カラスとカメ。それからフクロウ

東苑

第1話 今、再び

 むか~しむかしあるところに、カメさんがいました。あの甲羅のある爬虫類です。

 カメさんが朝の散歩をしていると、カラスさんが飛んできてこう言いました。あのゴミ捨て場を荒らす黒い鳥です。


「おいカメ、お前はなんで歩くのが遅いんだ」

「カラスさん、ぼくはいいんだよ。歩くのが遅くったって。おかげで景色をじっくり見られるから」

「いやその反応困る」

「え?」

「もっと怒れよ! それで隣の隣の隣町までかけっこで競争しようって挑んでこいよ!」

「一体どうしたの、カラスさん?」

「それは……すまん、詳しいことは話せない。でも……」

「でも?」

「とにかく俺はお前に勝たなきゃならない!」

「並々ならぬ決意だね、カラスさん」

「ああ。頼む、俺とかけっこで勝負してくれ」

「うん、やろう、かけっこ」

「ありがとう、カメ!」


     * * *


 そして勝負の約束をしたカラスさんとカメさんは、次の日、町の外れに集まりました。しかしそこにはフクロウさんが。あの夜行性の鳥です。


「あれ、フクロウさん、どうしてここに?」

「やあカメくん。なに、カメくんとカラスくんが勝負すると聞いてね。立ち合いにきたのさ」

「カメ、正々堂々勝負して、俺はお前に勝つ!」

「今日もアツいね、カラスさん。じゃあ早速始めよう」

「ゴールは隣の隣の隣町の入口だ」

「昨日も思ったけど、また随分遠いところまで行くんだね」

「真の強さは一瞬では分からない。長期戦を制してこそ強者……さあ行くぞ!」

「ノリノリだね。フクロウさん、スタートの合図をお願いします」

「任された。それでは位置に付いてよーい、どん」

「勝つ、俺が!」「えっほ、えっほ……」

「はい待って待って待って。こら、カラス」

「お、俺!? 俺はなにもしてない!」

「どの口が言うか、まったく。勝負はかけっこだろう? なにしれっと飛ぼうとしてるんだい。これだからカラスは」

「あ!? ついくせで……」

「ズルするやつはみんなそう言うんだ」

「フクロウさん、ぼくは気にしてませんから。カラスさんも悪気があったわけじゃないし」

「カメ、お前……感謝する」

「……甘いなぁ、このノロマ」


     * * *


 さあ始まりました。何の因果か、カメさんとカラスさんによるかけっこ勝負。

 林を抜け、川を横切り、山を超え、目指すは隣の隣の隣町。


 歩くのが遅いカメさんではカラスさんと全く勝負にならない、と思いきや。

 カラスさんはスタート地点から一歩も進めていませんでした。

 フクロウさんがルールにうるさいのです。


「だからそれはジャンプ。反則なんだよ」

「ぐぬぬ」

「飛びたいのなら飛んでも構わないよ? その場合、きみの反則負けだが」

「くっ……歩くぞ、俺は! これなら文句ないだろ!」

「……意外としぶといなぁ。ぽっきり折れると思ったのに」

「俺は……あの頃とは違う」

「カラスはそう簡単に変われない。では私は失礼するよ。以降はカメくんに味方する」

「それは反則じゃないのか! 決闘を汚すんじゃあない!」

「カメくんに味方しないとは一言も言ってないが?」

「た、確かに!」

「大体、このまま戦って勝って、きみは自分を誇れるのかい?」

「それは……」

「カラスくん、カメくんを見るんだ」

「あいつ、まだあんなところに……」

「そう。きみがここで足踏みしてたのに、まだすぐそこの林にも着いてない」

「分かった。カメの味方をしてくれ」


    * * *


「えっほ、えっほ……」

「カメくん」

「フクロウさん。カラスさんはもういいの?」

「ええ、ようやくルールを守って歩き出したよ」

「ほんとだ。カラスさん歩いてる」

「なに振り返ってるんだい。そんな余裕ないだろう」

「え?」

「カメくん、私は今からきみに味方する。カラスくんも了承済みだ」

「え、あ、はい。それで味方って具体的には何を?」

「カメくん、きみを勝たせてみせよう」

「ありがとうございます」

「では早速、指導に入るが――」

「でも、その気持ちだけで十分ですから。ぼく、精一杯やれればそれでいいと思っているので」

「なんだって?」

「嬉しかったんです。カラスさんに勝負を挑んでもらえて。カラスさん真剣だった。だからもぼくもそれに応えたい」

「……確かに、今日はいつもより頑張って歩いてるね」

「そう見えますか? 嬉しいなぁ。まあ、ぼくが頑張っても勝負にならないと思いますけどね」

「いやそれじゃ困る」

「え?」

「気付けよ! きみには勝者のメンタリティが眠ってるんだよ!」

「流行ってるんですか、そのアツい感じ!?」

「きみのご先祖様はあのウサギくんのご先祖様にかけっこで勝ってるんだぞ!」

「え~、ぼくのご先祖様があのウサギさんのご先祖様に!?」

「やればできる! きみも必ずできる! 何故なら、きみの身体に宿っているからだ! 勝者の魂が!」

「ぼくに勝者の、魂が……。すいません、ぼく自分に嘘を付いてました……ほんとは速く歩けるようになりたかったんです」

「カメくん、やっと素直になれたんだね」

「はい! なんだか力がモリモリ湧いてきましたよ!」

「さあ付いて来るんだ!」

「はい、フクロウ師匠!」


     * * *


 フクロウさんにまんまと乗せられたカメさん。軽快に林の中を進んでいきます。しかしカラスさんの影がすぐそこに迫っていました。


「捉えたぞ、カメ!」

「カラスさん!?」「ちっ」

「昔ウサギの先祖は油断してカメ、お前の先祖にかけっこで敗れた」

「カラスさん、その話知ってるんですか!」

「ああ、だから俺は油断しないぞ。この勝負、全力で獲りに行く。さらばだ。そしてゴールまで二度と会うことはないだろう」

「くっ、すいません、フクロウさん。ぼくはここまでです」

「いいかい、カメくん。きみのご先祖様はあのウサギくんのご先祖様を相手にしても決してあきらめることしなかったはずだよ」

「でも、カラスさん、油断はしないって……」

「は、そんなこと口でならいくらでも言える」

「フクロウさん?」

「油断しないと言ったが、やつは必ずこの林の先にある川で立ち止まる。もう夕方だ。やつは強がっていたが、本音は疲れてくたくただろう。疲れた体ではあの川の流れに逆らえまい」

「つまり?」

「やつは明日の朝まであの川の近くで休む。きみはその隙を突いて川を渡り、山を登るんだ」

「あの……ぼくに休憩は?」

「何暢気なこと言ってるんだい、カメくん。今はレース中だぞ? 休む暇があるなら一歩で前に進むんだ! 私なんてほんとは夜行性なのに今日は朝から今まで起きてるんだぞ!」

「う、それを言われると……」

「いいかい、きみのご先祖様も、ウサギくんのご先祖様が寝ている間にゴールまで辿り着いたんだよ!」

「え~、ご先祖様すごい!」

「そうだ、そのご先祖様のタフネスがきみの遺伝子にも刻まれている!」

「おお! そう言われてみると、なんだか身体の奥が疼いてきました!」

「そうだろう! さあ行くぞ、休みはなしだ! ここで勝負を決めるぞ!」

「はい!」


     * * *


 またもフクロウさんに乗せられたカメさん。川を渡り、隣の隣の隣町へと続く山を登っていきます。そして遂に山頂が見えてきました。あとは降るだけです。

 しかしカラスさんの影がすぐそこに迫っていました。


「恐れ入ったぞ、カメ」

「カラスさん!?」

「まさか完徹かんてつして川を渡り、山を登るとは。睡眠を取る俺はまだまだ甘かったというわけか」

「……何故だ。作戦は完璧だったはずだ」

「フクロウ師匠?」

「暢気に休むカラスを、この川で引き離し勝負を決める。少し休んで元気になっても、カラスが川を渡るには時間がかかる。そしてカメくんとの差に絶望し、あきらめるはずだった」

「言っただろ、俺はあの頃とは違う」

「そう簡単にカラスが変われるものか!」

「これ以上は不毛だな。そこで見ていろ、俺が先着する姿を」

「ま、待て、カラス……! くっ……くそぉ、くそくそくそぉおおおおお!」

「フクロウ師匠、カラスさんを追いましょう!」

「……もういいんだ。今から追ったって……」

「そんなことないですよ! フクロウ師匠がいなかったら、ぼく、カラスさんと勝負にならなかった!」

「無理しなくていい。これは私とカラスの問題だ。巻き込んで悪かったよ」

「カラスさんとなにかあったんですか?」

「…………あいつは昔、いじめっこだったんだ。それはもうこっぴどくやられてねぇ。でもやつは変わった。どんな困難にもめげない強さをもっていた。このかけっこでよく分かったよ。変わってないのは私の方だ。昔のことをいつまでも……惨めだよねぇ」

「そう思えるフクロウさんは立派だと思います。ぼくなんかフクロウさんに言われるまで、自分の気持ちに気付かないふりをしてました」

「いや、あれはきみをその気にさせようと思っただけで……」

「それでもです。さあ行きましょう! ぼくに宿るご先祖様の魂が、勝負はまだ終わってないと叫んでます!」

「なんだい、それ……ふ」

「えへへ」

「分かった……最後のレッスンを始めよう」


    * * *


 山を降り終えたカラスさん。隣の隣の隣町の入口まであと少しです。

 しかし、カメさんの影が迫っていました。


「ば、馬鹿な! 山を転がり落ちて来ただと!」

「初めて気付きましたよ! ぼくは降るのが速いって、この甲羅があれば!」

「負けられるか! 勝って……勝って、あいつに認めてもらうんだ!」

「行ける!」

「獲る、俺が! ゴールを!」

「「――――――!!」」

「はぁはぁはぁ……負けたよ、カメ……」

「カラスさん、もしかしてこの勝負ってフクロウさんに言われて?」

「……ああ」

「な~んだ、ぼくもカラスさんも、フクロウさんの掌の上だったんですね」

「巻き込んで悪かったな、カメ。正直驚いたよ」

「いえいえ、ぼくも楽しかったです」

「それと……あのときはすまなかった、フクロウ」

「もういいんだ。それに謝るのは私の方だ……」

「仲直り、ですね。さあ町まで一緒に帰りましょう!」


 こうしてカメさんたちは仲良く暮らすようになりましたとさ。めでたし、めでたし。


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カラスとカメ。それからフクロウ 東苑 @KAWAGOEYOKOCHOU

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