第二十二話: 剣が通じない? なら(ry ※注意

 ※暴力的な描写などが色々あります

 ※この話から、ちょいとSF要素が入ってくるよ







「――あ、やっぱりこれ無理だ。どうあがいても倒せる相手じゃねえなあ、こりゃあ……」



 とまあ、そんな具合で始まった戦いであったが……事前のシリアスな空気とは何だったのかと思える程に、マリーたちの間からある種の緊張感が無くなっていた。


 それも、仕方がない事であった。


 なにせ、神獣はあまりに巨大で、マリーたちはあまりに小さい。神獣からすればマリーたちは己に近づいてくる蟻でしかなく、高々五匹の蟻が近くで騒いだところで、どうにかなるわけでもない。


 しかもそのうえ、神獣の身体を覆っている鱗の強度が、マリーたちの予想をはるかに上回っていたのだ。


 ドラコの爪やサララの槍では歯が立たず、ナタリアやイシュタリアの攻撃でも表面を軽く削れるだけ。フルパワー状態のマリーですら、鱗にヒビを入れるのが精いっぱい。


 あまりに固すぎる鱗の前に、マリーたちですら頑張ろうという気持ちにすらならない。


 唯一、ドラコだけが鼻息荒く攻撃を続けていたが、両手の爪全てが砕けた辺りで、やるだけ無駄だと諦めたようだ。ギリギリと苛立ちに歯軋りしながら、神獣を睨みつけるだけに始終している。


 有効的な攻撃手段を発見できないまま、ほとんど廃墟と化した瓦礫だらけの中を、いくつもの影が駆け抜けて行く。


 その速さは人間のモノではなく、馬よりもずっと速い。その正体は、言うまでもなくマリーたちであった。


 ……既に、神獣は町の中央付近にまで、その顎を届かせようとしている。


 さすがに住人たちは全員町の北端へ逃げているのか、辺りに人影が全く見当たらない。すっかり見慣れた道を横目で見やりながら、マリーは改めて神獣を見上げた。



「しかし、近くで見るとやっぱりデカいぜ……鱗一枚が俺の胸よりでけえうえに鋼鉄並みに固いとか、もうこの時点でどうしようもねえだろ、これ」



 油断なく『ファイバー』を構えながら、マリーは神獣を眺める。


 今の所、神獣の意識は北端へ逃げた住人たちに向けられているようで、マリーたちには気づいていないようだ……というよりも、気付いていて無視しているのかもしれない。



「……とりあえず殺すのは一旦諦めよう。まずは被害拡大を防ぐためにも動きだけは止めたいんだが、何か案はあるかい?」



 早々と白旗を上げたマリーの提案に、一同は唸り声をあげた。



「……とりあえず、視力を奪ってみる?」

「いや、それは止めておくべきじゃな。下手なことをして機嫌を損ねられたら、シャレでは済まぬのじゃ」



 肩に槍を乗せながら走り続けるサララに、同じく斧を肩に乗せたイシュタリアが息一つ乱すことなく走り続けながら、NOを突きつけた。



「下手にあの咆哮を使われたら、私らだけじゃなく、住人への被害が大きすぎるのじゃ。アレをこんな町のど真ん中で連発されたら、被害を受けていない場所まで被害を受けるのじゃ」



 あの咆哮は、本当に厄介である。なにせ、現時点で完全に防ぐ方法が無いからだ。



「確かにアレを防ぐのは難しいわね……ん、風が……」



 風が、ふわりと背後から浴びせられた。何気なく風のゆく方向に視線を向けたナタリアの目が……大きく見開かれた。



「ちょ、おま、嘘でしょ!?」

「な、なんじゃ急に?」

「イシュタリア、アレ見て、アレ!」



 言われるがままマリーたちが神獣へと目を向けると、何やら神獣の鼻先に瓦礫が集まっているのが見えて……ギョッとイシュタリアの目が見開かれた。


 それは、瓦礫や壊れた木造の家屋などが集まって形成された巨大な球体であった。



「――冗談じゃろう!? 魔法術も使うのかこやつは!」



 イシュタリアの悲鳴に呼応するように、集まった瓦礫が塊となってどんどん大きくなっていく。見る見るうちに体積を増していくか塊を見やったイシュタリアは、神獣の見つめる先へ視線を向けて、息を呑んだ。



「うぬぬ、やつの狙いは住人たちの退路を塞ぐつもりじゃな!」



 ラステーラの北端には、『東京』へと続く道がある。ラステーラを捨てる決断をした者はどんどんそこから町の外へ逃げて行っているが、まだ全員が逃げ出したわけではない。


 生まれ育った故郷を惜しむ気持ち……それが、一部住人たちの足を鈍くさせている。その事を言われずとも察したマリーたちは、互いの顔を見合わせて……頷いた。



「――サララとナタリアは、あの塊の発射を少しでも遅らせろ!」



 言われた二人は、すぐに行動を開始する。スタッ、と一蹴りで方向転換すると、崩れ落ちた瓦礫といまだ原型を留めている家々を飛び越えながら、神獣の方へと向かって行った。


 その二人の後ろ姿を見送ったマリーは、背後に続いていたイシュタリアとドラコに「――二人は俺に付いて来い!」命令すると、一気にその身を加速させた。







 地を駆け、屋根上を飛び、宙を舞う。



「サララ、もっと急いでちょうだいな!」

「これでも全力だよ!」



 馬であっても5分は掛かるジグザグ道を直進し、わずか数十秒という時間で神獣の真下まで駆け付けたサララとナタリアは、早速行動を開始した。



「ナタリア! あなたは上から塊を攻撃して! 私は下から攻撃する!」



 その場に立ち止まったサララは、槍を腰だめの位置で構えると、気功を練り始めた。



「分かったわ! やれるだけやってみる!」



 ググッとナタリアは両足に力を込める。細くて小さい両足がビキビキと脈打って、倍以上に太くなる。一瞬にして胴回り以上に大きくなった両足が、力を解放した。



「――だっ!」



 びゅん、とナタリアの身体が青空へと跳んだ。距離にして数十メートルの高さまで上昇したナタリアは、サキュバスとしての力を用いて、身体の位置をその場に固定する。


 一拍遅れて、神獣の巨大な瞳がギロリと動いた。気付かれたと認識すると同時に、ナタリアは大きく息を吸って胸の中で魔力と混ぜ合わせると……一気に解き放った!


{破壊の息吹}!


 真空の刃と衝撃波が合わさった、破壊の風。その威力は容易く地面を抉り取り、障害となる相手を細切れにする。かつてはマリーたちに放ったこの技を、ナタリアは全力で塊へと放った……のだが――。



(――くっ、やはり大きさが違い過ぎる! 少しは削れているけど、止めるのは無理だわ!)



 それでも、威力が絶望に足りなさ過ぎた。ナタリア自身、最大と言っていいぐらいに力を込めたつもりだが、結果は塊の一部を削るのが精いっぱいであった。


 となれば、息が続く限り{破壊の息吹}を続けて、少しでも時間を稼ぐしかない。それを瞬時に理解したナタリアは、息苦しさを覚えながらも{破壊の息吹}を放ち続けた。



 ――そして、その下。神獣とナタリアから少し離れた場所で立ち止まっていたサララは、静かに全身の気を循環させていた。



 大きく息を吸って……大きく息を吐く。


 体全部を一つの循環器として捉え、全身を流れている気の流れを、より早く流れる様にイメージする。気の練り上げをいつもよりも深く、いつもよりも大きくしていく。



(ゆっくり……焦るな……ゆっくりと……)



 気功術によって活性化した筋肉が脈動し、サララの身体を一回り大きくさせる。発動した後の負担が大きいため、滅多な事ではやらないが……そうもいっていられない。


 静かに、槍の刃先を塊へ向ける。本当は直接対象に当てる技だが、あの塊まで届く技はコレしかない。だからこそ確実に、ゆっくりと、サララは腰を落とした。



「奥義――」



 ゆらりと槍が動いた……次の瞬間、サララの身体は技を放った後であった。



「――滅葬(めっそう)!」



 ボッ、と遅れて広がった衝撃波が、サララを中心に吹き荒れる。一閃のごとき放たれた一撃は、見えざる刃となって天へと昇って行き――。





 ――塊の一部に、穴が開いた。


 もしかして破壊出来たか……と思ったマリーたちの前で、小さな岩山と思える程に大きくなった塊が、ボン、と鈍い音を立てて発射された。



 ――その瞬間の、マリーたちの反応は早かった。


 イシュタリアは斧を迷いなく放り捨て、マリーは二度目となるフルパワー状態になる。そして、ドラコは全速力で大空へと飛び立った。



「ドラコ!」



 マリーの発破をかける声に、ドラコは力強く頷いた。



「任せろ!」



 放射線状を描いて飛んでくる巨大な瓦礫の塊へと飛ぶ。直径にしてドラコ十数人はありそうな塊へ瞬時に接近すると、「――やっ!」渾身の一撃を放った。


 だが、その程度で止まるわけがない。辛うじて軌道を少しだけ下方へ向けることは出来たが、ドラコ自身は塊を避けきれず、叩きつけられるようにして塊に跳ね飛ばされた。 


 ……だが、全身の激痛に声すら出せなくとも、ドラコはニヤリと笑みを浮かべていた。


 軌道を下方へと修正する。


 それが、ドラコの狙いだったからだ。そして、なんとか軌道を変えた先には……マリーとイシュタリアの二人が、万全の体勢で待ち構えていた。



「――っ、イシュタリア! 来るぞ!」

「分かっておる! 潰されるでないぞ!」



 迫りくる巨大な塊に、二人は両手を前にかざして腰を深く落として踏ん張る……塊が二人の掌に直撃した瞬間、ずどん、と二人の両足が半分以上地面に沈んだ。



「――っ!!!???」

「――っ!!!???」



 二人の声なき悲鳴が、打突音にかき消される。全身がバラバラになったかと錯覚するほどの、圧倒的な衝撃。


 あまりの重圧に思考が一瞬で真っ白に染まり、突き出した両手から感覚が消失する。バキバキと地面に四つの溝を作りながら二人の身体は後退し、それに合わせて瓦礫の塊が二人を押し潰さんと重圧を掛けてくる。


 ――お、押し潰される!


 それを無意識に悟ったマリーとイシュタリアは、ほとんど反射的に身体を少しだけ左に傾けた。


 それによって、受け流されるようにして軌道を逸らされた塊は、なんとバウンドしながら、いまだ倒壊していなかったいくつもの建物を押し潰していく!


 そのまま数回バウンドして数十件の家々を平らにした塊は、ゆっくりとその場に静止した。


 と、次の瞬間。塊にヒビが入ったと思ったら、塊で有ったのが嘘だったかのように瓦礫へと姿を変え、粉塵を巻き上げながら崩れ落ちた。


 ……ギリギリのところであった。


 もしこれがまっすぐ後方へと向かっているか、あるいはマリーたちがここで止めていなかったら、北端へ逃げていた住人たちに多大な被害が出ているところであった。



「――っ、かはあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」

「――っぐ、げほ、げほげほ、げはあ、はあ、はあ……」



 衝撃で破けたドレスから、肌が見え隠れしている……が、二人にそれを気にする余裕はない。辛うじて全身のかすり傷程度で済んだ二人は両足を地面にめり込ませたまま、倒れ込む様にして仰向けになった。


 時間にすれば、ほんの数秒程度のことだ。


 しかし、その一瞬の間に、二人は長時間ぶっ通しで動き回ったぐらいに息が切れてしまっている。今の攻撃を受け流すだけで、それぐらいの体力を消耗させられたのである。


 ……むくりと、身体を起こしたのは、マリーの方が早かった。


 しかし、立ち上がろうと手をついた瞬間、うっ、と息を呑んで顔をしかめる。次いで、掌に視線を落としたマリーは、苛立ちを露わに舌打ちをした。



「はあ、はあ……ってえ、ちくしょう。掌の皮が擦り剥けてやがる……どうりで痛えわけだ」



 それだけでなく、『ファイバー』の持ち手の部分が歪に変形し、一部分は鋭い刃となっている。「買ったばっかなんだぞ、どうしてくれんだよ……!」飛び去って行く金貨を思い浮かべながら、苦心して指から『ファイバー』を取り外すと、その場に放った。


 ……彫られた魔術文字式の部分が変形しているので、もうそれは『強度のあるナックル・サック』でしかなかったからだ。


 掌の痛みを堪えて立ち上がろうと……した途端、鼓膜が破れんばかりの爆音がマリーの全身に叩きつけられた。邪魔をされたことに対する神獣からの怒りの咆哮であった。それでも、最初の一発よりは弱い。


 しかし、堪えるという点では一緒だ。


 反射的に耳を押さえて蹲るマリーへ追い打ちをかける様に押し寄せてくる突風。蹲っていたマリーはもちろん、息を整えていたイシュタリアの身体が、フワッと空へと舞い上げられた。



「――っ!!??」



 回転する視界の中で、マリーは無意識の内に体勢を立て直す。痛みすら覚える程の耳鳴りに顔をしかめながら地面に着地する……眼前に迫りくるイシュタリアを見て、慌てて抱き留めた。



 あっ、と思う間もなく、二人の身体がゴロゴロと石ころのように地面を転がる。たっぷり八回転ぐらいして砂まみれになった後、二人は仲良くうつ伏せになった。



「…………あああ、これはむりじゃな。かてるきがまったくせんのじゃ……ああ、もう、なんだかつかれてきたのじゃ……」



 今度はイシュタリアの方が体を起こすのが早かった。先ほどの爆音で鼓膜が破れたのか、若干イントネーションがおかしくなっている。とはいえ、そのことを気にする様子はなく、ぽんぽんと鬱陶しそうに耳を叩いていた。


 遅れて……マリーがもぞもぞと顔を起こした。



「やっぱり逃げておけば良かったかもしれん。けっこう後悔の気持ちが沸々と湧いてきている、今日この頃……」



 頭を振って立ち上がったマリーは、口の中に入った砂をブッ、と吐き捨てる。「サララは無事なのかねえ……」体中に纏わりついた砂埃を払いながら、周囲を見回した。



「……もういっそのこと、北端に逃げているやつら囮にするか? 次に同じことされたら、もう俺たちでは防ぎきれんぞ」



 さらりと酷い事を言う。逃げた住人が聞けば絶対怒るであろう発言だ。



「……いくらなんでも、それはほんまつてんとうなのじゃ」

「……ほんまつ、何だって?」



 聞き慣れない言葉にマリーが聞き返すと、「ようやく音が拾えるようになったのじゃ」イシュタリアもマリーに遅れて立ち上がった。



「昔の古い言葉なのじゃ。大事なこととつまらぬことを取り違えることを差すのじゃが、まあ、言うなればアレを殺す代わりに住人全員を死なせてしまったら意味は無いじゃろ……ってことなのじゃ」

「なるほど。さすがはお婆ちゃん……物知りなことだな」

「伊達に年を食っているわけではないからのう……さて、無駄話はこれぐらいにするとして、本当にどうするのじゃ? このままではこっちが消耗するだけ……勝ち目が全く見えないのじゃ」



 そう言われてもなあ……マリーは腕を組んで、うーん、と首を傾げる。


 眼前に佇んでいた神獣は再び行動を開始し、北端へと歩を進めている。塊を飛ばすことや咆哮は連続で行えないのか、今の所さっきと同じようにただ歩いているだけだ。


 どうすることも出来ずに眺めている間にも、悠々と左右に振られる尻尾が、またいくつかの建物を更地に変えている。


 まだまだ余力十分な相手に対し、こちらはもう満身創痍に近い。地響きと共に近づいてくる神獣を前にしながら、マリーは考えを巡らせて……顔をあげた。



「……なんか凄い威力の魔法術とか有る?」

「有るには有るが、アレには無駄じゃと思うのう。私の全魔力を持ってしても、少々足止めするので精一杯じゃろうな……おまけに発動までかなり時間が掛かるのじゃ」



 お手上げだと言わんばかりにイシュタリアは万歳をした。



「やれやれ。あの程度の怪物、これが800年前なら一時間と経たずに駆逐出来たのじゃが――」



 そこで、イシュタリアは言葉を止めた。


 ……んん、800年前?


 気になる単語がイシュタリアの口から出て、思わず耳を澄ませていたマリーの鼓膜を、「そうじゃったああああーーーーー!!!」イシュタリアの絶叫が激震させた。ぐらりと、体勢が崩れたマリーはたたらを踏んだ。



「忘れておった! 完全に忘れておった! そうじゃった、そうじゃよ! アレがあったのじゃ! アレを使えば良かったのじゃ! よっしゃあ! 活路が生まれたのじゃ!」



 二連続の耳鳴り攻撃と、イシュタリアからの無慈悲な物理的揺さぶり。それに加えて、ちゅっちゅっ、と顔中に接吻の嵐を受けて、さすがのマリーもイシュタリアの突然の変貌にドン引きした。



「……わ、分かった。分かったから、ちょっと落ち着け。何をそんなにはしゃいでいるか分からんが、とにかく手を放してくれ」



 感極まったイシュタリアに力強く唇を吸われて、生気を吸い取られるような気持ちになる。


 半ば振り払うようにしてイシュタリアを突き飛ばすが、イシュタリアはニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべるだけで、堪えた様子はなかった。



「ナタリアがどこかから持ち帰った黒い玉を覚えておるかのう?」



 黒い玉……と聞いて、思い当たる物はある。素直にマリーが首を縦に振ると、イシュタリアは……さらに笑みを気色悪くさせた。



「アレはな、『爆弾』なのじゃ」

「……爆弾? アレが? あんな形のやつは見たことないぞ」



 マリーが知っている爆弾というやつは、もっと大きくて武骨な形をした鉄塊みたいなやつだ。しかもアレは確か漁猟に使用されていた道具の一つだったはず。


 というか、マリーの記憶が正しければ、現在では国立の博物館に資料を元に復元された玩具のような模型があるぐらいで、現在では爆弾の製造技術はどこの国でも失われて久しかったはずだ。


 まだマリーがこの体になる前。気紛れで博物館へ見学しに行ったから、頭の中には、比較的鮮明にそのときの記憶が残っている。


 巷では『国が極秘裏に製造方法を復元し、それを管理している』という噂があるぐらいだ。辛うじて爆弾と思えなくもない物といえば、アルコールを使用した火炎瓶ぐらいがせいぜいだろうか。


 そのような事を、だ。


 つらつらと思い返しているマリーを見て、だいたいを察したのだろう。イシュタリアは「まあ、今を生きるお前たちが知らなくても当然じゃろうな」とマリーの無知を否定した。



「アレは大昔に使われていた、正真正銘の爆弾……という言い方もなんじゃが、まあ、爆弾なのじゃ。使いどころが非常に限られるのじゃが、その威力は凄まじいものがあってな……あのデカブツですら一発で仕留められるのじゃ」

「……なんでそんなものをお前が知っているのかとか、色々な疑問が湧き上がって来るが、まあ置いておこう」



 しかしなあ……マリーは首を傾げた。


 こんなときに言う嘘ではない事は分かっている。だが、正直な気持ちは半信半疑であった。本音を言うなら、相当に胡散臭い。



「……あ、お主、信じておらぬな?」

「半分といったところだな」

「まあ、それは分からんでもない。しかし実際にアレがくたばる姿を見れば、嫌でも納得するじゃろうな」

「いや、そこを疑うつもりはねえんだけどよ。一つ気になることがあるんだ」



 スッと、マリーは瓦礫だらけの彼方を指差した。



「その爆弾って、確か俺たちが止まっていた部屋に置きっぱなしのはずだろ? あの中から探すのか?」

「……えっ?」



 言われて、イシュタリアはマリーが指差した方へと視線を向ける。そこにあるのは瓦礫、瓦礫、瓦礫、瓦礫……どこを見回しても建物らしきモノはなく、あるとしたら先ほど動きを止めた塊の跡形ぐらいであった。



「たぶん、俺たちの部屋はあの下のどこかだと思うぞ」



 フッとイシュタリアはその場に崩れ落ちた。期待していた分だけ、反動が大きかったのだろう。がっくりと、肩を落としていた。



「ああ、終わったのじゃ」

「おい、落ち込みすぎだろ。お前どれだけアレに期待していたんだよ」

「期待もするのじゃ。あれ一個で全部解決するところだったのじゃぞ……」



 目の前にあった光明が途絶えたことが、よほど堪えたのだろう。目に見えて消沈した様子のイシュタリアに、マリーは何と声を掛けていいか分からなかった。


 そのマリーの前に、ふわりと影が下りる……翼をはためかせたドラコであった。「マリー! イシュタリア!」額の所から鮮血を流しながら、マリーたちの元へ駆け寄ってきた。



「無事……なのか?」



 座り込んで俯いたままのイシュタリアを見て、不思議そうに首を傾げた。返事をしないイシュタリアを見て、マリーが代わりに「ああ、大丈夫だよ」返事をした。



「ドラコは……頭を怪我したのか?」



 そっと手を伸ばして、ドラコの頬に触れる。そのことに目を細めたドラコは、静かに首を横に振った。



「なに、かすり傷だ……それよりも、二人に見てもらいたいものがある」



 そう言うと、ドラコは片手に持っていた黒い球体を差し出した。それを見たマリーの目が、ギョッと見開かれた。疲れたように顔をあげたイシュタリアの目も、同様に見開かれた。



「マージィと菊池という男たちと、お前たちは仲が良かったはずだな? 私がここに来る途中、たまたまその二人がこれを持って逃げているところに出くわしたのだ……それを思い出した私がさっきの咆哮から守ってやったら、これをマリーたちに渡してほしいと頼まれたのだ」



 それはまさしくナタリアがどこからか調達して来て、イシュタリアが厳重に保管していたはずの……『爆弾』であった。


 ドラコ自身はそれの存在自体を覚えてすらいなかったようで、困ったようにそれをマリーに手渡した。



「よくは分からぬが、『とりあえず何に使えるか分からない物』だったそれを宿屋から持ち出していたらしい。マージィと名乗った男曰く『ベテランとしての直感がこれを必要としている』ということらしいが……いったいこれは何なのだ? 鉄球にしては、ずいぶんと変な形をしているようだが――」

「――よっしゃあ、後でオジサマには特上の酒を奢ってやろう! これでもはや勝ったも同然なのじゃ!」



 ドラコの話を遮る様に、イシュタリアは立ち上がった。


 突然の反応に目を白黒させるドラコを他所に、イシュタリアはひったくる様にしてマリーの手から『爆弾』を奪い取ると、それを両手で持って眼前に掲げた。


 ……と思ったら、チラリとイシュタリアが視線をマリーとドラコへと向けた。



「二人とも……これから私がすることは絶対に他言無用じゃぞ、よいな?」

「分かったよ」



 ……まあ、話したところで面倒事を引き起こすだけだしな。


 そんな思いもあって、マリーは了承した。ちなみに、ドラコはそれが何なのかイシュタリアから聞いていなかったので、特に何も言わなかった。



「いいな、絶対じゃぞ。話したら許さぬのじゃ」

「分かったってば」

「誰に何を聞かれても、知らぬ存ぜぬじゃぞ。あ、でも、お嬢ちゃんとナタリアぐらいになら話してもいいのじゃ」

「俺は気が短いから、そろそろ怒るぞ」



 随分と念を押すイシュタリアに、少しばかり苛立つマリー。首を傾げるドラコを他所に、イシュタリアはキョロキョロと誰も見ていないというのに周囲を見回すと、改めて『爆弾』を天に掲げる。



「『YGF-301型、起動』」



 そしてイシュタリアの口から…聞き覚えのない言葉が零れた。


(――んん!?)


 初めて耳にする言語に、マリーとドラコは思わず目を瞬かせた……が、本当に驚いたのは、その次であった。



『YGF-301型、起動確認致しました。システムチェック……オールグリーン。使用に問題ありません』

「――し、喋った!? なんだそれ、生きてんのか!?」



 思わず、マリーは爆弾から後ずさった。ドラコに至っては、「な、なんだそれは!?」自分の胸のあたりぐらいしかないマリーの背中に隠れるようにして縮こまっている。


 マリーの身体にしがみ付くようにして爆弾を睨みつけている……が、その腰は妙に引けている。生きていない物が喋るという現実に、拒否反応を示してしまったのだろう。


 マリーが驚く→マリーですら気味悪く思う→マリーが気持ち悪く言うのだから、きっと凄く気持ち悪くて気味悪い物→とにかく凄く気持ち悪い物という図式でもドラコの脳裏に生まれているのか……いや、生まれているのだろう。


 神獣を前にしても臆する様子を見せなかったドラコの目には、はっきりとした怯えと警戒の色が満ち溢れていた。


 そんな……ふうにしてビクついている二人にチラリと目をやったイシュタリアは、困ったように苦笑した。



「二人とも、怖がることはないのじゃ……これはただの音声ガイド。この301型はYGFシリーズの中で、唯一音声入力が採用されておってのう。外部の者に使用させないよう、内部に組み込まれたAIの認証を受けねばならないのじゃ。まあ、これがまた未完成のポンコツAIでのう……何を血迷ってこんな面倒な仕様にしたのやら」


(……音声ガイド? AI? 何だ、何を言っているんだ?)



 脳裏に『?』マークを幾つも浮かべているマリーを他所に、イシュタリアは視線を爆弾へ戻した。そして、再び聞き慣れない言葉で会話を始めた。



「『YGF-301型、緊急事態です。現在、広域に渡る災害が発生。それに伴って、隔離施設にて収容されていた第一級隔離指定危険生物が逃亡しました。現在、各施設にも重大な障害が発生した模様で、通信機器による一切の応答が行えない状況です』」

『少々お待ちを……確認致しました。半径2000キロメートルに信号を送りましたが、各施設からの応答は無し。また、衛星へのアクセスも不能。第一級の災害が発生していることを了承致します』

「『ありがとう。それでは、さっそく本題に入るわね。現在、その隔離指定生物をこの近くで発見。捕獲は難しく、緊急規定第三項に従って速やかに処理を行うことが、先ほど決定いたしました』」

『了解しました。それでは、起爆コードを入力してください』

「『残念ですが、起爆コードは失われています。また、起爆コードを所有していた指揮官は全員戦死しております。その為、指揮官に準ずる権限を持つ代理人として、起爆の了承を頂きたいのです』」

『少々お待ちを…………半径2000キロメートル内での権限を保有している者は確認出来ませんでした。あなたを代理人と判断する為の情報を入力してください』

「『イシュタリア・フェペランクス・ホーマン……それが、私の名前です』」

『少々お待ちを…………該当する名前が1件、代理人として権限を認めることが出来ます。それでは、本人であるのを確認する為の、新たな情報を入力してください』



 そこで、イシュタリアは言葉を止めて俯いた。



 ……。


 ……。


 …………しかし、その沈黙は長く続かなかった。静かに、イシュタリアは顔をあげた。



「『アルテシア』」



 ポツリと、イシュタリアは囁いた。



(……あるてしあ? 何の意味だ?)



 耳を澄ましていたおかげで、辛うじてその部分だけを聞き取れたマリーは、困惑に首を傾げる。ともすれば見逃してしまいそうな小さな声……けれども、爆弾ははっきりと聞き留めていた。



『……本人であることを確認致しました。それでは、現時点であなたを指揮官に準ずる代理人として認証します』

「『ありがとう。それじゃあ、起爆する準備を始めてちょうだい』」

『起爆に最低限必要な時間は、60秒です。任意で起爆時間を設定することが出来ます。また、起爆準備を始めた場合、最長で56時間まで猶予があり、それを超えた場合、機密保護の為に安全装置が作動、二度と起爆できなくなります。それでもよろしいですか?』

「『かまわないわ。それじゃあ、600秒後に起爆するようセットしなさい。以後、外部からの一切の信号遮断も忘れないでね』」

『了解いたしました。それでは、ただちに起爆準備に入ります。イシュタリア・フェペランクス・ホーマン……あなたの作戦成功を祈っております』



 ……。


 ……。


 …………そこで、爆弾の声は途切れた。






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