第三十四話: 異形の成れの果て、その結末

※グロテスク&暴力的&性的なシーン有り、注意要





「――まあ、言ってしまえば、『俺たち』は本体の分身みたいなものさ」



 繰り出されているマシンガンの如き石ころの雨。


 触手の防御を掻い潜って臓器を粉砕する激痛に、悲鳴をあげる九丈の声をBGMに……サララたちの傍に戻った『マリー』が、ポツリと説明した。



「あの『女』から与えられた魔法術は二つ。一つは絶大な力を発揮するあの状態……そして、もう一つは今のこの状態。本体の俺が回復すれば、もっと多く分身できるぜ」



 戸惑いながらも嬉しそうに抱き着いてくるサララを抱き締め返しながら、『マリー』はマリーの隣で気絶しているナタリアを見やる。


 小さくはなったものの、それでも成人男性並みのサイズを維持しているそれを見て、はっきりと苦笑した。



「少ないものの、ナタリアの魔力が無かったら危なかったぜ」

「――ナタリアの魔力が? どういうことなのじゃ?」



 興味を引かれて反応したイシュタリアに、『マリー』は、「どうもこうもないぜ」そうため息を吐いた。



「こいつが俺の中に出した際、そこからこいつの魔力が俺の中に入って来たのがわかってなあ……抵抗が無かったと言ったら嘘になるが、まあ、ナタリアの魔力を吸い取れるだけ吸い取ってやったんだ」



 パチパチと、イシュタリアは目を瞬かせた……だが、特に何も言わなかった。



「……そういえば、お主とナタリアは前の時にも魔力が混ざり合ったのう」



 ただ、ある程度は納得したのか、ナタリアの顔を見て安堵のため息を零した。


 少なかった魔力を吸い取られたことに加えて、疲労困憊の時にあんな行為をしたからだろう。ナタリアの身体には外傷等は見当たらないものの、まだ目覚める様子は無かった。



「……ところで、お主ら一人一人に個別の意志があるのかのう?」

「……んん、なんというか、答え難い質問だな」



 臀部の治療を終え、次は胸部の治療に映ったイシュタリアが、率直に尋ねる。けれども、『マリー』は困ったように頬を掻くと、「何というか、感覚的なものなんだ」曖昧な答えを返した。



「とりあえずの答えは、『ある』だな。だが、完全に個別の意志があるっていうわけじゃない」

「と、いうと?」

「『俺たち』はあくまで『本体の俺』の分身であるという前提の意識がある。だが、同時に『俺たち』個人に、別々の意識が存在しているのも分かる……というか、伝わって来るんだ」

「……つまり、どういうことなのじゃ?」

「まあ、今の俺たちは個にして群であり、群にして個ってことだ。もちろん、俺たちの大本はそこで寝ている『俺』だし、魔法術を解除すれば『俺たち』は消える……おっと、そろそろあいつも限界みたいだな」



 そう『マリー』が話を切り上げて彼方を指差す。


 それにつられてサララたちが顔をあげれば、既に回避行動すら出来なくなっている異形の怪物の姿があった。


 肉体を守る触手の大半は既に粉砕され、肉体の至るところから間欠泉のように鮮血が噴き出している。


 度重なるダメージによって再生能力を失ったのか、それとも先ほどの薬でそうなったのか、傷が修復されている様子は見られない。


 それらに加えて、触手の一部からはあの煙が立ちのぼり始めている。大男たちが本当の意味で死を迎えた時に出た、あの煙だ。


 ふしゅるるる、と噴出する特有の異臭と共に、身体の至る所で血泡が生まれては弾け、生まれては弾けている。



 ……最後の時まで、もう、まもなくだろうか。



 呆然と成り行きを見ていた斑と焔、そして無憎の3人が、複雑な面持ちで九丈と呼ばれた異形の怪物を見上げる。


 漂ってくる独特の臭気に目を背けることなく、3人は黙って全ての元凶の最後を見届けようとしていた――だが。



「……うぐぁぁああああ!!!」



 今にも朽ち果てようしている九丈が、一転して雄叫びをあげる。


 反射的に構えた足元の『マリー』たちをしり目に、九丈はこれまでの愚鈍さとは裏腹の激しさでその身をくねらせると……ぶちり、と辛うじて原型らしき部分が残されていた首から上部分が、千切れて落ちた。



「――あっ!」



 無憎たちのみならず、『マリー』たち全員が、一様に声を揃えた。鮮血を噴き上げる胴体から急速に力を失っていくのを背景に、60センチ大となった触手の塊は、転がるようにして屋敷の前に落ちる。


 そして、その動きが止まったかと思ったら、残った触手を器用に蠢かせて、屋敷の中へと飛び込んで行った。




 …………。


 …………。


 ……何とも信じられない光景に、『マリー』たちは一瞬ばかり目を瞬かせた後……ハッと、我に返った。



「――待て、『俺たち』が追う。『俺たち』は魔法術で作られた存在だからな……死んだところで、『本体の俺』には痛くも痒くもない」



 慌てて追いかけようとしたドラコと無憎を、その場に押し留める。


 もう九丈に何かをする力など無いだろうが、竜人であるドラコをも昏倒させた毒を持っている。念には念を入れておくに越したことはない。


 クルリと、振り返った『マリー』はサララたちの顔を順々に見やる。


 全員から力強く頷かれたのと同じくして、九丈の胴体を攻撃していた『マリー』たちも到着した。



「……マリーさん、おそらく九丈は『祭壇』に向かっているのだと思います」



 スッと前に出た斑に、『マリー』は笑みを浮かべた。



「分かっているよ。道なら、あいつが残しているから迷うことも無い」



 クイッと、顎で示した先には、九丈のものらしき体液の痕が点々と続いていた。隠すことすら、もはや九丈には出来ないのだ。



「兎にも角にも、これで俺たちの仕事である『化け物退治』はお終いだ。ちゃんと仕事をこなしたんだから、報酬を忘れずに用意しておけよ」

「――厚かましいとは存じますが、時間を掛けても必ず……お支払いします」



 深々と、斑と焔は頭を下げた。次いで、無憎も深々と頭を下げる。『マリー』は、サララたちに本体であるマリーの介抱を頼むと、一斉に九丈の後を追った。




 短くも長い騒動の決着まで、後少し……。











 ――なぜだ!?


 ――なぜだ!?


 ――なぜだ!? 


 ――なぜこうなった!?



 ドタドタと、もはや己でもよくわからない状態となった肉体をどうにか操って、触手の塊と成り果てた九丈は先を急ぐ。


 道標とも言うべき体液の足跡を残しているのを自覚しながらも、今の九丈にはどうすることも出来なかった。


 途切れそうになる意識をどうにか保ち、足元をもつれさせながら、九丈は走る。というより、蠢き続ける。


 何度か見た覚えのある通路を通り、記憶の片隅に残っている角を曲がり、間違えたことに気づいて引き返す。


 とにかく地下へ下りなければならない。『祭壇』がある地下へ……『あの方』から聞いていた、ここからの脱出口。


 地上と入口を繋ぐものとは別の、出口。『あの方』の存在を知る、己だけが把握している生きる為の突破口!



「なじぇだ……なじぇ、ぎょうにゃっだ……なじぇだ……!」



 ぷくぷく、と皮膚の内側から触手が盛り上がる。ぶしゅ、と飛び出した小さなソレは、ぎゅるぎゅると蠢いたと思ったら……すぐに、動かなくなった。もはや、新たな組織を形成することすら出来なくなっていた。


 九丈の肉体は、『マリー』によって撃ち込まれた『抗ウイルス剤』によって、完全に組織のバランスを崩していた。


 ここまで肉体が変態を遂げてしまえば、もう自室に保存してある『あの方』から頂いた『安定剤』も意味はないだろう。



(あの時……あの時、傷の修復よりも、撃ち込まれた薬の排除を優先していれば、こんなことには……!)



 九丈の脳裏に浮かぶのは、薬を撃ち込まれてばかりであった。


 これまでの人生において、九丈は大怪我らしい大怪我を負ったことがない。


 そんな九丈にとって、その身を切り裂いた手斧の痛みは堪えようがない程の苦しみであった。



 ……今の己なら、耐えられたはずだ。死の痛みなど、容易く。



 そんな根拠のない慢心が、痛みを過小評価していた。『大男』になる危険性を恐れて、幾つかの薬の量を少なくしていたのがいけなかった……あんな少量では、痛みを完全には消せなかったのだ。


 あの瞬間、九丈はパニックを引き起こしていた。


 とにかく、傷を治さなくては死んでしまう……その一心で身体の修復に意識を没頭し、全身に広がっていく細胞の異常に気付かなかった。気づいたときには、全てが遅かった。



(もう、こうなったら私一人の力では戻れない……『あの方』の……あの、御方の力を借りなくては……!)



 何とか立て直そうとはした。注入された薬液を排除し、バランスを崩して変質してしまった細胞を体外に排除してしまえば……なんとか、助かっていたはずだ。


 だが、そのたびに行われた『マリー』たちの攻撃によって、中断させられた。とにかく崩れてしまったバランスを調整しようと頑張ったが、ことごとく邪魔をされた。



 そして、その結果……『大男』たち以上の、おぞましい物体に変わり果ててしまった。



 いくら化け物に成り果てる覚悟が有ったとはいえ、いくら何でもこんな姿はあんまりだ。これならばいっそ、『大男』の方が幾らかマシではないか。


 そう、九丈は……途切れ途切れの思考の中で、吐き捨てる。


 とにかく、向かわなくては。屋敷の一番奥にある、離れ。その部屋の扉を体当たりでぶち破り、地下へと続く階段をこじ開ける。


 そこを転がる様に降りて、デジャヴュを感じさせる洞窟を進み……見えてきた『祭壇』を見て、九丈は確信した。



(『あの方』の言っていた通り! ならば、その先へと続く道がこちらに……!)



 『祭壇』は、おおよそ祭壇と呼ぶには些か違う外装をしていた。


 水たまりとも言っていい小さな池の中心に建てられた、小さな屋代。それが、『祭壇』であった。


 そして、『祭壇』を正面に捉えて、左右に通路が二つ続いている。


 どちらも明かり目印らしきものはなく、傍目からは全く同じにしか見えないのだが……九丈は迷わず左の通路を進んだ。



(あった、ここだ!)



 進むこと、しばらく。


 ポツリと姿を現した、さらなる地下へと続く階段が、ウィッチ・ローザによって照らされている。それを、九丈は飛び降りる様に身を乗り出し……そのまま、階段を踏み外した。



「――ご、ごぁ!?」



 全体的に掠れて、うっすらとしか見えない視界の中、転げ落ちるようにして地下へと続く階段を下りる


 いや……それはもはや落ちるように、ではなく、転がり落ちていた。その姿はさながら、ボールのようである。


 どちゃ、どちゃ、と体液の跡を残しながら、九丈は終着点にて到着する。その時点で、辛うじて残されていた触手の大半が千切れ落ちていた。


 だが、まだだ。毛虫のように這いずりながらも……先を急ぐ。急がなくては、あいつらに……『マリー』に追いつかれてしまう。



(もう、触手を再生する力すら無い……あと少し、あと少しだ……その先に、地上へと逃げる手段がある……!)



 ズルズルと、石のように固い地面を這いずりながら、九丈は懸命に先を急ぐ。


 まるで進んでくれない景色に苛立ちを覚えながらも、それでも精一杯触手を蠢かせ――。




 ――九丈、そこにいるのか!




(――き、来た!?)



 やはり血の跡を追ってきた、追い付かれる。


 そのことに思い至った瞬間、九丈はさらに身をくねらせて先を急ぐ、急ぐ、急ぐ。

 後ろ方から、かたかたかた、と階段を下りてくる足音が聞こえる。


 もう、すぐそこまで来ているのだ……それを悟った九丈が、さらに焦った瞬間、九丈の身体が再び宙を舞った。



(うわぁぁーー!!)



 声にならない悲鳴が、肉の塊と成り果てた九丈からあがる。ごろごろと、暗転と反転を繰り返す視界と意識の中、ひと際強い衝撃を受ける。


 それが逆に覚醒の手助けとなったのは皮肉としか言いようがないが……とにかく、九丈はまだ生きていた。



(く、くく……こ、ここは?)



 妙に鈍くなってきた身体を起こしながら、残っていた触手眼球ごと顔をあげた九丈は……視界全てに広がっている光景に、言葉を無くした。


 一面……視界に映る全てが、真っ白であった。


 しかも、ただ白いわけではない。さんさんと降り積もる白い粒が、ただでさえ白い地面をさらに白く染め上げ、まるで絨毯のように柔らかな弾力を九丈に感じさせていた。


 その白い粒が、雪であることに、九丈は気づかなかった。


 そして、その場所が……九丈の身体では生き長らえることが不可能な程の、極寒な世界であることに、温度を探知できなくなっていた九丈には分からなかった。



(な、なんて……)



 けれども、もう九丈にはどうでもよかった。背後に迫っているであろう『マリー』たちの存在も、己がもうすぐ死に絶えようとしているのも……もう、どうでもよかった。



(なんて……美しいんだ……)



 地上の光景は、バルドクを通じて確認したことはあった。


 だが、記憶にあるそのどれよりも、眼前のそれらは美しい。眼前に広がる霞んだ光景の前には、これまで見てきた全てがハリボテのようだ。



 涙が……零れそうになった。



 もう涙を流すことも出来ない身体なのに、涙を零しそうになる感覚を強く覚える。

 ただただ……九丈の心は安らかであった。痛みも、もう感じない。


 ぱきん、と凍り付いて砕け散った己の触手も、泡立って蒸発していく己の身体も、どうでも良くなってしまった。



 ……力が、抜けて行く。抵抗、出来ない。



 気づいたとき、九丈は横たわっていた。けれども、九丈は不思議と辛いとは思わなかった……むしろ、心地よいとすら感じていた。



(……ああ、あれは……?)



 薄れゆく意識の中、九丈はソレを捉えた。


 悠然と佇む、小さな影……ふわりと見える、一度見たら忘れられないその髪の色。『あの方』だと理解すると同時に、近づいてくるのだけははっきりと分かる。



(……助けに……来て……のですか?)



 フッと、影が差した。ぼんやりと影と成ったその者を見上げた九丈は――。



「ご苦労様。いい見世物だったわ」



 ――その言葉と共に脳天を走った衝撃を最後に、もう、考えることすら出来なくなった。










 ――ここは!?



 九丈を追って階段を下りて、しばらく。


 再び見えた階段を落下するが如く飛び降りた『マリー』たちは、目の前に広がる光景に言葉を無くす。


 天井から絶えず振り続ける氷の結晶に、地面一面を埋め尽くす白銀の海。そこは、地下とは思えない異質な空間であった。



「なんだ、ここは――っ!?」



 そう呟いた直後、マリーは……骨の髄まで凍るのではないかと思う程の冷気を自覚すると同時に、飛び退くようにして階段へと舞い戻った。



「さっむいじゃねえかよ!」



 ――冷気が噛みついた。



 そう、錯覚してしまうぐらいの冷たさだった。


 肌の上に滲んでいた汗は瞬時に凍りつき、白い点々が残される。ぶるりと背筋を震わせた『マリー』たちは、暖めあうように互いを抱きしめる。


 そうしてふと、『マリー』たちは首を傾げた。


 互いを抱き締め合う程の寒さを感じたというのに、今は全く感じない。『地下街』と同じく、過ごしやすい適温であることが、余計に実感できる。



「どうなっているんだ……それに、この感じ……?」



 『マリー』の視線が、足元に向けられる。


 階段からその先は万遍なく雪が降り積もっているが、『マリー』たちが居る内側には一片も雪が入って来ない。冷気も同様で、まるで触れることも見ることも出来ない壁が阻んでいるかのようだ。



(境界線みたいにきっちり線が引かれている……まるで、ダンジョンみたいだ)



 そう思ったマリーは、まさか、と首を横に振る。


 けれども、すぐに『地下街』の至る所に繁茂するダンジョン特有の植物たちの存在を思いだし……首を横に振った。


 今は、そんなことを考えている場合ではない。


 それを思い出した『マリー』たちは、境界線からはみ出ないように気を付けながら、ジッと白銀の世界に目を凝らした。



 ……目に見える範囲には、それらしいモノは何もない。



 絶えず振り続けている雪が足跡を隠してしまっているのもそうだが、時折見られる白銀の吹雪が、視界のほとんどを真っ白に染め上げてしまう。


 そうなれば、伸ばした指先すら見えなくなるぐらいに視界が悪くなってしまう。『マリー』たちがいる階段の内側から確認出来る範囲には、限界があった。



(体液の跡は、ここまで続いていた……九丈はここを逃げて行ったのか)



 それを考えた『マリー』たちは、渋い顔で互いの顔を見合わせる。


 出来ることなら九条を確認し、死んでいるという確証を得たいところだ。


 だが、これほどの冷気の中では活動出来ても数分が限度。ましてや、あの吹雪の中に取り残されれば、まず戻れずに凍死するだろう。




 一旦戻るべきか。それとも、危険を承知で確かめるべきか。




 その二択が、『マリー』たちの頭に浮かぶ……と――。


 ひと際強い突風が、階段の外にまで吹雪いてきた。こちらには来ないだろうと思い込んでいた油断が、マリーの決断を迷わせる。


 その一瞬が、結果を左右する。目に見える全てが白銀の霧に覆われ、数十センチ先すら分からなくなってしまったからだ。



 ――くそ! やはり、無理だ!



 こうなればもう、一旦は諦めるしかない。


 そう結論付けた『マリー』たちが、渋々引き返そうと思った瞬間――


 あっ――。


 吐息のような声が、『マリー』たちの唇から零れる。



 『マリー』たちの視線の先。白銀の霧に覆われた、ある一点。不思議なことに、まるで切り取られたかのようにそこだけが鮮明に奥まで確認出来た。


 小さな、小さな円の中。その奥に見えているのは……青白い塊となった、九丈の亡骸であった。雪が降り積もり、色が多少変わっているそれは、確かに九丈であった。


 そして、その九丈の隣には誰かが立っていた。足が、見える。だが、それ以外は全く見えない。この極寒の世界の中、傷一つ無い、シミ一つ無い、雪景色の中に溶け込んでいきそうな、小さな白い足が二本、立っていた。



 ――アレは?



 ほとんど無意識に、『マリー』たちは目を凝らす。けれども、どれだけ頑張っても見えるのはその足と、その隣で朽ち果てている九丈の亡骸だけ。それ以外は何も見えない。



「――あっ!?」



 びゅう、と叩きつけられる、ひと際強い突風。


 知らず知らずの内に身を乗り出していた一人の『マリー』があげた悲鳴に、『マリー』たちは一斉に我に返り……九丈たちの姿を見失っていた。



 ……もう、そこには何も無かった……いや、見えなかった。



 まるで、もういいでしょう、と言わんばかりに吹き荒れる雪の嵐は、弱まる様子を見せることなく、さらにその力を強めているようにすら思えた。



「…………」



 呆然と、『マリー』たちは互いの顔を見合わせる。


 今しがた見た光景を白昼夢と捉えるには些か鮮明過ぎるし、何より『全員』が同じ光景を見たのだ。幻覚でないことは、『マリー』たち自身が一番よく分かっていた。



「……帰ろうか」



 ポツリと呟いた一人が、階段を上り始める。それに同調するように、一人、また一人、『マリー』たちは階段を上り始める。


 最後まで残っていた『マリー』が、我慢しきれずに振り返るが、変わりの無い景色に首を横に振ると、駆け足で戻って行った。


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