第三章: エピローグ その2 注意


 ※最後のあたり、グロテスクな描写と、性的なギャグがあります。苦手な方は注意








 そうして、夜も更けて、宿の主人たちも寝静まった頃。



「……いちおう、復興を進める手段は有るにはあるのじゃ」



 ポツリと、イシュタリアが呟いたのは、宿の厨房をこっそり借りたナタリアがお茶を持ってきてくれた辺りであった。



「実はな、私が習得している魔法術の中に、『壊された住宅を復元する』というものが有ってなあ……昔、ダンジョン内でたまたま見つけた魔本から習得したのじゃが、それを使えば数分で家一軒を復元することが出来るのじゃ」



 イシュタリアのその発言は、「……いっそのこと、夜逃げでもするか?」という結論になろうとしていた場の流れを、ガラリと変える一言であった。



「――おい何だ、そのあまりに限定的な魔法術は。正しく、この時の為だけにあるような魔法術じゃねえか。なんでそれをもっと早くに言わねえんだよ」



 苦くて渋く、お世辞にも美味いとは言い難い味に歪んでいたマリーの表情が、目に見えて明るくなった。


 まだ半分以上残っているお茶をテーブルに置いたマリーは、ナタリアからの視線を半ば無視してイシュタリアに詰め寄る。



「なんでも何も、この魔法術は恐ろしく魔力を消耗するからのう。私ですら10件も家を復元すれば、疲労でしばらく動けなくなるのじゃ……あ、マリア、期待している所悪いのじゃが、ラビアン・ローズのような大きな建物は復元できぬのじゃ」



 しかし、イシュタリアにはどこ吹く風であった。胸倉を掴まれているというのに気にした様子もなく、平然としていた。その様子に毒気を抜かれたマリーは、仕方なく手を放した。


 けれども、イシュタリアはまだ話を終わらせるつもりはないようで、ぽんぽん、とイシュタリアは衣服の胸元についた皺を伸ばすと、「気落ちするのは早いのじゃ」と話を続けた。



「要は、魔力さえ事足りればいいだけの話なのじゃ。つまり、魔力を外部から補給出来れば、理論上は無限に魔法術を行使できるというわけじゃな」



 えっへん、と薄い胸を張るイシュタリアに、マリーたちはなるほどと頷いた……が、その中で、すぐにマリーは「――あれ、それって?」と内心首を捻った。


 消耗した魔力の回復は、とにかく安静になって食事を取って時間を置くこと。


 以前にマリーが魔力を枯渇させてしまって寝込んだ時も、同じ方法で回復した。言うなれば、魔力というやつは自然回復が一番手っ取り早いのだ。


 魔力を外部から補給する方法もあるにはあるが、それはダンジョンで手に入るアイテムを使った荒業だ。金が掛かるし、肉体への負担もあって、あまり多用するべきではない。



 しかし……それ以外の方法で魔力を回復出来るなんて、マリーは聞いたことがなかった。



 まあ、イシュタリアなら知っているのかもしれない。根拠は無いが、ありえそうな話にマリーは一人納得する……と、チラリとイシュタリアと目が合った。それはただの偶然というよりは、明らかにマリーを見つめていた。


 ……何だろう、嫌な予感がする。碌でもない、嫌な予感だ。


 思わず首を傾げるマリーを他所に、イシュタリアはそのまま何度かマリーに視線を送ると……静かにため息を吐いた。そして、自らが来ているドレスの裾を掴んだ。



 ――と、思ったら。それを、一気に頭上へと引っ張った。瞬間、殺風景の室内にはあまりに不釣り合いな存在が出現した。



 白雪のような肌に映える、ぷくりと膨らんだ乳房。おおよそ女を感じさせるには少しばかり早い体格。幾分かくびれた腰に引っかかる、あまりにセクシーな亜麻色の紐ショーツ。


 ふわりと、黒い長髪が気流を舞って、ぱらぱらと身体に降りかかる。


 唖然とした様子のマリーたちから強烈な視線を受けたイシュタリアは、その一身をぷるりと震わせると、素肌に少しばかり食い込んでいる腰ひもに指を差し入れ……一息に下ろした。



「……さすがに、寒いのじゃ」



 露わになる、真っ白で滑らかな亀裂。ほんのわずかに飛び出しているスポットを隠そうともしないイシュタリアは、そう言って両足から紐ショーツを抜き取ると……それを、テーブルに置いた。



 ……え、なに、こいつ?



 室内とはいえ、あまりに突然の行動に、言葉を失うマリーたち。その中で、一人伸びをして盛大に骨を鳴らしているイシュタリアは、ふう、とため息を吐くと……チラリとマリーへ視線を向けた。



「ほれ、お主も早く脱ぐのじゃ」


 ――何を言っているのだろうか。



 反射的に言い掛けたその言葉を、マリーは寸でのところで堪えた。



「……ああ、うん、待て。とりあえず、脱ぐ前に一言だけ尋ねさせてくれ……どうしてそういう結論になったんだ? というか、なんで服を脱ぐ?」



 湧き上がってくる疲労感と、確信に変わろうとしている嫌な予感に、思わず頭を抱えそうになったマリーは……ジロリとイシュタリアを睨みながら言った。



「何故と問われれば、魔力補給の為に致すからとしか言えんのじゃ」



 イシュタリアの答えは至極あっさりしていた。反して、マリーはイシュタリアの言っている事が全く理解出来なかった。


 マリーが理解出来ないのだから、みんなも理解出来なかった。特にサララは理解出来なさ過ぎて、槍を構えようとしていた。



「……すまん。俺の聞き間違いで無ければ、致すというのは、その、男と女の共同作業で魔力補給をすると言っているように聞こえたんだが……」

「それで合っているのじゃ。まあ、だからと言って普通に致すわけではないがのう……要は、繋がることに意味があるのじゃ」



 恐ろしいことに、どうやら聞き間違いではないらしい。


 突然の展開に付いていけずに呆然と目を瞬かせるしかないマリーたちを他所に、イシュタリアは腰に手を当てて胸を張った。



「ほれ、ナタリアと出会った時のことを覚えておるか?」



 忘れたくとも忘れられない。というよりも、忘れさせてくれない。マリーは嫌々ながら頷いた。



「あれと原理は一緒なのじゃ。繋がることで互いの魔力を行き来させる、ただそれだけなのじゃ。あくまで理論の域を出ない話じゃし、ただ魔力を行き来させるだけじゃから、混ぜ合わせるよりは成功しやすいかもしれぬ……試してみる価値はあると思うのじゃ」


(思うのじゃ、と言われても困るんだけど……え、本気か?)



 しかし、そうマリーが思っている間にも、イシュタリアはベッドに身体を預けると、マリーへと大きく股を開いた。ぱっかーん、と露わになった真っ赤な粘膜の中で、くぱぁっと小さな黒穴が覗いていた。


 イシュタリアのような女の子が好きな人からすれば、血走った瞳を浮かべているであろう光景。色素の沈着すら見られない粘膜と皺の窄まりが、マリーの到着を催促するかのように、パクパクと伸縮していた。



「ほれ、やり方を知らぬ坊やではあるまい。さっさとその股間の小指をここに差し込むのじゃ」

「ええ、分かった、わ」



 笑顔を浮かべたサララが、全力の一閃を放った。しかし、音も無く空気を貫いて放たれた槍を、イシュタリアは予測していたようだ。



「いや、お主ではないのじゃ」



 両足の裏で白刃取りをするという信じがたい離れ業をやってのけたイシュタリアは、そのままの体勢で足を振るう。ぶんぶん、と前後に動く刃がギリギリのところで粘膜の前を掠めた。



「いきなり何をするのじゃ……再生できるとはいえ、好き好んでやられたいわけではないのじゃ」

「何って、その腐って、悪、臭を放つ、○○○を、塞ぎたい、のでしょう? だから、私のコレ、であなたの、腐れ○○○を、綺麗に、してあげようと、している、だけだよ」



 笑顔をそのままに下品な言い放ったサララは。さらに力を込めた。しかし、力量はイシュタリアの方が圧倒的に上な現状、どうあがいても主導権は握れそうにない。


 ……わけが分からず思考停止に陥っていたマリアが、眼前の光景に慌てて我に返る。


 とりあえずはイシュタリアの安全を考えた彼女は、半ばサララにしがみ付くようにして引っ張る……が、動かない。それに気づいたナタリアとドラコも加勢して、ようやくサララの槍がことん、と床を転がった。



「――マリア、姉さん! なんで、止め、るの!?」



 上から伸し掛かるようにして押さえ込まれたサララが、頭上のマリアをなじる。けれども、マリアも黙ってそれを受ける性格ではなかった。



「そりゃあ止めるわよ! 色恋沙汰には手を出さない主義だけど、だからといって、目の前で家族が殺し合い始めそうになったら止めるでしょう! 普通は!」



 ふー、ふー、獣の如く荒くなったサララの呼吸が、室内に響く。正気を半分以上失った瞳が、イシュタリアを見つめている。マリアが傍に居なかったら、確実にイシュタリアを手に掛けているところであった。



 ……やべえ、サララのやつ本気だ。本気でイシュタリアを殺すつもりだ……!



 ブルブルと興奮で全身を震わせているサララを見やったマリーは、ゴクリと唾を呑み込んだ。突然の修羅場……なぜ、こんな事態になったのだろうか。


 自然と、マリーの視線はイシュタリアへと向けられる。いまだお股ぱっかーんの姿勢を維持しているイシュタリアを見ていると、もう色々と考えるのが面倒になりそうだ。



「……ちなみに、それをやった場合はどれぐらい変わるんだ?」

「――ま、マリー!?」



 真っ赤になっていたサララの顔から、血の気が引いていく。目に見えて青白くなっていくサララを他所に、イシュタリアは掌をマリーに見せた。



「最低でも5倍は固いのじゃ」

「え、マジで?」



 己の魔力総量を、『贔屓目に見てイシュタリアに近いぐらい』ではないかと思っていたマリーにとって、その話は率直に意外であった。



「マジじゃ。お主は理解していないじゃろうが、お主の魔力総量は単純に私の数倍はあるからのう……あ、それと安心するのじゃ。お主が無駄に垂れ流している無駄な魔力を無駄なく利用させてもらうだけで、お主に負担は掛からんと思うのじゃ」

「ふーん……本音は?」

「私とて羞恥心はあるし、どうせなら気心の知れた相手がいいのじゃ……普段のお主なら、こういう実験に関しては面倒くさがって首を縦に振ってはくれぬ。 今を逃せば次は何時になるか分からんからのう……なあ、いいではないか」



 可愛らしく小首を傾けるイシュタリア。ほんのりと紅潮した頬に、薄く汗が光る四肢、明かりに照らされた陰部にキラリと輝く粘液……羞恥心が有るとうのは事実なのだろう。


 開けっぴろげの股を閉じてさえいれば、少しはマリーも心動かされていたところだ。



「ダメ! 絶対、ダメ! それだけは、ダメ! マリー、そんなのに、入れないで!」



 ドラコとナタリアに押さえつけられたサララが、涙を流しながら声を張り上げる。


 今が夜だということを忘れているのか、それとも気を回す余裕が無いのか……例の癖が出ている辺り、おそらく後者だろう。



(こんなに騒がしくしているのに誰も覗きに来ないってことは、イシュタリアが何かしているんだろうなあ)



 そんなことを考えながら、マリーは半ば意識を彼方へと飛ばす。


 本当に、何をどう間違ってこんな状況に陥ってしまったのか……マリーは本気で分からなかった。


 ナタリアはどうしていいか分からずキョロキョロと視線をさ迷わせ、ドラコは状況を理解出来ず首を傾げている。



「……みんな、ちょっと落ち着いてちょうだい」



 そんな混沌とした空気で満たされた室内に、マリアの声はよく響いた。「まずは話を整理しましょう。サララもいいわね?」という一言に、サララだけでなく、場の空気も少しばかり緩む。


 さすがは、若くして館を切り盛りする女だけある。



「とりあえず、マリー君は館に帰りたい。それは皆も同意していることで、今はそのことについて話し合っていた。そこまではいいわね?」



 一同、頷いた。「イシュタリアちゃん、お願いだから、ちょっと股を閉じていてちょうだいね」と言われて、イシュタリアは素直に座り直した。美人の笑顔は、時に凄まじい迫力を見せる。


「館に帰るにしても、この町のことが気がかり。でも、だからといって何時までも留まってはいられない。極力早く、町をある程度復興させたい。その為にはイシュタリアちゃんの魔法術が有効で、でも、それをするにはマリー君の力を借りることが必要不可欠。ここまでで相違はないわね?」



 有っても許さない。そう言外に語るマリアを前に、口を挟める者はいなかった。二人からの押さえが外されたサララも、思わず涙を引っ込めた。



「イシュタリアちゃん。魔力をすぐに回復する方法っていうのは、やっぱりそれしかないわけ?」

「んん……現時点では思いつかぬのう。握手や抱き着いたぐらいでは無理なことは、既に確認済みじゃからな」

「なるほど……それで、サララ」

「は、はい!」



 ビシッと姿勢を正したサララは、床の上で直接正座になった。


 それを見やったマリアは、ニッコリと笑みを浮かべた。


 それを見たドラコが、きゅう、と喉を鳴らしてマリーの後ろに隠れた。



「何が嫌なの?」

「えっ?」



 だからね、とマリアは言葉を続ける。



「マリー君が他の女性と致しちゃうのが嫌なのか」

「イシュタリアちゃんとマリー君が致しちゃうことが嫌なのか」

「それとも単純にマリー君がそういう行為をするのが嫌なのか」



「あるいはそれ以外なのか……まずはここで、それをはっきりしなさい」



 サララの内心を思えば、それは非常に答え難い質問であった。しかし、マリアは欠片も容赦をしなかった。


 息どころか心臓すら鼓動を止めたのかと思う程に硬直したサララに向かって、「答えないことは許さないわよ」と追い打ちをかける始末である。



 ……まことに、鬼畜の所業である。



 無言のまま、サララは唇を噛み締める。額から、顔から、首筋から、身体から、全身から、滝のような汗が吹き出している。


 その汗が、じわりと滴り落ちる。俯いた顎先から5回目の滴が垂れた頃……ゆっくりと、サララは唇を開いた。



「マリーが……」



 ギュウッと自身の胸に手を当てたサララは、ポツリと、本音を零す。



「マリーが、他の女とそういうことをするのは別にいい。私が最初じゃなくてもいいし、相手が男でも女でも構わない。でも、最初に子供を孕ませる相手は、私がいい……ううん、私を最初に選んでほしい」


(気になる部分はあるが、サララ……お前、そこまで……!)



 改めて実感する、サララの好意。ある意味回りくどく、ある意味直線的なその言葉に、マリーは思わず胸を高鳴らせる。何だか、若かりし頃を思い出してしまいそうだった。


 湧き上がってくる甘酸っぱい感情に、マリーは浸る。そんなマリーの前で、全員の話を聞いたマリアが何度か考え込むように頷くと……イシュタリアへと顔を向けた。



「さっきのやつって、お尻でも大丈夫かしら?」

「まあ、この際どっちでも構わんのじゃ」

「だってさ、サララ。お尻なら、あなたも文句ないでしょ」

「――あ、それなら私はいいよ」


(いや、お前ら……少し前の俺の感動を返せよ)



 その言葉を寸でのところで呑み込んだ己を褒めてやりたい。


 そう思うマリーを他所に、イシュタリアはいそいそとベッドの上で四つん這いになると、片手で己の尻を叩いた。



「こんなことも有ろうかと、後ろの用意も事前に済ませておいたのじゃ! ばっちこーい!」



 ぱちーん、とイシュタリアの尻肌に浮かんだ紅葉が、ぷるんと揺れた。



「お前は俺を萎えさせたいのか、笑わせたいのか、それをはっきりしろよ糞ババア!」



 そういった性癖の持ち主であったなら、それこそ金貨を積んででもむしゃぶりつこうとするだろうが……マリーとしては、もう残念な気持ちしかなかった。



「お前ら、それでいいのか? ていうか、俺がおかしいのか、これ!?」



 全員の顔を見回しながら、マリーは言った。



「マリア、お前は売春云々をアレだけ禁止していたじゃねえか。これはそれに引っかかると思わねえのかよ?」

「あら、ソレとコレは別物よ。それに、マリー君は勘違いしているようだけど、私は別に致すことそのものは禁止していないの。女所帯に男が入ると大抵面倒事を引き起こすから禁止しているだけで、館の外での自由恋愛については、私は一向に構わないわよ」


 ちなみに、マリー君はオーナーだから例外よ。



 そう言うマリアの顔には、一切の嘘は見られない。


 いかん、このままでは……。



「いや、でも、これって世間的にどうよ?」



 ――あ、いかん。マリアにこの手の質問を尋ねてもしょうがねえじゃん。



 自分でそう言って、マリーは瞬時に悪手だと悟った。世間と言っても、マリーとて洒落た生活を送ってきたわけではない。確かに一般的には一対一が多いが、別にそれが絶対ではないのだ。



「別にそこまで難しく考える必要なんてないわよ。イシュタリアちゃんも望んでいるし、せっかくの機会じゃない……何事も経験しておくに越したことはないと私は思うわよ」



 案の定の意見である。確かにマリアの言うとおり、何事も経験しておくに越したことはないのだろうが……ないのだろうけれども。



(そう言われても、致すってことは……俺のコレを見せなければならねえってことだろ。ああ、嫌だ……せめて、もう少し大きかったら気持ちも変わるんだろうけど……)



 まあ、マリーが抵抗するだいたいの理由は、それであった。半ば諦めの気持ちでサララに視線を向けると、そのサララは先ほどとは打って変わってにこやかな笑顔を浮かべていた。



「大丈夫だよ。お尻も慣れたら癖になるらしいから」

「……お前のことだからそういう斜め上の助言が来ると思ったよ、ちくしょう」

「私にはよく分からんが、強い男が大勢の女を囲うのは当たり前のことではないのか?」

「お前はそう言うだろうと思って、あえて話を振らなかったんだよ。人間の世界と竜人の世界では、ちょっと話が変わるんだよ、ちくしょう」

「それなら、ここは間を取って私がマリーのお尻を――」

「お前は黙っていろ。次に同じこと言ったら、その股に生えた汚物を引きちぎるぞ」



 そこまで相手をして、マリーは深々とため息を吐く。既に場の空気は完全に逆風だ。サララたちからすれば『なんで嫌がるの?』と思われている可能性が高いだろう。


 だが、違うのだ。行為そのものが嫌というわけではない。ただ、マリーが言いたいのは、そういう話ではなくて……まあ、理解はしてくれないだろう。



「……分かったよ、やればいいんだろ、やれば。言っておくが、今の俺のブツが使い物になるか、俺自身分かっていないんだからな」



 もうどうにでもなれと言わんばかりに、マリーは身に纏っていたドレスをえいやと脱ぎ捨てた。露わになった華奢な素肌に残る毛糸のパンツに、女性陣の視線が集中したのをマリーは実感した。


 ……まさか、この身体になってからの初めてを、こんな形で失うことになるとは……おい、これは喜ぶところなのか?


 己に自問しながら、マリーは一思いにスルリとパンツを下ろした。ピクリとも反応していないソコが外気に晒された途端、女性陣の口から歓声にも似た溜息が零れた。



「改めて思うが、お前のモノは小さくて可愛いな」



 ドラコの一言に、思わずマリーは己の胸を押さえた。



「いや、身体が小さいから、むしろ相応……それでも小さい方か」



 グサリと突き刺さる感想に、マリーは反射的に涙を堪える。熱い液体が、目尻を湿らせたのが分かった。



「……ドラコ、人間の世界にはな、言っていいことと悪いことがあるんだ。素直なお前は好きだが、時にその素直さが人を傷つけることがある。それを、覚えていてくれ」

「……ん、あ、ああ、分かった……う、うむ、お前のモノは、よく見ると中々立派だぞ」

「見え透いたお世辞は止めてくれ。そういう気の使われ方をされるのは堪えられないから……」

「……すまない」



 申し訳なさそうにドラコから頭を下げられる。それが余計に情けなく思えてきたマリーは、気持ちを振り払うようにベッドに上ると、イシュタリアの尻を掴んだ……が、そこで動きを止めた。



「……おい、イシュタリア。何か俺が反応することをしてくれ。このままでは入らんぞ」

「ばっちこーい!」

「お前に聞いた俺が馬鹿だった……サララ!」

「――うん、分かった」



 ぱちーんと眼前で己の尻を叩きまくるイシュタリアから、サララへと視線を向ける。それだけで察したサララは、マリーに背中を向けてスルリとズボンを下ろすと、見せつける様にお尻をマリーへ突き出した。


 逆ハート型の、綺麗な褐色である。ぷりっとした弾力を予感させるそこには、ボーイッシュな雰囲気からは想像出来ないぐらいに官能的なショーツが、むっちりと臀部を締め付けていた。


 それはここしばらく、サララが愛用している下着の一つであった。



「……似合っているぞ」



 胸中に浮かんだ感想をそのまま伝えると、ピクリと突き出されたお尻が震えたのが分かった。「あら、サララったら、しばらく見ない内に、ずいぶんと着飾るようになったのね」と、機嫌良さそうにサララの頭を撫でるマリアを見る限り……悪い気はしていないようだ。



 ……さて、と。マリーは視線を下部に向けた。


 見れば、小指のように頼りなかった己の分身が、いっちょまえに背伸びをしていた。幾年ぶりにも思える感覚を不思議に思いながらも、マリーは改めてイシュタリアの尻を掴んだ。



「なんとか準備は出来たし、行くぞ」

「ばっちこーい!」

「頼むからそれは止めてくれよ……っ!」



 さり気なくイシュタリアの方からも位置を調整されながら、マリーは一気に腰を突き出し……それでマリーが得たのは、どうしようもない空しさだけであった。








 ――暗い。そこは、とても暗かった。


 それでいて、とても冷たく、広々とした空間であった。


 暗黒に満たされたそこは、おおよそ温かみというものがまるで感じられない空間であった。


 前、後ろ、右、左、上、下……全方向から伝わってくる冷気は、生命の息吹がまるで感じられない。原初の恐怖を蘇らせる圧倒的な何かが、その空間には満たされていた。



 ……?



 そんな場所で、彼はフッと意識を取り戻した。


 しかし、それ以上のことは何も出来なかった。視界全てを埋め尽くす暗闇もそうだが、思考の大半を埋めている強烈な眠気と倦怠感が、彼から意志を奪っていた。


 フッと意識が遠ざかって、また浮上する。時間の感覚も無く、痛みも無い。寒さも、熱さも、何も感じない。冷静に考えれば異常極まりない状況だと言うのに、彼は不思議なほどに冷静さを保っていた。


 ……いや、違う。冷静さを保っているのではない。十数度目となる昏睡と覚醒を繰り返した今、彼は思考することを放棄していたに過ぎなかった。



「――あらあら、失敗しちゃったのね。まあ、あの子には最後の手段としてアレを渡しておいたから、ある意味必然だったのかもしれないけど……それでも、あなた達はあまりにお粗末だわ」



 水洗いしたうえに酒の中に5日間は浸けたかのように鈍くなった彼の頭がその声を認識したのは、半ば偶然に等しいことであった。


 ……誰、だ?


 散ってバラバラになった思考をどうにか組み立て、それだけの言葉を発する。けれども、声の主はか細い問いかけをかき消すかのようにため息を吐いた。


「せっかくお膳立てしてあげたのに……所詮は、愛玩動物の子孫。あるいは人間に変わって私の元へ辿りつけるかもしれないと思ったけど……期待はずれだわ」


 ……誰、だ?


「……まあ、数人……いや、数匹かしら。ちょっとは頭の良いトカゲがいたようだけど、結局行動に移したのは一匹だけ……あの子は良いわね。喚くだけで何の役にも立たなかったお前とは根本的な性根が違うわ……先祖返りでもしたのかしらね」


 ……誰、だ?


「それにしても、あなたは本当に期待外れ。その捻じ曲がった欲望と凝り固まった怒りが、面白おかしく引っ掻き回してくれると思ったのに……結果は、自らが呼びだしたアレに押し潰されただけ。あなた、私が助けなかったら即死していたところよ……まあ、今も半分死んでいるようなものだし、大して変わらないのかしらね」



 ほら、これを見なさいな。声がそう言うと、彼の前にポゥッと明かりが灯る。小さな光だ。その光の中には、ぽつんと丸い影が浮かび上がっている。



 ……誰、だ?

「……? ねえ、見えているはずよね?」


 ……誰、だ?

「もしもし? 私の声、聞こえているかしら?」


 ……誰、だ?


 けれども、彼には関係なかった。頭に浮かぶその言葉だけを、繰り返し、繰り返し、声に出す。何度も何度も何度も何度も、繰り返す。


 ……誰、だ?


 馬鹿みたいに同じ言葉を吐き出し続けている彼を見かねたのか……声の主は、今までで一番大きなため息を吐いた。



「やれやれ、脳の一部が反応したから少しは使えるかと思ったけど、あなたはとことん私を失望させるのがお上手ね」


 ……誰、だ?


「まあ、いいわ。どうせもう理解出来ないでしょうし、コレがなんなのか教えてあげる」



 そう言うと、光の中に照らされた丸い影が、ぬうっと伸びた二つの腕に捕まった。途端、ほわっと光がさらに広がり、丸い影がその正体を見せる。半透明の粘膜に覆われたそれは……にゅるりと、彼の眼前にて静止した。



「これはね……あなたの頭の中身よ。医学的に言えば、大脳ってやつね」



 ゆっくりと、ソレから粘液が滴り落ちた。



「細胞の2割ぐらいが壊死してしまったから、少しばかり色が悪いけど、見てくれはそこまで悪くなっていないわよ。興味があるなら、要らなくなった部分を食べさせてあげてもいいわよ」


 ……誰、だ?


「誰、と言われても、あなたに言っても意味はないわ。だって、もう理解する為の脳細胞が機能していないんだから……そうだわ、いいこと思いついた」



 彼の大脳を光の中に戻した声は、そう言って手を叩いた。



「今さっきね、アレの幼生体を子宮内から回収してきたところなのよ。よかったら、あなたの脳をそいつに組み込んであげる……良かったわね、あなたはまだ生きられるわよ」


 ……誰、だ?


「まあ、そこまで喜んでもらえると私も嬉しいわ。お礼は……そうね……あなたが、自分の姉の頭に噛り付いて、その脳髄を啜る姿を見せてくれたら……私は満足よ」


 ……誰、だ?


「うふふ、楽しみが増えたわ。それじゃあ、今はおやすみなさい。次に目が覚めるときは、ダンジョンの中……それまで、ぐっすりと良い夢でも見てなさい」


 ……だ――。



 プツン、と彼の意識は途絶えた。











「……実験は成功したのじゃ。おまけに、思ったよりも垂れ流しになっている魔力量が多いようじゃな……これなら、数日でだいたいの建物は復元できるじゃろう」

「それは良かった。それじゃあ、もう抜いていいか? いいかげん眠くなってきたんだが……」

「何を言っておるのじゃ。抜いたらお主から魔力を補給出来なくなるじゃろうが……このまま外に出るのじゃ」

「……は? このままって……このまま?」

「当たり前なのじゃ。幸いにも今は夜。お互いの身体をシーツで隠せば、まあ大丈夫じゃろう。お嬢ちゃんを護衛に付ければ、万が一の時にも安心じゃし……何じゃ、ずいぶんと不服そうな顔をしておるのう」

「……いや、もうここまで来たんなら、俺はもう諦めている。サララも当たり前のように準備を始めている時点でな……ただ、その前に一つだけ聞いていいか?」

「何じゃ? 言っておくが、一度抜くとまた魔力をお主と同調させる必要があるから、抜くのはダメじゃぞ」

「いや、それとは違うんだが……あのな、イシュタリア。答え難いんなら答えなくていいんだが――」

「お前のアソコから伝ってきたアレがベチャベチャしていて、すげえ冷たいんだけど……これ、万が一バレた時、言い訳のしようが無いんじゃねえか? さすがに好き者呼ばわりされるのは御免だぞ」

「……私はのう……かれこれ百数十年ぐらいはご無沙汰じゃったし、半ば化け物じみているとはいえ、私も女であることには変わりないのじゃ」

「お主のアレは、確かに一般的なサイズと比べれば小さい。じゃが、蜘蛛の巣を通り越して風化した私の身体には、これまた予想外に具合が良いのじゃ」

「……じゃから、私の女が反応してしまうのも……声が出てしまうのも……仕方ないじゃろ」



 そう呟いたイシュタリアの表情を、マリーは確認することが出来ない。しかし、黒髪から覗く白い耳が、今まで見たことが無い程に紅潮しているのを見て……なんとなく、マリーは言葉にするのを止めた。


 ちなみに、マリアはナタリアと一緒にベッドに入っており、とっくに寝息を立てていた。曰く「今更他人が致しているのを見てどうこうなる程初心じゃない」らしい。ある意味焚きつけておいてこの対応……悪魔である。


 サララとドラコにとっても、ある意味見慣れた光景なのか、特に気にしている様子もなく平然としている。ドラコに至っては欠伸すら零していて、眠そうに目じりを擦っているぐらいであった。



「……もう考えるのが面倒だ。とりあえず、さっさと終わらせて帰ろう」



 そう誰に言うでもなく呟いたマリーの一言に、マリー、サララ、イシュタリアは外に出る。留守番をするというドラコを残し、シーツと毛布で身体を隠した二人と武装したサララは、静まり返った夜の街へと出発した。



 それから……マリーたちがラステーラを後にしてから、しばらくの月日が流れた頃。


 立ち並ぶ住宅の片隅で、「あの災害から大した日数が経っていないのに、寒空の下で盛っている好き者がいた」と噂がのぼることが有ったとか無かったとか……マリーたちには、知る由もなかった。



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