第七話: こうやって稼ぐのだ
ラステーラを南に出発し、森の中を進むことしばらく。マリーたち一行は、致命的なアクシデントに遭遇することもなく、順調に森の奥へと歩みを続けていた。
森の中は相変わらず鬱蒼とした臭いで充満していて、自然の気配で満ち溢れている。その中を、ガラガラと舗装もされていない道を荷車が進む。荷台には分厚いガラス瓶が6つ置かれており、カタン、と時折音を立てていた。
その瓶は、ギルドから支給されたものだ。凄く頑丈な奴らしくちょっとやそっとでは割れないらしいのだが、それでも不安が残る為、隙間と言う隙間には毛布がぎっしりと詰め込まれていた。
メンバーの中で一番体格が大きいマージィが前から引っ張り、後ろからマリーが押す。その周囲を囲うようにしてサララ、ナタリア、イシュタリアの三人が警護する。いつもとは少し違う光景であった。
それなりの時間、森の中を進んだ頃。ギルド職員から手渡された依頼書に視線を落としていたマージィは、額に浮かんだ汗を拭うと、深々とため息を吐いた。
「やれやれ……よりにもよって『キラー・ビー』か。最初は冗談かと思ったが、まさかこんな少人数でやることになる日がこようとは思わなかったぜ」
『キラー・ビー』。Bランク対象のモンスターだ。
その姿を一言で表すならば、毒針を持つ巨大な蜂だ。体長10センチメートルほどの、巨大蜂。それが、キラー・ビーである。
キラー・ビーそのものに、討伐報酬はない。身は固く臭みが強いので、食用には適さないからだ。時折、毒針から取れるエキスを求める者もいるが、そんなのは稀だ。
売り物になるのは、キラー・ビーではなく、その蜂が作った巣の中で精製されている極上の蜂蜜だ。それこそが目的であり、報酬額は専用瓶に入れられた蜂蜜の量によって決まっている。
……たかが蜂蜜と嗤うが無かれ。
何と、最低報酬額が銀貨5枚(2万5000セクタ)となっており、末端価格では一瓶で金貨5枚にもなったこともある高級品なのだ。
何故そのような値段になるのかといえば、非常に味が良いのもそうだが、使い勝手が何よりも良いからだ。
栄養価が高く病人食としても利用されることもあれば、化粧品や酒の原料にも利用されたりもする。時にはお祝いの品として贈り物としても重宝される、非常に需要が高い一品なのである。
しかし、それだけの報酬が出ると言うのに、なぜ割に合わない依頼なのだろうか?
それは、その名前を聞いて怖気づく狩猟者が少なくないからである。荒くれ者が多い狩猟者ですら、名前を聞いただけで怖気づくモンスター……それが、キラー・ビーなのだ。
少なくとも、その恐ろしさを知るマージィは、そのモンスターの名前に怖気づく一人であった。
「職員全員で頭下げてくるから、嫌な予感はしていたんだよ。絶対、えげつねえお願いだってことが……くそっ、帰って酒飲んで寝てりゃあよかった」
そう愚痴を吐くマージィに、さもありなん、とマリーは頷いた。
「それは俺も同意見さ。しかし、色々と見返りを用意してくれるらしいし、まあ、でけぇチャンスだと思えばいいんじゃねえの?」
「……お前はキラー・ビーの恐ろしさを知らないから、そんなことが言えるんだ」
振り返ったマージィは、ジロリと強面の顔を使って、全力でマリーを睨む。しかし、その程度でマリーのある意味図太い神経が堪えるわけがなかった。
「要は、でかい蜂なんだろ。だったら、松明なり何なりで、いくらでも対処できるじゃねえか。その為に、わざわざそんなものを持って来たんだろ?」
チラリと、マリーは荷台に目を向ける。
その視線の先にあるのは、隙間なく毛布が押し込められた荷台の隅に飛び出している、一本の鉄芯。それは、対キラー・ビー用にギルドが用意してくれた、エネルギー式の大型トーチランプであった。
松明と違って燃え尽きるようなことはなく、雨の中でも使用できる優れものだ。エネルギーさえあれば何度でも再利用することが出来る為、夜間移動の際にも利用されることが多い道具である。
しかし、それを見やったマージィは苦笑して首を横に振る。「それであいつらを一匹殺す間に、俺たちはその50倍は刺されているだろうな」と、マージィは、一言で切り捨てた。
大きいが動きは鈍く、身体そのものが脆いキラー・ビーは、それこそ子供の力でも殺すことは出来る。唯一、毒針にさえ気を付ければ、マージィでも一匹ずつであれば十分に対応できるレベルだ。
だが、如何せん数が多い。一つの巣にだいたい100匹~150匹程のキラー・ビーが生息しており、巣の位置は必ず樹液を大量に出している樹木の根元である。
……まあ、それでもやり方はある。
最も基本的な討伐のやり方は、ある程度数を減らした後に、巣の近くに松明を設置すること。ただ、それだけだ。
何故かといえば、キラー・ビーは例外なく熱気に集まってしまう習性があるからで、かつ、巣に近づいた相手にしか攻撃をしないからだ。
なので、習性を理解し、やる事をやれば、後は勝手に炎に飛び込んでいくので自滅してしまう。その後で、タイミングを見計らって蜜を採取すればいい。
……それだけ分かっているのならば、いくらでも対処が出来そうなものなのだが……問題は、巣の位置と、件の毒針にあった。
キラー・ビーの弱点は、炎だ。しかし、キラー・ビーの巣は必ずと言っていい程に森の奥にある樹木の根元だ。万が一、巣を外して木々に当てて燃え広がれば……可能性は低いが、皆無ではない。
そのうえ武器である毒針は非常に固くて鋭く、細くて長い。
全身を鎧で防護したとしても、わずかな隙間を見つけて毒針を差しこんでくるだけの知能を持ち、そこから、どんな大男でも十数秒ほどで昏倒させる毒液を注入する。
つまり、一度でも刺されてしまえばアウトなのだ。
例え、その後に追加で刺されなくとも、毒液は全身の組織を瞬く間に破壊していき……だからこそ、キラー・ビーはBランク対象に恥じない、非常に厄介なモンスターなのであった。
「普通は徒党を組んで、何日もかけて少しずつ確実に討伐するものなんだぞ。それを、トーチ一本渡しただけで行ってこいとか、遠まわしに死んで来いと言っているようなものだな」
苦々しい顔で、マージィは飛び出したトーチの鉄芯を叩いた。
本来、キラー・ビーの討伐は徒党を組んだ状態で、安全な位置から一匹ずつ殺していくことから始まる。そうして数を減らしてから、松明等を巣の近くに用意するのが、基本的なやり方とされている。
マージィの言う時間が掛かるのは、この『ある程度数を減らす』ということころだ。
こればっかりは、経験も糞もない。遠くから弓矢やボウガンなどを使って地道に数を減らしていくしか方法がないのだ。
だが、10センチメートル程度の、それも動き回っている的を狙うのは、熟練者であっても非常に難しく、体力と精神力を使う。
下手に時間を掛ければ他のモンスターから横やりをされることは多々あるし、尽きた矢の補充の為に、町へ戻らなければならないこともけっこうある。
……狩猟者からすれば、これほど面倒なことはない。
魔法術で対処することも出来るが、それに適した魔法術を習得している魔法術士が早々見つかるわけがない。
見つかったとしても、たいていの魔法術士は別の仕事を持っていることがほとんどだ。わざわざ危険な狩猟に参加してはくれないし、よしんば参加してくれたとしても、報酬の面で優遇せざるを得ない。
そうなれば、必然的に狩猟者側に入ってくる報酬額は減ってしまう。場合によっては足が出てしまう(要は、赤字である)こともあるのだ。
ギルドもある程度は補助金を出してはくれるが、そんなのは焼け石に水だ。
狩猟者の間では『苦労の割には、見返りが伴わないモンスター』という認識が徐々に持たれるようになっていったらしいのだが、当たり前の結果である。
そして今では、『割に合わない仕事』として、ギルドの掲示板に貼り付けられた依頼書が黄ばむようになってしまい……本日、その黄ばんだ依頼がマリーたちの元へ来たと言うのが、今回の経緯であった。
なので、苛立ちというか、不運を引いてしまったことによる嘆きがマージィの口から出てしまうのは仕方がないことなのだが……彼が愚痴を零すのには、実はもう一つ理由があった。
「――そもそもだ、お前ら!」
白髪が混じり始めた頭をガリガリと掻き毟っていたマージィは、その場にいる全員に聞こえるように怒鳴った。
ビクッと驚きに肩を跳ねさせているナタリアの姿があったが、そんなのマージィには知ったことでは無かった。
「俺が一番文句を言いたいのは、なんで俺の忠告を無視して飛び道具を持ってこなかったかってことだ!」
「いや、だっていらねえんだもの。あと声がでけぇよ、おっちゃん。そんな大声出したら、モンスターが寄って来るぞ」
「声もデカくなるわ! お前ら死ぬ気か!? Bクラスのモンスターを舐めているだろ!? 今までいったいどれだけの欲張り者がアレに殺されたと思ってんだ!」
マージィの悲痛な怒声が、森の中に響く。唾を飛ばして叫ぶマージィの右斜め前から、声に引き寄せられた牙ブタ(Eクラス対象)が飛び出してきた……が、無言のままに放たれたサララの一閃に、悲鳴を上げる間もなく絶命した。
……さすがに、見かねたのだろう。欠伸を出しながら後ろを歩いていたイシュタリアが、まあまあとマージィを宥めるかのように手を振った。
「あんまり血圧を上げるべきではないのじゃ。オジサマももう若くはないじゃ……ここはどーんと、大人の貫録というやつを見せてくれれば良いのじゃ」
「……貫録でどうにかなったら、今頃俺は大金持ちだっての」
事態を呑み込んでいるのか居ないのか。
マージィは、今度こそ疲れたようにため息を吐いた。そして、諦めたように顔をあげると、前方へと向き直った
「お前らの強さは、俺だって身に沁みて理解しているさ。けれどなあ……今回ばかりは、そう簡単にはいかないんだぞ。あれだけ他のチームと徒党を組めと言ったのに、お前らときたら……」
そう言うと、マージィは俯いたっきり、何も言わなくなった。その姿を見つめていたマリーたちは、互いの顔を見合わせて……静かに、苦笑した。
……。
……。
…………そんなこんな言い争いをしているうちに、マリーたちはマージィの指示の元、依頼書に書かれた巣があるとされている付近を練り歩く。
時折モンスターに襲撃されながらも、何事も無くやり過ごしていたマリーたちは……ついに、キラー・ビーの巣を見つけるに至った。
しかし、そこからどうするのか……マージィは、ジロリとマリーたちを睨んだ。
「……で、どうするんだ? 嬢ちゃん御手製の手斧で地道に潰していくのか?」
直線距離にして、50メートルといったところだろうか。遠目からでも、はっきりと巣とキラー・ビーの大きさを確認することができる。
樹木の根元にへばりつくようにして作られた巣の全長に至っては、10メートルに達しているかもしれないサイズだ。一つだけで飽き足らず、三つぐらいの樹木の間に、橋を架ける様にして巣は広がっていた。
さすがに羽音こそ聞こえてこないものの、ぶんぶん喧しく飛び回っているのがよく見える。これ以上近づくと、キラー・ビーの索敵に捕まってしまう危険性がある。近づくにしても、慎重を期する必要があった。
「距離を詰めるにしても、極力あいつらの目に留まらないように、這いつくばる必要がある。服装も、極力周囲と迷彩しやすい色が望ましいが……持ってきてはいないか……」
マージィの意見は、キラー・ビー討伐を行う為の前準備としては当然の話である。というか、町を出る前に嫌と言う程繰り返した話であった。
「いやいや、そんな面倒なことはしたくないのじゃ」
しかし、イシュタリアはそんなマージィの愚痴を笑って流した。あくまで気楽そうにマージィに笑みを向けると、背後に置かれた荷台からトーチランプを取り出した。
「……どうするつもりだ? 出る前にも言ったが、キラー・ビーの毒針は、一回でも刺されたら、そこで終わりだ。いきなり即死することはないが、それでも3回ぐらいで死ぬぞ」
「刺されなければいいのじゃ」
カチン、とスイッチを入れると、ランプの先端に軽く火が灯った。それをすぐに消して、また点ける。
何度か着火確認を行うイシュタリアの横で、マリーはパキパキと指を鳴らしている。
その傍で、サララとナタリアの二人は、地面の至る所から小石を集めていた。
……なにをやっているのだろうか。
いまいちイシュタリアがやろうとしていることの目的が分からないマージィは、苛立ちを隠しきれずに声を荒げた
「……つまり、遠距離から数を減らすわけだな? だったら、なんでランプなんて持つんだ。まさか、それを巣の近くに投げ込むつもりか?」
「いやいや、そんな一か八かの賭けなんぞせぬよ……お主も、準備はいいかのう?」
「準備はいいが、命中率は期待するなよ」
イシュタリアの確認に、マリーは頷いた。その横で、せっせと石ころを集めている二人を見やったイシュタリアは、スッと片手を頭上へと掲げた。
「おい、何を――」
そこまでマージィが尋ねた瞬間、イシュタリアの目の前の地面が、ボコッと音を立てて盛り上がった。
思わず息を止めたマージィをしり目に、地面の盛り上がりはさらに激しくなると……瞬く間に、大人サイズの巨大な土人形『ゴーレム』が誕生した。
「……えっ」
目が、点。かつてないレベルに見開かれたマージィの眼が、パラパラと身体から土埃を零しているゴーレムを見つめる。
驚きのあまり声を無くしているマージィの耳を、マリーの「久しぶりに見たな」というあっさりとした感想が通り過ぎた。
「それでは、頑張って来るのじゃぞ」
イシュタリアの激励を前に、ゴーレムは何も言わなかった……いや、言えなかった。
発声器官が無いから仕方がないのだが、ゴーレムは無言のままにイシュタリアからトーチランプを受け取ると、どすん、どすん、と愚鈍な動きで巣の方へと歩き出した。
……それを待ち受けるのは、巣の周りを飛びまわっていたキラー・ビーであった。
それまでひたすら周囲の警戒を行っていた彼らは、ゆっくりではあるものの、確実に巣へと近づいてくるゴーレムを見て、すぐさま威嚇を始める。
だが、ゴーレムは止まらない。威嚇が意味を成していないことを悟った彼らは、すぐに次の段階へと行動を移す。
――びゅん、びゅん、と。
土気色のゴーレムの頭に、数匹のキラー・ビーが取りつく。けれども、ゴーレムの足取りは全く緩まない。なぜならば、ゴーレムには感情がないからだ。
人間であれば、驚きと恐怖で慌てて振り払ってしまうところだが、頭の中に何も入っていないゴーレムには関係ない。
主であるイシュタリアの命令を遂行することこそが、ゴーレムの使命であり、生み出された意味なのだ。たかだか虫が数匹頭に纏わりついたところで、振り払うという行為すら、必要はなかった。
――びゅん、と。
また一匹のキラー・ビーが、ゴーレムの首筋に止まる。そのキラー・ビーは、無機質な複眼でゴーレムの身体をしばし見回すと……次の瞬間。クイッとお尻を持ち上げて、毒液が滴っている針を根元まで突き刺した。
一拍置いて、びゅう、と毒液が噴射された。
突き刺された肌の部分が、その衝撃でポロっと崩れる。所詮は土でしかないゴーレムにとって、その程度の一撃でもその身をわずかながら削ってしまう……が、それだけだった。
毒液を急所に注入されたゴーレムの足取りは、全く変わらなかった。ぽかりと空いた二つの暗がりには生気の欠片も感じられず、その動きはあくまで巣へと続いていた。
“――っ!?”
キラー・ビーたちの、声にならない驚愕の声が響いた……ような気がした。
それだけを考えることが出来る知能があるのかは甚だ疑問だが、効いていないのは理解出来たのだろう。ゴーレムの身体にまとわりついていたキラー・ビーたちが、にわかに興奮し始めた。
ぶすり、ぶすり、ぶすり、ぶすり……。
頭、首筋、顔、腕、胸、背中、足……あっという間にゴーレムの身体を覆い尽くしたキラー・ビーたちは、その身体へ次々に毒針を撃ち込み始める。
生物であったならば、確実に死亡しているであろう量の毒液がゴーレムの体内に沁み込んでいく……しかし、それは無意味に終わった。
何故なら、ゴーレムには臓器が存在しない。土くれで出来たその身体にとっては毒液など、頭に掛けられるコップ一杯の水と変わりないからだ。
立ち止まることなく、ゆっくりと巣へと到着したゴーレムを前に、巣の内部から湧き出したキラー・ビーが、ぶわっと、飛び回る。
数十匹以上が一斉に奏でる羽音は、煩いの一言だ。
普通であれば思わず耳を塞ぎたくなるほどの騒音を前に……ゴーレムは、無言のままにトーチランプのスイッチを入れる。
ぼう、とトーチに火が灯った。直後、不規則ながらも、ある種規則的に行動していたキラー・ビーの動きが、鈍った。そしてそれは、ゴーレムがトーチを掲げた瞬間……全てが決着した。
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