お前が飛び掛かったところで、何になる。無駄死にする気か?」
「~~っ!!」
マリーからそう言われてしまえば、ジェンリャはもう動けなかった。『迎えが来ましたので、どうぞ』外から入って来た新たな黒球体に、半ば強引に連れて行かれる二人が、通路の外側へと歩いていく。
「大丈夫だ、美奈子! すぐに俺も行く!」
「うん! 待ってるから! 私、待ってい――」
最後まで、美奈子は言えなかった。
シュッ、と目の前で閉じた扉を前に、ジェンリャは湧き出る憤怒を呻き声に変えて、床を殴りつける。無力な自分を許せず、ちくしょう、と己を罵倒すらした。
……辛うじてあった平穏な空気はもう、消え去っていた。
最初の頃よりも重苦しい空気が満ちる室内に、ジェンリャの涙が落ちる。誰もが、無言になっていた。
……不思議と、全員が予感していた。あの二人が、もうここには戻ってこないということを。
本当に不思議と、ジェンリャたちはこれが今生の別れになる。そんな確信めいた予感を、マリーを含めた全員が……考えずにはいられなかった。
『マリー、時間です。奥を進んで中央通路に進み、そこで待機。菊次郎は、マリーの身体を洗ってください』
けれども、黒球体はあくまで平常であった。瞬間、イアリスとミシェルが怒りに顔を紅潮させるが――。
「止めろ、二人とも」
――また、マリーが止めた。
けれどもマリーは、どうして、と憤慨する二人を一瞥するだけで、何も答えない。すっかり萎えてしまった菊次郎に身体を洗われながら……マリーは、黙って黒球体を見つめるだけであった。
(……!)
ただ、その内心に渦巻く怒りだけは、そのままに……。
『――それでは、次の検査に移ります。付いてきてください』
予想通りというか、何というか。結局、マリーの洗浄が終わり、全員が綺麗になった衣服を着て、何事もなく返された装備を装着して部屋を出る頃になっても、二人が戻って来るようなことは無かった。
マリーたちは黒球体の指示を受けて、七回目の検査を終えて部屋を出る。シャワーを浴びた場所がどこなのかも分からなくなって、幾しばらく。
繰り返される検査、検査、検査。イアリスたちはもちろんのこと、マリーの顔にも疲れの色が見え始めたのは、五回目の検査が終わった頃。
表面上は平静に振る舞い、まだ変身したままを維持し続けていたマリーの顔にも、疲れの色が見え始めている。体の芯から来る疲労に、マリーの唇からため息が零れることが多くなっていた。
……空気が、重い。
戻ってこない二人のことを想像しているのか、それともこれからのことを想像しているのか。誰も彼もが、不安げな面持ちで黒球体の案内に大人しく従っていた。
「質問があるんだが、いいかい?」
ただ一人、マリーだけを除いて。無視するつもりや意図は、先導する黒球体には無いのだろう。『はい、なんでしょうか?』とすぐに聞き返すのを見て、マリーは背後を振り返り……改めて向き直った。
「ここには、お前たちしかいないのか? 他の人間はいないのか?」
――ハッと、イアリスたちの目が見開かれた。
そうだ、そういえばそうだった。ジークゼルの件から今まで、気にする余裕が無かったが……それは、当たり前の疑問であった。
なにせ、今の今まで誰一人すれ違うことはおろか、見掛けることも無かったのだ。それだけでなく、どこを通っても、どの部屋に入っても、人の気配がまるで感じられなかったのだ。
もしかして、ここには……嫌な予感にイアリスたちが顔をあげる……しかし。
『ええ、おりますよ』
黒球体の返答は、相も変わらず簡潔であった。
「どこに居るんだ?」
『それは、お教えすることは出来ません』
「何人いるんだ?」
『それも、お教えすることが出来ません』
けれども、答えられない質問に対しても同じであった。
「……お前たちが口にしている『イヴ』っていうやつは、ここの責任者なのか?」
『合っていますが、少し違います。正確に言えば、責任者というよりは、私たちを統括している上位存在と思っていただいた方が早いでしょう』
「上位存在?」
聞き慣れない単語に、マリーは首を傾げた。
『職員とは別に、私たちに命令を行うことが出来る存在のことです。上位存在は、『イヴ』と彼女だけ。しかし、彼女はまだ安定しておらず、眠りに付いたまま……命令を下せるのは、今の所『イヴ』と彼女だけです』
(……『彼女』? こいつらの親玉は、もう一人いるということなのか?)
内心首を傾げながらも、マリーは必死に思考を巡らせる。『イヴ』と呼ばれるやつが何なのかは知らないが、ロボットである黒球体を影から操る存在がいるのは、今の問答で分かった。
……実際、黒球体は何かに付けてその名を繰り返すのだ。
多数存在するという黒球体たちの意志決定権を握っているのは、おそらくその『イヴ』と呼ばれるやつなのだろう。名前からして女性なのだろうが……と。
『到着しました』
静止した黒球体に一拍遅れて、マリーたちも立ち止まる。
まだ通路は続いているが、横を見やればこれまで通ったものよりも一回り大きな扉があり……しゅう、と扉が開かれる。
瞬間、マリーはもちろん、イアリスたちも同様に目を見開いた。
なぜならば、室内には大勢の……ダンジョンの時に居た生徒たちが疲れた顔で座り込んでいたからであった。
『中へ、御進みください』
そう言われて、マリーたちは中へと入る。中に居る全員が、マリーたちと似たような体験をしてきたのだろう。装備や恰好は新品同然になっており、顔色は悪いが清潔な印象を覚えた。
――かしゅん。扉が閉まる音に、マリーの背筋に怖気が走る。
慌てて振り返れば、扉は隙間なく閉じられており、黒球体の姿はどこにもなかった。
閉じ込められた……その言葉が、マリーの脳裏を過った。
(……今度は何をするつもりだ?)
意図が、読めない。黒球体がやろうとしていることを予測できない……それが、言葉にできない不安を駆り立てる。
「――お、おお、菊次郎! お前、生きていたのか!?」
「え……じゅ、重兵衛!? 無事だったのか!」
「ミシェル! 無事だったのね」
「アイシャ、ああ、あなたも……!」
マリーが人知れず自問している横を、ミシェルと菊次郎が飛び出して行く。
二人に向かって手を振っている二つのグループを見れば、二人はもみくちゃにされるようにして出迎えられているようであった。
「……どうやら、皆は怪我も無く無事であったようだな」
イアリスが、その様子を見つめて軽く笑みを浮かべる。死人が如き顔で離れて行くジェンリャから意図的に視線を逸らしていることに、マリーは何も言わなかった。
(……大半は、な。俺の記憶と比べて人数が10人程減っているように見えるが……それにしても、この部屋はいったい……?)
天井に見えるのは、シャワーを浴びた部屋にもあった装置。室内を覆っている壁は始めて見る色合いで、心もち手触りが違う。これまでのもとは違う材質が使われているのかもしれない。
……そこまで考えた辺りで……何となくではあるが、マリーは不安を覚えた。
何故、この部屋だけ違うのか。天井の装置を見る限り、おそらくは水か何かを放出するつもりだろう。そして、全員を一か所に集める理由……それはいったい――。
『大変長らくお待たせしました』
――突如鳴り響いた声に、我に返ったマリーは顔をあげた。
見れば、ほとんどの生徒たちが立ち上がって室内を見回している。どこから聞こえたのかを探しているのだろう……しかし、その視線はほとんど定まる様子はない。
『ただ今より、最後の検査を行いたいと思います。今度の検査はこれまでと違い、全員が協力して行っても構いません』
歳若い印象を覚える女の声。誰かの声かは分からないが、ハキハキとした、感じの良い声色であった。
『所要時間は20分。検査クリアの条件は、時間終了までその部屋で待機をすることです』
「――っ!?」
その言葉を聞いた瞬間、マリーは震え上がる程の悪寒が背筋を走るのを知覚した。
直後、中央の床が凹み、スライドする。「うわぁ!」驚いて飛び退く生徒たちを他所に、中からせり出して来たのは……不可思議な材質で出来た、大きな箱であった。
大きさにして、縦横3メートル程だろうか。鋼色のそれは、生徒たちの顔を映すぐらいに滑らかだ。「な、何だこれ?」意図が読めない生徒たちが首を傾げるのをしり目に、声は『あなた達にお返しする物です』そう続けた。
『ただし、判別はしておりませんので各自で取り分けてください。また、ここまでの搬送の際、多少なりとも内部の品が破損しているかもしれません。その点についてはご了承ください』
「――っ!!」
ほとんど無意識のうちに、マリーは傍に居たイアリスの手を掴んで後ずさる。驚いて振り返ったイアリスは……顔中に冷や汗を噴き出しているマリーを見て、絶句した。
「ど、どうした?」
「黙っていろ……死にたくなかったら、とにかく俺の言う事を聞け」
有無を言わせない、マリーの命令。
尋常ではない様子に、訳が分からずとも何かを予感したイアリスは、マリーと同じように息を潜めて……そっと、後ずさる。
『それでは、箱を解放致します。解放してから5秒後に検査が始まりますので、心構えを願います』
その発言の直後、ぷしゅう、と音を立てて箱が縦に開く。生徒たちが中身を認識する前に、その中から飛び出したモノを、優れた動体視力で確認したマリーは――。
「――走れ!」
――考えるよりも前に、踵をひるがえしていた。
半ば引きずられるようにして走り出したイアリスの後ろで……生徒たちの悲鳴が上がる。その中には、ジェンリャの悲鳴もあった。
「な、なんだ!?」
「振り返るな!」
そうマリーは叫ぶが、遅かった。
振り返ったイアリスの視線が、生徒たちの向こう。箱から落ちた物体を捕らえ、一瞬だけ顔色を喜色に変えたが……瞬く間に青ざめ……失禁した。
『それでは、検査を始めます』
その言葉が、悲鳴と怒号が木霊する室内に響く。「――間に合え!」腰が抜けたイアリスを強引に抱き抱えながら、マリーは構わず閉じた扉の前に立つと、大きく身体を捻り――。
「――っ!」
――渾身の力を込めた蹴りを放った。
ごがん、と重苦しい打突音が室内に響く。全力の一撃と言っても過言では無いそれは、変身した今ですら十数回は叩かなければどうにもならない扉を一撃で、通路の壁に叩きつけた。
「だっ――!」
遅れて、イアリスを抱き抱えたマリーが、通路へと飛び出す。半ば転がるようにして二人が着地したのと、開け放たれた扉が、何処からともなく出現した透明なガラスで塞がれたのは、ほぼ同時であった。
『な、なんだぁ!?』
箱に入っていたモノ。
扉を粉砕して出て行ったマリーとイアリス。
その二つの出来事を前にして、混乱するしかない生徒たちに……ぷしゅう、と天井の装置から噴射された液体が、部屋の端から順々に降り注ぎ始めた。
『な、なんだこれ――』
一瞬の静寂……そして、立ちのぼる白煙。始まったのは――。
『ぎゃああああ!! 熱い熱いあづいあづいあづだああああ―――!!!』
『いだいいだいだだだだ!!! 目が、目が、目があぁあああああ!!!!』
『がぁああああ!!!??? 何だごれ!? 身体がぁああああ!!!???』
『溶げる!! 身体が溶げでいぐぅぅ!! ぐぁあああだずげでぐれぇえええ!!!』
生徒たちの悲鳴が、絶望の雄叫びが、ビリビリと通路と中を隔離しているガラスを震わせる。立ちのぼった白煙は瞬く間に天井付近を白くするが、降り注ぐ液体を抑えることなど出来なかった。
身体を起こしたマリーは、室内に起こっている地獄をガラス越しに見て……奥歯を噛み締めるしかなかった。
ガラスの向こうは、まさしく地獄であった。
降り注ぐ液体によって、白煙と共にその身を溶かされていく生徒たち。男も、女も、肉も、鉄も、関係ない。一切の区別なく苦痛と絶望に悶えながら、彼ら彼女らは死にかけた羽虫のように暴れ回っていた。
『――だずげでぐれぇ!!』
辛うじてガラス扉に近かった数人の生徒が、マリーに気づいて扉を叩く。しかし、変身したマリーでも壊すのがやっとという強固な扉だ。
既に顔の造形が分からないぐらいになっている彼らに、どうにか出来るものではない。そして、例え今すぐ彼らをここから出したとしても……死は免れない。
ごん、ごん、ごつ、ごつ、肉がむき出しになった拳で扉を叩くも、ガラスに鮮血と溶けた皮がへばり付くだけ。そのへばり付いた抵抗の跡ですら、降り注ぐ液体に流されていく。
そして、一人、また一人。力尽きて液体の中に沈み込んでいく者たち。瞬く間に原形を失って液状化していく生徒たちの中から……一人の物体が姿を見せた。
「……きく、じろう……?」
そう思ったのは、直感としか言いようが無かった。泥人形のように成り果てた。その物体は、液状化した生徒たちを掻き分けながら、扉にへばり付いた。
『…………っ』
泥人形は、無言であった。もう、声すら出せないのだろう。けれども、必死に伝えようとしているのが、口の動きで辛うじて分かった。
た、す、け、て、ま、り、い。
そう、泥人形の口が動いた……ような気がした。
「――っ」
我に返ったマリーが改めてガラスの向こうを見た時には、もう、力尽きたのだろう。ずるりと滑り落ちるようにして液体の中に沈んだ泥人形は……もう、二度と動くことは無かった。
ほんの少し前まで生きて、言葉を交わしていた相手が、目の前で溶かされていく。非現実的な、悪夢が如き光景……マリーも、イアリスも、言葉を無くしていた。
『――脱走者を、確認』
「――っ!?」
けれども、状況はマリーたちを放っておいてはくれなかった。
通路の奥から姿を見せた黒球体は、キュイン、キュイン、と例の音を立てながら、マリーたちへと迫っていた。
『マリー・アレクサンドリア、ロベルダ・イアリスの両名であることを確認。対応方法の指示を、『イヴ』……』
「――イアリス、逃げるぞ!」
立ち上がったマリーは、イアリスへと手を伸ばし……舌打ちした。
腰を抜かしてへたり込んでいるイアリスの目は、これ以上ないぐらいに見開かれ、幾重もの涙が零れている。
正気を無くしているのが、一目で分かった。
「――死ぬ気で捕まっていろよな!」
考える暇は無かったし、迷う暇も無かった。腰に差さっている剣を抱えさせて、強引に抱き上げる。そして、黒球体が来ていないもう片方の通路へと――飛び出した!
『目標の逃走を確認、追走します』
追わなくていいんだよ!
その言葉を胸中にて怒鳴りながら、凄まじい速度で走り抜けるマリーは、突き当りの廊下を見て立ち止まる。直後に傍の扉を蹴破って、露わになった別の通路へと飛び込む。
遅れて、今しがた居た空間を幾重もの弾丸が通り過ぎ、壁に着弾した。後方から響くマシンガンの砲撃音に、ゾクゾクと背筋を震わせながらも、マリーは走る、走る、走る。
「せいや!」
ある時は扉を蹴破って。
「おらぁ!」
ある時は吹き抜けの階段を跳んで。
「――っ!」
ある時は巡回する黒球体をやり過ごし。
とにかく、マリーは走った。走って、走って、走って、走り続けた。
息は乱れ、心臓の鼓動も激しく、疲労はピークに達する。
けれども、マリーは走ることを止めなかった。
止まれば、追いつかれる。
止まれば、撃ち殺される。
その恐怖が、マリーの足を止めなかった。
こんなところでは死なないという意志が、マリーの足を動かした。
殺されてたまるかという憤怒が、心を奮い立たせた。
通路を進み、十字路を曲がり、扉を蹴破り、通路を進み、扉を蹴破り、通路を進み、階段を駆け上がり、十字路を曲がり、通路を上り、扉を蹴破る。
いったい、どれだけ走り続け、どれだけの黒球体から逃げ回ったのか、分からない。少なくとも、両手両足の指では足らない数をやり過ごしたのは確かだ。
走り続ける足は棒のように固く、鉄のように重い。心臓は今にも破けそうな程に激しく鼓動を繰り返し、疲労で意識が飛びそうだ。滴り落ちた汗が、気絶しているイアリスの身体に降りかかる。
それでも走って、走って、階段をのぼって、のぼって、のぼって……数十枚目となる扉を、「――しゃおらぁ!」蹴破ったマリーは、瞬間、視界全てを覆い尽くす光にゾッとっ背筋を震わせた。
(――ここまで来て!?)
せめて、イアリスだけでも。そう思ったマリーは、イアリスを庇うようにして抱き締めて、その場にしゃがむ。
……。
……。
…………?
何時まで経っても降りかからない痛みに、マリーは内心首を傾げる。ジンジンと痛む頭と乱れに乱れきった呼吸を整えながら、ゆっくりと顔をあげたマリーは……大きく目を見開いた。
マリーの目の前に広がっていたのは……どこまでも広大な森林と、草原世界であった。
右を見ても、左を見ても、森、森、森。降り注ぐ太陽光の温かさと、鼻腔へと飛び込んでくる緑と大地の臭い。まぎれも無い大自然が、目の前に佇んでいた。
はあ、はあ、はあ、はあ……火照った頬をくすぐるそよ風が、まるで天使の息吹が如く心地よい。チチチ、と頭上を飛び去って行く鳥の鳴き声が、まるで夢世界のように思えた
『目標が敷地の外に出ているのを確認。『イヴ』、御指示を……』
「――っ!?」
突如背後から聞こえた声に、マリーは心の中で己を罵倒しながら飛んだ。もてる限りの力で最も近い木々の陰に素早く隠れ、イアリスを下ろす。
そして、マシンガンの砲撃を警戒しながら、そっと顔を覗かせて……困惑に目を瞬かせた。
『はい、『イヴ』。見ての通り、敷地外に逃走してしまいました……はい、目標は木々の陰に隠れ、こちらの様子を伺っています』
白色の不可思議な形をした建物……それが、マリーが最初に覚えた建物の印象だ。その建物の入口……今しがたマリーたちが出てきた入口の内側に、黒球体が鎮座している。
だが、不思議なことに。黒球体はそれ以上の追撃をすることはなく、建物の外へ出ようとはしなかった。マリーの位置は既に分かっているはずなのに、マシンガンをあっさり球体の中に収めてしまってすらいた。
キュイン、キュイン、キュイン。黒球体から異音が繰り返される。
おそらく、『イブ』と呼んでいる存在と連絡を取り合っているのだろう。何時でも逃げられるように注意しながらも、ジッとマリーは黒球体を見つめている……と。
スーッと、音も無く黒球体が建物の中へ下がった……直後、扉が有った位置に鉄の壁が音も無く下りる。そして、異音と共に赤い点が鉄の壁の四方をぐるりと回ったと思ったら……静かになった。
……。
……。
…………それから、どれぐらいの時間が流れただろうか。
ただただ呆然と、マリーは建物を見つめる。見つめることしか、マリーには出来なかった。イアリスを見つからないように隠しながら、マリーはそっと樹木の陰から飛び出して……建物の前へと歩み寄った。
「……諦めた……のか?」
見える範囲での建物の外観は、せいぜい高さが十数メートル、横幅は数十メートルといったところだろうか。建物の広大な地下空間に、自分たちは居たのだ……そう、マリーは理解する。
「……とにかく、まずはここを離れねえと」
ふう、ふう、ふう、ふう……多少なりとも呼吸が整ってきたおかげで、少しではあるが動けそうだ。警戒しながらも素早くイアリスの元へと戻り、顔色と状態を確認する。
「……ひでぇ臭いだ」
イアリスの状態は、まあ、命に別状は無かった。下腹部の隙間から漂う尿水の臭いと、傍目にも不安を覚える程に青ざめた顔色でなければ、の話ではあるが。
……ふと、マリーはドレスの内側のポケットを探る。
洗浄機では何事も無かった写真は汗でべっとりと湿っており、激しい動きで多少は折れ曲がっていた。だが、そこに映し出されたモノには何の破損も見られなかった。
……まあ、無事だっただけマシか。
そう己を納得させたマリーは、封筒をビッグ・ポケットの中に入れる。次いで、ぐったりとしたイアリスを背負い……何気なくイアリスの手を見たマリーは苦笑した。
「それでも剣だけは放さない……か。大したやつだな、ロベルダ・イアリス……」
さて、と……変身が解ける前に、逃げられるところまで逃げるか。
誰に言うでも無くそう呟いたマリーは、帽子の位置を直し、改めてイアリスを背負い直す。そして、おもむろに振り返り……しばし経ってから、森の奥へと走り出した。
もう、マリーは振り返らなかった。
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