第九話: それは片鱗か、あるいは虚勢か




 ……。


 ……。


 …………いくら同じ『東京』の中にあるとはいえ、学園と館の間にはそれなりの距離がある。


 毎朝の登校の際はあまり気にしていなかったが、館に到着するまでにはそれなりの時間を要する。



 ――一方的に尋ねてきた客人とはいえ、いつまでも待ちぼうけさせるのもどうかという話はある。



 わざわざ馬を使うには金が勿体無いと思っていたマリーであったが、イシュタリアからそう言われて、一理あるとマリーは頷いた。



 ……ここは少し金が掛かるが、適当な場所で馬車でも拾って戻ろうか。



 そう結論付けたマリーたちが、キョロキョロと足を探していると……三人の傍を通った荷馬車が、突如減速し始めて足を止めた。簡易な白布屋根が取り付けられた、『東京』では見かけることの多い荷馬車である。


 ……三人の周りには、目的地らしきものは何も無い。まあ、言ってしまえば道路の途中だし。


 何だ何だ、と目を瞬かせている三人を他所に、馬を宥めている御者のものらしき声が聞こえ……ひょいと運転席から覗かせた顔に、マリーは「あっ」と声をあげた。



「やっぱりマリー君だ」

「おお、海松子じゃないか」



 顔を覗かせたのは、いつぞやの試験でお世話になった海松子であった。


 あの時と同じように作業着を身にまとった海松子は、手慣れた様子で運転席から身を乗り出すと、イシュタリアとサララに軽く頭を下げた。


 イシュタリアとサララも、同様に軽く頭を下げた。海松子とは既に何度か顔を合わせた仲だし、マリーの口からある程度話は聞いているので、二人としてもそれで挨拶はそれで十分であった。



「……あれ?」



 三人の顔を見やった海松子は、おや、と首を傾げた。



「よく考えたら、こんな時間に三人ともどうしたの? マリー君のところは確か、今日は講義が行われているんじゃなかったっけ?」



 鍛冶科に所属している海松子は、学生という身分でありながらも、実は既に本職に遅れを取らない腕前を持っている。


 その為、道具の整備を学園の生徒から依頼されることが多く、お客が増える時間帯が頭の中に入って……あっ。


 そこまで考えた辺りで、海松子は目を伏せた。


 海松子はマリーの事情を知る内の一人であり、マリーが一部から嫌がらせを受けていることを知っている内の一人でもあった。



「……もしかして、また何かされたのかい?」



 恐る恐る尋ねられたマリーは、苦笑して首を横に振った。



「野暮用が出来たから早退してきただけだ」



 別に隠し事するもりはないので素直にそう答えると、海松子はしばしマリーの顔をジッと見つめ……「そっか」安堵したのか、ホッと表情を緩めて微笑んだ。


 仕事柄、多種多様の生徒たちと接する機会の多い海松子の元には、様々な情報が耳に入ってくる。


 その中には、マリーへの悪意ある噂も混ざっており、噂は噂と考えている海松子ですら眉をしかめてしまうぐらいに酷いものもある。


 マリー自身はそのことに関して何も言わないし、気にしている素振りを見せようとはしないが……心配してしまう。海松子もまた、影ながらマリーのことを気にかけている一人であるからだ。



 とはいえ、めそめそと考えていても仕方がない。



 あっさりと、軽く首を横に振って、海松子は気持ちを切り替える。ニコッと、いつものように明るい笑顔を見せた海松子は、ズイッと後ろに繋いだ荷台を指差した。



「それなら、このまま館に帰るんでしょ? 私もちょっとシャラさんに用があって向かうところだったし、もしよかったら乗っていくかい?」

「いいのか?」



 その申し出に、マリーのみならず、後ろで話を聞いていた二人も驚きに頬を綻ばせた。



「いいよ。ただし、座席なんて上等なのは付いていないし乗り心地は最悪だけど、それでもいいんならどうぞ遠慮なく」

「いやいや、それでも十分過ぎるさ」



 渡りに船とはこのことだ。喜びに頬を綻ばせるマリーたちを見て、海松子は笑顔を深める。いの一番に乗り込んだマリーを見届けると、馬の様子を確認しようと前を向いた。



「もし、ここに座らせていただいても?」

「――っと、君は……確か、サララちゃんだね」



 直後、横から掛けられた声にピクリと肩を震わせた。海松子が振り向いたとき、サララは既に隣の席へと下ろしているところであった。


 何時の間に乗り込んだのだろうか……海松子は目を瞬かせた。



「……驚いた。君のことだから、マリー君の傍にいるのかと思っていたよ」



 思っていることがそのまま口から出る。持っている槍をぶつけないように立てかけたサララは、澄ました顔で前を見つめた。



「私とて、時にはマリーと別行動を取りたい時もある。今は、そう言う気分なだけ」



 ……いや、だとしても何でこのタイミングで?


 その言葉を海松子は寸でのところで呑み込む。時を同じくして、後ろの荷台から「乗り込んだのじゃー」イシュタリアの合図が聞こえてきた。海松子がひとまず手綱をしならせると、二頭の馬は慣れた様子で走り始めた。


 カラカラ、と。


 地面の凹凸に合わせて、馬車が揺れる。チラリと振り返って確認すれば、上手いことバランスを取っている二人の姿が見える。どうやら、落っこちるようなことは無さそうだ。


 そうして一息ついた海松子は……隣に座る寡黙な褐色少女を横目で見やりながら、内心ため息を吐いた。正直、やりにくい子だな……というのが海松子の本音であった。



(……なんで僕の隣に座って来たんだろう……座るとしても、イシュタリアちゃんだろうと思っていたんだけどなあ……)



 イシュタリアはいまいち分からないが、サララのマリーに対する拘りは凄まじいものがある。執着心というか、その愚直なまでの奉仕精神は、数回顔を突き合わせただけの海松子ですらはっきりと感じ取れるぐらいだ。


 そのサララが、マリーと別行動を取りたい?


 何か、意図がある。率直にそう思い至った海松子は、とりあえず黙って馬の操縦に集中することにした。サララの思惑が全く見えないが、どうせそのうち何かリアクションをしてくるだろう――。



「少し、いい?」


 うわ、早速来たよ。



 思いのほか早かった展開に、海松子は何食わぬ顔で返事をした。そのことに気づいているのか、いないのか。いまいち海松子には分からなかったが、サララは「お時間は取らせない」と前置きをして少しの沈黙を挟むと……では、と唇を開いた。



「あの試験の日、あなたたち二人に何があったのかを、率直に教えてほしい」

「――ああ、あの日のことか」



 脳裏を過ったフラッシュバックに、手綱を持つ手が狂わなかったのは運が良かった。掻いてもいない冷や汗を腕で拭いながら大きく息を整えると、海松子は改めてサララを見やる。


 サララの視線は相変わらず海松子では無く前方へと向いているが……ナイフのように冷たい意識を向けられているのが、海松子にははっきりと分かった。


 しかし……海松子個人が抱いた感想は、ソレではない。サララがわざわざ己の隣にやってきた理由を察した海松子は、思わず肩の力を抜いた。



(ああ、なるほど。マリー君はサララちゃんたちに何も話していないわけね。だから、事情を知っているであろう僕にわざわざ話を聞きに来たってわけか)



 軽く振り返って見れば、イシュタリアがマリーへとしきりに話題を振っているのが見える……別に不自然な光景ではない。


 だが、こうしてサララが隣に座った今となっては、それがマリーの意識を誘導させているというのがすぐに分かる。


 ……ここで会ったのはただの偶然だし、それらしい会話をしていなかったというのに、見事なまでの、この連携。


 この二人、実は凄く仲が良いんじゃなかろうか……そう思う海松子であったが、口に出そうとは思わなかった。



「それで、何を聞きたいの?」

「全て」

「……あ、うん、全部ね、全部……」



 放たれる雰囲気と似たような返答に、海松子は思わず苦笑してしまう。しかし、サララから放たれる雰囲気が強くなったのを察知すると、すぐに気を引き締め……困ったように首を傾げた。



「えっとね、男がいたんだ」

「男?」

「そうだよ」



 聞き返すサララに、海松子はフッと記憶の中からあの男のことを引っ張り出す。たどたどしく、己が記憶していることを順々に、思い浮かぶがままにサララへと伝えた。


 人間とは思えぬ形相。その手に掴まれていた生徒たちの生首。階段の向こうへと飛んで行ったマリーの姿、聞こえてくる死闘の鼓動。


 そして……戻ってきたマリーが見せた、これ以上ないぐらいに青ざめた顔。それらを語り終えた海松子は、再び額に浮かんだ汗を拭うと、大きく息を吐いた。



「僕が知っているのはこれぐらいだよ。神に誓って断言する……何も隠し事はしていないし、これ以上はマリー君しか知らないことだから、それ以上はマリー君に聞くことだね」

「……そう、分かった。ありがとう、辛いことを思い出させてごめんなさい。おかげで、ここしばらくマリーがダンジョン探究の許可を出さない理由が分かった」

「ううん、気にしないでよ。僕も、ちょっと気持ちがすっきりしたから……というか、マリー君そんなことしていたんだね。まあ、気持ちは分からないまでもないけど……」



 頭を下げるサララに、海松子は手を振って笑顔を見せた。海松子としても、サララにあの時のことを話したおかげで、胸中の奥で疼いていた何かが和らいだような気がする。海松子としては、辛いばかりではなかった。



「――っと、話している間に到着したようだね。お二人とも、到着ですよー!」



 荷台に乗っている二人に声を掛けながら、見えてきた館の外観に海松子はどうどうと馬を宥める。


 徐々に速度を落としながら、負担を掛けないように馬を巧みに館の正門前へと誘導する。鍛冶屋にしておくには、ある意味勿体無い腕前だ。



「……ところでさあ、サララちゃん」

「なに?」



 下りる準備の為に中腰になっていたサララは、その姿勢のまま振り返った。


 カタン、と車輪が段差を乗り上げたというのに、ふらつきもしていない。


 本当に大したもんだなあ……と思いつつも、海松子は「あのさ」と言葉を続けた。



「聞きたかったことは、それだけ?」

「それだけ、とは?」

「えっと、僕とマリー君の関係とか、そういうのは全然気にならないのかい?」

「質問の意図が分からない」

「いや、だからさあ」



 カリカリと、海松子は頭を掻いた。



「僕とマリー君の間に、何というか、男女の関係があるかもしれないとか、そういうことを思ったりはしないのかい?」

「しない」

「……え、あ、え、少しぐらいは考えたりしないの?」

「しない。マリーは仕事に関しては真面目だから、仕事相手にそういったことをしようとは考えないもの」



 ――即答。一瞬の躊躇も無い即答に、尋ねた海松子の方が面食らう。


 それを見たサララは不思議そうに首を傾げると、動きを止めた馬車から静かに降りて、先に下りていたマリーの元へ歩いて行った。



「助かったぜ海松子! 今度何か奢ってやるからな!」

「え、あ、うん、楽しみにしているよ……」



 館入口の鉄格子向こうから手を振っているマリーに手を振り返す。その後ろから同じように手を振っているイシュタリアにも、手を振り返す。


 そうして、一人ポツンと残された海松子は……深々とため息を吐いた。



「ああ、そうそう。先ほどの問答に訂正しておきたいことと、言い忘れていたことがある」



 瞬間、気配も無く戻って来ていたサララに、海松子は思わず肩をビクつかせた。


 し、心臓に悪い……と高鳴った鼓動に手を当てて深呼吸する海松子をしり目に、サララはジッと海松子を見つめた。



「気にはならないというのは間違い。やはり、多少は気にするし、マリーがあなたを背負ってダンジョンから出てきた時、少しばかりの嫉妬を覚えなかったといえば、嘘になる」

「――そ、そう。で、でも安心し――」

「でも、それだけではないの」



 海松子の声を遮る様にサララは、頬を恍惚に火照らせ……歪に唇を歪めた。



「あなたに文句を言いながらも、それでも嬉しそうだったマリーを見て……私の心を満たしたのは他でもない……身震いするほどの幸福だった」

「……え」

「だから、私があなたに言いたいことはただ一つ。これ以上でもこれ以下でもない、あなたに伝えていなかったお礼を今ここで伝える」



 ふわりと、サララは深々と頭を下げた。思わず見惚れてしまう程に、その動作には一切の淀みがない。


 スカートを履いていたらさぞかし似合っていただろうその姿に、海松子は言葉を無くしてしまった。



「あの人を喜ばせてくれてありがとう。あなたのおかげで、私の心は幸福で満たされた」

「――っ」



 顔をあげたサララを見て、海松子はぞぞぞと背筋を震わせた。


 海松子の頬が引き攣っていることに気づきもしないサララは、踵を返してマリーの後を追った。


 きい、と鉄格子が閉まる音を聞くまで、海松子は呆然とサララの後ろ姿を見るしかなかった。



「……ははは、いやはや、参ったなあ」



 緊張に固まっていた身体から力が抜け、深く席に座り込む。カリカリと、力無く頭を掻くと、癖毛の髪がもふもふと指先に絡み付いた。



「酷く恐ろしいモノを見てしまった……」



 はあ、と吐かれた海松子の呟きは誰の耳にも届くことは無く、海松子は……館からこちらに近づいてくるシャラの姿を見て、気持ちを切り替えることにした。








 ……。


 ……。


 …………尋ねてきたお客は二人で、マリーの自室にて待っていてもらっている。



 どうも人目を避けたいようで、イシュタリアの指示の元にそうしたらしい。分厚いローブに全身を隠しており、声から推測するに、男一人と女一人らしい。


 出迎えた女たちから聞いた情報をまとめたマリーは、自室に通す決断を勝手に下したイシュタリアの額にデコピンを放った。


 額を押さえて「うぉぉ、魔力込みのデコピンは洒落にならぬのじゃ……」と呻き声をあげるイシュタリアを他所に、マリーはさっさと自室の扉を開けた。



「――っ!?」

「あ、お帰りなさい」



 振り返ったマリアが、にこやかな笑みを浮かべてマリーを迎える。部屋の中には、マリアとドラコとナタリアの三人の他に、女たちから聞いていた通りの恰好をした怪しい二人組がいた。


 片方はドラコ並で、片方はシャラ並みに背の高い二人組は、辛うじて外部へと露出している両目の部分からマリーを捉えると、座っていた椅子を蹴飛ばすような勢いで立ち上がった。



「俺が、マリーだ。こんななりをしているが、これでもこの館の主を務めている。わざわざ俺をご指名するって、いったいどう要件なんだい?」



 反射的に己の前に立とうとしたサララを宥め、その槍を下ろさせる。次いで、佇んでいる二人組の傍を通ってベッドに腰を下ろすと、マリーはジロリと二人組を睨んだ。


 その隣に腰を下ろしたイシュタリアから一拍遅れて、サララが二人組の背後に音も無く立った。愛槍である粛清の槍が、窓から差し込む明かりにキラリと煌めいた。


 マリーたちの視線が、二人組へ一斉に注がれる。


 机の上に置かれた冷めた紅茶の匂いが漂う室内……その中で黙って立ち尽くしていた二人組は……何の予告も無く、その場に膝をついて頭を下げた。


 ……いわゆる、土下座であった。


 恰好から何かしらの仄暗い思惑があるのだろうとは考えていたが、これは予想外。想定外の事態に思わず目を見開くマリーたちを他所に、背の高い方が静かに身体を起こした。



「ご無礼な訪問、どうかお許しください。俺たちはあなた方に危害を加えようとは思っていません。マリーさん……あなたにどうしても聞き入れて欲しい願いを伝えたくて、やってきただけなのです」



 思いのほか低い声色……事前の話し通り、片方は男性か。目元以外を隠しているので、顔色をうかがい知ることは出来ない……だが、その目に浮かぶ悲壮な何かは、マリーでなくても察することは出来た。


 ……ふむ、とマリーは顎に手を当てて首を傾げた。



「俺に用があるのは分かった。だが、素顔を隠したやつの願い事なんて、たとえどれだけ容易い内容であっても聞く気にはなれん」

「……!」

「別に素っ裸になれとは言わん。しかし、せめて顔だけでも見せるのが筋ってもんじゃねえのかい? それとも、お前たちは顔すら見せない相手を信用するお人よしなのかい?」



 それは、マリーからすれば当然の注文であった。それと同時に、常識的で当たり前の注文でもあった。


 ピクリと、小さい背丈の肩が震える。おそらくは、女の方……それを見やった大きい方は、しばし悩むように俯いた後……ゆっくりと顔をあげた。



「分かりました」

「――っ、バルドク!」

「黙っていろ、かぐち」



 顔を晒そうとした男『バルドク』を止めようとした、声からも確信出来た、『かぐち』と呼ばれた女の手を、バルドクは乱暴に振り払った。



「マリーさんの言うことはもっともだ。素顔を隠した相手の何を信用すればいい……俺だったら、絶対に信用しない」

「だ、だけど、それでは掟を破ってしまうわ……戻ったら、何を言われるか……」

「何が、掟か。その掟を守って滅びるのが美徳というつもりか?」



 『バルドク』は、吐き捨てるように『かぐち』の咎めをはねのけた。



「掟を守る為にこのまま耐え続けろというのか。今はもう、掟がどうとか言っている場合ではない……そんな掟、糞食らえだ」



 そう言って『バルドク』と言われた男は、己の素顔を隠しているフードと布を引きちぎるようにして外した。


 ふわりと露わになった、思っていたよりも端正な顔立ちに目を瞬かせ……髪の間から飛び出す物体を見て、マリーたちは「あっ!」驚愕の声をあげた。



「おお……我が種族以外にもそれを生やすやつがいたのだな」



 パチパチと眼を瞬かせるドラコと、まん丸に見開かれたマリーたちの視線が、『己の頭』に向いているのを痛い程実感したバルドクは、改めてマリーに向かって両手をつくと、深々と頭を下げる。



 髪を突き破る様にして伸びた『二本の角』が、それに合わせて動いた。



「……改めて、自己紹介させてもらいます。俺の名はバルドク。見ての通り、そこにいらっしゃる女の亜人と同じく、俺も亜人です。かつては『鬼』と人間たちから呼ばれた者たちの末裔です」



 そう言うと、バルドクはかぐちを見やった。さすがに自分だけ脱がないのはダメだと思ったのか、掟とやらを破ったのを目の前で見たからなのかは分からない。


 だが、キッカケにはなったようだ。かぐちは深々とため息を吐くと、バルドクと同じように隠していたフードと布を外し……マリーよりも白い髪と白い瞳が、露わになった。



「……私の名前は、かぐち。そこにいるバルドクと同じく、亜人の末裔の一人です。私はバルドクのような一目で分かる違いは有りませんが、一つだけ違うところがあります」



 そういうと、かぐちは両手を使って大きく口を開けた。露わになった口腔内から覗く……人間の物とは思えないほどに鋭く生えた二本の犬歯が、露わになった。



「私の先祖はかつて『ドラキュラ』と人間たちから怖れられた亜人の末裔で……血液のみを主食とする、吸血鬼というやつです」



 ――唖然。


 ただただ呆然と二人を見つめるしかないマリーたち。「いや、ドラキュラ自体は架空の生物なのじゃが……」と声なき声で呟くイシュタリアが居たが、「お願いします、マリーさん!」バルドクが次に発した言葉によって、誰も気づく者はいなかった。



「俺たちの町に……『地下街』に住み着いた化け物を退治する為に、どうか力を貸してください!」



 お願いします。そう言って頭を下げた二人の亜人を見て……マリーは――。



「と、とりあえず、お茶でも飲んで落ち着こうぜ……」



 ただ、そう言うのが精いっぱいであった。





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